2020/10/06 18:00

本プロジェクトの第一の目標は、映画『宮城野』のインターナショナル版を完成させることです。映画の意図を損なわずに世界中の方々に届けたい、と英語字幕にも徹底的にこだわって、作業が進行中なんです。

そんなインターナショナル制作過程を、山﨑監督に綴ってもらいます。

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国内での『宮城野』のデジタル配信がスタートしたのは昨年の秋でした。
どんなものか?とは思っていたんですが、ちょくちょくSNSにレビューが上がるようになり、年末に集計が来てびっくり!
予想をはるかにしのぐ視聴回数だったんです。
正直、Blu-rayやDVDの売り上げ枚数なんて比じゃないぐらい……

その時、フツフツと沸き上がってきたのが海外展開への野望です。

その昔は映画を海外に広めるのは非常にハードルが高かったんです。VHSにしろDVDにしろ「モノ」を動かすのは手間が掛かるからです。
それが、デジタル配信だと一足飛びで視聴者に届けられます。これは革命的だと言えますね。

さて、このプロジェクトでまず考えなければならないのは翻訳です。

本作を外国語に翻訳して字幕を付けることはこれまでにやっています。

最初は2008年の編集中です。この時は、映画祭へのエントリーのための英語字幕を作りました。ただ、あくまで審査用なので、こだわった翻訳、こなれた翻訳かというと、そこまではいきませんでした。時間もなかったことですし、あくまで大意が掴める程度でした。誤訳もあったと思います。この英語字幕についてはその後、世に出ることはありませんでした。

次いで、2009年11月、フィレンツェ日本映画祭のためのイタリア語翻訳です。

これは、イタリア人翻訳家のイザベラ・ディオニシオさんが手掛けてくれました。
ヴェネツィア大学で日本語を学び、2005年に来日。お茶の水女子大学大学院修士課程(比較社会文化学日本語日本文学コース)修了、というまぶしいキャリアが語るように、超・日本文学オタク!
私にはイタリア語は分かりませんが、現地では評判がよく、観客からの質問を聞いていても内容をしっかりと理解してくれていると思いました。

イザベラの著書『平安女子は、みんな必死で恋してた イタリア人がハマった日本の古典』(淡交社)


海外への足がかりとしては英語訳を作るのがベストですが、改めてそれを誰に頼むか?です。
英語の映像翻訳が出来る人は多くいますし、信頼のおける業者もあります。

しかし、この映画の翻訳は非常に難易度の高い作業になります。劇作家・矢代静一による意味深長な言い回しや軽妙洒脱な江戸ことば、さらには歴史的な背景や絵画の知識が求められるからです。

実際そんな人材はいるのかと……これは大きな課題でした。

そんな折、日本劇作家協会による英訳戯曲集『HALF A CENTURY OF JAPANESE THEATER VIII: 1950s』に戯曲『宮城野』(66)の英語訳が収められてることを知りました。

HALF A CENTURY OF JAPANESE THEATER VIII: 1950s』(紀伊國屋書店刊)

翻訳者は上智大学名誉教授のボイド眞理子先生

映画監督になって何がよかったか?と言われると、すかさず「会いたい人に会えること」と答えるんですが、ボイド先生にも直ぐにつながることができ、まずは映像をご覧いただくことになりました――

年が明け、ボイド先生からレスがありました。

「濃密な雰囲気、江戸の暗がり。浮世絵や歌舞伎の舞台装置を思わせる背景や紙細工の人物も使われ、サプライズを交えながらの味わいのある傑作です。是非英訳に協力したいと思います」

ご快諾をいただきました。

ここまでが、コロナ禍なんて思いもよらなかった平和な日々の出来事です。

(其の二へ続く)

映画『宮城野』監督 山﨑達璽