
高校生の頃の私は、どうかしていた。
いや、恋という名の病に罹った人間は、大抵どこかおかしくなるものだけれど、私の場合は少しばかり方向性が、
いや、かなり「物理的」に奇妙だった。
「栞」という名前。それは、私にとって単なるラベルではなかった。
ページを閉じる役割、物語の途中を記憶する役割、そして……彼の本に寄り添う役割。
そんな使命感のようなものが、私の胸には静かに、しかし熱く燃え盛っていたのだ。(とても重く、面倒な使命感だ)
当時の「僕」は、いつも図書室の窓際の席で、埃の舞う西日の中で、古い本の匂いをさせながら、難しそうな文庫本を読んでいた。
眼鏡の奥にある、彼と私の家があった、あの小さな「駅」の日常。
私は、その光景の中に、どうにかして自分の存在を挟み込みたかった。
彼の視界に入りたい。あわよくば、彼の手が、私の名前と同じ「栞」を手に取る瞬間を、私は……この栞は、目撃したいのだ。
(わがままなのは自覚あるが、恋とはそうしたものなのだと数多の書籍から私は学んでいた)
そう思った私が目をつけたのは、彼が本のページに挟んでいる栞だった。
彼はいつも、書店の味気ない紙の栞を使っていた。
「私の名前は、栞なのに。こんな紙っぺらに、彼の物語の途中を任せるなんて……!」
妙な、しかし熱烈な対抗心が芽生えた私は、彼に近づくための「栞大作戦」を開始した。
まずは、彼の好みをリサーチした。
彼は太宰治や芥川を好んで読んでいた。
翌日、私は購買で買った焼きそばパン(「焼きそばパン」の包装紙の油汚れは、私の情熱の証だ。綺麗に四角く切り抜くのに、何度失敗したことか……!)を使い、大真面目な顔で、芥川の『蜘蛛の糸』のパロディを書き込んだ手作りの栞を作った。
『地獄の沙汰も栞次第――芥川、私は焼きそばパンの糸(焼きそば)を掴んで、この物語の地獄(図書室)から這い上がりたい。 栞』
彼が席を立った一瞬の隙を突き、そのおかしな栞を彼の机の端にそっと置いて、物陰から司書さんの静かな視線に耐えながら、様子を伺った。
戻ってきた彼は、その栞を拾い上げ、眉をひそめてじっと見つめ……そして、ぷっと吹き出した。
(勝った)
心の中でガッツポーズをした。
それからというもの、私の栞作りはエスカレートした。
ある日は、画用紙を電車の切符の形に切り抜き、行き先を「僕の心の駅」にしたベタな栞。
経由地には、「青春」「図書室」「そして……」と、恥ずかしいほどのディテールを盛り込んだ。
またある日は、わざと四つ葉のクローバーをこれでもかとラミネートした、やたら分厚くて本が閉じなくなる嫌がらせのような栞。
本が「く、苦しい……」と泣いている声が聞こえた(気がした)。 またある日は、太宰の『人間失格』のパロディ。 『間食失格――恥の多い生涯を送ってきました。
午前中に購買の焼きそばパンを買い食いしたことを、ここに告白します。 栞』
彼は毎回、呆れたように、しかしどこか愛おしそうに笑いながらも、その奇妙な栞たちを筆箱に大切にしまってくれた。
その筆箱が、栞たちで膨れ上がり、ついにはチャックが閉まらなくなった様子を、私は静かな満足感とともに眺めていた。
あの頃の私は、そんなユーモアあふれる試行錯誤の先に、ただ普通の「幸せ」が待っているのだと信じて疑わなかった。古い本の匂いがする図書室で、彼と共有した、あの静かで、しかし確かに栞が挟まれた時間。
いま思うと「絶対にこれは違う」と思うが・・・
それがまさか数年後、あの「駅」のホームで、あんなにも激しく、切ない、目を背けたくなるような結末が私たちを待ち受けているなんて、17歳の私はこれっぽっちも知らなかったのだ。
確実に、間違いだったと思いながらも「楽しかった」時間であったのは間違いなかった。



