0.05mmの刃先!ミクロの彫刻職人がアクセサリーに挑戦!親子三代の技を守りたい

{幸は天から、福は身から。} 幸せが天から降ってくるという云われの上下逆さの「福」。 それを身にまとうあなたのお洒落な毎日は、きっと特別ないいことを予感させてくれます。 三代目赤坂兵之助

大阪・八尾市の小さな町工場、その親子3代が守り続けてきたミクロの彫刻技術『赤坂式半月彫刻法』を100年後の未来へ繋げるため、三代目赤坂兵之助の挑戦をご支援ください!

現在の支援総額

2,147,650

715%

目標金額は300,000円

支援者数

75

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2020/06/19に募集を開始し、 75人の支援により 2,147,650円の資金を集め、 2020/07/30に募集を終了しました

現在の支援総額

2,147,650

715%達成

終了

目標金額300,000

支援者数75

このプロジェクトは、2020/06/19に募集を開始し、 75人の支援により 2,147,650円の資金を集め、 2020/07/30に募集を終了しました

大阪・八尾市の小さな町工場、その親子3代が守り続けてきたミクロの彫刻技術『赤坂式半月彫刻法』を100年後の未来へ繋げるため、三代目赤坂兵之助の挑戦をご支援ください!

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ご理解とご支援を賜りました皆さまへこんにちは、三代目赤坂兵之助でございます。お陰様で、6月19日から始まりましたクラウドファンディングへの『新しい挑戦』は、とても大きな成果としてその幕を閉じることができました。こんなに大きな成果につながったのも、皆さまからのご支援のおかげです。皆さまからのあたたかなご支援、心から感謝申し上げます。ご支援の度に勇気と未来を拓く力を皆様からいただいてきました。何度も書いてしまいますが、まさか私がクラウドファンディングに「挑戦」するだなんて、またその「挑戦」にこんなにもたくさんのご理解とご支援を賜れるなんて…思ってもみませんでした、本当に…。今回の「挑戦」で思い返すことは、結局私は何もしておらず、ただ『作ること』しかしていなかったということです。『作ること』へのきっかけにしても、調査やデザイン、スケジュール、ブランディング、装飾、広報…それら全てにおいて、私は何も出来ていませんでした。でもそれは、どこのどれとも違うモノを『作ることができる』、こう言いかえられるのだ、という新しい発見と解釈と、私などにでも手を差し伸べてくれる「仲間」の存在を改めて感じ、そしてこれからの「挑戦」への自信に大きく強くつながる、今回の結果を頂くこととなったのでした。 祖父が今回の「挑戦」を見て、どんな風に思ってくれているんだろう?長年愛用し、その指のカタチに木の柄が滑らかにすり減っている、『赤坂式半月彫刻法』のタガネを打ち続けていた形見の「金づち」の手触りを改めて確かめながら、ただ、そんなことを考えてしまいました。私の新しい「挑戦」は、もうすでに始まっております。その「挑戦」が正しいかどうか、必要とされるのかどうかは、のちの歴史の判断に委ねます。でも、この拙い文章を読んでくれている皆さまは、その「挑戦」の『目撃者』であります。これからも続けていく新しい「挑戦」。どうか皆さま、これからも私の「挑戦」を見続けていてください!赤坂金型彫刻所 代表 三代目赤坂兵之助


