こんにちは!潮音寺の偏った歴史家の阿部です。先日、16日に当寺住職の村上がi-fm茨城放送の『MUSIC STATE』に生出演しました。放送エリアの方はradikoで1週間は聞けますので是非。エリア外の方はradikoプレミアムで聞ける筈ですので会員の方はお聞きいただければ...。(https://radiko.jp/#!/ts/IBS/20210216130000)またそのまま急遽ラジオつくばへも出演しました!電信技術のはじまりラヂオ、テレビ、放送、etc...。今や普通に使うこの言葉たち、もともとはイタリア語ですので翻訳した人がいるはずです。日本人が電波電信技術を学んだ時は、ほぼ英語でしたが。日本人で最初に電波電信技術を学んだのは苫米地貢(とまべち みつぎ)という人で、グリエルモ・マルコーニの下で技術を学び、日本へ紹介した人物です。ちなみに、マルコーニが開発したモールス電信機はあのタイタニック号にも搭載されていました。↑苫米地貢氏電信技術会の有名兄弟この苫米地氏の弟に苫米地俊之(としゆき) がおります。当時、三井物産に務めてて九州帝大で法学部出身で多少ドイツ語と英語が使えたので、兄の貢氏に「法律に詳しく独語英語も使えるから電波電信技術を日本に広げるのを手伝ってほしい」と言われ、二人でアンテナや機器を持って日本中を行脚しました。長野高等女学校も訪れ、後に俊之氏の妻になる原文子も目撃したそうです。この兄弟が後に苫米地兄弟として有名になりました。放送という言葉それまで専門用語は全て英語で当初はそのまま発音していたそうですが日本人には難しく学校などで講義(今で言うデモンストレーション)で広く浸透させる為には、簡単もしくは翻訳する必要が出てきました。しかし兄の貢氏は研究と日本初の放送局設立に奔走していたので忙しく、 時間がなかったので弟の俊之氏が20歳ほど年上の長兄、苫米地英俊氏に相談したそうです。この苫米地英俊氏は日本でレルヒ少佐と共に初めてスキーをしたうちの一人であり、小樽高等商業学校の第3代校長、講道館理事、衆参両議院を歴任された方で、東京MXのニッポン・ダンディに2014年まで出演していたドクター苫米地(苫米地英人)氏の祖父になります。そもそも、長野出身の俊之氏が東京の郁文館中学へ出て来れたのは当時、講道館にいた兄を頼ったからでした。俊之氏は後に水戸高等学校を経て九州帝大へ進みました。なお英俊、俊之は柔道界でも苫米地兄弟として有名だったそうです。話しがそれましたので元に戻すと、当初俊之氏はRadioを『受信機』と訳したものの「難しくて浸透しにくいだろう...」と考え、結局そのまま日本人の発音に合わせたラヂオとし、Broadcastingは難しいので前述の英俊氏と相談のうえ『放送』と訳しました。 後にTelevisionも『受像機』と訳したものの同じ理由でテレビとしています。 研究者故の無欲1933年11月突如マルコーニが日本を訪れました。当時、(社)東京放送局(現NHK)の企画課長だった貢氏がイタリア大使、大倉組総帥と共に出迎えの栄誉を受けたのはマルコーニ氏と面識があった為と思われます。電波電信技術を日本で初めて学び日本に紹介した苫米地兄弟ですが、東京放送局発足時に総裁や理事長などの要職には就きませんでした。結局二人とも研究者でしたので、椅子に座っているよりも現場で研究していたかった様です。俊之氏は後に昭南(現シンガポール)放送局長、富山放送局長、熊本放送局放送部長を歴任されてます。富山放送局長時代には棟方志功と親交があり、「立山連峰を望む海岸風景」 を寄贈されました。富山放送局長を退任する際には「この絵は富山放送局長として贈られたのだから、放送局へ置いていく!」と言い現在はNHK所蔵のまま南砺市立 福光美術館に寄託されてます。進歩の影後に二人はテレビの開発にも携わり、東京は世田谷区砧(きぬた)にある技術研究所(現:NHK放送技術研究所)へ通い詰めていたそうでうす。現在も技研では最新の放送技術が研究され続けていますが技研にも愛宕山の博物館にも苫米地兄弟の話は一切なく、名前も見つかりません。こうして知っている人間が少しずつ語り続けるしかないのかもしれません。放送に限らず技術が発展する陰には作り上げた人たちの努力があった事を忘れてはいけないでしょう。放送進化で誰でも配信できる時代しかし発展の結果、遠くの事がリアルタイムで分かるようになりテレビやスマホなどで楽しめる様になってきました。 youtubeやインスタグラムなど様々なアプリによりスマホなど簡単な機材されあればだれでも『放送局長』になれる時代が来ました。今回の『花あかり』はyoutubeで生配信され、リターン品に含まれる当日DVDには含まれない生配信を見た方だけしか見られない特別コンテンツもあります。遠くにお住まいで当日来れない方はぜひともyoutube liveでお楽しみください!!慈母観音潮音寺チャンネル https://www.youtube.com/channel/UC8N7RPZok97mX2gOmXOL_Xg
