当時、完全耐水素材+布で作成していたコレは、200ccの水をカラにするために3日を要した。 それでも自然蒸発の10倍以上ではあったので、そのようにアピールする予定だった。 2017年年明け。 年末にご相談したマスコミの方にサンプルをお渡ししていたのだが、会話の中で以下のようなご意見が出た。 「思っていたよりも水を吸わないけれど、この商品はコンセプトが大事なのだから、これで良いだろう。」 また、同じ頃に、量産手法の件でご相談していた、印刷系企業の方にもサンプルをご提示していたのだが、やはり、同じご意見をいただいた。 「思っていたよりも水を吸わないが、それは仕方がない」 このプロジェクトに対し非常に好意的な方々が揃って「水を吸わない」と感じたのだ。 購入した人が「がっかり」することは、もう間違いない。 どの程度加湿されたかは、湿度計が無い限り、目では見えない。 それが最も体感できるものは「水の減り具合」だ。 しつこいようだが、このペーパー加湿器は自然蒸発の10倍以上の早さでコップの水を減らす。 だが、これを購入したお客様は、いちいち自然蒸発と比べたりはしない。ただ、コップの水が減る様子を見て、それだけの水が室内に広がったと感じるのだ。 お客様に満足してもらえなければ、このプロジェクトは根本から意味がない。誰が作ったかに関係なく売れるモノを作りたいのだ。最悪なのは「子供達が喜ぶならば、この程度は我慢しよう」だ。それはお恵みに他ならない。 「ああ、水がたくさん蒸発したね」と満足いただくために、吸水性の大幅な向上が絶対的に必要だ。 とは言え、完全耐水素材+布の組合せは、昨年の春にさんざん調べた。今の完全耐水素材+布は、部品が切出し可能で、長期に渡って剥がれない組合せを、試して試して見つけた素材だ。布部分の見直しは、恐らく芽がない。 「完全耐水素材+布の組合せ」以外を探る段階から見直す必要がある。 -----------------------------------------------------------------------ちょうど、この問題と呼応する問題が出ていた。 クラウドファンディングで証明するのは「量産できること」だ。 ところが、「完全耐水素材+布」によるペーパー加湿器の、部品の量産方法が見つからないのだ。 これは全く予想できていなかった。 ただの個人の私が、自宅にあるコンシューマー向けの安価な機材で作成できるモノなぞ、業者の手にかかれば何でもかんでも簡単かつ高精度で量産できるものと思っていた。 違うのだ。 実際に量産手段を探してみると、金額が高い安いの話ではない。「完全耐水素材+布」を「量産」という観点で安全かつ安定して切れる業者がいない。 トムソンカットには部品形状が細かすぎる。 レーザーカッターでは熱に弱い(燃えやすい)。 ペーパーカッターでは、細かい所でズレる。 何と言うことだ。 世にある「量産品」は、素材の制限、機材の制限のある中で、ちゃんと量産できるように考えて設計されているのだ。ああ、量産型の技術力の高さよ。この歳になってジムの設計者に想いを馳せることになるとは思わなかった。 先の吸水性の大幅増強の問題はもちろん、量産のことも考えた素材探しが必要になった。
「さらに断られる」で判明した課題「組み立ての更なる簡易化」を行うにしても、もはや画期的な進捗は望めない。 あくまで息子の場合だが、当初は1つ組み立てるために2時間以上かかっていたところを、30分まで縮めた設計なのだ。差し込みの形状や長さ、組み立てる時に指を入れる場所など、とにかく少しでも「難」を感じるポイントを洗い出しては微妙な修正を繰り返す、まるでスプーンで雪原をラッセルするような作業を続けていた。 同時に、相変わらず「店頭」へのアクセス手段はまるで持ち合わせていなかった。 そろそろ一人では手詰まり感もあり、「進め方」について友人に相談したところ、会話の最中に、マスコミに相談してみれば、何かうまい手を持っているかもしれないという言葉が出た うん。 私はマスコミ業界のことは紙や布より知らないど素人だが、そのせいだろう、確かに何かうまい手をご存知そうな感じがする。 人を探す先と言えば相変わらずバーしか知らぬ私は、いつもとは別の店に行った。 前に、そこで飲んでいた人の中に、マスコミの人らしき人がおられたような気がする。 マスターに事情を話すと、自分のバンド仲間がそうだと言い、いきなり、その翌日にご紹介いただけることになった。バーのマスターとは誠に異能だ。 