鍵のかかった扉を、開けようとは思わなくなる。開いたことのない扉の向こうへ、行こうとは思わなくなる。今日、2026年度第2回ガイドヘルパー養成研修が始まりました。風雷社中では、知的障害のある人の外出を支えるガイドヘルパーを増やすため、今年度3回の養成研修に取り組んでいます。今回は、少し違う角度から、なぜガイドヘルパーを増やす必要があるのかを考えてみたいと思います。「行きたい」と言っていた人が、いつの間にか言わなくなる。それは、本当に出かけたくなくなったからでしょうか。「行けない」が続くと、「行きたい」もなくなる?例えば、映画に行きたいと思っても、一緒に出かける人が見つからない。友人に誘われても、ヘルパーの調整がつかずに断る。そんなことが何度も続いたら、どうでしょう。次からは、誘われる前に諦めるかもしれません。そもそも、映画に行く予定を考えなくなるかもしれません。2016年に発表された経済学の論文『Poverty and Aspirations Failure』(ポヴァティ・アンド・アスピレーションズ・フェイリャー=貧困と希望・目標の縮小)では、こんなことが指摘されています。“Aspirations failure is a consequence of poverty, rather than a cause.”「希望や目標を抱けなくなることは、貧困の原因ではなく、むしろその結果である」(日本語訳)。これは貧困についての理論研究ですが、僕らの取り組みにも通じる視点だと思います。希望がないから、機会がないのか。機会がないから、希望を持ちにくくなるのか。この順序を取り違えると、問題の所在まで見誤ってしまいます。「どうせ言っても変わらない」心理学には「学習性無力感」(がくしゅうせいむりょくかん=自分の行動では状況を変えられない経験が、その後の行動や対処に影響すること)という研究があります。もちろん、この研究だけで知的障害のある人の気持ちを説明できるわけではありません。それでも、こんな場面を考える手掛かりにはなります。「買い物に行きたい」「今度の日曜日、出かけたい」そう言っても、いつも返ってくるのは「ヘルパーがいないから無理」。何度言っても変わらない。そんな状況が続いて、本人が何も言わなくなったとき。「特に外出の希望はありません」そう記録してしまったら、それでいいのでしょうか。2025年に公表された、知的障害のある人の自己決定に関する研究では、15件の研究に参加した246人の経験が分析されています。そこでは、本人抜きで生活上の決定が行われることや、希望を伝える機会が少ないこと、そもそも別の選択肢があることを知らない、といった経験が報告されています。この研究は、ガイドヘルパー不足を直接調べたものではありません。それでも、本人が何も言わないことを、希望がない証拠にしてはいけないと考える理由になります。希望を言えること。言ったことが受け止められること。そして、実現できる道筋があること。そのどれもが大切なのだと思います。「家にいたい」も、大切な希望ここで、間違えたくないこともあります。外出しない人に対して、「本当は出かけたいはずだ」と決めつけることはできません。家にいることを本人が望んでいるなら、もちろん、その希望も尊重されるべきです。でも、ガイドヘルパーが不足していると、外出の1か月前から調整して、ようやくヘルパーが見つかる。そんな状況もあります。当日、本人が「今日は行きたくない」と思っても、次に出かけられるのは、またひと月後かもしれません。今日行かなければ、次の機会がなかなかない。そんな状況では、その日の本人の気持ちを大切にすることさえ難しくなってしまいます。「出かけなかった外出」は、数字にも残らない例えば、ある人が1か月間、一度も外出しなかったとします。その数字だけでは、その人が家で過ごすことを望んでいたのか、出かけたかったけれど出かけられなかったのか、分かりません。そして、最初から諦めて予定にしなかった外出は、もっと見えにくい。2024年には『Uncovering Suppressed Travel』(アンカヴァリング・サプレスト・トラベル=実現しなかった移動を明らかにする研究)という論文が発表されています。障害のある人や高齢者などの、移動の制約によって実現しなかった外出を、どう捉え、調べるかという研究です。実際に出かけた回数だけを数えていては、見えてこない暮らしがあります。僕らの地元、大田区でもでは、僕らがガイドヘルパー養成研修を続けている大田区では、どうでしょう。2025年度の「大田区障がい者実態調査」では、18歳以上の知的障がいのある回答者588人のうち、28.4%がレジャー・余暇等では「ほとんど出かけない」と回答しています。一方、同じ知的障がいのある回答者の34.4%が、今後「外出・移動のサポート」を利用したいと答えています。もちろん、これは別々の質問に対する集計です。