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【九州北部豪雨&平成30年豪雨復興支援】島らっきょうプロジェクト活動支援

豪雨災害により被災した農業の復興支援プロジェクトです。我々は1年間、「島らっきょう栽培」を通じて福岡県朝倉市の被災農地の支援を行い、福岡では「奇跡」と呼ばれたプロジェクトですが、成功裏に終わる直前に発生した「西日本豪雨」により、全てが泥に飲まれました。支援体制の再起を図る為、ご支援をお願いします!

現在の支援総額

172,000

17%

目標金額は1,000,000円

支援者数

29

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2018/08/11に募集を開始し、 29人の支援により 172,000円の資金を集め、 2018/09/10に募集を終了しました

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【九州北部豪雨&平成30年豪雨復興支援】島らっきょうプロジェクト活動支援

現在の支援総額

172,000

17%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数29

このプロジェクトは、2018/08/11に募集を開始し、 29人の支援により 172,000円の資金を集め、 2018/09/10に募集を終了しました

豪雨災害により被災した農業の復興支援プロジェクトです。我々は1年間、「島らっきょう栽培」を通じて福岡県朝倉市の被災農地の支援を行い、福岡では「奇跡」と呼ばれたプロジェクトですが、成功裏に終わる直前に発生した「西日本豪雨」により、全てが泥に飲まれました。支援体制の再起を図る為、ご支援をお願いします!

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こんにちは。島らっきょうプロジェクトです。 皆さまのご支援もあり、もうすぐ10%のご支援を突破しそうな勢いになってまいりました。 ・・・が、農地の大規模な復興にはまだまだ多くのご支援が必要です。 現状のご支援金額ですと、追加で支援できる農地はごく僅かなものとなってしまい、復興支援の規模としてはまだまだ小さなものになってしまいます。 既にご支援いただいた皆さま。これからご支援を検討いただいている皆さま。 どうか情報の拡散とご支援の呼びかけをお願いできないでしょうか。 このプロジェクトは既に受注していた仕事を捨てて復興に尽くす男と、職を辞して復興に尽くす男、ふたりの男が命懸けで挑んでいる復興支援です。 そして何より日々復興が進まず命の危機に晒されている被災地の農家さんのためにはもっと多くのご支援が必要です。 我々もなりふり構わずご支援をお願いしている状況ではありますが、なかなか結果が伴いません。 どうか皆さまのお力添えで、被災地の皆さまを助けてください! さて、今回追加したリターンはこちらです。 水色のプロジェクトTシャツです!強めの色が多い中に、優しい色合いのTシャツを作ってみました。 ご支援いただき、ぜひお手に取ってみてください! また、追加で複数リターンをお出しするためにキャンプファイヤーさんに申請中です! 新リターンが追加されましたら、またご報告いたします。


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豪雨被災農地復興支援「島らっきょうプロジェクト」です。 豪雨被災農地復興支援「島らっきょうプロジェクト」公式Facebookページ 今回は「島らっきょうプロジェクト」の島らっきょうが食べられるお店を1店舗ご紹介します。                 ・・・!!   「マジすか!?」 「マジっす!!」   そうです、あの!タニタ食堂さんです! 福岡薬院タニタ食堂 こんなメニューや、 こんなメニューにしてくださいました!   そして今でも被災によってお送りできる量が著しく減ったものの、福岡薬院タニタ食堂さんとのお取り引きは続いています!   島らっきょうプロジェクトはまさかの販路を決めずに栽培を始めるという荒技に打って出ていました。 様々な苦難を乗り越えて収穫が見えてきた頃に、ダメ元でお願いしたお店さんのひとつです。 OK頂いた時はとっても嬉しかった気持ちが今でも昨日の事のように思い出されます。 この出会いは新聞記事にもなりました。 朝倉産島らっきょう「食べて応援」   「島らっきょうプロジェクト」を継続して1年が経過しましたが、その間には数多の人々や企業様のご支援があったからこそここまで続けられたと思っています。   だからこそ、こんなところで復興の道のりを諦めたくはない。 それ故のクラウドファンディングです。 皆様のご支援をよろしくお願いします。    