テレビ番組の企画・制作をなさっているその方は、確かにうまい手を持っていた。 このプロジェクトの問題の一つは、私が卸業者でも雑貨の営業でもなく、特に何かの実績を持つわけでもない、どこの馬の骨とも知れぬただのおっさんであることだ。つまり信用がない。 何の実績も肩書も経験も持たぬおっさんが、いきなり紙細工を手に店先に表れて、これを置いてほしいのですが…と言ったとして、そんな怪しい話をどれだけ聞いてもらえることか。それが理由で、私は、ただ店先に行くだけのことができないのだ。 その打開策がクラウド・ファンディングだと言う。 いや、しかし、私は店頭で売りたい。モニター上で売れても、息子たちにはわからないと言うと、考え方が違うと言う。 クラウド・ファンディングを、知名度と実績を得るために使うのだと言う。 ここで言う実績とは、「売れたこと」と「量産できること」だ。 店舗にとって量産できることは重要なポイントで、ただの個人のおっさんがそこで信頼を得たいなら、実際にやってみせれば良い。とは言え、個人でやっているのだから量産は資金面が大問題だ。そこでクラウド・ファンディングだ。(彼が言うに)この夢は風変りだ。だからちゃんと伝われば支援が見込める。そして支援された=それらがちゃんと売れたのなら、それは店舗にとって仕入れるかどうかの判断材料になるだろう。 私は、このアイデアに飛びついた。
このペーパー加湿器の最も重要な点は、知的障がい者が一から十まで自力で組み立て可能であることだ。この点について、私は、作ったものを息子に組み立てさせて検証していた。 この話を考え出した当初、お世話になっている就労支援NPOに通う子供達の中で、息子は最も作業が下手だった。その息子が組み立てられる設計が実現できるのであれば、これはもう、どの子でも作ることが可能なモノになるはずだ。 そして、2016年10月。店舗での販売についての道筋は未だ立っていなかったが、息子が組み立て可能なモノは完成していた。店舗での販売実現に向けた活動と並行して、私は、就労支援NPOに組み立てのご相談に伺った。 ミサンガ編みにケチをつけたと取られても仕方がない相談だったが、訓練のバリエーションが増えるという理由で、非常に好意的に協力を申し出ていただけた。ただ、一点、提案した組み立て費の金額についてだけは却下された。 高すぎるとおっしゃるのだ。 この商品は組み立てる必要がある。組立工がいなければ商品として成立しない。そのように設計したのだ。その意味で、組立工はこの作業に誇りを持ってほしい。誇りある仕事には、見合う金額が支払われるべきだ。 私はそう言って説得を試みたが、これは「ごめんなさい、ダメなんですよ~」と穏やかではあるが取り付く島もなく断られた。 他の作業よりも割が良い作業が存在する状況は、訓練のジャマになるのだと言う。これが組み立てられない子供のモチベーションが下がることは避けなければならないと言う。 いや、それは大丈夫だ。これは、息子が組み立てられるものだ。なれば、他のどの子も組み立てることが可能なはずだ。 私がそう言うと、それは違うとおっしゃる。息子さんは、ここの子供たちの中で最もコミュニケーションに問題を抱えているため、長いこと不出来に見えていたと思うが、実は手順を覚えてしまえば一番手先が器用だ。彼が組み立てられることは、他の子供たちが作れることの証明にならない。 いくつか試してみて、訓練に使えるものかどうか、検討いただくことになった。 そして数日し、子供たちの半数しか組み立てられないシロモノであることが確認され、この話は受けていただけないことになった。 不覚だった。 最初の時から10ヶ月を過ぎ、私はやっと、何もできていなかったことを知った。 ただ、これ以上は容易にならぬと考えた設計を、更に、それも大幅に簡単にせねば箸にも棒にもかからぬという現実が挑発的で魅力的だったことは救いだった。
2016年9月には、剥がれる問題と並行して重要な出来事があった。 構造も素材もデザインも揃ったと思い込み、浮かれ調子のイカレポンチだった私は、最終目標である店舗での販売について、未だ何の手も持ち合わせていない現実に気づいた。 例えば、個人が経営しているオシャレな雑貨屋であれば、真っ直ぐ行って、相談すれば良い。 だが可能なら、障がい児である息子らが「特別でない、普段の買い物をする場所」として理解している何でもない店舗にお願いしたい。 例えば、ホームセンターや、ショッピングセンターや、デパートなどと呼ばれるまるで普通の店舗。 もっと言えば、これを始めてから、何度もその前に立ったあの場所。 