明日が、しがまち図書館オープン。14時から20時までゆるりゆるりと行うことになります。オープニングイベントは行わず、まずはゆっくりと。そして滋賀に浸透するようにはじめていきます。改めて、なんで民間企業が図書館づくりをすることにしたのか。そもそもしがとせかいとは何なのかというのをめちゃくちゃ長い記事で書きました。読みたいところから読んでもらえたらなと。まじで長いです。2010年初頭:ジャパニーズを創った。高校3年のときの成績表僕はすんごい頭が悪いです。特に学校で学ぶ5教科に関して。学問に才能みたいなものがあるとしたら、そこはないと断言します。あとそこの努力をおざなりにしてしまっているので、本当の当時の学校の先生達にはめちゃくちゃ申し訳ない。ただ生きる能力みたいなのはあるようで、社会でサラリーマンとして3年間生きて、これは無理だとわかった後に、「社長になる」みたいな自分で一から頑張ってみようー!というのは出来たみたいです。といっても2008年頃に一度個人事業主で開業して、でもだめで工場やカフェで働いているので、才能とかはもちろんありません。ロゴマークに意味はなく、JAPANと組み合わせたら読めそうなやつ。2010年に再度個人事業主を開業する時に名前を決めたのが「ジャパニーズ」でした。昔から自分でインターネットで何か創るのが好きだったので、いつか世界中で使われるサービスを作って、それが世界中で広まったときに誰がやったんだ?となって「ジャパニーズ」という社名を見てもらったら「日本人がやったんだー」となるように、ジャパニーズにしました。うーむ、懐かしい。(当時行っていたバスケチームの練習中に思いつきました。振ってきた感じで!)ちなみに開業当初は「チラシを作る」で生きておりました。2010年頃はホームページを作るよりチラシを作るほうがニーズがありまして、それで個人でほそぼそとやっていました。2014年:コワーキングスペースをはじめて、半年間誰も来ない日々を送るそこから一人で個人事業主をしていて、2014年に法人にできるぐらいの売上になったので「法人にしよう!」と思うようになりました。プラス自宅でしていたので、せっかくなら事務所借りたいなーと思ったら、知り合いの人が「空き家を貸してあげるよー」といってもらえたから貸してもらいました。一人だと広い!かったので、その当時東京でコワーキングスペースというのが流行っていたので、せっかくならそうしようと思って今プラスができます。ちなみに今プラスという名前を思いついたのはお風呂です。これも色々と考えていたらバッと思いつきまして「みんなの今がプラスになる場所」がいいなーと思って決まりました。今も変わらずある今プラスは、いまぷらという言葉で略称されるようになります。嬉しい。ただ問題があって。誰も知られずに、半年間ぐらい誰も来なかったです。誰一人として来ないので、自分一人でずっと仕事してました。懐かしい。。。誰も来ないことが当たり前だったので、最初の利用者の人が「今日やってますか?」と言ってもらえたときは本当は休みだったのにやりました。あの時の嬉しさは今も残っていて。そして多分それが今も残っているから、リアルな場を事業とするときにいきなりドンっと来るより、地域に浸透するように人は必ず来るからと思って図書館もゆっくり浸透させるようにしようと思ってます。2015年:湖南市の情報サイトを始めてみて褒められるようになる。今プラスを作っても人が来ない。その理由は地域の人に知ってもらってないからだ!と思って、湖南市の情報サイトを作ることになりました。それが日刊!湖南市です。湖南市の本当に小さいネタ(図書館に自販機できたよ!とか)から書くようにして、結果的に毎月アクセスが伸びて地域の人達にすごく見てもらえるようになりました。人生振り返ると勉強もできないし、スポーツもできないので褒められることが本当にない人生でしたが、日刊!湖南市を作ってからは褒められることが増えました。あの記事いいね!とかいつも見てます!とか。それが嬉しくて、「地域が好きになる」に繋がっています。褒められると僕は伸びるタイプでして、(けなされるとなにくそーってなって頑張るタイプ)なので、結果的に日刊湖南市をめっちゃ書いて、見る人が増えて褒められてもっと地域を書くとかをやるようになりました。日刊!湖南市をやっていてよかったなと今思うのが、自分自身がまちを好きになれたことです。