お久しぶりです!お待たせいたしました!!!とうとう漫画が完成しました!!!昨年の年末から支援募集して、正直資金が集まらなかったので、とても厳しい状況でした。「資金が集まらなくても、この思いは届けたい」 試行錯誤して、FAVVOの支援募集が終わったあとも、地域の方々からの支援などがゆっくりですが集まり、同時進行で漫画のネーム、修正などがずっと繰り返されていました。何せ、初めての試みで、漫画って・・・こんなに繰り返し修正をいれていくんだな・・・という、そういう中で、担当の体調不良なども重なり、進行は予定よりずっと送れてしまいました。残すは印刷のみ!というところで、紙質はどうしたらいいんだろう、という、問題にさしかかり・・・予算上、本屋さんに並ぶような上質なものは難しいのかな・・・と、煮詰まっていた所・・・最後の最後で、なんと!宮崎を代表する出版社「鉱脈社」様より、多大な支援とご協力をいただき、完成となりました!!!これは、本当に大きなことでした。参考にしていた本の1つ、伊東マンショ~その生涯~ この本を出版した鉱脈社様に、中にある「年表」について尋ねたところ、代表取締役社長 川口敦己様が、今回の試みに応援したいと申し出てくださり、その後は、プロ立ち会いのもと、あれよあれよと、猛ダッシュで完成へと進んでいきました!鉱脈社様、本当にありがとうございます!!!!そして、この写真のしれっと後ろにあるポスター!MAGI~天正遣欧少年使節~Amazonプライムビデオさんで公開中の、天正遣欧少年使節のドラマ!!!豪華な俳優陣!!!すごい!!!こちらも、私たち都於郡地域づくりとしては宣伝したいところ!! 制作会社である、TBSビジョン様に連絡をして、漫画を送る際に一緒に宣伝できるようにチラシをいただけないかとお願いしたところ、なんと、ポストカードとポスターを提供していただけました!!!なので、今回ご支援いただいた方々には、ポストカードを同封して一緒に送りたいと思います!ポスターは、宮崎県内の学校や、貼ってもいいよ!と言ってくださるお店などにお願いして貼っていただきたいなと思っています!(まわしものではありませんw) ちなみに、この本は支援者様用、学校などへの配布用となっていますので、販売コードなどはつかない、非売品となっています。 (販売用は、スポンサー広告などをつのる予定で、書店や電子書籍なども予定しています。)そんな紆余曲折があり、完成に至った漫画「伊東マンショ」ぜひ、皆さん、手に取っていただき、伊東マンショたちの生涯を知っていただきたいなと思っています。 次なる作業は、ご支援いただい方々へ、漫画本の郵送(返礼品なども)の作業に入りたいと思っています。もうしばらくお待ちください!!!Special Thanks鉱脈社http://komyakusha.jp/index.phpMAGI~天正遣欧少年使節~https://www.magi-boys.com/
8月に入り、伊東マンショ漫画プロジェクトのネームも2回目の完成を迎えました。1回目は、たくさんの関係者の方に読んでいただき、いろいろなご意見をいただきました。そして、2回目になり、皆さんの意見などもふまえたものが完成。見せかたヒトツで、こんなにも物語に広がりを見せるのだな…と、素人目ながらも、すごく感動をしております。これから、完成にむけ、まだまだ修正を繰り返すとは思いますが、完成まで楽しみにしていてください。返礼品の、スイートコーン、マンゴーはいかがでしたでしょうか。8月に入り、新米もでき、「伊東マンショ米」の発送準備にも入ります。その他の返礼品につきましては、また準備出来次第、随時連絡をさせていただきたいと思います。完成まで、応援よろしくおねがいします。
クラウドファンディング募集が終了し、ご挨拶の投稿から3カ月が過ぎたと思ったら、最後の投稿がされてない不始末があり、大変申し訳ありません。 ご支援いただきました皆さまには、本当に感謝しております! スケジュールとしては、9月までは、ひたすらネームと修正の繰り返し。 9月中には完成させ、10月には本仕上げにかかりたいと思っています。 支援金の合計は、見ての通り、実際の金額にはほど遠く、資金的にも現実カツカツで、色々その後の資金調達なども含めて、現時点でマイナスではありますが、なんとかプロジェクト進めさせていただいております! 絶対作りたい! その思いと、たくさんの方の応援があるからこそ、頑張れる… 漫画家さんにも、資金的な部分では随分甘えさせていただき、なんとか第一回目のネーム完成に至りました。 読んだ感想は、まだまだ改良が必要かなという部分と、40ページというページ数の中で、これだけギュッと凝縮するのは、本当に大変な作業だなぁと、改めてプロの方のすごさに感動しております。 これから、西都市教育委員会や、監修をお願いしている方々に、ネームのチェックをお願いしていきます。 完成を楽しみにしていてくださいね! ※現在、都於郡地域づくり協議会では、引き続き、支援金の募集もしております。ご協力頂ける方は、 tonokuri446372@yahoo.co.jp まで、お問い合わせください。