こんにちは、三代目赤坂兵之助でございます。「初挑戦」だったクラウドファンディングも、今日が最終日となりました。これまでにご支援を賜りました皆さまには、深く感謝申し上げます、本当に・・・!まさか、私がクラウドファンディングに「挑戦」するなんて思ってもみていませんでしたし、こんなにもたくさんの支援者さまに支えて頂くことになるとも、全く想像できませんでした!お陰様で八尾市の仲間にも、今年の「YAOYA PROJECT」に「挑戦」されることを決めた方や、「もう一度、八尾でのものづくりを復活させよう!」という、ちいさな「うねり」も出てき始めております!我々の「挑戦」は始まったばかりですが、これからこれが「大きな波」になる「ワクワクの未来」を想像すると、 ご支援者の皆さまご自身が、その「創始者」であることには間違いがありません!次への大きな予感をかみしめつつ、今日は「私自身」のことを書かせて頂きます! 私は幼い頃から機械やコンピュータといったものが大好きで、かつ家系的にもいわゆる「仕事場」がいつもそばにあり、ものづくりと生活が切り離されていない環境で育ちました。一番最初の作品は、「銅の小さな破片を磨いて、鏡面に仕上げる」というものだったと思います。それを大事に手元において自慢して、独りで納得しては悦に浸っておりました。思えば、すでにここでアクセサリーを作ってしまっていたのかもしれません。中学生の頃からは、それなりに仕事を手伝いながら「楽しんでいた」ことを思い出します。「なんでこの機械は、こんな風に自分で動けるんだろう?」と、そのしくみが不思議でなりませんでした。なにより「自分のイメージ通りに機械が動く」、この面白さに夢中になっていました。高校には仕事を手伝いながら通っているような一面があり、ある時などは校内放送で、「赤坂くん、工場でお父さまがお困りだそうですから、今すぐ帰宅しなさい!」との達しがあり、私はクラスメイトに散々冷やかられながら帰りのバスに急ぎましたが、それでも「いやな気持ち」には全くならず、 むしろ「これで堂々と帰れて、またあの機械を動かせる!」とワクワクした気持ちになれたことを思い出します。その後、夜間大学に働きながら通い、工学やプログラミングを学びました。これも大変面白く、17時に仕事を終えてからバイクで大学まで行き、ほとんど毎日実験とレポートを繰り返しては夜中に帰るという、ものすごくハードな生活が続きましたが、疲れなどよりは「好奇心」の方が勝ってしまい、卒業までがんばれました。その後、私は本格的にアカサカに入門することになります。私には「作ること」しかできません。でもそれは言いかえると、「作ることができる」。実際に目の前にあって、触れられて愉しむことができる、現実の「モノ」なのです。赤坂の「ものづくり」の結晶である『 [cocur] fuku(コクール・福)』 皆さまのお手元に届く『福』や『曼荼羅』は、私が3歳のころから始めた「ものづくり」の『結晶 』です。どうか可愛がってやってください!そしてこれからも一緒に「挑戦」し続けましょう!赤坂金型彫刻所 代表 三代目赤坂兵之助 


こんにちは、三代目赤坂兵之助でございます。みなさまに『[cocur] fuku(コクール・福)』や『曼荼羅』をお届けできるのも、あと2日になりました。初めての挑戦は無我夢中で進んで来たら、あと数日になっていたというのが今の想いです。クラウドファンディングという場所で、みなさまとご縁をいただけたことを心から感謝しております。さて今日は二代目兵之助、私の実父のことを少し書かせて頂きます。父はそもそも、「アカサカを継ぐ」ということは考えていなかったと思います。父は大学の卒業後、塾の先生をしておりました。英語と数学を教えていたそうで、たぶんそれを続けていた方が、これまでよりも安定していてやりやすい人生を送っていただろうな、と私は想像してしまいます。祖父が左手を無くして隻手になってからも、自分自身を「職人」であることを守り続けたことは以前にもお話しましたが、その「事故」の後、父はアカサカに入門することを決断したそうです。自身の父を支えるために。私が今、大阪工業大学で次代の「ものづくりの担い手」を送り出すお手伝いをしていて思うことは、「この子たちを置いたまま、自分はどこへ行こうとしているんだろう?」・・・父はそんな後ろ髪をひかれながら、きっとその英数塾を後にしたのだと今なら分かる気がします。「仕事は『盗んで』覚えるもんや」・・・職人の世界はこれに尽きます。だからそんな風にしてこの世界に飛び込んだ父は、仕事を覚えて生活ができるようになるまで相当の苦労としたと思います。その証拠にこれといった趣味も持たず、質素倹約・質実剛健ばかりがイメージされる私の父は、様々な世間の『風』・・・これを十二分に受けながら前を進もうとした、そんな職人像がたやすく浮かんでしまいます。不思議ですね。三代目の私は初代を引き継ぎ、二代目の跡を取ろうとしている・・・二つの意味で・・・。私の「未来への責任」は、それらの想いの分だけ、きっと「ワクワクの未来」なんだと信じています!!!尊敬する二代目兵之助の父と共に父も、私のクラウドファンディングへの挑戦を応援してくれております。初代、そして二代目、その想いを引き継ぐ三代目の私の想いの結晶である『 [cocur] fuku(コクール・福)』をみなさまにお届けできることを心から願っております。みなさま、どうぞご支援よろしくお願いいたします。初代、そして二代目、三代目の私の想いの結晶である『 [cocur] fuku(コクール・福)』赤坂金型彫刻所 代表 三代目赤坂兵之助 


