さいはてのピアノ〜震災を乗り越えた「奇跡のグランドピアノ」の音色を復活させたい!

1952年製!歴史あるグランドピアノを修理して音色を復活させるプロジェクト!修理前と後の音色の違いを音楽祭で楽しめます!能登の再興の象徴となるピアノが誕生します

もうすぐ
終了

現在の支援総額

1,140,350円

57%

目標金額は2,000,000円

支援者数

93人

24時間以内に7人からの支援がありました

募集終了まで残り

2日

さいはてのピアノ〜震災を乗り越えた「奇跡のグランドピアノ」の音色を復活させたい!

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57%達成

あと 2日

目標金額2,000,000円

支援者数93人

1952年製!歴史あるグランドピアノを修理して音色を復活させるプロジェクト!修理前と後の音色の違いを音楽祭で楽しめます!能登の再興の象徴となるピアノが誕生します

クラウドファンディング終了まで、あと4日。達成率は61%になりました。ご支援いただいた皆さん、本当にありがとうございます。■今日は、少し恥ずかしい話をします。私は小学生まで、ピアノを習っていました。確か、3歳くらいから習い始めたような記憶があります。なにしろ「おぼっちゃま」でしたから・・・そして、最後に弾いた曲が「エリーゼのために」です。ミ・レ・ミ・レ・ミ・シ・レ・ド・ラ。あの有名な出だしです。私のピアノは「エリーゼのために」で止まりました。そして、そのまま40年近くがたちました。ピアノを習った方の中には「私もエリーゼで終わった」という方が、案外多いのではないでしょうか。みなさんの「私はここまで」エピソード、もしよかったら教えてください。■さいはてのピアノを弾いてみました先日、さいはてのピアノの前に座る機会があったので、弾いてみました。指が覚えていたのは、出だしだけでした。(右手)ミレミレミシレドラ(左手)ラミラ(右手)ドミラシ(左手)ミミソ(右手)ミラシド、くらいで終了です。いやはや、時の流れと言うのは残酷なものですね・・・笑ふと気になって、この曲のことを調べてみました。「エリーゼのために」は、ベートーヴェンが1810年ごろに書いた小品です。ところが、本人が生きているうちには世に出ていません。楽譜が見つかって出版されたのは、ベートーヴェンが亡くなってから40年もたった後のことでした。「エリーゼ」が誰なのかも、いまだにはっきりしていないそうです。誰にも知られずにしまい込まれていた曲が、見つけ出されて、いまでは世界中の子どもたちが最初に覚えるピアノ曲になっている。■「さいはてのピアノ」は、エリーゼみたいですねさいはてのピアノも、建物の「残置物」として、誰にも弾かれずに置かれていました。それが見つけられて、調べてみたら戦後8178番目の、時間をかけて作られた最後の世代の一台だった。埋もれていたものが、もう一度鳴る。そういうことは、曲にもピアノにも起こるようです。修復が終わったら、私も続きを練習しようと思います。40年止まっていた「エリーゼのために」を、生まれ変わったピアノで最後まで弾く。来年の「風の音楽祭」までに間に合うかどうかは、正直、自信がありません。でも、ピアノのほうは「手を入れれば必ず復活する」と、竹田さんが言ってくれました。あと4日です。どうか、このピアノにもう一度、最後まで曲を弾かせてやってください。ご支援と、シェアをお願いします。一般社団法人能登乃國百年之計 副理事長 岩城慶太郎


クラウドファンディング終了まで、あと7日。達成率は45%になりました。ご支援いただいた皆さん、ありがとうございます。今日は、このピアノをどうやって直すのか、について書きます。修理代は150万から200万円。「ピアノの修理にそんなにかかるの?」と思われた方もいるでしょう。私も最初はそうでした。新品を購入した方が安いんじゃないかとすら思いました。竹田さんがピアノの中身を引き出して見せてくれたとき、鍵盤1本につき、木とフェルトと金属でできた小さな機械が1つずつ、ぶら下がっていました。鍵盤を押すと、この機械がハンマーを跳ね上げて、弦を叩く。88本の鍵盤に、88個の機械。これが「アクション」です。オーバーホールは、これを一つずつ診ていく仕事です。弦は、88鍵で230本ほど。全部張り替えます。弦を巻き取っているピンも、錆びているので抜いて交換します。ハンマーのフェルトは、70年叩き続けて固く潰れているので、新しいものに貼り替えます。湿気でやられた部品は、他の中古ピアノから外した健全なものと差し替えます。鍵盤の下のクロス、ペダルのクロスも取り替えます。一度全部ばらして、組み直す。沖縄で同じ型のピアノを修復した工房は、これにまる一年かけていました。200万円は、部品代というより、この一年分の手仕事の値段です。そして、ここが大事なところですが、全部を新品にするわけではありません。響板と呼ばれる、音を響かせる大きな木の板は、当時の国産のエゾ松のまま残します。このピアノの音の素は、ここにあります。70年かけて乾いた木は、いまでは手に入りません。新しくするのは、擦り減った部分。残すのは、育った部分。11月29日の「風の音楽祭」で、手を入れる前の音を聴いてください。来年の11月、手を入れたあとの音と聴き比べてください。何が変わって、何が変わらなかったか。それを一緒に確かめるのが、このプロジェクトです。あと7日。引き続き、ご支援とシェアをお願いします。