そのキッカケをここからもらえました。2017年:今プラス移転する。借金する。ちょっとずつ人が来るようになった今プラスめちゃくちゃありがたいことにその時ぐらいにはホームページ制作での事業がちゃんとあって、売上が少しずつ増えてきました。一人でやっていたことも、今プラス歯医者さん店の店長をしてくれているのんさんがアルバイトで入ってきたり、中澤さんもいてくれたり。他のスタッフさんが週1などで関わってもらえるようになりました。売上があがり、利益が出来たところで思うようになったことがあって。「自分の人生でチャレンジをちゃんとしたい!」と思ったことです。我が家はちょっと色々なことがある家庭(あ、会った人とかにはちゃんと話します)でその結果、「会社を大きくしない、雇用しない、借入しない」ことを2010年から決めていました。でもそれを結果的に「変えること」に決めたのがこの当時です。コワーキングスペースは地域にとって必要不可欠なものだと思って、だからこそ大きく作りたいと思うようになりました。そのために必要なお金は1,200万円。その当時のコワーキングスペースの売上は月1万円。金融機関の人には「貸せません」と言われました。まさしくそのとおり。7Fの星野さんにも会いに行ったりしました。なのでどうしたかというと日本全国と世界のコワーキングスペースでうまくいっている場所、そうではない場所にひたすらいって喋って話を聞いてレポートにまとめました。そのレポートから事業計画書を作って、金融機関の方に投げたら「いいでしょう!」ということで、お金を借りることができました。そうやって出来たのが今プラス 元歯医者さん店です。すごいのどかな甲西駅前に出来た今プラスは2017年に作って、2026年。なんとちゃんと続いております。同じ地域に最初に作ったときは月1万円ほどの売上が、現在テナントや諸々を払っても利益が出るぐらいになって。その後シェアハウスやレンタルスペースを作るキッカケにもなりました。(もちろんシェアハウスもレンタルスペースも今も残っています。)借入をした一番のキッカケは、当時のバスケチームの大御所から「りょうま、男やったら借入してなんぼや。」という言われたことでした。その時は本当に意味がわからなかったのですが、今ならわかります。借入して、先の未来をショートカットして始められるようになります。2018年:勝手に滋賀のUターンの人にインタビューするサイトを作り出す。今プラスを移転して、次に行ったのが滋賀県Uターン物語でした。滋賀県にはもっと面白い人達がいっぱいいるはずだ!それを取材したいと思い、松岡さんに相談して県内の至るところにいいとも形式で人に会いに行ってインタビューしてきました。これがめちゃくちゃ良かったです。この当時にインタビューした人たちは今も県内の至るところで活躍されていて、インタビューしたからこそその人達を深ぼる事ができて、関係性ができました。その当時はあんまり考えてなかったのですが、滋賀県Uターン物語をやっていなかったら、今ほどの関係性の広がりはなかっただろうなと思っています。滋賀県Uターン物語(滋賀県に移住・転職・起業した人達のストーリー)u-turn.linkあと民間で勝手にするっていうのも良かったです。理由は「自分の取材したい人に取材できる」からです。業種や地域も全て関係なく、Uターンで面白い人に色々インタビューできる。それが本当によかったです。今は更新されてませんが、それがなぜか社長密着となって、現在は面白そうな社長に1日密着するというのもやっています。僕は人の話を聞くのがすごい好きで。なので、それが今にも生きていると思ます。2020年:売上がゼロになる。順風満帆だったと思える時の2020年4月。売上がゼロになりました。答えはすごい簡単で「コロナ」がきて、コワーキングスペースは感染症対策から自主的に締めて、さらにホームページの依頼も当時ストップしたからです。みんな各事業者の方が生き残ることに精一杯でした。ただそこから国の対策で、ホームページ関連に対して国・市町がめっちゃ補助金を出すようになります。どれぐらいかというと、9/10ぐらい出すんです。結果どうなったかというと、すごい忙しくなりました。めっちゃ。でもその時にこう思いました。「ホームページ制作事業は終わる」と。どういうことかというと、補助金がすごい出たから作る人が増える。結果それは未来の依頼を先取りしているだけに過ぎなかったのです。