
支援者のみなさま、こんにちは。
株式会社アニマルウェルフェア/JAWCO 代表の岩田です。
ネクストゴールに進ませていただく今、 あらためて、なぜ僕がこの場所に立っているのか―― その原点をお話しさせてください。
1|と畜場という「見えない場所」
20年前、北里大学獣医学部を卒業した僕は、動物病院を経て、 公衆衛生獣医師として、宇都宮市・栃木県の職員になりました。
担当は、食肉衛生検査。 つまり、と畜場での検査業務です。
獣医師の仕事といえば、 動物病院で犬や猫を診る姿を思い浮かべる方が多いと思います。
でも、僕が立ち続けたのは、 社会の誰もが目を背ける、もうひとつの現場でした。
2|沈黙の中にあったもの
具体的に何を見たかは、ここでは書きません。
書いても、伝わらないからです。 書けば、ただの「かわいそうな話」になってしまうからです。
ただ、ひとつだけ、申し上げたい。
と畜場の中で、命は、ほとんどの場合、声を上げません。
叫びも、抵抗も、わずかです。
でも、目だけは、何かを語っていました。
恐れでもなく、怒りでもなく、 何かもっと、深いもの。
「諦め」と呼ぶには、あまりにも静かな何か。
その目を、僕は何百万回と、覗き込んできました。
3|「これでいいのか」という問い
5年が経ち、10年が経ち、15年が経ち――
ある日から、ひとつの問いが、 頭から離れなくなりました。
「この命の扱われ方は、本当にこれでいいのか」
狭い場所でストレスにさらされてきた命と、 広い場所で土を掘り、走り回って生きてきた命。
そのどちらも、最後はこの場所にやってきます。
でも、運ばれてくるまでの時間が、 あまりにも違う。
その違いに、誰が責任を持っているのだろう、と。
4|安定を、手放した日
僕は16年間、行政官として、ルールの中でできる最善を尽くしました。
でも、根本にあるのは、そもそものルールが足りないということでした。
と畜の現場だけ、いくら衛生的にしても、 そこに至るまでの命の時間が変わらなければ、 僕が見続けたあの沈黙は、変わらない。
そう確信したとき、 僕の中で、答えはひとつしか残っていませんでした。
2023年9月、僕は16年間勤めた公務員を退職しました。
家族は、驚きました。 安定を手放すという決断に、迷いがなかったわけではありません。
でも、もう、見続けるだけの立場ではいられなかった。
5|命に敬意を払う「経済圏」をつくる
退職から2か月後――
僕は、株式会社アニマルウェルフェアを立ち上げました。
社会運動でも、慈善団体でもなく、 あえて「株式会社」という形を選んだのには、理由があります。
命の扱われ方は、経済の仕組みでしか、変えられない。
倫理を訴えるだけでは、現場は変わらない。 法律を待つだけでは、間に合わない。
「命を尊重した畜産が、ちゃんと経済として成り立つ」
その姿を、自分たちの手で証明する。 そうしなければ、何も動かない。
それが、僕が16年間と畜場に立ち続けて、 たどり着いた結論でした。
そして翌年、JAWCO(一般社団法人日本動物福祉認証機構)を立ち上げ、 日本で初めての、獣医師主導のアニマルウェルフェア認証の仕組みを動かし始めました。
6|THE HOUBOQ ── 最初の一頭から
そして今、皆さまにお届けしようとしているTHE HOUBOQは、 その経済圏の、最初の一頭です。
宮崎県、増田農場。 山の中で、放牧で、豚たちが豚らしく生きています。
これは「美味しい肉」を売るためのプロジェクトではありません。
命の時間を尊重された豚は、最後に最高の肉を返してくれる。
そのことを、皆さまの食卓で証明する。
そして、この一頭から始まった証明を、 日本中の畜産現場へと広げていく。
「命に敬意を払う経済圏」を、本気でつくりにいく。
それが、僕の、これからの仕事です。
7|支援者のみなさまへ
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
僕は、と畜場で見続けたあの沈黙を、 無駄にしないために、ここにいます。
皆さまの一口が、 日本の畜産の、次の景色をつくります。
ネクストゴールに向けて、 最後まで、共に走らせてください。
株式会社アニマルウェルフェア/一般社団法人日本動物福祉認証機構(JAWCO)代表 岩田 憲明