「ほとんど出かけない」と答えた人が支援を希望している割合でも、ヘルパーが見つからず外出を断念した人の割合でもありません。さらに、同じ調査の事業所向けアンケートでは、新規のサービス提供依頼に対応できていない28事業所のうち60.7%が、その理由に「職員の数が足りないため」を挙げています。こちらも、移動支援だけの数字ではありません。それでも、外出の実態、移動のサポートを求める声、そしてサービスを提供する側の人手不足が、同じ地域の調査に並んでいることは見過ごせません。「出かけていない」ことを、「出かけたくない」ことと同じにしない。出かけられる条件が乏しいために、希望そのものが見えなくなってはいないでしょうか。「行かなかった」のか、「行けなかった」のか。そして、「行きたい」と考えることさえなくなってしまったのか。僕らは、そこにも目を向けたいと思っています。だから、ガイドヘルパーを増やしたい僕らがガイドヘルパーを増やしたいのは、今、「外出したい」と言っている人の希望に応えるためだけではありません。外出できないことが当たり前になり、希望を言うことさえ諦めてしまう。そんな状況を変えていきたいのです。行きたい場所を考える。誰かと約束する。予定を立てる。当日になって気が変わる。そして、また次の外出を考える。そんな当たり前の暮らしを支えるためには、実際に一緒に出かけられる人が、地域に必要です。「行きたい」と言わないことを、希望がない証拠にしない。まずは、行ける条件を増やしていく。そのために、僕らはガイドヘルパー養成研修を続けています。そして、この取り組みを、ほかの地域にも広げていきたいと考えています。今日から始まった第2回研修も、そのための一歩です。一人でも多くの人が、誰かの「行きたい」を支えられるように。そして、誰もが「行きたい」と言える地域を増やしていけるように。引き続き、皆さんのご支援をよろしくお願いいたします。知的障害のある人の「行きたい」が、当たり前に実現できる地域を、一緒につくっていきましょう。NPO法人風雷社中参考にした研究・資料① Dalton, P. S., Ghosal, S., & Mani, A.(2016)Poverty and Aspirations Failure. The Economic Journal, 126(590), 165–188.https://doi.org/10.1111/ecoj.12210※貧困と希望の相互作用についての理論研究です。② Maier, S. F., & Seligman, M. E. P.(2016)Learned Helplessness at Fifty: Insights from Neuroscience. Psychological Review, 123(4), 349–367.https://doi.org/10.1037/rev0000033※制御できない経験とその後の反応を扱う研究です。③ Sheerinら(2025)Perceptions of People With Intellectual Disabilities on Autonomy and Decision-Making in Daily Life: A Systematic Review and Synthesis of Qualitative Studies.https://doi.org/10.1111/jir.70035※知的障害のある人の自己決定に関する既存15研究のレビューです。④ Palmら(2024)Uncovering Suppressed Travel: A Scoping Review of Surveys Measuring Unmet Transportation Need. Travel Behaviour and Society, 36, 100784.https://doi.org/10.1016/j.tbs.2024.100784※実現しなかった外出を調べる研究レビューです。⑤ 大田区(2026年4月公表)『令和7年度大田区障がい者実態調査結果報告書』。レジャー・余暇等の外出頻度(164頁)、サービス利用意向(79頁)、事業所の職員不足(356頁)。https://www.city.ota.tokyo.jp/kuseijoho/ota_plan/kobetsu_plan/fukushi/syougaisyahukushi/r07_syougai_jittai-chousa.html※28.4%と34.4%は別設問の集計です。60.7%は新規依頼に対応できていない事業所を対象とし、移動支援事業所だけの数値ではありません。【注】複数の異なる対象・方法の研究を参照しています。日本の知的障害者のガイドヘルパー不足が希望の表明を減らす因果関係を、これらの論文が直接証明したわけではありません。本文は研究を踏まえた風雷社中の考察です。