ジャパニーズ株式会社もめちゃくちゃ忙しくなりましたが、2,3年後を見た時にこれだと潰れると思ったのですが。あともう一つ思ったこと。それが「なんのために会社をしているんだろう」ということでした。仕事はめっちゃ来るようになりました。補助金があったからです。でもそれは自分たちが何かの価値をちゃんと提供しているからではなく「世の中の流れ」だけに沿っただけで、ちゃんとした価値はなになのか?そしてこれからどうしたらいいのかを考える形になりました。2021年:今プラス 布団屋の元倉庫店をつくるあとコロナがあって、コワーキングスペースというものが流行りだします。これも補助金が出来たり、リモートワークが当たり前になりつつあって、自宅ではない場所としてコワーキングスペースがはやりっぽくなるのです。僕はもともと今プラスは、湖南市の一店舗だけと思っていました。ただ一方で、コワーキングスペースが地域に複数展開することに興味がなかったかというと嘘になります。2020年。コロナが来る前までは複数店舗創るのは無理だ!と思っていましたが、コロナが来て、コワーキングスペースが世の中に乗っかるようになってこれは作れるのかもと思って、相談したのが守山市の杉本さんです。同じ地域に住む4つ上の先輩でしたが、実は2019年頃までは接点はなくて。国情の先輩である青木さんからの紹介で繋がりました。その杉本さんに「守山市でコワーキングスペースを出したいと思ってるんです」と伝えると「ちょっと待っておいて」。と言ってもらって。畳を捨て、壁をはがすところからスタートしました。その数日後に、3つの物件が送られてきました。どれも不動産サイトに載っていないものでしたがどうしたかというと、当時の宮本市長が「こんなのあるから」といって送ってもらったのです。本当にすごい。そこからきんやさんや石上さんとも繋がり、協力もしてもらったりで今プラス 布団屋の元倉庫店を作りました。今プラス 布団屋の元倉庫店の店長であるしもちゃんに事前に相談して「店長やってほしい」という旨と「DIYで作りたい」に、二つ返事でやりましょう!といってくれて作ることになるのです。あの時思ったこと。それは「もうDIYしたくない」です。(結果的に今回の図書館でするんですけどね笑)半年間かけて、ゴミを捨てて、基礎からやったり、壁を作ったり、床を作ったり。大工の小林さんに協力してもらい、同級生の荒木に設計図をお願いしたりして、すんごい大変でした。本当にもう。でもそうやって出来たコワーキングスペースは今もちゃんとあって、守山市に関わる大きな場となりました。そしてもう一つ。今プラスが出来てから9ヶ月後にあるプロジェクトに関わるようになります。2022年:仁さんと出会って、起業家のあつまるまちに関わり大きく人生は変わりました。守山市には出身の起業家で上原仁さんという方がいます。最近だと、とあるYouTubeで顔診断とかで話題になっている人です。僕の人生で「一番影響を与えた人をあげなさい」といわれたら、仁さんです。仁さんと出会ってなかったら、しがとせかいは違った形だっただろうし、僕自身の考えも違っていました。今プラスを守山に作ることになって会いたいなと思っていた人が仁さんで。DMをしてオンラインを一度して、そしてコワーキングスペースができるちょっと前に守山市でコーヒーを一緒に飲みました。その前後ぐらいで守山市の起業家のあつまるまち守山にも関わることになりました。今年も関わっているので、5年目です。人生はあっという間。杉本さんと共に最初に進めていたものに仁さんに名前を相談したら出てきたのが「up stream」です。琵琶湖の鮎は外に出て大きくなるという言葉(上流)から名前が決まり、起業家のあつまるまち守山にup streamという名前がついてから本当にいろいろなことをしました。・滋賀県の起業家にひたすらインタビュー・起業家イベントとコラボしてイベント開催・滋賀県で起業家をテーマにしたカンファレンスの開催・官民連携として守山市で実証実験を受け入れる事務局を行う・経済同友会と共に「未来の近江商人」を行うなどなど。up streamを通してこれまで多くの人と繋がり、出会い、事業をして。仁さんがいなかったらこれはできなかったり、杉本さんといういつも横にいてくれる人がいなかったらやりきれなかったです。杉本さんは今年の4月から市民協働に異動になりましたが、変わらずup streamは僕がしがとせかいとしてちゃんと残し続けます。