タイ東北部イサーンの村で育つ、あなたのバナナの木

タイの東北部、小さな村に、あなたのバナナの木を植えませんか。その一本が、この村の農業を変え、暮らしを変え、未来を拓いていきます。

もうすぐ
終了

現在の支援総額

779,000

22%

目標金額は3,500,000円

支援者数

34

募集終了まで残り

4

タイ東北部イサーンの村で育つ、あなたのバナナの木

もうすぐ
終了

現在の支援総額

779,000

22%達成

あと 4

目標金額3,500,000

支援者数34

タイの東北部、小さな村に、あなたのバナナの木を植えませんか。その一本が、この村の農業を変え、暮らしを変え、未来を拓いていきます。

友人夫婦から初めてバナナの話を聞いたとき、正直、私はそこまでピンときていませんでした。そもそも、私はそこまでバナナが好きな方ではなくて、タイでよく見かける小ぶりのバナナも、1本食べれば十分、というくらいでした。それに、タイではバナナって、庭先や畑の隅で自然に育っていることも多いんです。特別なものというより、どこにでもある身近なもの、という感覚でした。だから最初は、「本当にバナナで、この村の暮らしが変わるのかな」と、半信半疑でした。そんな中で、ナコンラチャシーマー県のソーンサーンという地域を訪れる機会がありました。そこで、少しずつ考えが変わっていきました。まず驚いたのは、その景色です。見渡す限り、バナナ農園が広がっていました。もちろんトウモロコシ畑もありましたが、そこではバナナが、ちゃんと“産業”として根づいていました。実際に見た、バナナが産業として根づく地域ソーンサーンで見たのは、ただバナナが育っている風景だけではありませんでした。そこには、農家さんたちがまとまって栽培し、品質をそろえ、出荷までつなげる仕組みが、すでに出来上がっていました。ただ作るだけではなく、「ちゃんと売れる農業」が、そこにはありました。私が訪れたときには、ちょうど新しく家を建て始めていた農家さんが2軒ありました。農業で、暮らしが前に進んでいる。その現実を、私は初めて目の前で見た気がしました。私はそのとき、「このモデルを、そのままこの村に持ってこられたらいい」と思いました。しかも、私たちの地域でバナナが育つかどうかは、すでに友人夫婦が自分たちの土地2ライで試験的に栽培を始めていて、今5か月目まで順調に育っています。私たちの村でも、すでに一歩が始まっていますそして、この地域は高地にあり、洪水などの大きな自然災害もほとんどありません。タイの中でも、比較的安定して作物を育てやすい環境です。だからこそ、「やってみたい」ではなく、「ちゃんと形にできるかもしれない」と思えました。。そして、もうひとつ印象に残っていることがあります。実際に、このプロジェクトで育てようとしているバナナ(ホムトンバナナ(タイの高級香りバナナ / グロスミッシェル系)を食べたことです。正直、日本で食べていたバナナよりも、ずっとおいしいと感じました。しっかり甘みがあって、食べ応えもあって、思わず、もう1本食べたいと思ったほどでした。たぶん、人生で初めてだったと思います。バナナって、こんなにおいしかったんだ、とちゃんと感じたのは。そのとき、ただの作物だったものが、少しずつ「この村の未来の可能性」に見えてきました。バナナの魅力は、実が売れることだけではありません。花も、葉も、茎も、いろいろな形で活用できます。品質が少し落ちたものでも、加工してお菓子などにすることもできます。無駄が少なく、可能性の幅がとても広い作物だと感じました。しかも、きちんとした育て方を学べば、特別な才能がなくても、誰でも挑戦できる農業だと思っています。私は、タイに来るまで、バナナがどう育つのかをほとんど知りませんでした。初めて知った、バナナの育つ姿花のつき方も、実のなり方も、初めて見たときは本当に驚きました。日本では、バナナはとても身近な果物だけど、その育ち方や背景を知る人は、意外と少ない気がします。だからこそ、このプロジェクトを通して、バナナの魅力そのものも、もっと知ってもらえたらと思っています。年に一度の収穫にすべてをかけるのではなく、少しずつ育てて、少しずつ実りを重ねていける。苦しいだけの農業ではなく、育てることに喜びがあって、ちゃんと暮らしにつながっていく農業。私は、この村にも、そんな新しい選択肢を作りたいと思っています。※この話は続きます(#4へ)- 次回予告 -このプロジェクトで、これから具体的に何を作っていくのか。バナナ農園だけでは終わらない、その先の構想について書こうと思います。


おかげさまで、現在プロジェクトは10%を達成しました。ご支援してくださった方、日々応援してくださっている方、そして周りに伝えてくださっている方、本当にありがとうございます。現地では、バナナ栽培に向けた準備が始まっています。写真は、水のホースを地面に固定するための棒です。本来はプラスチック製の専用資材を使うそうですが、今回は設備コストを抑えるために、手作りしています。この竹は、数日前に村の人たちと一緒に切り出したものです。隣の家の庭に茂っていた竹を、大人10人ほどで半日以上かけて切り倒しました。この地域では、普段からナタを使って竹を扱うことが多く、切る・割る・削るといった作業もとても手慣れています。あっという間に、たくさんの資材が出来上がっていきました。土に差しやすいように、先端は尖らせています。こうして一本一本、手作業で準備を進めています。品質の良いバナナを育てるために、最も重要なのは「水」です。雨季の間は自然の雨で育ちますが、雨の降らない乾季には、この水設備が欠かせません。少しずつですが、確実に前に進んでいます。


