サッカーボールで笑顔を届けたい!タイとケニアの子どもたちに喜びを

サッカーが人をつなぐ力を持つと実感した経験から、サッカーボールを貧しい地域の子どもたちに届け、サッカーを通じて笑顔や友情を広げたいと考えています。タイとケニアの孤児院や貧困地域などを支援先とし、クラウドファンディングで資金を集め、2025年4月以降にボールを配送・配布する予定です。

現在の支援総額

183,000

122%

目標金額は150,000円

支援者数

31

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/02/19に募集を開始し、 31人の支援により 183,000円の資金を集め、 2025/03/23に募集を終了しました

サッカーボールで笑顔を届けたい!タイとケニアの子どもたちに喜びを

現在の支援総額

183,000

122%達成

終了

目標金額150,000

支援者数31

このプロジェクトは、2025/02/19に募集を開始し、 31人の支援により 183,000円の資金を集め、 2025/03/23に募集を終了しました

サッカーが人をつなぐ力を持つと実感した経験から、サッカーボールを貧しい地域の子どもたちに届け、サッカーを通じて笑顔や友情を広げたいと考えています。タイとケニアの孤児院や貧困地域などを支援先とし、クラウドファンディングで資金を集め、2025年4月以降にボールを配送・配布する予定です。

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サッカーボール、無事に現地へ届きました!ご支援いただいた皆様へ、心からの感謝を込めてご報告です。このたび、皆さまからの温かいご支援により、タイの孤児院「バーンロムサイ」と、ケニア・ナイロビのキベラスラムの子どもたちにサッカーボールを届けることができました。発送から約10日ほどでタイにはボール10個と空気入れ、メッセージカードが無事届き、早速子どもたちがボールを手に取り、笑顔で遊んでいる姿が見られました。バーンロムサイ(https://www.banromsai.jp/)の現地スタッフの方が写真を届けてくださいました。また、ケニアでは、A-GOAL(https://a-goal.org/)の現地スタッフの方や代表の岸様がボールを購入し、サッカーリーグでの公式球や賞品として、子どもたちや地域のチームに届けてくださっています。整ったグラウンドがない環境の中でも、子どもたちは夢中でボールを追いかけ、心からサッカーを楽しんでいます。子どもたちが目を輝かせてボールを蹴るその姿は、大きな感動であり、皆さまからのご支援が確かに“笑顔”に変わったことを実感しています。このプロジェクトを通じて、「サッカーボールがあれば、どこにいても笑顔になれる」ということを、改めて強く感じました。なお、プラチナ・ゴールドスポンサーとしてご支援いただいた皆様には、オンライン報告会を予定しております。現地の様子や子どもたちの反応、活動の舞台裏などを直接ご報告させていただく予定です。詳細(日時・URL)は、別途メールにて個別にご連絡させていただきますので、どうぞ楽しみにお待ちください。改めまして、皆様のあたたかいご支援と応援に、心から感謝申し上げます。このプロジェクトは、小さな一歩かもしれませんが、確かな“希望の種”となり、子どもたちの未来につながる力になったと信じています。これからも、「サッカーボールで笑顔を届ける」活動を少しずつでも続けていけたらと思います。本当にありがとうございました!渡邉拓朗


皆さまの温かいご支援、本当にありがとうございました!たくさんの方に寄付をいただき、おかげさまで目標金額に達成し、無事クラウドファンディングを終了することができました。心より感謝申し上げます。「サッカーボールで笑顔を届けたい」という想いを、多くの方が共感し応援してくださったことが、とても嬉しく、自分の自信にもつながりました。このページでは、現在の活動のご報告をさせていただきます。【タイ】バーンロムサイ孤児院へタイ・チェンマイにある孤児院「バーンロムサイ」に送るサッカーボールを購入し、4月4日に航空便で発送しました!到着は10日前後を予定しています。現地の子どもたちが実際にボールを手にして遊んでくれる日が、今からとても楽しみです!送った内容は以下の通りです:サッカーボール:10個手押し空気入れ:2個(替え針つき)サポーター(支援者様)名入りのメッセージカード支援してくださった皆さまの気持ちも、一緒にお届けします!笑顔が広がる瞬間を想像すると、ワクワクが止まりません。【ケニア】キベラスラムの子どもたちへケニア・ナイロビのキベラスラムでは、社団法人A-GOAL様が現地でサッカーリーグの運営や子どもたちの支援活動を行っています。3月26日にサッカーボール購入費として133,000円を寄付しました。このご寄付は、A-GOAL様の現地スタッフの方がボールを購入し、リーグ開催時の公式球や、優秀チームへの賞品として活用していただく予定です!寄付金の使い道や、子どもたちの様子なども、後日あらためてご報告したいと思います。これからも、ひとつひとつ活動を続けていきますので、どうぞ引き続き見守っていただけたら嬉しいです!本当にありがとうございました!渡邉拓朗より