守山市スタートだったものを、しがとせかいがちゃんと引き継いで続けていきます。2023年:しがとせかいという社名に変わり「滋賀を世界で住みたいまちNo.1にする」が決まる。今プラスが出来てから年々、滋賀に関わることが増えました。関わる回数が増えていくことで、どんどん滋賀が好きになっていきました。めちゃくちゃいいぞ、滋賀!って。そして2020年頃を振り返ったときに、あるプロジェクトが社内で動き出します。ミッション・ビジョン・バリューを決めるというものです。光田さんが声掛けてくれて、社内の社員さんを巻き込んで半年ぐらい考えていきました。色々案が出る内に「滋賀、みんな好きっぽいぞ」ってなって。そうやって最終的に出てきたのが「滋賀を世界で住みたいまちNo.1にする」です。滋賀県庁さんが言いそうなことを民間が言って、本気でやる。あとこのビジョン。言ってくれたのはのんさんです。そう、僕じゃなくて、ずっとこれまでも働き続けてくれたのんさんがいってくれて。それが今もすごい嬉しいです。そうやって決めたビジョンから、名刺も変えようとなり光田さんが提案してくれてシール兼名刺になりました。年に1回ぐらい「けしからん!」って怒られますが、めっちゃ気に入っています。会社を伝えるより、滋賀を伝えることができる。意外とみんな貼ってくれたり、筆箱にいれてくれていたりしてすごい嬉しいものになってます。そしてそして。社名が2023年にジャパニーズ株式会社からしがとせかい株式会社に変更になりました。社名が変更してもう3年。ジャパニーズのことを覚えてくれている人もだいぶ少なくなりましたが、それはこの社名が浸透してきくれたんだろうなと。さらに事業内容も変わりました。2024年:しがとせかいはなにの会社?「広報の会社」です。コワーキングスペースをしたり、ホームページを作ったり、up streamでイベントやったり。そうやっていくと、しがとせかいって何の会社ってなっていきました。これはわかりやすくしておいたほうがいいなと思って、改めてまとめると「広報の会社」です。中澤さんがしがっぺというキャラクターも創ってくれました。今年中に着ぐるみにしたい。滋賀を世界で住みたいまちNo.1にするためには「滋賀に住みたい」と思ってもらえるようにしないといけません。そうするために必要なことは「滋賀っていいぞ!」って大人が思うことです。滋賀で育つ子どもたちは、いずれ滋賀を出る可能性が高いです。その時に滋賀ってよかったなーと思ってもらうためにはお父さんやお母さん、大人が「滋賀っていいよね」ってなるほうが、いつかあのまちに帰ろうってなります。そして滋賀に関わる人が「滋賀の人たちってみんな滋賀が好きですよね」ってなるほうが、そのまちに関わりたいと思えるようになります。だからこそ、しがとせかいは広報をするんです。事業として。大きくは2つ。「企業の広報」と「まちの広報」です。企業の広報では、滋賀の企業がめっちゃいいことを伝えるために土壌を作って(MVVを共に決めて)、発信する(Web/SNS/イベント)ことをしなければいけません。僕たち、しがとせかいは現在そういった各企業の広報をまるごと受け取って一緒にしていっています。開業当初にチラシを作る会社だったのが、ホームページを作るようになり、現在は広報の会社として、県内各地のいろいろな会社の広報をするようになりました。そしてもう一つがまちの広報です。守山市はいつぞやから起業家のイメージがすごくつくようになりました。守山市面白いぞ!と。守山市も面白い。でも他のまちも面白いです。湖南市も面白い。しがとせかいの本社がある湖南市では昨年から地域資源を掛け合わせて新しいものを作るというハタアゲプロジェクトを始めました。それぞれのまちにはちゃんとそれぞれのまちの面白さがあって。しがとせかいはそれぞれのまちに面白いものを企画から考えて作っていく。そんなことをしています。まちの広報としては、SNSをするだけではなくリアルに関われるキッカケを関係人口として作り出すことをしています。そうやって滋賀を企業と、まちとを広報していくことで、滋賀に関わる人が増えて、「滋賀いいぞ」ってなって、滋賀が県外へと広がり、「滋賀住みたい!」ってなると思っています。2024年:一般社団法人co.shigaを作る。滋賀の地域課題を共創で解決するんだ。