【災害緊急支援】ベネズエラ地震|ピースウィンズ・ジャパン

キャンプファイヤー 寄付型のバッヂ

日本時間の6月25日午前7時ごろ、南米ベネズエラ北西部を震源とする地震が発生しました。現地の甚大な被害の発生を受けて、ピースウィンズおよび空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”は、日本からの出動を決定、緊急支援を開始します。

現在の支援総額

542,000

18%

目標金額は3,000,000円

支援者数

100

募集終了まで残り

57

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【災害緊急支援】ベネズエラ地震|ピースウィンズ・ジャパン

現在の支援総額

542,000

18%達成

あと 57

目標金額3,000,000

支援者数100

日本時間の6月25日午前7時ごろ、南米ベネズエラ北西部を震源とする地震が発生しました。現地の甚大な被害の発生を受けて、ピースウィンズおよび空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”は、日本からの出動を決定、緊急支援を開始します。

以前の活動報告でご紹介したカレーの炊き出し支援について、YouTubeで動画公開中です!ベネズエラの首都カラカスでラーメン屋「NORANEKO」(野良猫)を営むホセ・モンサルべさん。今回の地震が発生してすぐ、自分にも何かができないかと、何度も大きな災害を経験してきた日本から学ぶことを考えました。もともと日本文化への造詣が深いホセさんが、災害時の日本の対応について自ら調べ、たどり着いたのが“炊き出し”の活動でした。ホセさんが発起人となった「タキダシ」プロジェクトは、現地の他の日本食レストランや商工会、そしてピースウィンズを巻き込み、早々に実現の運びとなりました。▶記事はこちらから「日本の「タキダシ」が被災者の心の拠り所に」ピースウィンズは引き続き、厳しい状況が続く被災地で必要とされる支援を見極めながら、1人でも多くの被災者を支えられるよう全力を尽くします。皆さまの温かいご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。


7日に訪れたのは、さまざまな団体が集まる避難者の支援拠点の一角です。診療所といっても屋外にテントを立てただけの場所。エアコンがないどころか、テント越しの直射日光にさらされながらの活動となりました。診療にあたっているうちに、医療チームのメンバーもすっかり汗だくに。薬剤を保管している箱の温度計は、45度を超える数値を指していました。 ▼動画はこちらから引き続き医療支援をはじめ、今必要とされる支援活動に取り組んでいきます。皆さまの応援は、私たちの活動の何よりの支えです。これからも、温かいご支援をどうぞよろしくお願いいたします。