ニッパツ三ツ沢球技場でクラウドファンディングのチラシ配りをしました!サッカーチームY.S.C.C.(横浜スポーツ&カルチャークラブ)様のホーム試合にてクラウドファンディングのチラシ配布をさせていただきました。会場に来ているファンの方々がとてもやさしくて、みなさんビラを受け取ってくれ、うれしい応援の言葉もいただきました。チラシ配りの後は球技場でサッカーの試合を観戦しました。三ツ沢球技場は選手との距離が近くて、見ていてとても楽しかったです。配布を許可していただいたY.S.C.C.の皆様、配布をお手伝いいただいたA-GOAL代表の岸さんファミリーありがとうございました!引き続きがんばります!


サッカーボールの寄付先である、タイの孤児院を運営するNPO法人バーンロムサイジャパン代表の名取美穂さんにインタビューをしました。バーンロムサイを始めるきっかけ、チェンマイの孤児院施設で暮らす子供達のことなどを聞いてきました!Q1.チェンマイに孤児院を作ることになったきっかけを教えてください。最初にチェンマイに行ったのは1996年で、その時はただの観光でした。もともと私はインテリアファブリックのメーカーに勤めていて、そこがチェンマイに工場を持っていました。その工場長のスイス人のおじいちゃんととても仲が良かったので、会社を辞めたタイミングにバックパッカーで遊びに行きました。その時、たまたま私が通っていた「東京ドイツ学園」のスクールドクターをしていた方が、チェンマイでエイズ末期患者のケアをするボランティアをしていました。せっかくなのでその活動に2〜3日同行させてもらったことがきっかけでした。病院では大広間に簡易ベッドが並び床にも布団が敷き詰められていて、そこに末期のエイズ患者さんたちがずらっと並べられていました。当時は、まだエイズの薬がなくて、HIV=死という時代ですから、本当に「死を待つ場所」でした。そのドクターが、患者さんたちに瞑想を教えて、死を迎える心の準備をしたり、痛みを和らげる呼吸法を指導したり、消化が良くなる食事の仕方を教えたり。最期の最期まで寄り添って、手を握って見送る、そういう活動をしていました。私はそれを目の当たりにして、「こんな世界があるのか」と心底衝撃を受けました。後から知ったことですが、チェンマイはバンコクよりもHIV感染者が多い地域でした。親は出稼ぎに行き、残された子どもたちはおばあちゃんに育てられる。貧しくて教育を受ける機会がないから、予防する知識もなくて感染が広がってしまいます。そういう現実が目の前に広がっていて、私の「人生の転機」と言っていいほどの経験をしました。Q2. バーンロムサイができるまでの経緯を教えてください。その後、私の母もチェンマイに遊びに行き、現地で同じようにエイズの現状を見て、同じくショックを受けた様子でした。母は現地に長期滞在しボランティアをしていました。そんな時に、人伝いに「ジョルジオ・アルマーニのジョルジオさんが、エイズ支援をしたいと言っている」という話が偶然舞い込み、それならチェンマイにエイズ孤児のための施設を作りませんか?と提案したら、「やりましょう」と返事をいただきました。すぐに土地を探して、建物を建てて、人を雇ってと進めました。母は現地でコーディネートをして、私は日本でホームページを作ったり、パンフレットを作ったり、寄付を集める役割を担いました。全部が偶然とご縁で繋がって生まれたのが、バーンロムサイなのです。Q3. 施設で暮らす子供たちについて教えてください。子どもたちは学校に通っていますか?孤児院に住んでいるからという理由でいじめられたりする事はありませんか。子供達は皆学校に通っています。孤児院だからという理由でいじめられたりする事はなく、みんな仲良く過ごしていると思います。Q4. 子供たちは学校に行く以外にはどんなことしていますか?学校以外の時間は、庭の掃除を手伝ったり、宿題をしたり、庭で遊んだり、音楽を聴いたり自由に過ごしています。庭掃除と朝ごはん作りは自分たちで行うという決まりがあるので、年長の子供達が中心になってやってくれています。Q5. バーンロムサイで働いている卒園生はいますか?何人か卒園生が働いています。宿泊事業のresort hoshihanaで庭師として働いている子や、大工仕事やメンテナンスチームで働いている子もいます。卒園生の一人が「お世話になったお礼に」と毎週子どもたちにギターを教えに来てくれています。こうやって卒園生が戻ってきてくれるのは本当に嬉しいです。Q6. 子どもたちが一番喜ぶことは何ですか?外からお客さんが来て、一緒に絵を描いたり、遊んでくれたりするのが一番嬉しいみたいです。