2024年にはもう一つ別の動きがありました。それがco.shigaです。略称としてはコーシガです。それまでしがとせかいでは自分たちがプレイヤーとなって行ってきましたが、co.shigaはそういった地域課題に対して自分たちがプレイヤーではなく、中間支援体として行います。最初は村田製作所さんとSUNDREDさんのプロジェクトで。2023年から関わって、1年後経ったときにco.shigaが出来ました。平和堂や滋賀銀行、みらいもりやま21の方も理事に入って頂き、しがとせかいとは違う箱が出来たのです。むんさんとまいさんのコンビがあって、かんたとりんさんのコンビが代名詞的になり、コーシガは新しい滋賀の広がりができるようになりました。もうここだけでめっちゃ記事作れるのですが、それやると文字数がすごくなるので、それはまた別記事にします。ちなみに、co.shigaがないと今回の図書館構想はありません。図書館をなぜ作ろうと思ったのか。それは「滋賀に関わる人をもっと増やしたい」という思いからでした。2024年12月:図書館のことを考えるようになる。コーシガをしていったときに、しがとせかいやup streamの時とはまた違った人たちと出会える事が増えました。そうしたときに「滋賀ってやっぱり面白いよなー」と。まだまだ滋賀には可能性があって。そうしたときに「滋賀にこれから来る人や関わりたい人が関われる余白」を作りたいと思うようになりました。それを最初やりたかったのが今プラスです。でも今プラスでは出来ない理由がありました。それが「有料」という壁です。今プラスはコワーキングスペースで民間がするからこそ、ちゃんと持続的にするために売上を作る必要があります。なので、お金を頂いて、みんなが仕事したり、勉強したりします。それだと「ハードルがあがっちゃう」んです。滋賀に移住したり、関わりたい人からすると「仕事する・勉強する」ことが目的になる今プラスではすごく行きにくい。だってその人達は仕事したかったり、勉強したい場を求めていないから。そうではなく、滋賀で何かしたい、滋賀に引っ越してきたから誰かと繋がりたいのです。コーシガではそれが半分できて半分出来ません。理由は「コーシガのイベントがないときの関わり方がないから」です。むんさん、まいさんのコンビで作ったco.shiga.5。めちゃくちゃ良いイベントです。でもco.shiga.5は年間で考えても数回。そうなると「滋賀で何かしたい、滋賀に引っ越してきたから誰かと繋がりたい」となったときにその数回に合わせないと関われません。なので、常時そういうことがチャンスとしてある場所をやりたい!と思って、浮かび上がってきました。2025年3月:本屋なのか?図書館なのか?しがとせかいは本好きの人がめっちゃいます。僕も本読むのすごい好きです。書き手が「これは書きたいんだ!」と時間をかけて書いているものが凝縮されて、そうなんだーとなるからです。本というものを場に設定するときに、まいさんに相談したところ「私は本屋がいいです」となりました。そして僕は「図書館がいい」となりました。3月、SUNDRED主催のイベントでコーシガメンバーで東京に車でいった帰り道。そんなことを延々と喋っていて。結果、図書館になりました。まいさんが折れてくれたのです。本を売るのではなく、本を借りることを起点にしたこの図書館構想。ほとんどがまいさんが整えてくれて、名前をつけてくれました。しがまち図書館という名前はまいさんが決めてくれて、そしてはまむーがロゴをデザインしてくれました。まちづくりにテーマを特化することも。そして来た人が「まちの困ったことを書く」ということも。コーシガがあって、イベントがあって。2025年秋:図書館をすることを初めて全体的に発信した。図書館をやる。それはもう決まっていました。そして、やるなら守山市でやりたい。これも決まっていました。ただ問題がありました。場所がない。今回、僕たちが最初に考えていたのは、守山駅の近くで、5坪ぐらいの小さな場所でした。大きな場所を借りて、ドーンと始めるのではなく、あえて小さく意味のある場所をつくりたいと思っていました。でも、守山市の駅近くで5坪ぐらいの物件を探すと、そもそも物件がほとんどありません。あったとしても、もう次の借り手が決まっていたり、条件が合わなかったり。「ここだ」と思える場所が、なかなか見つかりませんでした。ただ、図書館をやることは決まっている。