こちらは区役所の情報編纂室です。全部門に向けて、新たな有害超獣個体の簡易対応手順を発行しました。このマニュアルは、全ての職員が閲覧可能です。=======================================◆PB-103簡易対応手順◇名称スイセイ◇発見者生活環境部門・自然防護課・超獣防護管理班花見屋 小也(はなみや しょうや) 博士◇危険度有害認定◇簡易対応手順・対応時、偶数人のチームを編成しないでください・対応主任者は、特別対応手順に記載されている「成長率」の項を熟読してください・ステージIV以降への成長が確認された場合、伐採課への通知を徹底してください=======================================【酔生夢死の心地】区内で植物を育てるためには、特別な許可が必要になる。土壌より発現する彼らの因子は、時に居住区のド真ん中でさえ発芽するのだから。私のような無頼者が、ほんのわずかな心の拠り所として持ち込む観葉植物でさえ、過去の事例を鑑みて、厳格な検査を通す必要があるのだ。しかし、そうしてバルコニーに置かれた、この一輪のアサガオは、どうだ。朝露を受けて輝く、この静かな青さ。登る日と共に顔を上げ、沈む日と共に眠りにつく。区内を往来する人々と同じく、太陽を愛し、そして月に護られている。平々凡々。リズムとしての生活。繰り返し、繰り返し。変わる必要などないのだ、と言わんばかりに、ただ静かに、日々を流転する。しかし、それでいながら美しい。私は、このアサガオのように生きてきた。区外にあって、まことただ一人で、特筆すべきことのない人生を送った。それでいて、この青さによく似たような失敗だけは、人よりも多く積み重ねてきた。しかし、何もなかった。私の人生には何もなかったのだ。味わった屈辱と、嚙み締めた後悔に勝るだけの結実を、ついぞ見なかった。私は数多くの人々と出会い、別れ、故郷を離れ、流浪の果てに。この区内へとたどり着き、そしてただ一人で、この仕事を続けている。人と触れ合うこともない仕事だ。ただの一人で不足のない仕事だ。私がここにいる限り続き、そして私がここから去れば、代役が続ける。そんな仕事だ。だが…それが、このアサガオのようである、と。思う都度、一抹の"救い"のようなものが、私の胸をすく。元来、生物とはそれでいいのだ、と。私もいずれ、このアサガオが種を付けるように、子を授かるだろうか。その子は私の人生における、結実と呼べるものだろうか。そうなれば、それはきっと素晴らしいことだろう。その時にふと思いついたのだ。このアサガオの隣に、もう一輪の連れ合いを植えてやろう、と。=======================================より詳細な対応手順へのアクセスには、レベルII以上のセキュリティ・クリアランスの提示、または当該クリアランスを持つ職員による認可が必要になります。