6月24日にベネズエラで発生した大規模地震によって、被災地のラグアイラ州などでは、大勢の住民が家屋の倒壊などで住む場所を失いました。政府は856の建物が被害を受けたと発表。しかし、衛生画像等の分析によると58,000棟が破損しているとの報道もあり、被害の全容はいまだ不透明です。そうした中、発災から半月ほどが経った今でも、避難者の数は1万8,000人に迫ります。避難生活の長期化が予想されるなか、先行きが見えない不安定な状態に置かれた人びとをどう支えていくかが喫緊の課題です。ピースウィンズおよび空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”は今、こうした人びとを医療支援、物資支援の両輪で支えています。さらに、厳しい状況下で1人でも多くの人に支援を届けるために、現地で活動する他の支援者の方とも連携して最善の支援の形を模索しています。今回のレポートでは、そんな協働から生まれた日本式「カレー」の絆をご紹介します。日本のカレーで「タキダシ」の温かさを届けたい「日本なら、こういう時にどうするだろう」。ベネズエラの首都カラカスでラーメン屋「NORANEKO」(野良猫)を営むホセ・モンサルべさん。今回の地震が発生してすぐ、自分にも何かができないかと、何度も大きな災害を経験してきた日本から学ぶことを考えました。もともと日本文化への造詣が深いホセさんが、災害時の日本の対応について自ら調べ、たどり着いたのが“炊き出し”の活動でした。「『タキダシ』の考え方にすぐ惹かれました。被災した人たちに必要なのは、カロリーや栄養だけではありません。”温かさ” が必要です。愛情を込めて作られた、きちんとした食事が必要だと思ったんです」ホセさんが発起人となった「タキダシ」プロジェクトは、現地の他の日本食レストランや商工会、そしてピースウィンズを巻き込み、早々に実現の運びとなりました。炊き出しのメニューは日本風の「カレー」。食料の支援に頼って暮らしている被災者が、温かい食事を食べられる機会は今ほとんどありません。とにかく温かい料理を提供したい、そして日本らしいおいしい料理の炊き出しで思いやりを届けたい、というホセさんたちの熱い思いを実現するためのメニューとして、カレーが選ばれました。ベネズエラではカレーは一般的ではなく、決して馴染みのある食べ物ではありません。しかし炊き出しが始まると、これが大ヒット。「地震後に食べたものの中で一番おいしい」と大好評で、「このおいしい料理は何?」「レシピを教えて」と声をかけてくれる人も続出しました。このカレーの炊き出しは9日までに2回実施し、それぞれで約200食を提供しました。被災者に日常が戻る、その日まで続けるために発起人のホセさんは、炊き出しの成功について「もちろん、とても嬉しく思っています」と話しながらも、その目はずっと先を見据えていました。「でも、一番大切なのは、この活動を続けていくことです。数日だけ来て帰るような、そういう炊き出しにはしたくないんです。本当に支援が必要な最後の一人が食事を受け取れるまで、そして皆さんが再び自分の家で暮らせるようになるまで続けたいと思っています」だからこそ、一番の課題は、この活動を長く続けられる体制をつくることだと言います。今の被災者支援の現場は、現地の一般の人たちによる寄付やボランティア活動が支えている面があります。助け合って難局を乗り切ろうとする姿に心を打たれる一方で、支援の継続性の担保や、被災地全体の状況を踏まえた効率的な支援の難しさなど、課題もあります。ピースウィンズの調整員としてこの活動を支援している小林は、被災地の現状について「被害の規模が広いので、情報がもう少し整理されれば、みんなもっと動きやすくなると思います」と話したうえで、この炊き出しの目指すものをこう説明します。「今は報道も加熱していて、いろんなところからフードパッケージ(食料支援)も入ってきています。でも、1ヵ月後、1ヵ月半後にも、完全に家を失った皆さんにそれだけの食料がちゃんとあるのかを心配しています。その先を見据えて始まったのが、この炊き出しのプロジェクトです。少なくとも半年くらいは続けられる目処を立ててスタートしていて、一回一回改善しながら、この先のビジョンも大きく描きつつ活動しています」実は当初は、日本のカレーライスを完璧に再現するために妥協を許さないホセさんたちのこだわりで、準備などがスムーズに進まない場面も。しかし、回を重ねるごとにみるみる改善しています。数々の緊急支援現場を経験してきた小林も、今回、現地主導で始まった日本食の炊き出し支援には、大きく心が動かされたと言います。「これだけ日本のことを思っている、こんなにかっこいい人たちが、『日本から来てくれてありがとう』と言って、一緒にやろうと声をかけてくれる。とても感動していますし、すごくいい活動になっていくんじゃないかなと感じています」ピースウィンズは引き続き、厳しい状況が続く被災地で必要とされる支援を見極めながら、1人でも多くの被災者を支えられるよう全力を尽くします。皆さまの温かいご支援を、どうぞよろしくお願いいたします。