なので、どうにかして場所を見つけるために、いろいろな方に相談させてもらいました。きんやさん、石上さん、杉本さん、堀井さん。ほかにもいろいろな方に声をかけさせてもらいました。「どこかに、ちょうどいい場所はありませんか」「守山で、小さく図書館を始められる場所を探しています」そんなことを、いろいろな人に話していました。すぐに見つかるわけではありませんでした。でも、誰かに話しておくことで、いつかどこかで物件につながるかもしれない。そう思いながら、ずっと探していたのが2025年の秋ごろです。そんな中で、2025年9月に、co.shiga.5が湖南市で開催されました。これまで守山市で開催してきたco.shiga.5が、初めて守山市以外で開催される回でした。その場で、まいさんがプレゼンターとして、しがまち図書館のことを話してくれました。たぶん、あれが初めてだったと思います。オープンな場所で、50人以上の人たちに向けて、しがまち図書館のことをちゃんと伝えたのは。「滋賀に、まちづくりに特化した図書館をつくりたい」「本をきっかけに、滋賀に関わる人が増える場所をつくりたい」「イベントがある時だけではなく、いつでも関われる入口をつくりたい」そんな話を、まいさんがしてくれました。これがめちゃくちゃ良かったです。プレゼンが終わったあとに、「図書館、面白そうですね」と言ってもらえました。それがすごく嬉しかった。そうなったのはまいさんのプレゼンが素晴らしかったからです。しがまち図書館というまだ形になっていないものを、ちゃんと人に伝わるものにしてくれました。そこから少しずつ、少しずつ、しがまち図書館という構想が自分たちの中でも、より考える時間が出来てきました。すぐにオープンできたわけではありません。でもその時間があったからこそ、今回の図書館は今の仕組みをちゃんと創れたのだと思っています。2026年1月1日:物件が動き出した。昨年の秋ごろから、堀井さんが「この物件、あるよ」と教えてくれていた場所がありました。その場所を見たときに、ここでできたらいいなと。ぜひ借りたいと。そう思っていたのですが、もともと使われていた方がおられたので、その方が出られるタイミングを待つ形になりました。その時点では、いつ空くのかはわからない。もしかしたらすぐかもしれないし、まだまだ先かもしれない。そんな状態でした。そして、2026年1月1日。堀井さんから1通のLINEが来ました。物件を借りていた方が空けられることになった、という連絡が。元日に。新しい年の始まりの日に、しがまち図書館の場所の目処が立ちました。振り返ると、ここまで本当に時間がかかりました。2026年春:DIYで図書館をつくる。場所が決まってからは、次に考えたのが「どんな状態にするか」でした。今回も、結果的にDIYです。今プラス 布団屋の元倉庫店をつくったときに、「もうDIYしたくない」と思ったはずなのに、またやることになりました。まずは、どんな図書館にしたいのかを考え。ただ本棚があって、本が並んでいるだけではない。でも、あまりつくり込みすぎても違う。ふらっと入れて、本を手に取れて、滋賀のことを少し知れて、誰かと話してもいいし、話さなくてもいい。そういう場所にしたいと思いました。ゴールデンウィークに入ってから、一気にDIYを進めました。正直、日数は全然足りませんでした。「これ、大丈夫かな」と何回も思いました。でもありがたいことに、いつもなんとかなり。結果的に、なんとかなりました。本当にありがたいことです。一人で事業をはじめたときと違うのは、周りに誰かがいてくれて、助けてくれてなんとかなっています。今回も図書館のオープンに向けて、プレスリリースやInstagramまわりを握ってくれたしもちゃん。図書館のことを気にかけてくれて、実際にDIYをしに来てくれたゆうさん、けーさん夫婦。子どもと一緒に来てくれて、図書館の良い写真を撮らしてくれたにっしー。そして、しがとせかいのメンバーのみんな。いろいろな人が気にかけてくれて、手を動かしてくれて、声をかけてくれて。そうやって、この図書館はようやくオープンします。2026年5月16日:明日、図書館はオープンします。明日、しがまち図書館はオープンします。今回は、あえてオープニングイベントをしないことにしました。本当は、やろうと思えばできました。人を呼んで、挨拶をして、写真を撮って、盛り上げることもできたと思います。