前回の報告で、さいはてのピアノが「戦後8178番目のピアノ」だとお伝えしました。あの日から、どうにも気になって、夜な夜な調べていました。分かったことを3つ、お話しします。1. いちばん最初の一台でしたフレームに刻まれた「No.25」は「25号」という型番です。ヤマハの公式記録によると、25号が作られていたのは1949年8月から1953年まで、たった4年あまり。1954年には「G3」に代替わりし、それが今の「C3」、ヤマハで一番売れているグランドピアノにつながっていきます。つまり、さいはてのピアノは、その血筋のいちばん最初にいる一台です。※「C3」についてはこちら↓をご覧くださいhttps://jp.yamaha.com/musical-instruments/pianos/products/grand-pianos/espressivo/2. 当時は家が建つ値段でした発売当時の値段は47万円。その年の国家公務員の大卒初任給が、月4,223円。初任給の9年分です。いまの初任給に当てはめると、およそ2,800万円。家が建ちます。ちなみに、同じ血筋のいまのグランドピアノは300万円弱。当時は、その10倍も遠い存在でした。廃校になった学校から来たと聞いていますが、この一台を珠洲に入れた人は、相当な覚悟だったはずです。3. ゆっくり作られた最後の世代でした当時のピアノは、木を落ち着かせるために、出荷まで1年半ほど寝かせていたそうです。ところが1956年、ヤマハは木材の乾燥を自動化します。それまで3か月から1年かかっていた工程が、半日から4日に。ここからピアノの大量生産が始まります。さいはてのピアノは、その直前の生まれ。時間をかけて作られた、最後の世代です。4.そして、仲間がいました沖縄の工房が、同じ4万番台の25号を、まる一年かけて修復していました。弦を全部張り替え、塗装をはがして塗り直し、部品を一つひとつ替えて、今年4月に完成。70年以上前のピアノが、ちゃんと息を吹き返している。竹田さんの「手を入れれば必ず復活する」という言葉を、もう一度かみしめました。珠洲と沖縄。日本の端と端で、同じ頃に生まれた兄弟が、それぞれ次の出番を待っています。残り9日です現在54名の方から57万8,100円、目標の28%です。正直に言います。まだ足りません。戦後8178番目のピアノに、もう一度歌わせてやってください。ご支援と、シェアをお願いします。


10月11日、富山県から、アンティークピアノを得意とする技師の竹田さんに来ていただき、「奇跡のグランドピアノ」を診てもらいました。竹田さんは、年季の入った革の鞄ひとつで登場。鍵盤の前の板を外すと、鍵盤とハンマーがずらりと並んだ部分を、まるごと手前に引き出してしまいました。グランドピアノって、中身が引き出しみたいに出てくるんですね。40年ほど前までピアノを弾いていたはずの私ですが、初めて知りました。鍵盤のひとつひとつに、木とフェルトでできた小さな部品がつながっています。竹田さんはそれを一本ずつドライバーで調整し、ときには取り外して、隣の部品と見比べていきます。眼鏡を外してピアノの上に置き、鍵盤に顔を近づけて覗きこむ姿は、まさにお医者さんの診察でした。金色のフレームには「NIPPON GAKKI」の文字。ヤマハがまだ「日本楽器」だった頃の刻印です。その横に「48178」という製造番号が打ってあります。竹田さんによると、このピアノは「戦後8178番目に作られた楽器」なのだそうです。戦前に日本楽器が作ったピアノは、3万8000台ほど。その後、工場は軍需工場に変わりました。戦争が終わり、平和な時代になって、40001番から再びピアノを作り始めた。だから48178番は、戦後8178台目になる、というわけです。番号ひとつに、そんな歴史が詰まっているとは思いませんでした。平和になったから作ることができた一台が、70年以上たって、さいはての珠洲にあります。そして、気になる診断結果です。「いまの状況では、とてもコンサートに使うことはできません。でも、手を入れれば必ず復活するでしょう」湿気でだめになっている部品を、他の中古ピアノから外したものに交換するなど、方法は色々とあるそうです。「必ず復活する」。この一言が聞けて、ホッとしました。11月29日の「風の音楽祭」では、修復前の「今の音」をお聴きいただく予定です。それまでに、どうにか音を聴いていただける状態まで調整できないか、現在検討しています。決まり次第、またこちらでご報告します。クラウドファンディング終了まであと13日。現在41名の方からご支援をいただいています。本当にありがとうございます。引き続き、シェアで応援して下さいー。


10月4日、本日は「奇跡のグランドピアノ」の状態を確認してきました。外見はカフェのインテリアともマッチして、素敵な雰囲気なんですが、いざ音を出そうと蓋を開けると・・・いきなり蓋の一部が取れてしまいました。私が壊したわけではなく、以前よりこの状況だったそうです・・・ホッとしました。そして、音が出るかどうかをチェック。「ド」は「ド」の音がしました。説明がヘタクソでごめんなさい。76年前に作られて「残地物」として建物についてきたピアノとは思えないような、ちゃんとしたピアノの音がしました。次いで、弾こうとしてみましたが・・・残念ながら私は40年ほど前にピアノを弾かなくなってしまいましたので、和音を作るくらいしかできず。タッチの具合も判断つかずです。このあたりは「風の音楽祭」までに確認することにします。ちなみに、ピアノの上に置いてあった葉は、イチジクの葉っぱ。お茶にするために乾燥させ中なんだそうです。ピアノの音を聴かせて熟成させたらまろやかな味になるかも。クラウドファンディング終了まであと20日。奇跡のグランドピアノの復活に向けて、少しずつ準備を進めてまいります。皆さん、シェアで応援して下さいー。


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