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日本の未来を救うかも!?「新鮮なテンペ」を届けたい! ~テンペ兄さんの挑戦~

「僕にしかできない事で、日本と相模原に恩返しをする。」と熱い想いを燃やし続け、たどり着いたのが大豆発酵食品テンペでした。独学で修業した白いテンペを新鮮な美味しい状態でみんなに届け、多くの人(特におじいちゃん、おばあちゃん)を元気にします!    夢への最後のピースは「瞬間冷凍機」なんです。

現在の支援総額

559,400

111%

目標金額は500,000円

支援者数

100

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2019/10/03に募集を開始し、 100人の支援により 559,400円の資金を集め、 2019/11/06に募集を終了しました

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日本の未来を救うかも!?「新鮮なテンペ」を届けたい! ~テンペ兄さんの挑戦~

現在の支援総額

559,400

111%達成

終了

目標金額500,000

支援者数100

このプロジェクトは、2019/10/03に募集を開始し、 100人の支援により 559,400円の資金を集め、 2019/11/06に募集を終了しました

「僕にしかできない事で、日本と相模原に恩返しをする。」と熱い想いを燃やし続け、たどり着いたのが大豆発酵食品テンペでした。独学で修業した白いテンペを新鮮な美味しい状態でみんなに届け、多くの人(特におじいちゃん、おばあちゃん)を元気にします!    夢への最後のピースは「瞬間冷凍機」なんです。

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こんにちは。前回に引き続きなぜ先日インタビューしていただいた内容の報告をさせていただきます。ーーーーーーーーーーーーーーーー遠藤)帰国してからすぐテンペ作りをしていたの?宮嵜)実は帰国後すぐはテンペ作りしてないんですよ。日本に帰ってからはせっかく2年もインドネシアに留学していたのに、インドネシアと関わらないのはもったいないって思って翻訳や通訳の仕事とかで三陸横断などしていました。けれども社会問題に貢献したいという気持ちや、生まれ育った地元・相模原のために恩返ししたいなあ〜という気持ちを抱えたままモヤモヤしたまま仕事をしていたんですよね。ある時、地元の商工会で「津久井在来大豆」を普及させたいっていうプロジェクトを聞いた時に、「僕インドネシアのテンペっていう大豆で作られた食材知ってますよ〜」っていうところから始まったんです。高齢化社会と言われる日本でお年寄りの方に健康に必要なタンパク質を摂ってもらうことと、地元の大豆を使った僕にしか出来ないテンペ作りによって、お年寄りの健康を支えなおかつ地域振興や地元に貢献できると思って「テンペ職人になろう!」って決意しました!遠藤)たしかに、宮嵜くんにしか出来ないことだね!!!具体的にテンペのどんなところが高齢者の健康に良い影響を及ぼしているの?宮嵜)介護センターの人曰く、高齢者の方はタンパク質が不足がちで筋力が衰えていくので、少しつまづいたりするだけで寝たきりになってしまうかたも少なくはないそうなんです。筋力の維持に必要なタンパク質は肉や納豆から摂取することができるけど、お肉は高齢者の方にとって食べにくいし消化しにくい。納豆だと食べ方が限られてしまいますよね。遠藤)たしかに!宮嵜)だけどテンペは揚げてもいい、煮ていい、焼いていいんです!調理しやすい食品なんですよ。揚げるとフライドポテトみたいってよく言われます!ーーーーーーーーーーーーーーーー(原文まま)テンペなら多くの人を幸せにできる。そう思って今日もテンペを作っています。当然最初は何回も失敗しました。悔しくて泣きながらテンペを作ったことも、発酵具合が気になって夜通し見守ったこともあります。そして、やっとオリジナルの作り方に巡り合い、現地の人をも納得させられるテンペが作れるようになりました。失敗したテンペきちんと発酵したテンペそんな僕のテンペを普及させるお手伝いをしていただけないでしょうか?多くの人に知ってもらう事で、社会問題にこんなアプローチの仕方があることや、テンペを通じでインドネシアのことを知ろうと思う方が増えるはずです。SNSでの拡散非常に助かります。私なんかがシェアしても変わらないよ。なんて言わないでください。シェアをしてくれることで僕にこんな素晴らしい支援者がいるんだと実感ができ、また明日もテンペを作ろうという活力になります。僕の夢達成のため皆さんのお力をお貸しください。URL : 宮嵜 太樹さん【テンペ職人誕生。夢を語る。】(後編)