カウントダウンが始まりました! 今日が最後の日になります。 FAAVO内での支援金のお願いは今日が最後になります。 先週は、FAAVOの1周年記念に招待していただき、つたない言葉ではありましたが、来場された皆さんの前で、伊東マンショ漫画プロジェクトのお話をさせていただきました。 緊張でしどろもどろの私を支えてくれたのは、平成遣欧少年使節として西都市の男子中学生代表としてポルトガルに研修に行った、我が息子です。 伊東マンショとはどういう人物かを私の代わりにハキハキと応えてくれ、本当に頼もしかったです。 本当は、親と人前に出るのなんて恥ずかしい年頃ですが、私が緊張で困っている所を助けてくれました。 「お母さんが頑張っているから…」 そう息子は言ってくれました。 私はそんな息子を見て、私も頑張らなきゃなぁと思います。 支えてくれる人がいる。 応援してくれる人がいる。 緊張や不安でいっぱいな私を支えてくれる人がいる。 FAAVOの支援金はきっと70万に満たないかもしれない。 でも、たくさんの人が、漫画の完成を楽しみにしてくれている。 人と人とを通じて漫画プロジェクトの話をしたら、素晴らしいプロジェクトだとお褒めいただきます。 Twitterを通じて、たくさんの方に応援画像もいただきました。 応援画像1番乗り!都於郡をおわれた時の幼少期の頃を夢に見ているマンショを描いてくれました。本当に忘れられない辛い経験でした。 日本に持ち帰った楽器を演奏するマンショ。独特な画風で、とても味があります。 これは、Twitterフォローのお近づきのしるしにいただきました。素敵なマンショで、今にも動き出しそうです。 手描きのイラスト第2弾です。キラキラとした、戦国鍋TVの伊東マンショ。皆さんは見た事ありますか? 幻想的で中性的なマンショです。開いたマントの裏には、ヨーロッパの青い空でしょうか。本当に素敵です。 黒い衣装を身に纏う伊東マンショも、またなかなか新鮮です。クルスを手に持つ姿…まるで、漫画の完成を祈ってくれているようですね。 可愛いヤンチャなマンショのイラスト。金平糖の瓶をしっかり抱いています。マンショが最初に触れたヨーロッパの文化の1つです。 二頭身にデフォルメされたマンショです。ガチャガチャのキャラとして売れちゃいそうですね!! 朝のお祈りでしょうか。静かに目を閉じ、平和を祈る姿は、知性に溢れています。 天正遣欧少年使節の4人だけでなく、メスキータ、バリニャーノも描いてくださいました。マンショの凛々しさも好きですが、バリニャーノのワイルドさが、なかなかいい感じにドキドキします。 こちらも個性的で素敵な画風で、どちらかというと芸術的な落ち着いた色合い。更にデフォルメされたマンショもついています。 こちらも金平糖を貰ったマンショ。この金平糖が、マンショの人生を大きく変える大切なきっかけになりました。 思わず笑ってしまった、マンショ猫。フルーツの梱包についてくるアレが、なんとマンショの襟に見えるという、なかなか楽しい1枚です。 様々な形で応援してくださる皆さんの期待を裏切らない素晴らしい作品にしたい。。 この絆をしっかりした形にできるよう、あと残り6時間ではありますが、最後まで…1人でも多くの方の応援よろしくお願いします。
こんばんは!都於郡地域づくり協議会の飯牟禮です。 今日は、伊東マンショの漫画制作のために、都於郡城史研究会の皆さんが集まり、漫画家さんと顔合わせをし、漫画家さんが持ち寄った話の流れを元に、各々が調べ、知りうる知識などを交換し合いました。 伊東マンショの生涯について、様々な文献があるので、まずは漫画家さんに、あれやこれやと資料を提供。 他にも、皆さんがおすすめする資料などを教えていただき、漫画家の里見さんも、元より歴史好きということもあり、目をキラキラさせてメモをとっていました。 皆さんから寄せられたお話は、どうやら本格的に描いていくと、30ページには収まらない程の内容で、これらをどう漫画家さんがまとめていくか…隣で見ていた私は、若干の心配と、資金さえたくさんあれば、30ページと言わず、この熱い内容が、もっと皆さんにお届けできるのに…。 