こんにちわ〜!【100歳ピアノ誕生プロジェクト】メンバーのbozzoです。あと3日です!!3回寝たら、終わります。笑『100歳ピアノ』をどうにかフルリペアしたい。オーバーホール費用500万円に近づけるべく、何卒よろしくお願いします〜!本日は、この『100歳ピアノ』が竹野小学校を去った時分から見守ってきた田中音友堂の田中直彦社長に、『100歳ピアノ』の状態について、お伺いしました。ピアノの心臓部であります、ピアノ弦をしっかり留めておくピン及びピン板が、もう瀕死の状態です。ここをまずは新調し、ピアノ弦を張り替える作業が、とても大掛かりです。しかし、このピン板を替えなければ『100歳ピアノ』の再生は、あり得ない…と思います。私もこの『100歳ピアノ』が廃棄の鬱き目に遭い、ふれあい会館に移設されてから見てますが、それはもう、さまざまな試行錯誤を繰り返してきました。温度変化と湿度変化で、保存状態が「とても良い」とは言えない状況でしたから、調律するたびに、状態が悪くなったりしてました。昨年11月に奥城崎シーサイドホテルへ移設されてからは、「とにかく温度と湿度を一定にするよう心掛けてください」とお伝えしました。楽器にとっての温度変化&湿度変化は、命取りです。その意味でも『100歳ピアノ』はホテルという最良の環境を手に入れたと思います。あとは、ピアノの心臓部を全取っ替えして、広く竹野町民のみなさんに、長く触ってもらえたら。竹野町の方々は、このピアノへの思いが深いですから。『100歳ピアノ』を再生して、その思いがひとつになることを願ってます。竹野小学校では、備品扱いとして「廃棄」された『100歳ピアノ』。それを先日亡くなられた清水義春先生が先頭となって、なんとか「竹野町の宝として」保存していきたい…と引き取り、それでもご老体だった『100歳ピアノ』は、保存環境でどんどん劣化の一途。風前の灯とも言えた近年、自治会長與田政則さんの思い入れと、田中音友堂・田中社長の救いの手があって、その思いに共鳴した方々との連携で、いまここに、『100歳ピアノ』は在ります。【100歳ピアノ誕生プロジェクト】は、2009年の廃棄通告から始まっていたのかもしれません。あと3日、何卒フルリペアの成就を。瀕死から這い上がってきたこのピアノを、しっかり立たせてやってください。何卒、よろしくお願いします。m(_ _)m