日本のお菓子も大好きで、日本の方がお菓子を持ってきてくれると大喜びします。Q7. タイの子どもたちと日本の子どもたちと違いがありますか?子供達の違いはわからないのですが、タイの人を見ていて、とても楽観的で明るい人が多いと感じます。現地で自然災害が起こって大変な状況だった時に、「悩んでいても仕方ない、どうにかなるさ」という、すごく前向きでおおらかに構えているのを見た事があります。Q8. タイの学校は日本のように無料で通えるのですか?タイの公立学校は基本的に無料です。でも制服や教材費、通学費がけっこう負担になります。タイの学校は曜日ごとに制服が違って、伝統服の日、ボーイスカウトの日、体操着の日のような感じで制服を揃えるだけでも大変です。だからお金がない家庭の子どもは、学校に行かせてもらえなかったり、途中で辞めてしまったりすることも珍しくありません。そういう子たち何名かも、少額ながらサポートしています。Q9. バーンロムサイの運営を続けていく中で、大変だったことを教えてください。一番大変だったのは経営が難しくなった時です。東日本大震災の時は、バーンロムサイを支援してくれていた方たちが、東北支援に向かったことで寄付がなくなってしまい、もちろん、それはすごく理解できることですが、運営する側としては本当に大変でした。コロナの時も、resort hoshihanaにお客さんが来なくなってしまい、縫製場も閉鎖して商品も作れませんでした。でもそれは私たちだけではなくて、世界中の誰もが大変な思いをしていたので、私たちも何とか踏ん張るしかないという感じでした。ボランティアさんの確保も難しいと感じた事で、現在はボランティアの方ではなく、現地スタッフにお給料を払って運営をしています。こういった継続することの難しさはずっと感じています。Q10. バーンロムサイを続けてきて嬉しかったことは何ですか?卒園した子たちが、ふらっと遊びにきてくれて近況報告をしてくれることが一番嬉しいです。Q11. これからバーンロムサイをどんな場所にしていきたいですか?最初はHIVに感染した子どもたちの命を守るために始めましたが、今はお薬もできて服薬をすれば普通に生活できるようになりました。おととしに最後のHIV感染の子が卒園して、今は普通の孤児院になりました。これからはバーンロムサイの子たちだけじゃなく、周りの地域の子どもたちにもいろいろなチャンスを広げていきたいと思っています。例えば、勉強する機会がない子や家庭の事情で学校に行けない子にも、ちょっとずつサポートをして子供達の未来が開けていける場所にしていきたいです。寄付で作っていただいた図書館がありますが、そこで子供達に絵のワークショップをやったり、縫製の技術を勉強したり、焼き物をやったりしています。自分ができることに気づいて好きなことが見つかれば、それが将来仕事につながるかもしれない。そうやって自立につながるきっかけを作ってあげられたらいいなと思っています。みんなが自分に合ったものを見つけられるわけじゃないけど、選べるということはすごく幸せな事だと思います。「いろんな選択肢があるんだよ」と伝えるだけでも、きっと子どもたちの未来は変わると思うので、これからも色々なことにチャレンジしていきたいと思っています。世界を大きく変えることは、たった一人の力ではできないけれど、目の前の誰かを助けることなら誰でもできます。世界中のみんなが、自分の周りの人をちょっと気にかけるだけで、それがつながってすごく大きな力になるので、私たちも目の前の子どもたちにできることを続けていきたいし、それがもっと広がっていくことで世界を変えることができると信じています。話を聞いた後の感想名取さんにインタビューをして、いくつも印象に残るお話がありました。1つ目は、名取さんがおっしゃっていた「小さな活動でも、たくさんの人が少しずつやっていけば大きいものにもなる」という言葉です。僕は今、学校のテーマ学習で「貧困」について勉強していますが、僕一人が勉強しているだけでは小さなことなのでそんなに意味はないと思うときもありました。でもこの言葉によって、一人一人が勉強したり知ったりすることにも意味があると思えてきました。2つ目は、バーンロムサイの孤児院や、そこに住んでいる子供達についてです。孤児院の子供達を想像すると、両親がいないのだから少し寂しいイメージを持っていましたが、子供達が楽しそうに暮らしている様子を聞けて嬉しかったです。3つ目は、名取さんの行動力や頑張りについてです。旅行でいった場所で偶然見た状況を自分で変えようと行動を起こしているところがすごいと思いました。名取さんにインタビューでお話を聞けてとても良かったです。