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こんばんは。島らっきょうプロジェクトです。 今回は昨日実施された打ち合わせの様子をご紹介させて頂きます。 今回の打ち合わせには自分とマネージャーの橋本くんの他に若手の画家さんにも参加頂きました。 先ずは私の方から画家の子に主旨の説明を行いました。ひと通り企画内容を理解頂いた後がもう早い 笑 ふたり揃って「近いことはやってます(ました)けど、これは初めてですよー 笑」などと言いつつも橋本くんは私そっちのけでホワイトボードに「九州北部豪雨」発生から「西日本豪雨」までの間の「島らっきょうプロジェクト」が歩んで来た道を、何の資料を見ることもなくほぼ正確に、瞬く間に書き上げてしまいました。 彼の頭の中には彼自身が参加していない部分も含めて全ての歩みがインプットされているようで、まるでもう一人の私がいるようでした。 彼女は彼女で橋本くんが列挙したこれまでの歩みの中から用いるべきものと省くべきもの、捉え方や見せ方など、画家目線の意見をバシバシ飛ばし、彼もまたそれに呼応するように表現者としての目線と、商人としての目線を用いて意見を交わしていました。 橋本くんには普段お願いしている内容から、彼の商人としての顔ばかりを見て来ましたが、この日初めて彼のクリエイターとしての顔を垣間見て、この企画から良いものが生まれる予感がしました。 彼らは揃って平成元年生まれ。平成最後の夏に平成最初に生まれた彼らが平成の名を持つ災害に対し、平成が終わる前に形あるものを生み出す。 そんな彼らの生み出そうとするものに、私は「ひとつぶのたね」という名前を付けました。 彼らが蒔く「ひとつぶのたね」が世の中に大きく広がり、多くの人の共感を得られる事を私は願わずにはいられません。



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こんばんは。水害被災農地復興支援「島らっきょうプロジェクト」です。 前回の投稿時に活動報告の投稿フォームが変わっていましたが、元に戻っていますね。一体何事だったのでしょうか?取り敢えず、こちらのフォームの方が使い良いので嬉しい限りです♪ さて、めでたく「島らっきょうプロジェクト」のパトロンさんが二桁になった事を祝して(??)、今回は番外編「島らっきょうプロジェクトのマネージャー」について、少々ご紹介を。 彼が「島らっきょうプロジェクト」に顔を出し始めたのは9月上旬。 9月中旬に大規模植え付けイベントを控えて準備に追われているところでした。 私の元に突然彼から電話が入り(電話は大抵突然ですよね 笑)「植え付けイベントの日は出張で東京にいるので準備だけでも手伝いに行ってもいいっすか?」とのこと。 準備に追われて一人でも多くの方にお手伝い頂きたかった私は二つ返事で「お願いします」とお伝えした。 そして連絡を受けた翌日、彼はふらりと現れ、臼杵で島らっきょうの栽培に取り組む農家さんとも瞬く間に打ち解けて作業に没頭してくれました。 作業は種にする島らっきょうの掘り出しから始まり、 農作業の経験がない方でも植え付けしやすいようにひたすら葉っぱと根っこを切り揃え続けるという単純作業の繰り返し。 直向きに作業に打ち込む彼の姿を見て、農家さんは「彼にも栽培をして貰おう」と言い出され、帰り際に種を持たせていました。 彼は民間企業で営業を経験し、その経験をもとに町おこしのお手伝いをしつつ、自身も実際に農作業に勤しむなど、実にアクティブな若者です。 更に彼は「自分が植え付けイベントに参加できない分、同僚に参加をお願いしておきました」と。 準備のお手伝いだけでも助かるところを、当日のスタッフまで手配しておいてくれたのです。 そこから彼は様々な場面でプロジェクトを支え続けてくれました。 そんな彼に私は「マネージャー」になってもらい、様々な場面で私と相談の上、時には彼の独断で様々な動きを取ってもらっています。 時には現場で作業をしてもらい、 また時には物販催事の現場に立ってもらい、 遂には私が外せない現場がある時にはテレビにまで出てもらうようになりました 笑 彼は社会人経験としては営業一辺倒(本人談)ではありますが、自分自身がそういう人生を送るであろうことを見越して、学生時代に様々な経験を積んできたそうです。 「入試を受けて合格できた大学だから卒業は出来て当たり前」という理屈のもとで、「これが出来たら人生が面白くなりそう」と自分自身が感じた分野に手当たり次第手を出していたとのこと。 営業や販売に繋がるトーク力を磨くために芸人の卵とお友達になってみたり、「フットワークが軽くなりそう」という理由で原付で日本各地を渡り歩いてみたり、「頭が良くなりそう」という理由で囲碁のプロ棋士と交流して碁を教わってみたり、「急遽必要になった場合に使えそう」という理由で大学と兼学で写真の専門学校に通ってみたり、「出版や広告関係に入れたら使えそう」という理由で文章を独学で学び新人賞に応募してみたり、「積極性が増しそう」という理由で就活が終わったら突然海外に短期留学をしてみたりと、まさに「手当たり次第」の言葉通り、思いつく限りの事をやりまくった学生生活だったそうです。 最近では、文章関係を彼にお願いすることもしばしば。彼の独特過ぎる人生が生み出す文章に私は面白さを感じています。 そして、そんな彼の経験を生かして、ひとつお願い事をしています。 この件は直接的に今現在の復興支援には繋がることは無いとは思いますが、毎年のように発生している自然災害を受けて未来の復興支援の担い手を生み出すための一手を準備中です! これについても、折に触れてお話をしようと思っていましたが、アクティブな彼は「サクッと原型を作って営業かけて、見込みを作った上でどどーんと公開しましょう」とのこと。 粉骨砕身という言葉を地で行く彼の動きにも注目したいところです。