今年、初めてキャッサバの収穫を手伝いました。想像していた通り、いや、それ以上に過酷な作業でした。乾ききった土は岩のように固く、足元も悪くて、捻挫しそうになることもあります。炎天下の中での作業は体力を奪い、倒れてしまう人もいます。やっとの思いで収穫したキャッサバは、トラックに積んで工場へ運びます。でも、そこで終わりではありません。売れたお金からは、トラクターのレンタル代、運搬用の車のレンタル代、手伝ってくれた人への支払い、食事代、そういった費用が次々に引かれていきます。最後に手元に残るのは、ほんのわずかなお金でした。数日でなくなってしまうような金額です。この村には土地を持っている人も多いですが、そのすべてを使えるわけではありません。植えるためにもお金がかかるからです。トラクター代、肥料代――初期費用が必要で、思い切って広げることもできない。かといって小規模では、利益が出ない。結果的に、多くの場合は赤字になります。この村では、もともと安定した収入源がほとんどありませんでした。今のようにキャッサバ栽培が広がったのも、ここ15年ほどのことです。それ以前は、現金収入を得る手段が限られていて、暮らしは決して余裕のあるものではありませんでした。それでも人々はキャッサバを作り続けます。なぜなら、それが今ある唯一の収入源だからです。収穫のたびに借金を返そうと頑張る。でも利益が出ないから返せない。だから、また借りる。この繰り返しの中で、抜け出せない人がたくさんいます。実際にその様子を見ていて、収穫の時期は、どこか重たい空気が流れているように感じました。どうしてこんなに大変な思いをしながら、それでも続けるしかないのだろうと、考えることが何度もありました。私は思ったんです。このままでいいのだろうか、と。もし、同じように農業をするなら、ただ苦しいだけのものではなく、育てることに喜びがあって、きちんと収入にもつながるものにできないだろうか。そのときに重なったのが、これまで友人夫婦から聞いていた「バナナの話」でした。それまでどこか遠くに感じていた選択肢が、この現実を目の前にしたとき、初めて「これかもしれない」と思えた瞬間でした。※この話は続きます(#3へ)- 次回予告 -次回は、「なぜキャッサバではなく、バナナなのか」について、書いていこうと思います。


半年前、友人夫婦(NoiとAu)がバナナ農園の話を持ってきたとき、正直に言うと、私はあまりピンときていませんでした。バナナはそこまで好きでもないし、「バナナでうまくいくの?」という気持ちの方が強かったんです。それでも彼らは、自分たちの土地に試験的に植え始めました。2ライの小さな挑戦でした。5ヶ月経った今、そのバナナは順調に育っています。何度か畑を見に行く中で、あるとき、私はその根元の土に目が止まりました。(↓そのときの写真です)同じ村の土とは思えないほどの違いでした。毎日、少しずつ水を与えられている土。しっとりと潤っていて、植物がいきいきとしている。それは、キャッサバ畑の土とはまるで別物でした。「これをやりたい」そう思ったのが、最初の変化でした。その後も交流を重ねる中で、彼らは何度もバナナの可能性を語ってくれました。この村の農業を変えたいこと。キャッサバだけでは生活が成り立たない現実。その想いは、とても強いものでした。ただ、問題は資金でした。バナナ栽培には水のシステムが必要で、初期費用が大きくかかります。さらに、収穫しただけでは終わらず、出荷するためのパッキング施設も必要になります。つまり、農園と施設、両方を同時に立ち上げなければいけないということでした。ある日、彼らは私のところに来て言いました。「お願いだから、出資してほしい」そしてもう一つ、「一緒にこの農園をやっていきたい」と。それは単なる資金の話ではなく、これからの挑戦を一緒に担ってほしい、という意味でした。実はその前に、彼らなりにできることはすべて試していました。銀行にも何度も相談に行き、夫も借り入れができないか動いていました。それでも、資金を用意することはできなかった。だからこそ、最後に私のところへ来たのだと思います。でも、私はそのお金を持っていませんでした。この村で暮らす中で、むしろお金は減っていく一方で、「助けたい」という気持ちだけではどうにもできなかった。誰か貸してくれる人はいないかも考えました。でも、納得してもらうこと、そして返す責任。それを考えると、簡単な話ではありませんでした。そのとき、ふと思ったんです。「これは、ひとりに頼る形じゃないほうがいいんじゃないか」と。調べてみると、タイには同じような仕組みはなく、日本のクラウドファンディングを使うことを提案しました。「本気でやりたいなら、挑戦してみる?」そう声をかけたのが、今回のプロジェクトの始まりです。これは、ただお金を集めるための手段ではなく、この村の現状や、これからの農業の可能性を、たくさんの人と共有しながら進めていくための選択でした。※この話は続きます(#2へ)- 次回予告 -次回は、「この村の農業の現実と、なぜ変える必要があるのか」について、もう少し踏み込んで書こうと思います。


新しいアイデアや挑戦を、アプリで見つけるcampfireにアプリが登場しました!
App Storeからダウンロード Google Playで手に入れよう
スマートフォンでQRコードを読み取って、アプリをダウンロード!