横須賀市自然・人文博物館で,046-824-3688 「ポスター展示による市民による自然誌研究2015」が 開催されています。(11月2日は休館) *ジオ神奈川は, 『93年前は,被災地であった神奈川上空の写真』を 発表します。 11月3日 ポスター発表コアタイム ・会場 講堂 ・時間 14:00〜16:00

現在の支援総額
641,000円
目標金額は600,000円
支援者数
92人
募集終了まで残り
終了
このプロジェクトは、2015/10/10に募集を開始し、 92人の支援により 641,000円の資金を集め、 2015/12/10に募集を終了しました

現在の支援総額
641,000円
106%達成
目標金額600,000円
支援者数92人
このプロジェクトは、2015/10/10に募集を開始し、 92人の支援により 641,000円の資金を集め、 2015/12/10に募集を終了しました
横須賀市自然・人文博物館で,046-824-3688 「ポスター展示による市民による自然誌研究2015」が 開催されています。(11月2日は休館) *ジオ神奈川は, 『93年前は,被災地であった神奈川上空の写真』を 発表します。 11月3日 ポスター発表コアタイム ・会場 講堂 ・時間 14:00〜16:00
城ヶ島で,中学1年生90名との理科地学実習を行いました。 藤沢から3台のバスを連ねて,城ヶ島に向かいました。朝は風が強く,現地の状況を心配していましたが,実習が始まるとみるみるうちに青空が拡がり,絶好の実習日和となりました。 黒やピンクの火山灰層を追いかけ,So凝灰岩から470万年の火山活動を想像し,火山豆石の存在を確認し,馬の背の洞門から見た「青い海」と「遙か彼方の房総半島」に,歓声があがりました。 世界で,一番新しい付加帯が生まれている三浦半島最南端を実感していただけたことと思います。 「城ヶ島たんけんマップ」は,蟹江康光が編集し,一般社団法人 「日本地質学会」から発行されています。400円
平成10年に就航した朱塗りの「愛宕丸」に乗船して対岸の 西浦賀に向かいました。 翌日の10月25日まで乗客を運んでいた「愛宕丸」は、 現在、ドッグ入りしてお化粧直し中。 バックに見えるのは、灯明堂です。
2015年10月24日(晴れ) 9時30分 JR橫須賀駅南からの京急汐入駅にかけての県道沿いの崖が大規模崩壊しました。東京湾要塞地帯の中心である橫須賀の空撮写真は防衛研究所にも存在していなかったのですが,この大規模がけ崩れを撮影した空撮が個人アルバムに残されており,ご提供いただきました。港側と山側から撮影された写真は,大規模崩のメカニズムを解明するための貴重な資料です。93年前の撮影とは思えないほどの鮮明な画像に見学者もたいへん驚かれていました。大正10年測量の陸軍参謀本部陸地測量部による極秘地形図でがけ崩れの位置を確認しました。 橫須賀駅に到着した列車から県道を通行していた人,橫須賀駅に向かう人達50名以上が犠牲になりました。 橫須賀市汐入2丁目の湊町公園内に関東大震災遭難者慰霊碑があります。
『朝日の中の黒い鳥」『孤独な帝国 日本の一九二〇年代」 ポール・クローデル著 『炎の町を横切って』『9月1日の関東大震災』より ポール・クローデルは,日本大使として1921年に11月19日に着任した。その翌月の12月8日,翌年の4月20日に大きな地震に遭った。節約のため再建が許可されなかったフランス公邸は,強震により壁に「ひび」が入った。クローデルは,大使館事務所のために新しい建物を準備し,「ひび」の入った公邸は,支柱で囲み補強をする許可を取った。 9月20日にフランス外務省宛の「報告書」を電報で送り,その冒頭に感謝の辞を述べている。『もしも閣下が大使館事務局の新築費用として10万フランの予算を私に許可して下さらず,大使館休館の補強工事を行っていなかったら私たちは,全員助からなかったでしょう。新築の建物はガラス1枚もわれず,支柱で補強した旧館は海に漂う船のように地震に耐え,瓦と漆喰の壁はすべて崩れ落ちましたが,主要部は持ちこたえました』。周囲の地面全体が怪物ように,生命の或る生き物のように動くのを見,人間の建てた建物が倒れてゆく…。 クローデルは,フランス人居留民とフランス関係施設の多い横浜に向かいます。クローデルは,2度の地震で横浜の被害の大きさを予測できたのです。