しかし、今回はダイジェスト版。 皆さんに、伊東マンショという存在を、いかにわかりやすく伝えるか、興味を持っていただくかが、今回の目的です。もちろん、多くの支援が集まれば、ページ数の増加や、寄贈する地も増えます。 今日の会議でも、話していたのですが、最近テレビでも随分伊東マンショが取り上げられるようになったにも関わらず、 「伊東マンショって、結局何をした人なの?」 という質問をされるようです。 「私はね、伊東マンショがテレビに取り上げられた時に、知人に、『伊東マンショって結局何をした人なの?』と聞かれて、うまく答えられなかったんだよ。自分の地元の偉人のことだと言うのに、すごく恥ずかしい思いをしたんだ。」 そう、研究会の知り合いの方が言っていたと話してくださいました。 「だからね。ぜひ、漫画の制作は成功させて欲しいし、ぜひ読ませていただきたい!」 そう、おっしゃっていたそうです。 そう、読みたい!って言ってくださる方は、結構いるんですよ。全く興味がないわけじゃないけど、だからと言って、文献をガシガシ読むほどの気力はないといった所でしょうか? でもね、わかります。 起案者の私がそうなんです。私は、伊東マンショの歴史は、本ではなく、自分の子供たちや、ネットから知りました。 一番のきっかけになったのは、伊東マンショ没後400年記念事業の際に、大好きな演劇が公演されると知り、キャストを募集していたので、親子3人で出演させていただきました。 30000円コースにも入っているのですが、大和優監督が書いた「伊東鈍満所」の台本がそれなのですが、非常にわかりやすく、そしてドラマティックに仕上がっています。 特に「豊後落ち」のシーンでは、島津藩から逃げのびるため、冬の寒い時期にけわしい山道を歩きます。そんな中、追っ手が近くまでせまっています。足に怪我をおった母親は、年老いた祖母を連れ、先に逃げなさいと子供に伝えます。 「生きるのですよ…」 逃げゆく子供の背を見送り、逃げきれないと分かった母は、崖から身を投げます。先に逃げた子供が、母を案じて戻ってきます。 母の使っていた杖が、崖の近くに落ちているのを見つけます。 崖の下には… それを見た子供は…母を追って、そのまま身を投げます。。。 実際、豊後落ちでは、多くの人が、過酷さに耐えきれず、身を投げたと言われています。 マンショが豊後の道を、国広に背負われて逃げたのは、わずか8歳の時でした。 私も子供を持つ身なので、自分の子供がわずか8歳という歳で、そんな過酷な経験をしたのかと思うと、胸が苦しくなり、これを書いている今ですら、涙が出てきます。 マンショの辛い旅は、何も豊後落ちだけではなく、天正遣欧少年使節に選ばれた後も、長い船旅、過酷な海上生活。 風が吹かず、なかなか進まない日もあったでしょう。 照りつける太陽に耐える夏の暑さ…エアコンなどありません。 喉の乾きや空腹もあったでしょう。 それらに耐え、着いた先の海外生活。 今みたいにバスや飛行機で楽に移動ができたわけではありません。 しかし、彼らが見たものは、日本にはない見たこともない文化と歴史、圧倒されるような芸術的な建物…。 全てが輝いてみえたことでしょう。 彼らは早く日本にそれらを伝えたかったと思います。 また、長い過酷な旅を続け、2年半という長き日を耐え、やっと日本に帰ってきたマンショ達。 帰国し、豊臣秀吉に謁見した際は、秀吉にその素晴らしさを伝え、見初められる程の優秀さを見せた伊東マンショ。 しかし、マンショの信念は、揺るがず、秀吉の申し出を断ります。 さぁ、これからが自分たちの本当の活躍の場だ! そう思った矢先の切支丹弾圧…。 本当に…茨の道でありました。 そんな中、自分の信念を貫き、多くの人々を希望へと導いた姿は、今の子供たちに知って欲しいし、強く学んでもらいたいと思っています。 私のきっかけは演劇ですが、漫画というものは、子供から大人まで手に取りやすく、そして見やすくわかりやすい。皆さんには、私たちの作った漫画を窓口にし、伊東マンショの歴史に興味をもってもらいたいと思っています。 伊東マンショの思いが、時を越えても尚生き続ける…私たちは、今回の漫画はもちろんのこと、語り部の方々、ガイドボランティア活動など、様々な形で、これからも伝え続けなければならないと思っています。 どうかお願いします。 伊東マンショの生涯を漫画に残すプロジェクト、ぜひ応援をお願いします。 あと残りわずかですが、皆さんのあたたかい支援をお待ちしております。