でも、今回はそうしませんでした。最初の今プラスがそうだったように。誰かがドーンと集まって始まるのではなく、ゆるりゆるりと始まっていく。地域に少しずつ染み込んでいくように。「滋賀に、なんか面白い場所ができたらしいよ」と、少しずつ広がっていくように。そんな始まり方がいいなと思いました。今プラスを一人で始めた時、僕はこう思っていました。「滋賀にコワーキングスペースをつくったら、きっといろんな人が来てくれるに違いない。」でも、リアルな場所が本当に地域に根づくには、とても時間がかかります。最初からたくさんの人が来るわけではありません。すぐに売上が立つわけでもありません。すぐに意味が伝わるわけでもありません。でも、それでいいと思っています。この図書館も、たぶん全員に突き刺さる場所ではありません。むしろ、すごくニッチな場所だと思います。でも、ある人にとっては、「こういう場所があったら、めちゃくちゃ嬉しかった」「滋賀に来た時に、こういう入口が欲しかった」「まちづくりに関わりたいけど、どこに行けばいいかわからなかった」そう思ってもらえる場所になると思っています。だから今回は、いきなり人をたくさん集めるのではなく、少しずつ地域に浸透していく図書館にしたいと思っています。いつか誰かが、ふらっと来て、「ここ、前から知ってました」「気になってました」「ようやく来れました」と言ってくれるような場所にしたいです。2026年以降:しがまち図書館を広げていく。しがまち図書館は、まず守山市で始まります。そして次は、湖南市にもつくます。同じ図書館をコピーして増やすというより、それぞれの地域でテーマを変えて、違う形の図書館が生んでいきますまちづくりに特化した図書館。医療に特化した図書館。食に特化した図書館。製造業に特化した図書館。いろいろなテーマの図書館が滋賀の中に生まれていく。そして、滋賀に帰ってきた人や、滋賀に関わりたい人たちが、どこかの図書館を入口にして関われるようになる。そんな状態をつくっていきたいと思っています。「なんで民間企業が図書館をするの?」ですよね。僕も思います。僕自身も、最初からきれいに説明できていたわけではありません。でも、だからこそ一人ずつ、少しずつ説明していきたいと思っています。こういう図書館が地域にあるって、すごくいいことだよね。民間だからこそできる図書館もあるよね。テーマに特化しているからこそ、出会える人や生まれる関係性があるよね。そういうことを、時間をかけて伝えていきたいです。あえて民間がつくるテーマに特化した図書館として、自分たちにできる形を探していきます。本がなかなか読まれなくなっている。本がなかなか売れなくなっている。本を手に取る機会が少なくなっている。そういう時代だからこそ、本を“読むもの”としてだけではなく、人や地域と出会う入口として扱っていきたい。しがまち図書館では、そんな別の形を目指していけたらと思っています。滋賀を世界で住みたいまちNo.1にするために。僕たちの会社のゴールは、これからも変わりません。「滋賀を世界で住みたいまちNo.1にする。」そのための新しいチャレンジとして、今回、民間企業が図書館をつくりました。たぶん、僕が死ぬ時にも、まだ滋賀を世界で住みたいまちNo.1にすることはできていないと思っています。それぐらい大きいことでもありつつ、僕はこの会社の一つのパーツです。今やっていることも、次の誰かに引き継がれていくものだと思っています。そう考えた時に、この図書館は、僕の中ですごく大切な事業で大切な場になります。もしこれからあなたが滋賀に関わりたいと思ったら。滋賀って面白そうだなと思ったら。でも、どこに行ったらいいかわからないなと思ったら。ぜひ、しがまち図書館に遊びに来てください。本を手に取るだけでも大丈夫です。誰とも話さなくても大丈夫です。ふらっと見に来るだけでも大丈夫です。「こういう場所が滋賀にあるんだ」と知ってもらえるだけで、すごく嬉しいです。しがまち図書館を始めるまでには、本当に多くの人との関わりがありました。その一つひとつがあって、今この場所ができました。それをこうして、長い文章で伝えられてよかったなと思っています。もし、ここまでずらずらと並んだ1万文字以上の文章を、最初から読んでくれたすごく変わった方がいたら。その人が、「しがまち図書館、できるんだ」「ちょっと行ってみたいな」「滋賀、ちょっと面白そうだな」と思ってくれたら、とても嬉しいです。