【まちを紡ぐ】秋田・横手の雪深い山間でAIRに挑戦!映画監督が滞在&創作&交流

厳冬2月、映画監督 山﨑樹一郎 が秋田の雪深い山村(横手市山内三又)に10日間滞在するアーティスト・イン・レジデンスを成功させたい!東北の風土、雪に閉ざされた山里の暮らし、日陰に咲く山吹のように力強い“生”から創作ヒントを探す。山内に暮らす絵画作家 永沢碧衣 との公開対談や十文字映画祭での交流も予定

現在の支援総額

402,000

83%

目標金額は480,000円

支援者数

48

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2024/12/26に募集を開始し、 48人の支援により 402,000円の資金を集め、 2025/02/09に募集を終了しました

【まちを紡ぐ】秋田・横手の雪深い山間でAIRに挑戦!映画監督が滞在&創作&交流

現在の支援総額

402,000

83%達成

終了

目標金額480,000

支援者数48

このプロジェクトは、2024/12/26に募集を開始し、 48人の支援により 402,000円の資金を集め、 2025/02/09に募集を終了しました

厳冬2月、映画監督 山﨑樹一郎 が秋田の雪深い山村(横手市山内三又)に10日間滞在するアーティスト・イン・レジデンスを成功させたい!東北の風土、雪に閉ざされた山里の暮らし、日陰に咲く山吹のように力強い“生”から創作ヒントを探す。山内に暮らす絵画作家 永沢碧衣 との公開対談や十文字映画祭での交流も予定

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2月1日、山﨑樹一郎監督が岡山県真庭市より無事現地入りされ、AIRがスタートいたしました。朝、岡山県真庭市を出発、バスでJR岡山駅へ。岡山から新幹線を乗り継ぎ、夕方に大曲駅到着。大曲から滞在先の横手市山内三又までは本プロジェクトスタッフの自家用車にて移動。途中、道の駅美郷 併設のモンベル秋田美郷店にてスノーシューを購入。写真は、そのスノーシュー。このスノーシューがAIRにどのような展開をもたらすかは乞うご期待!逗留先の農家民宿三又長エ門さんに到着したところです。さて、明日はいきなり「雪おろし」の洗礼を受けることに〜(三又共助組合の活動に同行)(AIR予定)2/1 秋田県横手市山内三又入り、AIR開始2/2 三又共助組合の活動への同行(雪おろし など)2/2〜5 取材活動、聞き取り、交流など2/5『ひかりのおと』上映&山﨑監督と語る山内のイマ、コレカラ※撮影、創作活動・2/7 山﨑樹一郎&絵画作家 永沢碧衣 対談「これからのふるさとの話をしよう」 → 公開対談参加申込はこちらから・2/8 あきた十文字映画祭『やまぶき』上映&登壇・2/9 映画祭参加・2/10 AIR終了、帰途