こんにちは、三代目赤坂兵之助でございます。プロジェクト終了まであと3日。右も左もわからない状態で挑戦した初めてのクラウドファンディングですが、ここまでご支援いただけたのは、ひとえにみなさまのおかげと心から感謝しております。コロナ禍の中、私ども町工場はまだまだここからも挑戦の日々が続きます。最後まで全力を尽くしてまいりますので、ご支援ご検討いただければ幸いです。さて今日は、「半円球形状」についてお話させて頂きます。『福』や『曼荼羅』があの繊細さと形状になっているのは、ひとえに『赤坂式半月彫刻法』による「裏表完全金属削り出し」だからです!!!これくらいに繊細なジュラルミン製のアクセサリーは、削り出しでしかありえません(と思う)!!!繊細な立体形状ですから、片面だけの削り出しではあのような造形になりません。ですので、裏表を削り出す必要があるのですが・・・片面を削り出し終わった後、裏面も繊細に正確に削り出すには、ちょっとした「コツ」が必要になります。そもそも『福』は、ジュラルミンを薄さ約0.3ミリまで追い込んでおり、かつ「破れないようにデザインを彫刻」し、「突き抜けてのデザインを表現する」ということを、「『福』の緩やかな曲面を保ちながら」実現させるという・・・、ギリギリのバランスというか・・・矛盾を成立させているというか・・・、人間と刃物、機械と道具、これらの「足並みを合わせる」ことにも、『赤坂式半月彫刻法』は活きております。ジュラルミンを約0.3ミリまで削り出し、超繊細な彫刻を施した『 [cocur] fuku(コクール・福)』『赤坂式半月彫刻法』で「裏表完全金属削り出し」をし、繊細な彫刻を施した『曼荼羅シリーズ 』そんなややこしい話は抜きにして、お肌に負担をかけない軽快なアクセサリーを、その繊細な造形と優しい天然石を一緒に楽しんでいただけましたら、一生懸命に作るかいがあります。皆さま、どうか『福』と『曼荼羅』を可愛がってくださいね!!!赤坂金型彫刻所 代表 三代目赤坂兵之助


こんにちは、三代目赤坂兵之助でございます。プロジェクト終了まであと4日となりました。いつも温かいご支援いただき、心より感謝申し上げます。最後まで全力を尽くしていきたいと思います。今日は、「彫刻」についてお話させていただきます。初代である私の祖父は、戦前、和歌山から「彫仏師」にあこがれ、大阪の上本町に修業に出てきました。修業自体は順調で、祖父は懸命に師匠からの教えを吸収しようと頑張っておりましたが、 そんな折、太平洋戦争(第二次世界大戦)が起こり、そこで祖父は「大砲」を打っていたそうです。終戦後、祖父は日本に戻り、再び彫仏師の修業を始めます。しかし戦後の日本は国の復興に忙しく、祖父の技術は工業や産業の分野で求められることになりました。はじめは、コインなどを作るための金属を成形する「プレス型」に携わっておりましたが、やがてアメリカから樹脂ープラスチックーが輸入されるようになり、日本でも本格的に「射出成型」を進めることになり、我々はそれに従事することになります。樹脂というものは丈夫で美しく繊細な造形が得意なので、そのマスターとなる射出成型金型もまた繊細で、その金型を作るためにも「繊細な彫刻(加工技術)」は、工業的にも必須となりました。細かな模様、企業ロゴ、形状・・・、それらすべてに祖父や父の「彫刻技術」は応えることができていたのでした。祖父が創り出した『半月一枚刃』とコンピュータ制御をミックスさせた彫刻加工「彫刻」といいますと美術品などのイメージが強いかと思われますが、皆さまの身近なところに「彫刻」は存在しています。現在赤坂金型彫刻所では、「繊細な彫刻(加工技術)」 に対応できるように祖父が創り出した『半月一枚刃』とコンピュータ制御をミックスさせて彫刻加工をしております。今回のクラウドファンディングでみなさまに「しあわせ」をお届けしたいとご提案しております「福」や「曼荼羅」は、そのような繊細な技術で私 三代目赤坂兵之助が1品1品制作させていただきます。特に「福」は、薄く半球面に加工した素材に非常に繊細な彫刻を施しており、技術的にも難しい加工となっております。『赤坂式半月彫刻法』で制作された『 [cocur] fuku(コクール・福)』 初代の祖父が取り組んできた技術の集大成である『赤坂式半月彫刻法』を、この機会に実際に手に取っていただければと願っております!是非とも、みなさまのご支援を宜しくお願い申し上げます!赤坂金型彫刻所 代表 三代目赤坂兵之助 


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