花あかり当日を約1カ月後に控えた2月6日、このプロジェクトを率いる潮音寺の住職・村上定運がオンラインで対談イベントを開催しました。お相手は、新たに追加されたリターン品を手掛けるフラワーサイクリスト・Yayoさんです。普段からロスフラワー(廃棄されるお花)を加工して様々な作品を生み出しているYayoさん。花あかりのプロジェクトになぜ参加してくださったのか? そしてお花の新たな活用法とはどんなものがあるのか? 村上住職とともに学んでいきましょう。◆Yayoさん参画までの道のり村上定運(以下、村上):今回のクラウドファンディングでは、地域に根差した形で様々なリターン品を用意し、支援してくださった方のもとへ直接、お礼が届く形になっています。地元のお米やお酒をはじめ、潮来のお花屋さんからお花が届く、というようなものですね。また、地元の青年会議所と協働してSDGsを意識した取り組みを進めている関係で、このプロジェクトでもお花を長く、様々な方法で活用していけないか? と考えるようになりました。そこで、今回参画してくださったのが、フラワーサイクリストのYayoさんです。簡単に自己紹介していただけますか?Yayo:フラワーサイクリストという活動をしていて、アップサイクルを中心に行っています。廃棄されてしまうもの、例えば材木屋さんの木くずなどを使ってなにか作れないかと考え、かんざしを作り始めたのがきっかけです。もともとお花が好きで、花屋でも廃棄が出るということに気づいてからは、自分ができることからやっていこうと思いまして。まだ使えるお花をドライ(フラワー)に加工して作品にするといった活動をしています。村上定運:花あかりでは、本来使われるはずだったお花が廃棄されるのを防ぐために、境内にたくさんのお花を飾る予定です。ただ、それだけで終わらせてしまうと、そのお花たちは行事が終わった後、またロスフラワーになってしまう。それをなんとかできないか、という話し合いのなかでご紹介いただいたのが、フラワーサイクリストのYayoさんでした。素人の私たちには到底思いつきませんでしたが、Yayoさんにご参加いただいたことで、花あかり当日の装飾に使用したお花をドライフラワーに加工してリターン品にする、というところまで行きつくことができました。Yayo:ロスフラワーや廃材を加工して新たな価値を持った作品にする、という活動は、コロナウイルスが流行する以前から続けてきたことです。今回は、花あかりで使用されるお花も新たな価値を設けてリターン品としてお届けできればと思い、参加させていただきました。オンライン対談の様子(左:村上住職 右:Yayoさん)村上:ブーケやボールペン、様々な作品になるんですね。ドライフラワーとしてゆっくりと時の変化を楽しむことができるという点も、フラワーサイクリストの腕の見せどころなんでしょうか?Yayo:そうですね。経年変化も楽しめるんだよ、ということを知っていただければ。お花を買ってきて枯れたから捨てる、ではなく、吊るしておけばドライフラワーにしてもっと長く楽しむことができます。バラやカスミソウなど、水分の少ないお花なら加工しやすいですよ。◆五感を刺激する作品で現地の感動をご自宅でも楽しんでもらいたい村上:興味を持って調べてみると、色々な人がこうした活動をしているんですね。Yayo:お花にもう一度命を吹き込むという意味で、様々な活動が展開されています。なかでも私はアップサイクル、つまり元々あったものよりも、手を加えることでアートとしての価値を上げる、ということを意識しています。私が立ち上げたnonwasteというブランドでも、五感を刺激するような作品を作れたらなと思っていて。今回のリターン品で採用されたボールペンも、先端にアロマストーンがついていて香りが楽しめるようになっています。村上:私もドライフラワーを買ってみたんですが、カスミソウに色がつけてあって、見ていて楽しい。しかも、香りというのは現場でしか楽しめない要素の1つだと思うんです。姿や音は動画でもお伝えできますが、香りはそうもいかない。