京屋染物店の蜂谷淳平です。
ここ最近は岩手のアイデンティティについて、深く考える機会がとても多いです。
私にとって岩手のアンデンティティの象徴と思えるものが、岩手県東和町の丹内山神社にあるアラハバキという巨石です。
アラハバキとは、神を自然の中に感じていた古の時代、土地に暮らす人々の信仰の対象となっていた巨石のことを言います。
丹内山神社のアラハバキは、東北最大のアラハバキとされています。
こちらのアラハバキを教えてくれたのが、岩手で活躍するローカルプロデューサーの富川 岳(とみかわ がく)君です。
富川君は元々は大手広告代理店でバリバリに働いていたのですが、柳田國男の遠野物語に魅せられて、今では岩手に移住し岩手の深い文化を掘り起こし、地域の魅力として発信して行く活動に命を削っている人です。
彼自身もまた遠野に伝わる「張山しし踊り」の舞手でもあります。
『山ノ頂』を立ち上げる上で、沢山お世話になったプロジェクトの立役者の一人です。
「山ノ頂」コンセプトショートムービー内に出てくる、コピーライトは富川君くんによるもので、なかなか言語化できなかった山ノ頂のエモーショナルな思想を、上手く言葉に落とし込んでくれました。
広告代理店で鍛えられてきた経験は伊達ではなく、こういう人材が地方の文化に精通していてくれるのは地域にとって大きな財産です。
そんな彼が中心となって動いている活動の一つに『Iwate, the Last Frontier』(イワテ ザ ラストフロンティア)というプロジェクトがあります。
岩手という辺境の地で、誰にも知られることがなく語り継がれてきた数々の物語をコンテンツとして発信しています。
『Iwate, the Last Frontier』についてはこちらから
そのフィールドワークに参加させていただいた時に、このアラハバキを紹介してもらいました。
圧倒的なスケールの巨石ですが、その表面を優しくコケ包み込み、巨石の上にはナラの木が青々とした新緑の葉を茂らせています。 その木漏れ日がアラハバキに差し込み、自然の驚異的な造形物に圧倒されながらも、そこには穏やかな時間が流れていました。
かつて岩手には蝦夷という民が住み、自然と共に暮らしていました。
その蝦夷たちも、このアラハバキを信仰の対象にしていたと言われています。
蝦夷もアラハバキの前で、この変わらぬ自然の景色と同じ空気感を味わっていたのかと思うと感慨深いものがあります。
蝦夷はおよそ西暦800年、日本を統一政権にしようとした大和朝廷によって滅ぼされてしまいました。
蝦夷は文字を持たない一族だったため、その記録についてはほとんど残っておらず、大和朝廷が残した文献のみが知る手がかりとなっています。
文献によると、蝦夷はとても勇敢で強く、全身に刺青を施していて、蝦夷の兵力一人は大和兵力の10人分に相当すると言われています。
一方で蝦夷は、野蛮で人を襲ったり、モノを盗んだりする野蛮な一族だと記されています。蝦夷を描いた絵も、鬼として描かれています。
蝦夷という言葉も、大和がつけた名前で、東にすむ朝廷にまつろわぬ野蛮な民という意味でつけられた蔑まれた名前です。
そこには政治的な情報戦略が見え隠れしているように感じます。
岩手ではこの土地を支配した坂上田村麻呂が、昔から英雄として語り継がれていますが、私は強くて逞しく、自然と共に生きてきた蝦夷に憧れとカッコ良さを感じてしまいます。
アラハバキのような巨石に神を感じ、自然を大切にしている人々が、そんなに野蛮な一族なはずがないと私は思っています。
蝦夷とは謎の多い一族ですが、蝦夷を最も身近に感じるのは、ジブリ映画の『もののけ姫』ではないでしょうか?
もののけ姫に登場する主人公の『アシタカ』は、大和との戦に敗れて隠れ里に住み暮らしていた蝦夷の末裔です。
岩手県北から青森にかけてがアシタカの故郷で、もののけ姫の物語は蝦夷征伐からおよそ500年後の設定と言われています。
アシタカは西から来た祟り神に呪いを受け、自らの定めと向き合い『赤いシシ』にまたがり西へと旅立ちます。(※東北からシシと共に旅をする設定が面白いです)
西に行くと人と山の荒ぶる神々(獣)が、対立していましたが、アシタカは葛藤を抱えながらも山と人との間に入り『双方に生きる道はないか?』と必死に戦っていきます。
アシタカの山と人の間で生きる思想こそ、蝦夷の大切にしてきた思想であり、双方生きる道を求め続けていくことこそが岩手のアイデンティティだと感じています。
蝦夷の血はとうの昔に薄れ、私の中にも蝦夷の純然たる血は流れていないのですが、山ノ頂へと足を向かわせた底知れぬ動機は、この土地の思想そのものが私の中に流れていたからだと認識しています。
人と自然とが心地よい距離感であり続けるために、遠野で必死に戦っている富川君を見ていると、生まれは岩手ではないですが、岩手のアイデンティティをしっかり持ち合わせている一人だと感じます。
山ノ頂のクラウドファンディングで多大なるご支援をいただき、私がなによりも嬉しかったのは、同じ思想を持ち合わせ共感してくれる仲間が全国にこんなにも沢山いることが分かったことです。
山ノ頂のプロジェクトも、元は私一人で始めたプロジェクトでしたが、こんなにも多くの仲間に支えられて少しずつ大きくなっている姿を見ていると、これはもはや関わって頂いていたり、ご支援頂いている皆さんと共に作り上げているプロジェクトだと感じています。
いよいよ明日でクラウドファンディングは終わりますが、ここからが皆さんと共に歩むスタートの日だと感じています。
次世代により良い自然を残して行くために、自然と人の心地よい関係を繋ぎ直す物語を皆さまと共に紡いでいきたいと思っています。