一般社団法人A-GOALケニア担当の田口さんにキベラスラムの現地の様子をお聞きしました。田口さんは、大学生の頃から海外で色々な支援活動を始め、現在はお仕事のかたわらA-GOALの活動にも取り組んでいます。Q1 キベラスラムでは人々はどんな家に住んでいますか? トタン屋根の家がほとんどです。6畳で10人が住んでいるような家族も珍しくなく、その中でご飯を作ったり寝たりしています。簡易的な家なので、雨や風の時は雨漏りしたり壊れたり、またどこかで火事が起こると全体に火が広がってしまいます。Q2 キベラスラムに行って驚いた事はなんですか?マイナスの面としては、ゴミを捨てる場所が決まっていないので、町中にゴミが溢れています。人々は、ゴミはいつか土にかえると思って捨てていて、プラスティックが自然に還らない事を知らない人が多いのだと思います。誰も悪くない状況でそうなってしまっているのは考えさせられます。プラスの面は、子供達や人々がとても明るく楽しそうだったことです。毎日一生懸命生活し、生き生きとしていて、自分が思っていた大変な状況の人たちという印象が変わりました。また、貧しいはずなのに私にも食べ物を分けてくれようとするといった人々の優しさなど、現地の人達から教えてもらう点も多かったです。ぜひ日本の子ども達にも見てほしいと思った点です。Q3 サッカーをするための広場やグラウンドはどんな場所ですか? サッカーグラウンドは土のグラウンドです。ただ、それはリーグが開催されている時に試合で使用する場所で、子どもたちが自由に使えるわけではありません。また、そのグランドと学校のグラウンド意外に日本の公園のような広い場所はあまり多くありません。普段は線路の横や、ゴミ捨て場、路地などの空いているスペースで練習している子もいます。 Q4 サッカーボールを持っている子はいますか?リーグに参加している子供達にはスラム外に住んでいる子も参加しています。スラム外に住んでいる子たちの中には、比較的裕福な子もいてサッカーボールを持っている子もいますが、キベラスラムに住んでいて個人でボール持っている子はほとんどいません。チームでもボールが無くて困っているとコーチから連絡を受けたこともあります。Q5 服などは手に入るのですか?スラムの中にはマーケットがあり、その中で海外から寄付された古着や靴などがたくさん売られていて、衣類は手に入りやすいです。キベラスラムはアフリカ最大のスラムでもあり、ヨーロッパ各国からの寄付の物資もたくさん届いています。しかし、それがどのように実際に困っている人の手に届いているのかというのは不明瞭な部分があります。Q6 キベラスラムではサッカーは人気がありますか? サッカーは一番人気のスポーツです。リーグに参加するチームにはコーチがいますが、コーチが指導方法を学ぶ環境もあまり整っていません。その反面、リーグに参加するチームから学ぶこともあります。私が現地でリーグを見て、とてもいい文化だなと持ったのは、試合終了後に両チームで円陣を組む事です。相手へのリスペクトの気持ちが表れていて、とても良い習慣だと思いました。 Q7 サッカー以外に人気のあるスポーツはありますか? バスケも人気があります。ケニアの人は身長が高い人が多いので、バスケットも人気があるのだと思います。Q8 サッカーをして、子供達に変化はありましたか?一番大きな変化はリーグによって毎日が充実する子どもたちが増えたことだと思います。サッカーをすることで、できなかった事ができるようになった経験をして、前向きになれるような経験を皆さんもしたことがあると思います。 また、キベラスラムには子供達がドラックに手を出すなど悪い事も身近にある状況ですが、楽しいことに夢中になる経験をすることで、そういったものから離すことができています。 Q9 田口さんが考えるキベラスラムの子供達の未来について教えてください。キベラスラムに住む子供たちは、自分自身で自分の未来への選択ができない子が多いのが現状です。そういった子供たちが色々な経験をすることで、自分の未来を選べる人になってほしいと思っています。A-GOALは、みんなが大好きなスポーツであるサッカーの力を使って、人と人の距離を縮めて絆を作り、信頼関係を作って食糧なども支援しています。そんな風に接点を作ることが大事だと考えています。僕は、日本の子供達にもアフリカの人たちの事を知ってほしいと思っています。知ることで想像したり、人を思いやったりする事ができるようになると思います。違う人たちを理解することは、色々な課題解決の一歩になると思います。インタビューをしての感想田口さんにキベラスラムのことを聞いて、僕はそこに住む人々の様子にとても驚きました。6畳の広さに10人くらいで住んでいる家族が多いというのは、自分の今の生活と全く違うものでした。どんな生活なのか想像するのは難しいですが、とても大変だろうと思いました。でも僕が思っていたのとは違い、田口さんはみんなが毎日楽しそうに暮らしているという話もしてくれました。日本の子供よりも楽しそうに見えるというのは意外でした。またサッカーの試合が終わった後、両チームが一緒になって円陣を組むという習慣は、相手へのリスペクトを示すいい方法なので、日本でもやりたいなと思いました。キベラスラムのこと以外にも、田口さんがなぜこのような活動をしているのかなど、学生の頃のお話などを色々としてもらえてとても楽しく、勉強になりました。


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