ホー、ソー、ソー、ソーソーソー、見よ。わたしたちのからだもまた血が流れる、戦場なのだ。怒りがあり、憎しみがあり決壊を待つ、沸騰がある。ちのみごがいてちのははがいるホー、ソー、ソー、ソーソーソー、血を流すのではないわたしを敵に明け渡すのではなくわたしをわたしに明け渡すつぎの命を育てる乳を流す赤い血が、赤味を漉して、白い乳に変容したときの身の内にも戦いがある血と血の、戦いを戦うな血を流す人と人の、血を流す国と国のこころ通わせるために、歌も言葉もあるのだと――「乳の流れる歌」宮尾節子*全文はこちらに ☆乳の流れる歌――Crossroad of word*写真はFacebookモンゴル通信より☆モンゴル通信
昨年9月には福島詩祭に呼んでいただき「<ことばの光、ことばの風>――よしきりの舌に春の光」と題して講演をさせて頂きました。内容は――郷里高知の自然に恵まれた暮らしのなかでの詩との出逢いや、共に生きてきた詩への思い。この福島出身の、草野心平の「富士」という詩の、「よしきりの舌にも春のひかり」という一行のことばの光に詩の洗礼を受けたこと。「詩を知る」とは、詩のことばにこの身が、生涯消えることのない彫刻をされることではないかとの思い。また、話題になった「明日戦争がはじまる」という詩についても、政治的な背景以前に、あらゆる尋常ではない場面に毎日ひとがさらされ続けていると、いつの間にかひとは刺激に慣れて「思わなくなる」つまり「思考停止」してしまう。そんなひとの心のこわさを表現したかったのだと思うと…。なぜなら、イラク戦争に行った元海兵隊の兵士の「感情のないマシーンになった」という告白も聞いた。軍隊では命令に従わせるために「感情を消し去る」訓練をするという。私の詩は、まさにここにつながるとみなさんにお伝えして、「明日戦争がはじまる」「波が寄せている」「しあわせには名前がない」などの自作を朗読しました。今回は高山利三郎氏(栃木)と私(埼玉)の二人を呼んで頂いた。高山氏は全国各地の学校で詩の授業を実践されているとのことで「子どもたちに詩の読み方、書き方を――詩の授業実践を通して」の演題で、たいへん興味深いお話でした。詩祭は福島県を①県北(福島・二本松他)②県中(郡山・須賀川他)③県南(白河・西白河郡・石川郡他)④会津⑤相双(相馬・原町・双葉郡他)⑥いわきの六地区に分け毎年持ちまわり制で開催されているとのことで、今年の担当は県南地区の白河市、矢吹町でした。詩祭のようすは『詩と思想12月号』の「地方からの発信」のコーナーに、「どっこい、詩は元気になっている。――福島詩祭レポート」と題して寄稿させて頂きました。40年前第一回の福島県現代詩人会が開催された場所、「福島県現代詩人会発祥の地の、記念すべき場所で、県詩人会のふるさと」矢吹町の公民館で講演させてもらったことも光栄でした。最初のご挨拶に、福島県詩人会・会長の斎藤久夫氏が「実は僕の家には、『ラ・メール』の一号と最終号以外は全部揃ってるんですよ」と講師紹介のときに、まさかの「ラ・メール」という古い詩誌の名を口にされて驚きました。福島県詩人会のふるさとで、私の詩のふるさとにも戻った思いがしてたいへんうれしかったです。詩祭会場には、先日上野で行われたUPJ6(ウエノポエトリカンジャム6)という、詩の朗読にラップにMCバトルにスポークンワーズとジャンルを超えた言葉の野外フェスに参加した若者も来てくれていて驚きました。 グローカリズムということばを耳にする。あまり耳障りいいことばではないが、グローバリズム(多様性)とローカリズム(地方性)を混ぜた造語とのこと。 今、ことばもひとも催し物も中央から周辺へ、周辺から中央へとさまざまな世代や対立を超えて、緩やかに混ざり合い始めたようだ。裾野から熱い風が吹き上げて、ことばの地殻変動が起きている気がする。 どっこい、詩が元気になっているのだ。 歴史は事実を伝えるが、庶民の感情は残さない。それを残すのが詩歌の仕事だと思うと、福島という疵を被ってしまった土地に住むみなさんに向かって、講演の最後に締め括らせて頂いた。宿泊先は以前お世話になったいわきの温泉旅館『古滝屋』さん。若いご主人とも久しぶりにお会いして、お話もできました。お客さんもだいぶ戻っているとのこと、お元気そうでよかったです。おたがいに著書の交換などしました。ここでの二次会でいただいた「めひかり」というお魚の天ぷらが最高においしかった。からだいっぱいに白身が詰まっていて「からだぜんぶで、おいしく食べられるために生まれてくれたよう…」と思わずつぶやいて…じんとしてしまいました。。温泉のお湯もやわらかくて、あたたかくて、疲れがとびました。お世話になったみなさま、ありがとうございました!