この世界は死者たちがかつて生きていた痕跡の堆積であるだからこそ、この世界の事物には、残す意義が感じられるのだ「死者の痕跡であるこの世界において、死者とともに生きる」という認識が、人間の倫理にとって不可欠の要素死んだ人を忘れてはいけないという、ある意味では不合理な感情を無駄と切り捨てず、正当に評価することがいま、私たちに突きつけられた課題である映画監督 山﨑樹一郎&絵画作家 永沢碧衣公開対談「これからのふるさとの話をしよう」日時 令和7年2月7日(金)18時30分スタート会場 古民家やまゆ(横手市本町、蛇の崎橋たもと)参加申込フォーム からお申し込みいただけます。///////////////////////////////////////////////////////////死者をどう記憶するか佐藤啓介 2016年6月28日(火曜日)中日新聞「人生のページ」より死者の痕跡を生きる 倫理に不可欠な要素  近年、「墓石の不法投棄」が社会問題となっていることをご存知だろうか。日本各地で、墓の守り手がいなくなり、引き取り手のなくなった大量の無縁墓が、山中などに不法投棄されているというのである。 ここには、墓を継承する従来型モデルの限界が表れていると同時に、ある深刻な変化の兆しが表れているように、私には感じられる。それは「この世界から死者の痕跡をなくしてしまうこと」に対して、私たちにためらいがなくなりつつある、という変化である。 私たちは、生きていくなかで、目に見え、手で触れられる様々な痕跡を残していく。家の柱には、子ども時代に遊んで傷つけた跡があり、毎日履きつぶしている靴には、自分の足の形状が汚れとともに残されている。ネット上には、(時に消したい)SNS上の発言や、アップロードした写真が残されている。突きつめれば、この世界の事物は、私たち人間が、意識するしないにかかわらず、膨大な行為によって残した痕跡の積み重ねである。 その痕跡とは、私たちだけのものではない。名前も知らない無数の、今はもう生きていない死者たちの痕跡も、膨大に残されている。私たちは日々、土地開発などで、そうした痕跡を壊しながら生活している。だが、時に、昔の名も知らぬ職人が柱に残した痕跡にふと目がとまり、そこに訳もなく「大切さ」を覚えることがある。見知らぬ誰かが後世に届けたかった記憶に、手で直接触れたかのように。  私たちはしばしば、「死者にも尊厳がある」「死者に敬意を払うべきだ」などと、お題目のように口にする。だが、その尊厳や敬意の内容にまで立ち入って考えることは少ない。思うに、そうした尊厳や敬意の源泉にあるのは、かつてそこに誰かが存在し、そこで活動していたという事実を忘れてはいけないという、いたってシンプルな気持ちなのではないだろうか。 こうした気持ちに即してこの世界を改めて眺めてみると、この世界は死者たちがかつて生きていた痕跡の堆積である。だからこそ、この世界の事物には、残す意義が感じられるのだ。 もちろん、それを全て保存することなどできない。だが、例えば私たちは、知らない人が写った古い家族写真や、差出人も宛先もわからない古い手紙を、なんの価値もないといって捨てられるだろうか。おそらく、ためらうだろう。その理由は、「たたりに遭ったら怖い」という心霊めいた理由ではあるまい。私たちは、死者たちがその写真や手紙を残そうとした「思い」自体を抹消してしまうことにためらっているのだ。 この意味で私たちは、死者たちの記憶を「断捨離」できず、ついついそれにこだわってしまう「めんどくさい」人間なのである。 様々な宗教は、死者を弔い、死者を悼む儀礼を行ってきた。また、オカルト文化は、誇張した仕方であれ、死者の呪いやうらみというかたちで、死者のことを熱く語ってきた。それらの根底にあるのは、死者のことを安易に忘れてはいけないとこだわってしまう私たちの性質なのだろう。そして、いくつかの宗教は、教養や儀礼を整えることで死者にこだわってしまう感情に始まる「死者の痕跡であるこの世界において、死者とともに生きる」という認識が、人間の倫理にとって不可欠の要素だと思っている。 墓石の大量不法投棄の話に戻ろう。おそらく、このニュースに感じる寒々しさは、墓石という「宗教的事物」が廃棄されている、という点にはない。そうではなく、墓石という、死者たちがかつて存在したことの明らかな痕跡を、無縁であるという理由だけで捨てることができることへの驚きが、このニュースを際立たせている。死者にこだわってしまう「めんどくささ」が、文字通り面倒なものになり、「死者の記憶を捨ててしまえ」とする風潮が登場しているのだ。 私たち人類が、長らく死者に敬意を抱いてきたのは、伝統と因習がもたらした幻想だったのだろうか。それらは、生活を邪魔する重荷でしかないのだろうか。私はそうは思わない。死んだ人を忘れてはいけないという、ある意味では不合理な感情を無駄と切り捨てず、正当に評価することが、いま、私たちに突きつけられた課題であるように思う。そして、いま、日本社会において宗教の役割や存在意義が問われているとすれば、こうした問題と切り離しえないのではなかろうか。さとう・けいすけ 1976年、青森県生まれ。博士(文学)。上智大学大学院実践宗教学研究科死生学専攻 教授。


どうせ衰退するのに、なぜそこで暮らすのですか?そう思うなら、消滅をめざしてよりよく生きたらどうですか?映画監督 山﨑樹一郎&絵画作家 永沢碧衣公開対談「これからのふるさとの話をしよう」日時 令和7年2月7日(金)18時30分スタート会場 古民家やまゆ(横手市本町、蛇の崎橋たもと)参加申込フォーム からお申し込みいただけます。///////////////////////////////////////////////////////////これも壊れる  2021年01月20日 | 日記(恐山あれこれ日記 https://blog.goo.ne.jp/jikisaim より)ある修行僧が老師に質問しました。「この世の終わりの大火災が起こって、全宇宙が壊滅する。そのとき、これは壊れますか?」 禅師は答えます。「壊れるな」 それを聞いて修行僧は言います。「じゃ、それに従っていきましょう」 すると老師は、「それに従っていけ」 この問答の解釈は、結局、修行僧の冒頭の質問をどう考えるかに尽きます。私の解釈は次の通りです。 修行僧の質問の意味は、始まったり終わったりする物事、発生したり消滅したりする現象とは別の、それ自体で存在する実体や本質、あるいは真理のようなものがあるのか、ということでしょう。質問中の「これ」とは、そういう絶対的で超越的なもの、「永遠の真理」「真実の自己」のようなもの、あるいは「悟り」と言ってもよいでしょう。 これに対して、禅師はあっさり、「壊れる」と言います。そんなものはない、諸行無常というわけでしょう。 ならば仕方がない、というわけで、修行僧は「それにしたがう」、即ち諸行無常に任せて、そのままに生きる、と言うわけです。これは、ある種のニヒリズムに受けとられかねません。 しかし、仏教はニヒリズムではない。だから、老師は即座に、同じ文句を命令形に直して、修行僧に言い返すのです。これはどういうことか。 諸行無常だからといって、ただそれに追従していくのでは、仏教にならない。一切は無常と見切ったら、その無常をいかに生きていくか考えなければならない。敢えて自らの生き方を選び、「真実の自己」などではなく、「無常の自己」を引き受け、生き方を構築していくべきなのだ。仏教はその方法であり、提案なのです。「どうせ死ぬのに、なぜ生きるのですか?」「そう思うなら、死をめざして生きたらどうです?」///////////////////////////////////////////////////////////