2度にわたる大地震で壊滅的な被害を受けた、ベネズエラの首都近郊にあるラグアイラ州。発災から時間が経った今もなお医療は逼迫し、避難生活の長期化に伴う医療ニーズも増えてきています。ピースウィンズおよび空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”は、医療機器にも影響が出るほどの猛暑の被災地で、患者たちと向き合い続けています。「暑さで測定不能」高温・多湿のラグアイラの洗礼1日に現地入りしたARROWSの医療支援チームは、今日まで避難者の方の診療を続けています。最初に臨時診療所を開いた首都カラカスの避難所が、域内の学校再開のため閉鎖されたのに伴い、最大被災地ラグアイラに活動場所を移しました。現地の病院グループの協力も得て、毎日場所を変えて医療支援に取り組んでいます。ラグアイラに移って身に染みたのが、海に近いラグアイラの「暑さ」です。気温、湿度ともカラカスとは比べものにならないほど高く、期せずしてこの地での避難生活の大変さを実感することになりました。7日に訪れたのは、さまざまな団体が集まる避難者の支援拠点の一角です。診療所といっても屋外にテントを立てただけの場所。エアコンがないどころか、テント越しの直射日光にさらされながらの活動となりました。診療にあたっているうちに、医療チームのメンバーもすっかり汗だくに。薬剤を保管している箱の温度計は、45度を超える数値を指していました。あまりの暑さでパソコンが止まってレントゲンが撮れなくなったり、血糖測定器に暑すぎて測定できない旨のメッセージが表示されたりする場面も。体調を崩さないよう、交代で休憩をとりながら対応したものの、人も機械も暑さに悩まされた1日となりました。そんななか、この日も43人の患者さんが診療所を訪れました。診療にあたったARROWSプロジェクトリーダーの稲葉基高医師は、「発災からすでに10日以上経っていますが、まだ地震によるけがを抱えている方も少なくありません」と話します。地震の際に骨折などのけがを負いながら、まだ十分な治療が受けられていない患者さんが少なくないのです。一方で、避難生活が長引くことで生じる二次的な医療ニーズも目立ってきました。「眠れないという相談や、この厳しい環境での皮膚トラブルが急激に増えています。僕たち自身も(暑さで)これだけ汗をかいていますが、十分にシャワーを浴びることもできず、路上で寝るような生活が続けば、体は痛くなるし、皮膚の病気も増えて当然です」と稲葉医師。これからは、こうした新たなニーズに応えていくことが重要になると話していました。人と人との繋がりが伝える温かさ多くの患者さんと接するなかで、毎日のように印象的な出会いがあります。心に残った患者さんとして稲葉医師が真っ先に挙げたのは、娘を守るために崩れる壁の下敷きになり、肘と足を痛めたというお母さんのこと。「僕は彼女の言葉が直接は分かりませんでしたが、通訳と話してるのを聞いただけで涙が出そうで…… よくこんな小さいお母さんがね、娘を守って。すごいですね」患者さんとの関わり方について大切にしていることは何か、稲葉医師に聞くと、こんな答えが返ってきました。「僕たちがここで行っているのは、手術のような高度な医療ではありません。診断や判断だけを見れば、将来的にはAIでもできる時代が来るかもしれません。でも、『大変でしたね』と声をかけること、たとえ言葉が通じなくても目と目で気持ちを伝えること。通訳を交えながら患者さんの話を聞き、ときには一緒に涙を流すこと。そうやって相手に寄り添い『あなたは一人ではありません』と伝えること。被災した方々を勇気づけ、『日本のチームが来てくれてよかった』『この診療所に来てよかった』と感じてもらうことは、人間の僕たちだからこそできる役割だと思っています」ある日の診療所には、地震後から少しお腹が痛いと、不安そうな妊婦さんがいらっしゃいました。エコー検査で赤ちゃんの様子を診てみると、お腹をキックする元気な姿が。涙ながらに喜ぶ妊婦さんに、医療チームも思わずみんな笑顔になりました。過酷な現場のなかでも、こうした現地の方との温かい触れ合いや感謝の言葉が、私たちがこの場所に来た意味を思い起こさせてくれます。私たちはここラグアイラで、引き続き医療支援をはじめ、今必要とされる支援活動に取り組んでいきます。皆さまの応援は、私たちの活動の何よりの支えです。これからも、温かいご支援をどうぞよろしくお願いいたします。