お寺のリターン品としてお線香を作ったのもそうですが、香りというのは人の心を癒す重要な要素ですよね。花あかり当日の映像を見ながらドライフラワーを楽しむことができれば、届いたその場所が花あかりの会場になるはずです。◆ドライフラワーになる過程すら装飾に村上:今回、ドライフラワーに加工する、というのを軽々しく頼んでしまいましたが、ドライフラワーにできるお花、できないお花があるんですよね?Yayo:しやすいお花、しにくいお花というのはありますね。私もまだ勉強中ですが、乾きやすいお花や、葉物はよく使われています。もしなにかお花を使う機会があれば、そうした花材を事前に選んでおくのがおすすめです。今回のプロジェクトでは、私が現地に行って花あかりで使用されたお花を加工するのですが、制作している過程も装飾に使っちゃおう、という話が出ていますよね。それもすごくいいなと。村上:花あかりのちょうど1週間後に、隣接する幼稚園で卒園式があるんです。お寺の講堂が会場になっているのですが、そこにドライフラワーにする過程のお花を飾りつけ、装飾としても使おう、ということで、図面をお送りしているところです。お花を干してドライフラワーを作っている最中すらも装飾に活用してしまおうという、私たちには目からウロコのアイディアでしたね。(後編に続く)
涅槃の日こんにちは!潮音寺の乗り物写真家の阿部です。今朝、当寺住職の村上定運がFacebook Liveで話しておりましたが、今日はお釈迦様がご入滅された日(亡くなられた日)との事です、仏教用語では涅槃の日というそうです。語源はインドや東南アジアなどで使われた古代語であるサンスクリット語では『ニルヴァーナ』というそうで、「ニル」が否定言葉で「ヴァーナ」が灯火という意味があるそうです。大きな存在の灯りが消え訪れる静けさを表し、さらに仏教的には生きている間の執着...煩悩から解放される解脱(げだつ)も意味しているそうです。今まさに消えようとしている...。『Pトップ』ある業界?でそう呼ばれているものがあり、これも間もなく消えてしまおうとしています。そのあるものとは旧国鉄が製造したEF65型電気機関車です。その中でも旅客型(type passenger)の初号機である501号機が引退するという噂が先月末から流れ始めました。※初号機なのに何故500番台なのかは後述します。そんな中、東京都北区にある尾久車両センターにてEF65-501の社員撮影会が行われたとの情報が入りました。過去に同じような社員撮影会が開かれた直後に検査切れと同時に引退となった事が多いので、急遽入った情報を頼りに新金貨物線にて最後かもしれないので大雨のなか、撮影して来ました。EF65-501は第一線を退いた後はイベント列車等をけん引してきましたが、このコロナ禍により運用機会が激減しJR東日本も赤字と昨今、お金の掛かる全般検査(車でいう車検)を通さない可能性が出てしまい、鉄道ファン業界はざわめき立っています。せめて完全引退するなら、大宮の鉄道博物館へ収蔵して欲しいですが、最悪なのは長野で廃車解体されてしまう事です。なぜ初号機なのに500番台なのか...。EF65型電気機関車は大きく分けて4つのタイプが作られました。・一般形(貨物列車牽引用)の0番台・P型(高速旅客列車牽引用)の500番台・P型を元に作られた500番台のF型(貨物のFreight)・PF型(客貨両用の汎用型)の1000番台つまりは、P型500番台の初号機なのでEF65-501で通称『Pトップ』と呼ばれてます。0番台、500番台はほとんど同じ顔をしていますが、最後のPF型だけは前面に貫通扉があるので、見分けがつきやすいです。←EF65-1135牽引の回送列車ブルートレイン全盛期にはP型が東京駅で『さくら』や『富士』『出雲』などの先頭に立っていた姿を思い出される方もいらっしゃるかも知れません。まぁ私は現役時代を殆ど知らないんですが...。コロナ禍が招いた負の連鎖昨年、COVID-19によるコロナ禍により、鉄道業界も大打撃を受けました。SLなどは数度だけ運転されましたが、電気機関車はほぼ動くことはありませんでした。会社も赤字となり結果として例えレジェンダリーなものだとしても完全引退の対象になってしまう可能性が高くなるという悲しい事になろうとしています。私たちが行う『花あかり』は業界こそ違えど、フラワーロスというお花業界の負の連鎖を少しでも止めることを目指しています。プロジェクト終了の28日まで残り2週間を切ってしまいました、どうか私たちの活動を助けてください!お願いします!!
