洋画家佐伯祐三の生家で障がい児と地域のアート拠点とアーカイブギャラリーを作りたい

佐伯祐三の生家が福祉事業を始めて100年。 大正末期から母子寮、幼稚部、図書館、日曜学校、お寺カフェ、相談指導、保育所、障がい児の入所施設など社会福祉事業を続けてきた歴史ある場所「中津学園(光徳寺善隣館)」を、障がい者と地域の人々やこどもがアートを通じて交流できる場所として再生したいです!

現在の支援総額

2,449,997

48%

目標金額は5,000,000円

支援者数

226

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2024/11/01に募集を開始し、 226人の支援により 2,449,997円の資金を集め、 2024/12/16に募集を終了しました

洋画家佐伯祐三の生家で障がい児と地域のアート拠点とアーカイブギャラリーを作りたい

現在の支援総額

2,449,997

48%達成

終了

目標金額5,000,000

支援者数226

このプロジェクトは、2024/11/01に募集を開始し、 226人の支援により 2,449,997円の資金を集め、 2024/12/16に募集を終了しました

佐伯祐三の生家が福祉事業を始めて100年。 大正末期から母子寮、幼稚部、図書館、日曜学校、お寺カフェ、相談指導、保育所、障がい児の入所施設など社会福祉事業を続けてきた歴史ある場所「中津学園(光徳寺善隣館)」を、障がい者と地域の人々やこどもがアートを通じて交流できる場所として再生したいです!

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クラウドファンディングのリターン品の中には、イベント系のものがあります。これは来年11月23日のお披露目イベントを参加型で楽しむものです。その中から今日は「こどもアートワークショップ」をご紹介します。注:こどもアートワークショップは10月25日開催です。その作品を11月23日に展示する予定です。 佐伯祐三にちなんで、祐三の絵をブリコラージュするワークショップをします。ブリコラージュとは、フランス語で「ありあわせの道具や材料を使って自分の手でモノをつくること」を意味する言葉です。 今回の材料は、壁紙、生地、レース、リボン、クラフトテープ、ボタンなどの材料を思い思いに貼り付けていく遊びをしたいと思っています。(こちらでたくさん用意します!)今回は、佐伯祐三が大阪を描いた数少ない風景画「肥後橋風景」と「郵便配達夫」を選んでブリコラージュしてみました。 当日の講師とともに作業をしましたが、楽しすぎてあっという間に2時間が経っていました。なんでも大人は成長することで既成概念ができ上がってくるので、ありきたりな作品になることが多いらしいです。こどもの作品はもっと大胆で面白いそうです。どんな作品ができあがるか今から楽しみです! まだ枠がありますので、興味がある方はご検討してみてください。 



大阪メトロ中津駅のデジタルサイネージで上映開始しました。大阪メトロの駅のホームや改札周りには、デジタル情報を発信する「デジタルサイネージ」があります。中津駅に、本日(12月3日)からクラウドファンディング情報を上映開始していただきました。すでに、インスタグラムやFacebookでお目見えしている動画の「緑色」バージョンです。 なんと、赤色の背景色が画面の三分の一以上を締めると、電車が赤信号と間違える可能性があるそうです。ということで、緑色に変えました。祐三のかっこいい緑にどこまで近づけたかは分かりませんが、結構いい感じになったかなと思っています。中津駅に降り立った方はぜひチェックしてみてください。梅田寄りのホームの柱と南改札口を出た正面の壁で、上映しています。


山田五郎さんにこのクラウドファンディングを取り上げていただきました!!「ダメもとだよな」と思いつつ、先週末に藁をもすがる気持ちで「オトナの教養講座」公式エックスにメッセージをお送りしたら、ちゃんと見てくださっていました。それどころか、応援文をお願いしたのに、「こちらのTwitter(エックス)の方が拡散力があるからそっちで書くね」とお申し出が。なんて優しい人でしょう。ますますファンになりました。ちなみに五郎さんも北野高校ご出身です。祐三の後輩にあたります。大好きで良く見ている「オトナの教養講座」。そこでも祐三を取り上げてくださっています。前半と後半の二部作でわかりやすくおすすめです!あと2週間、がんばります!!


現在、近畿大学寺川研究室では、昔の図面、祐正の娘さんの記憶、当時の写真などをもとに、祐正と祐三が過ごした洋風の家などの復元図や模型の作成に向けて作業を進めています。 残念ながら空襲で焼けてしまいましたが、祐正の娘さんの記憶によると、赤い屋根に白い壁の3階建で、窓がたくさんあったそうです。その建物は「楽浪園」と名づけられ、善隣館に作った音楽クラブが応接室で楽器を引き、楽しんだようです。祐正も祐三もバイオリンを弾きました。 この家は、あめりか屋という工務店が建てたそうです。寺川研究室ではあめりか屋へのインタビューもしているそうです。今も京都にあめりか屋はあり、当時のあめりか屋とは形を変えて継続しているそうです。 当時の人の様子はわかりませんが、私が近所の借家人なら「お寺やのに、洋風の家建てはったわ」と驚きの目でみていたことでしょう。 


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