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こんばんは。今回は先日インタビューしていただいた内容を報告させていただきたいと思います。ーーーーーーーーーーーーーーーーどうして留学に行こうと思ったの?宮嵜)実はインドネシアにはトビタテでいった他にも何回か訪れていました。なんとなく海外に行こうと思ってインドネシアのバリ島にボランティアでいった時に、自分が思っていた理想と現実がかけ離れていてとてもショックを受けたんです。すごい綺麗だと思っていた場所が実際には深刻なゴミ問題を抱えていてこの現状をなんとかしたいと思い、まずは学内の交換留学でインドネシアに行くことにしました。遠藤)そんなにバリ島ではゴミ問題が深刻だったんだね。宮嵜)そうなんです。綺麗な海や景色を想像していったんだけど、海岸にゴミがたくさん捨てられていたんです。しかも海岸だけではなく、道路にも山積みにされたゴミがありました。バリ島だけでもこんなにゴミで溢れているということは、もしかしたらインドネシア全土もゴミが至るところに放棄されているのではないかと思いましたね。遠藤)たしかに!宮嵜)そして、留学してからも「僕たちが捨てたゴミはどこに行くんだろう?」と思って色々調べたら、ゴミは最終処分場に行くことがわかりました。最終処分場に行って処理されなかったゴミはそこにいる牛に食べられていて、その牛が僕らの食卓に運ばれているというサイクルが生まれていました。それは50年前の日本で起きた水俣病やイタイイタイ病と同じような構造です。最終処分場にいた牛捨てられたごみを食べる牛青空と最終処分場遠藤)今の話を聞いて、たかがゴミと思ってはいけないんだなって思ったよ!宮嵜)それで1年目の交換留学中に「Gomi-Shori-Project」という団体を立ち上げたんです。団体が出来た時期に帰国日が迫ってきて、このまま帰りたくないと思ったんです。なんとかして残る方法がないかなって色々調べた時に、知り合いのトビタテ生に「だったらトビタテ受けたらいいんじゃないの?」って言われて応募しました。遠藤)じゃあ無事に迎えた2年目のインドネシア生活ではどんな活動をしていたの?宮嵜)最初はゴミの発生する場所と毎日同じようなゴミが発生するような場所ってどこかなって考えた時に、レストランって思いついたんです。レストランから出るゴミは、食べ残しやストローやペットボトルなどのプラスチック類、あとはその他の燃えるごみって大体決まっていました。それらを分別して生ゴミは堆肥(コンポスト)として使い、プラスチックなどはまとまったら業者に売ることができるのでレストラン内でゴミの処理ができるのではないかと考えたんです。そのようなレストランがインドネシアで広まれば最終処分場にいる牛の量が減る→牛の量が減れば水俣病やイタイイタイ病で苦しむ患者が減る→そうすれば50年前に日本のようにならないのではと思いました。なので、レストランを中心にゴミの分別活動とリサイクルの啓蒙普及活動をしてました。インドネシアでの仲間との1枚ーーーーーーーーーーーーーーーーー一見今やっているテンペの普及活動とは関係ないように思いますが、すべての事柄は繋がっているのだと大変実感しました。後編もありますのでお時間許しましたら、ぜひご覧ください。URL:宮嵜 太樹さん【ゴミ問題を解決しにインドネシアへ!】(前編)


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こんにちは。お久しぶりです。早いものでクラウドファンディング終了まで残り7日間となりました。今回はテンペを始める前に何をしていたのかを少しお話させていただきたいと思います。テンペを始める前の僕が何をしていたのか小学校から12年間ずっと続けていた野球が終わり、みんなに合わせるかのようにそれっぽい理由をつけ、都内の大学に進学しました。当然そんな気持ちで行った大学では特に目的も無く毎日を過ごしていました。そんなある日ネットサーフィンをしていると「バリ島ボランティアツアー」というものを見つけました。「ボランティアに行けば履歴書に書ける」そんな事を思った僕は観光気分を兼ねてボランティアツアーに申し込みました。しかし、観光地で有名な場所だから当然きれいなのだろうと思っていた僕の先入観を壊しました。道に散乱するごみ上の画像のすぐ隣は川でした。ごみ処理場らしい場所道には山のようにごみが積まれていたり、海岸にはごみが散乱していたりして観光気分でいた僕の浮かれた気持ちを吹き飛ばしました。「観光地なのにこんなに汚いインドネシア大丈夫かよ。」「他のところはどうなっちゃうんだろう。」そんな思いが頭の中をぐるぐると駆け巡りました。 しかし、その時にふっと「日本のように分別ができれば、この現状は変える事ができるかもしれない。ごみは分ければ資源になる!これができるのは僕しかいない!」と思い一念発起して学内選考に応募し、インドネシアのジョグジャカルタに留学をすることができました。その後はインドネシアのごみ問題を解決するべく、団体を立ち上げて大学や村を訪問しての分別指導や「1970年代の日本と現代のインドネシア」というテーマでプレゼンテーションを行いました。その後活動を継続するために文部省が官民協働で行っている「トビタテ!留学JAPAN」に六期生として採択をされ合計で2年間インドネシアに留学しました。大学での講演最終処分場にいた牛しかし、必死に活動をしましたがタイムアップとなり帰国をしました。もっと詳しいことは次回以降アップロードさせていただきますので少々お待ちください。(当時のFacebookページ:Gomi-Shori-Project)そして、動画の冒頭に繋がります。


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こんにちは。こんばんは。いつもありがとうございます!私の周囲では台風の被害で閉業してしまったお店や被害を受けてしまった方が多く見られ、こうやって活動を続けることができていることに感謝しています。さて、本題なのですが2019年10月11日㈮に開催された第2回 相模原 地域クラウドファンディングでテンペにかける思いを話させていただき、得票数1番となりました。優勝賞金は瞬間冷凍の購入資金に充てさせていただく予定です。正直多くの方に期待をしていただき不安もあります。しかし、これからこんなに多くの人に応援されながらテンペを作れると思うととても楽しみです!


こんにちは。先日の台風19号皆さんお怪我などありませんでしたでしょうか?幸いなことに実家もテンペ工場も大きな被害がなく安心しております。被害に遭ってしまった地域もあると思います。一刻も早い復旧を祈ります。さて、テンペの作り方についてなのですが「相模原では相模原の作り方がある」という事がわかってきました。9月末に訪問して学んだインドネシアのテンペの作り方をそのまま導入してみた所、あまり良い結果にはなりませんでした。作り方が同じでも発酵させる際の気温や湿度、もしくは気圧までもが関係しており最適な作り方というのは異なるのではないかなと感じているところであります。茹で時間や発酵させる時に風を当て続けたり、テンペ菌の量だったり、穴の数だったり、、、テンペ兄さんはまだまだ発展途上ですね。これから更に悩み、研究し更に美味しいテンペをお届けします!