2026年:Shi-Zebraを立ち上げる。そして最後に。仁さんと出会った頃、僕は当時のジャパニーズ株式会社、もしくは別の会社をつくり、スタートアップを目指そうと思っていました。東京に移住することも、かなり本気で考えていました。実は。滋賀にいながら何かをするより、東京に出て、もっと大きな市場で勝負した方がいいんじゃないか。そんなことを考えていた時期がありました。でも仁さんと出会い、いろいろな事業やプロジェクトを一緒に進めていく中で、少しずつ考えが変わっていきました。僕がやるべきことは、東京に出てスタートアップを目指すことではなく、滋賀に残って、滋賀に帰ってくる人たち、滋賀で何かを始めたい人たちの受け皿をつくることなんじゃないか。そう思うようになりました。仁さんは東京で滋賀の人に出会うと、ものすごく親切にしてくれます。(多分、間違いない。)「滋賀、おもろいぞ」って。「滋賀には、こんな人がいるぞ」って。めちゃくちゃ愛を持って、人と人をつないでくれる人です。その姿を見ていて、僕は何度も思いました。仁さんが東京にいるからこそ、できることがある。そして、僕が滋賀にいるからこそ、できることがある。東京で滋賀に関心を持った人がいたとき。一度滋賀を出た人が、もう一度滋賀に関わりたいと思ったとき。滋賀に帰ってきたい人がいたとき。あるいは、滋賀で何か新しいことを始めたいと思った人がいたとき。その人たちが帰ってこられる場所。関われる余白。挑戦できる受け皿。それを滋賀につくっておくことが、僕にしかできない役割なんじゃないかと思うようになりました。そうなったときにしがとせかいが目指すのはスタートアップではなく。地域に根づき、地域課題を解決しながら持続的に成長を続けていく形です。ちゃんと事業として持続していくこと。ちゃんと売上をつくること。同時に、地域課題や社会課題に向き合い続けること。経済合理性だけでもなく、社会性だけでもなく、その両方をあきらめない会社。そんな会社を、しがとせかいとしてつくっていきたいと思っています。ただ、これは僕だけがやっていても仕方がありません。しがとせかいだけがやっていても、滋賀を面白くするには時間がかかります。なので、Shi-Zebraを立ち上げました。同級生で、めちゃくちゃおもろい澤さんがいます。本当クレイジーで面白い。同級生でこういうやつがいてくれるってすごいハッピーです。東京から引っ越してきて、「滋賀でやるぞ」といって、ETIC.をやめてこくりしがに全力を投じるじゅんぺいがいます。そして、スポーツとまちづくりの文脈で、めちゃくちゃリスクを背負いながら、地域で、ローカルで活動している王さんがいます。そういう人たちと一緒に、Shi-Zebraをつくることになりました。それぞれが違う立場で、違う強みを持って、違うやり方で滋賀に関わっている。その人たちがShi-Zebraという文脈つながっていくことで、滋賀が少しずつ面白くなっていく。その状態が、いちばんワクワクするなと思っています。誰かが独占するものではなく。誰か一人が代表して引っ張るだけのものでもありません。それぞれが、それぞれの立場で関わりやすい形をつくっていく。滋賀で事業をつくりたい人が関われる。滋賀で社会課題や地域課題を解決したい人が関われる。滋賀に帰ってきた人も、滋賀の外から関わりたい人も、何かを始められる。そんな受け皿として、Shi-Zebraがあります。あの時、仁さんに「東京来い」となって、そうしない結論を取った僕が。出来ること。それが滋賀県での受け皿づくりです。滋賀には、まだまだ可能性があります。でもその可能性は、誰か一人の力で形になるものではありません。いろんな人がいて、いろんな会社があって、いろんな挑戦があって。その一つひとつがつながっていくことで、滋賀はもっと面白くなる。しがとせかいがやってきたこと。co.shigaが生まれたこと。そして、これからShi-Zebraが始まること。全部が、滋賀を面白くするための流れの中にあります。ここまで読んでくれた方へ。滋賀はめちゃくちゃおもしろいです。でも日本中にも世界にもまったくバレていません。いずれバレます。一緒にやりましょう。バラしましょう。滋賀ってめっちゃいいぞ!面白いぞ!って。しがまち図書館が明日オープンして、また新たな滋賀の可能性をちゃんと作ります。「滋賀にはめちゃくちゃあります。」それをバラしていきます。みんなで。