皆様。こんにちは。茨城県は潮来市にある慈母観音 潮音寺(じぼかんのん ちょうおんじ)のいち職員 阿部と申します。2月13日23:08に発生しました福島県沖を震源とするM7.3の地震によるお寺への被害ですが、本堂とは別の建物におまつりしてあります木彫の観音様が倒れる程度で済みました。昨晩、私は寺内で早めの夕食を取り、床についておりました。地震発生時ですが、私は以前から比較的大きな地震の時は、発生の際に出る二つの波のうち、初期微動と言われるP波(Primary wave)を感じ取れるらしく、大きな揺れのS波(Secondary wave)が来る前に目覚める事が出来、ある程度身構えることが出来ました。幸い私のいた建物は基礎杭がしっかり打ってありましたので、大きく揺さぶられる事は無く、ガタガタとした振動が続きましたが、揺れのなか急いで着替えて本堂、庫裏、不動堂など境内各所を巡回しましたところ、幸いにも冒頭の被害程度でした。気象庁の会見によれば、1週間程度は同等規模の余震に注意すべきとの事です、間もなくやってくる3月11日を前に10年前の『あの日』を思い出した方もいらっしゃったと思います、今一度『防災』を意識して生活して頂けたらと思います。
みなさん、こんにちは。茨城県潮来市にあるお寺、潮音寺の住職・村上定運です。本日、クラウドファンディングの支援額が300万円を突破いたしました! 160人を超える方にご支援いただき感謝の気持ちでいっぱいです。また、本日は茨城新聞でも花あかりのことを紹介していただきました。◆いま改めてお伝えしたい、花あかり開催への想いとは?「花あかり」は、フラワーライフ振興協議会による「献花式」と、潮音寺が毎年開催している「万燈会(まんとうえ)」を同日に実施するというイベントです。会場となる潮音寺は、2011年の東日本大震災で甚大な被害を受けたお寺です。花あかり当日の2021年3月11日は、震災から10年を数える節目の日。元々、震災で亡くなられた約2万人の犠牲者への追悼、復興への想いをろうそくの明かりに込めてお祈りする「万燈会」を開催する予定でした。そんななか、コロナ禍で大きな問題となった「フラワーロス問題」を知りました。2020年以降、様々なイベントが中止になったことで、使われることなく廃棄されてしまうお花が大量に発生しています。そうした事態を受け、少しでもこの問題の周知・解決の輪を広げたいという想いから、花あかりは企画されました。このプロジェクトでは、みなさまからのご支援によってフラワーロスに苦しむ生産者の方からお花を購入し、境内に飾ります。そのお花は廃棄せず、お寺に隣接する慈母学園の卒園式の装飾や、卒園児へのプレゼントに使用されるほか、クラウドファンディングのリターン品として支援者のみなさまに届く仕組みとなっています。現地では感染対策を徹底するほか、リモートでの参拝・参加ができるようオンライン配信を実施。境内いっぱいのお花と明かりを全国へ発信します。距離が離れていても、想いを形にして届ける技術がある今。震災からの復興活動を10年続けてきたこの場所で、みなさんといっしょに希望を持って進んでいけるように、当日まで走り抜けたいと思います。