ベネズエラでの2度にわたる大地震の発生から10日以上が経ちました。政府発表によると、これまでに3,500人以上が亡くなり、16,000人以上が負傷しました。なかでも地震による被害がもっとも大きかったのが首都カラカス近郊のラグアイラ州です。この場所でも、ピースウィンズと空飛ぶ捜索医療団“ARROWS”は支援を開始しています。目を覆いたくなるような悲惨な被害のなかを生き延びた人びとの”今”について、現地からの報告です。「見えるのは崩れた家ばかり」壊滅的な被害に言葉を失うベネズエラの首都カラカスから北西におよそ15km。美しいカリブ海のビーチが広がるリゾート地でもあるラグアイラ州は、2回のマグニチュード7超の地震により壊滅的な被害を受けました。「右も左も、見えるのは崩れたり倒れたり、燃えて黒焦げになった家ばかりです」。6名のご遺体が見つかったばかりという倒壊家屋を前に、これまで多くの被災現場で支援活動を記録してきた近藤カメラマンも、その異様な光景に言葉を失います。「レスキュー隊の姿も見えますが、倒壊した建物の上にいるのはヘルメットも被っていない地元の人々です。“重機が足りていない” と彼らは口を揃えて言います。そもそもようやくこの数日で建物の評価が進んだようで、瓦礫の撤去が始まるにはまだかなりの時間を要します。それまでの間は、住民が自分たちで瓦礫を片付けたり、倒壊家屋の中に入って家具を持ち出したり、場合によっては自ら親族や友人を探しているようなのです」綱渡りの避難所支援倒壊家屋のすぐ隣の野球場で避難者はテント生活を送っていました。発災3日目から被災地に入り物資支援を行ってきたポーマンは、繰り返し避難所を訪問しながら、刻々と変化するニーズに対応してきました。「避難所の状況は数日ごとに様変わりしています。この避難所も3日前より随分とテントが増えてぎゅうぎゅうになっている。確かトイレがなくて、近所の家のトイレを借りていると聞いていたが大丈夫だろうか……?」避難所の代表者に話を聞くと、衛生環境は改善されていますが、避難者の数は増え、すでに400人を越えているとのこと。各所で支援ニーズが叫ばれますが、何よりもまず根本的な支援体制が整っていないことをポーマンは危惧していました。「今でも物資支援の多くは国内のボランティアなどが持ってきているようです。届く時にはドンと物資が届いて一時充足しているように見えても、例えば鎮痛剤や抗生物質のような医薬品、あるいは赤ちゃん用品などは常に必要となる消耗品です。いろいろなものを持ってくることが支援というわけではなくて、時には同じ物資でもコンスタントに届けることも重要なのです。そのようなシステムが現時点ではまだ確立されているようには見えません」チームはその日聞き取ったニーズを元に医薬品や衛生用品を調達し、翌日避難所へと届けました。発災1週間を過ぎ、災害のフェーズは急性期から亜急性期と呼ばれる次のフェーズへと変わっていきます。これからの支援についてポーマンは次のように語りました。「発災直後と比べれば、この避難所にもしっかりしたテントが立ち並ぶようになり、個人支援だけでなく支援団体の介入が始まっています。ただここから先、この避難所の場所すら、今後も長くあるかはわからない状態です。おそらく避難者の生活は大きく変わるでしょう。彼らの避難環境と動向をフォローして、必要な時に必要なものをお渡しできるようにしたいと思います」医薬品を含め、支援に必要な物資の多くは現地で調達します。「日本語の書かれたお薬は、現地の方にとっては一見何の薬かわからない不安もあるかもしれません」とARROWS看護師の新谷。「できるだけその地域に売られている馴染みのあるお薬をお渡しすることで、患者さんにも安心していただくことには、実は大きな意味があると思います」この日もチームは現地の薬局を訪れ、外傷の感染対策のためのニーズが高い抗生物質、体調を崩された方や痛み止めのための解熱鎮痛剤などを調達しました。大地震の惨禍のなか、非常に多くの支援が必要とされている状況が続いています。私たちは現地の人びと、そして世界中から集まった支援チームと力を合わせ、目の前の助けを必要としている方に1人でも多く手を差し伸べられるよう、これからも全力を尽くします。皆さまの温かいご支援をどうぞよろしくお願いいたします。


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