Earth Light Project実行委員会代表の都築です。2020年7月23日は、史上初の延期が決定した東京オリンピック開会式の1年前。この日に、池江璃花子選手の国立競技場からの映像が全世界にライブ公開されました。とても感動的な内容は、話題になりましたね。本プロジェクトは、幻となった2020年東京オリンピック・パラリンピックの期間(7/24〜9/6)を強く意識したプロジェクトです。今回は、千葉大学大学院博士後期課程でオリンピックボランティアを研究する私から、このプロジェクトがなぜ、オリンピック・パラリンピックを意識しているのか、解説したいと思います。※本プロジェクトは、オリンピック・パラリンピックとの公式の繋がりは一切ありません。オリンピック・パラリンピックは、世界の開催都市をめぐりながら、平和と共生を目指す営みです。パンデミックにより、人種・民族・世代・国家間などの「分断」が加速する世界。開催国である日本は、国際社会の中で、どのような役割を担うべきでしょうか。日本最大級のオリパラ学生団体の設立者・代表として、6年間に渡り、この問いに向き合い続けてきました。私たちが目をつけたのは「聖火リレー」でした。東京オリンピック聖火リレーのキャッチコピーは、「Hope Lights Our Wayー希望の道を、つなごう」です。日本国内を駆け巡る聖火リレー。しかし聖火は、昔は世界を回っていました。様々な負の歴史と共に、世界の聖火リレーは失われたのです。その歴史をかいつまんで追ってみましょう。「世界の聖火リレー」は、1936年ベルリンオリンピックで、ナチスドイツによって考案されました。そして、第二次世界大戦でドイツは、そのルートを逆に辿りながら進攻していったのです。当然、戦後最初のオリンピック、1948年ロンドンオリンピックで、「世界の聖火リレー」の実施について大論争が巻き起こりました。迎えた本番。軍服を着て登場する第一走者の片手には銃が握られていました。彼を銃を地面に置き、軍服を脱ぎ捨ててスポーツウェア姿となります。そして聖火を受け取り、走り始めました。この瞬間、「世界の聖火リレー」は「戦争を捨てて平和へ」を意味する企画として生まれ変わり、ナチスの呪縛から解き放たれたのです。「世界の聖火リレー」が本当に失われたのは、2008年北京オリンピックでした。当時中国政府が行っていた、チベット民族への弾圧や言論統制への抗議として、世界中のリレーコースで、妨害運動が起きたのです。混乱が生じ、世界の聖火リレーは、国際オリンピック委員会(IOC)によって禁止されました。民族の分断が、世界を分断する結果となりました。2020年7月23日の国立競技場。池江璃花子選手の「希望」の言葉が重く響く。紛争、差別、格差が絶えず、世界の分断が叫ばれる昨今。未来を担う若者の手で、もう一度世界がつながる夢をみよう。本物の聖火でなくても、”僕たちの希望の光”を国境線の見えない宇宙へ掲げ、世界の繋がりを表現する。そしてその若者たちが懸命に「世界をつなぐ」ことを目指す姿が、日本はもちろん、世界の若者へ、夢と希望を届けられるのではないでしょうか。東京オリンピックの聖火リレーのスケジュールを見ると、スペースバルーンの打上げに最も適する宮古島の、最も気象が安定する5月上旬に、ちょうど宮古島を聖火が通る予定です。この時期に、炎を宇宙へ向けて、打ち上げよう。短時間で「炎越しの地球」の映像を撮影する、スペースバルーンという技術を見つけました。壮大な夢の実現へ。日本の若者から世界へ。「希望」ある未来を目指し、私たちは、最初の一歩を踏み出しました。参考:笹川スポーツ財団「オリンピック聖火リレーと最終点火者」https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/history/olympic/22.html