AIRよこての交流プログラムのひとつとして、滞在先の(横手市)山内地区の住民自治組織である「山内地区交流センター」との共催で、山﨑監督の長編第1作『ひかりのおと』上映と山内地区住民との交流会をやることになりました。(拍手)本AIRよこてにあたって、真っ先にご相談したのが、山内地区交流センターの永沢センター長。地元キーマンとの顔つなぎや、地域に入っていくにあたっての心構え、取材先候補など、この方がいなかったら実現しなかった試みでした。1月15日付、秋田魁新報掲載記事で山﨑監督と語らっている方が永沢センター長。センター長の熱い思いで実現した交流プログラムです!(上映&交流会チラシより)「2月1日から三又地区に滞在し、地元住民らと交流しながら雪深い山里の暮らしを体験する山﨑樹一郎監督。全国各地で衰退しつつある山村の、かけがえのない日常にスポットを当てる作品を作り続けている山﨑監督とこの機会に気軽に語り合いませんか?映画を鑑賞後に軽食(いぶりがっこ・おにぎり・お茶)を食べながら休憩を挟み、山﨑監督を囲んで話し合います。ご家族や友人、知人お誘いあわせの上、是非ともご参加ください。」「都会から片田舎に移住したのはなぜ?」「住民との交流を通してどんなことを感じていますか?」「この映画に込めたメッセージはなんですか?」「三又地区を滞在場所に選んだ理由は?」「人口減少や高齢化に危機感を覚えているのですが・・・」いつ  2月5日(水)【上映】18時から【交流会】20時からどこで 山内地区交流センターだれと 山﨑樹一郎監督と参加された住民の皆さんとなにを 映画製作に関することや山内のヒト・モノ・コト、コレカラなど話し合ってみたいことどのように 車座でフリートーク申込 2月4日(火)まで、山内地区交流センター参加費 500円秋田県内では初となる『ひかりのおと』上映。さらに山﨑監督と地域のことを本気で語り合うという稀有な企画です。肚(はら)をくくって取り組む覚悟のある方どうですか?中国で初めて出会った山崎樹一郎は自らの映画を作り上げる基盤を「見えない予算」と呼んでみせた。『ひかりのおと』を映画美学や演技の側面から語れば、そこには毀誉褒貶あるだろう。ただ、重要なことはたった一つで、10年後には山崎樹一郎は必ず、日本映画にとって極めて特異かつ重要な映画作家になるということだ。『ひかりのおと』を見ること自体は、今でも、10年後でも別に構わないと思うし、もしかしたら10年後の方がもっとこの映画のことがわかるかも知れない。ただ、『ひかりのおと』を今見ることは、10年後にできる極めて重要な映画の「見えない予算」となることに、確かに通じている。その機会は、逃さないのがよい。濱口竜介|映画監督 (『ひかりのおと』公式サイトより)


メイン画像は、会場の古民家やまゆアーティスト・イン・レジデンスよこて(AIRよこて)特別企画のお知らせコロナ禍真っ只中の2020年11月に開催された伝説の哲学カフェが趣向を変えて一夜限り復活します。その名も…映画監督 山﨑樹一郎&絵画作家 永沢碧衣 対談「これからのふるさとの話をしよう」開場: 2月7日18時(開始18:30)会場: 古民家やまゆ(横手市本町)    横手城下の横手川にかかる名橋・蛇の崎橋のたもとに佇む古民家【限定20名】参加申込はこちらから山﨑樹一郎さん岡山県真庭市の山間でトマト農家を営みながら世界に向けて作品を問うている映画監督 山﨑樹一郎と、横手市山内を拠点に土着や自然をモチーフに創作に取り組む絵画作家 永沢碧衣による公開対談です。永沢碧衣さん山﨑監督作品『新しき民』では、江戸時代の岡山県津山藩領の山中(さんちゅう)と呼ばれる山間地域で起こった百姓一揆をモチーフに、故郷を捨てて生きのびること、弱さを引き受けること、を描いています。かつて薪や炭など横手城下の物資供給を担った横手川源流域(山内三又、南郷など)で、創作に取り組む山﨑監督とこの地域にアトリエを構え、釣りや狩猟でこの辺りの山河に慣れ親しむ永沢碧衣さん。山やマタギ、生業や山間集落での生活、映画・絵画・創作活動を通して、『これからのふるさと』について語り合います。【参考提題】小倉拓也・哲学カフェ「これからのふるさとの話をしよう」(2020.11.27)高橋源一郎x山﨑樹一郎 対談「豊かな社会ってどんな社会?」(2022.12.4)


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