みなさま、応援ありがとうございます!おかげさまで、プロジェクトを開始してから毎日どなたかのご支援をいただき、感謝にたえません。森本レオは、「一歩、玄関出たら役者」だと昔言ってたとか。。わたしも、「ひと言、言葉出せば作品」の思いで、アピール文を作り、リターンを作りました。何より、たのしい気持ちを忘れずに。(なので。「リターンが面白い」と何人かのかたに言っていただいて、とてもうれしいです。)ことばはだいすき、なんですが。いざ書くとなると、手が勝手に動いて書けるとき以外は、詩も、文章も、結構うんうん唸りながら、苦労しつつ書いております。そして、苦労して書いても、書くときの自分の決め事がひとつあります。それは、「楽しいと思えるまで」書くこと。いくら、苦労しても「苦しい」でやめないこと。楽しくなるまで、書くことです。人生も同じです、楽しくなる場所を、岸とすること。しんどい場所はまだまだだなあと、思うこと。じつは。わたしは、めんどくさいので、先に人生さいごの言葉を決めています。それは「よかった。」です(笑)。このセリフを決めたとたんに、なんと。憑き物が落ちたように、気持ちが楽になりました。だって。あとは、この辞世のセリフに向かって、ただただ、舵取りをして生きればいいのです。迷うこたない(笑)。なにがあっても。岸で「よかった」が待っている。なので、とても、らくちんです。あ、今日は、そんな話じゃなくて。リターンの説明でした。失礼。5000円と6000円ご支援いただいた方に、短詩をお返しさせていただきますが。そのひとつは、これ。2015年7月に、朝日新聞の鷲田清一氏の「折々のことば」に取り上げてもらった、短詩です。『宮尾節子アンソロジー 明日戦争がはじまる』(集英社インターナショナル)に掲載されている「ポートレート(又は、月日)」という詩なんですが。もともとは第一詩集くじらの日」からでした。発行は、1990年!われながら、びっくりすますが。詩の正味期限は長いですね。という感じで…。さまざまなリターンをご用意させていただきました。どの、リターンもそれぞれ、みんな、わたしの、たいせつな思いのこどもです。みなさまに、お届けさせていただく日を楽しみにしております。どうぞ、よろしくお願いいたします。こんなに、みなさまに応援いただけたこと、いつかこの世を、旅立つ日にもしっかり胸に抱いてまいります。ありがとうございます!
昨日、ポエトリーの講座で原宿にいくと。「平成さいごの」ということばが、あちこちで溢れていました。明日から、新元号ということで。ネットでも、新元号の想像の二文字が飛び交っています。わたしも、平成さいごの詩、として。「蝶の日」という詩を書いてみました。
pw連詩組とは基本的にツイッターで呼びかけた、詩の仲間たちです。なので、全国各地に存在します。そのことがとても楽しい。全国各地に存在する、さまざまなひとの言葉とつながって、詩をつくる。ことばだけでは、なくてことばの発信元の人ともつながりたい。朗読会が東京中心で、地方の方が来られないなら、こちらから旅行がてらに押しかけよう。ということで、いろんなところに詩を持って出かけ、連詩組の仲間にこだわらず、その地域の詩人の仲間といっしょに朗読をしましょうよ。ということで、北海道は札幌の連詩仲間に声をかけたところ、見つけてくださった会場がなんと素敵な明治の建物、豊平館でした。2017年の4月には、こちらで「pw連詩組と北の仲間たちトークと朗読会」と題して、ゲストに函館在住の詩人・番場早苗さんをお迎えしての会を開催しました。北海道の詩人たちとも交流が深まり、翌日は連詩仲間のかとうたかさんのご案内で小樽見学もと贅沢な詩の旅でした。*朗読会の様子は、北海道新聞にも紹介されました。*詳細はこちらで→pw連詩組と北の仲間たち