東急ハンズ名古屋ANNEX店のペーパー加湿器売り場。 ペーパー加湿器が並ぶあの場所に、もしも、息子が組み立てたモノが並べば、ひょっとしたらと思う。 店で売っているモノは、誰かが作り、欲しがられたモノで、自分が作ったモノもその一つだと。 ひょっとしたら、もしかしたら、思いがけず、期せずして、ぼんやりとでも、ごく一部でも、それが彼に伝わるかもと思うのだ。 だが、このハゲときたら、ここまできて知識もツテも策もない。 検索の仕方もわからぬアイデアを探す先と言えば、私にはバーしかない。 toride TORIDEに行くと、瞬殺で東急ハンズ名古屋ANNEX店にツテのある人にツテのある人をご紹介いただいた。バーで人捜しとか、ドラマの探偵みたいですねと書いてて思った。 早速、教わったその方(知っている人だった!)に、相談し、ツテのある人をご紹介いただくことが出来た。 そこで、例によって私は、作ったモノをお見せし、目的をお話しし、東急ハンズ名古屋ANNEX店のご担当者をどうかご紹介して欲しいと、お願いした。 非常にやんわりとではあるが、最終的に断られた。 正直を言えば、当時は「紹介してくれるだけでよいのに」とがっかりした。 だが、今となっては、判る。 あの時私が作った、できたできたと有頂天になっていたモノは、仕事としてきちんと商品を取り扱う店舗に紹介すれば、紹介した人自身の大事な信用を貶めるほどにレベルが低いモノだったのだ。 もし、あの時、その辺のことを気にせずご紹介いただいていたならば、購入者をがっかりさせるレベルのモノであることにも気づかず、いたずらに時間と資金と信用を無くし続けるだけだった。 その時は、そうだと気づいたわけではなかったが、私は、作ったモノについて頭を冷やして考え直す機会を手に入れた。 実際に考え直すべきだったのだと気付いたのは、恥ずかしながら、それから4か月も後の翌年1月のことになる。
Jbstyleさんにデザインをお願いできた後、榊原ますみさん、タンクさん、awaoawady(名前から時々誤解されるが私ではない)さんともうおひとかたにも承諾をいただくことができた。 前にも書いたが通常なら謗りを免れぬむちゃくちゃなお願いを聞いていただいた。 そして2016年9月。 構造も素材もデザインも揃ったと思い込み、浮かれ調子のイカレポンチだった私に、JbStyleさんから「個展をやるから、そこに並べてはどうか」と連絡があった。 降って湧いたような良い話に、それはもう喜び勇んで、お願いします、持参しますと約束し、部品を作成し始めた。 最終目標に向かうためには、知名度は有れば有るほど良いに違いない。 当時の構造では、ペーパー加湿器1つ分の部品を作成するために、A4サイズで4枚の素材が必要だった。 最低でも10個は持参したいと考え、まず40枚の素材作成に取り掛かった。 --------------------------あんな冷や汗をかいたのは、何年ぶりだったろうかと思う。 接着剤の塗布も不要で、いきなり数秒で接着可能、耐水性は元から保証済みという、これ以上無い「うまい手」で作る、完全に耐水性のある紙に吸水性がある布を接着することで実現する素材。 これが、とにかく、作る端から剥がれはじめたのだ。 設定を変えても剥がれる。手順を変えても剥がれる。部屋の温度を変えても剥がれる。何をしても剥がれる。剥がれる錬金術師だ。略して、いや略しはしないが何をやっても何度繰り返してもダメだ。 このままではJbStyleさんとの約束を守れない。約束を守って描いてくれたJbさんとの約束を守れない。 当時の日記を見ると、「これだけ全部使い物にならない。ゴミ箱の中にもまだある。解決策の糸口も見えない。」と書いていた。 試せる手段のどれを試してもできない。 年初からほんの数日前まで出来たことが、近日の約束をした、そのとたんにできない。 まるで、呪いか罠だ。 さらに、もし、このまま解決しなければ、ここまで来て「素材探しからやり直し」という事態に陥るのだ。 頭を抱える。だがもちろん事態は変わらない。 個展なのだから、場所を空けていただいているはずだ。 私は、約束を守れなくなった旨を連絡した。 原因が判明したのは、約束の日を過ぎて1週間後だった。素材作成に使用する機材を(それをするなという注意書きに逆らって)分解し、組み立てなおす過程で、機材の部品の経年劣化が判明した。 とんとん拍子で進んできたが、ついに転んだ。 その3か月後、結局、私は、「素材探しからやり直し」という事態に陥ることになる。