映画『宮城野』インターナショナル版を制作! 歌舞伎や浮世絵とともに世界へ届けたい

毬谷友子をヒロインに、片岡愛之助が主演を務めた映画『宮城野』は、日本が誇る伝統文化を凝縮した、他に類を見ない作品です。完成から12年……古びるどころか輝きを増していると確信し、新たに英語字幕をつけて『宮城野』を海外へ配信するプロジェクトを立ち上げました。どうか温かいご支援をお願いいたします。

現在の支援総額

726,001

60%

目標金額は1,200,000円

支援者数

88

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2020/09/09に募集を開始し、 88人の支援により 726,001円の資金を集め、 2020/10/29に募集を終了しました

映画『宮城野』インターナショナル版を制作! 歌舞伎や浮世絵とともに世界へ届けたい

現在の支援総額

726,001

60%達成

終了

目標金額1,200,000

支援者数88

このプロジェクトは、2020/09/09に募集を開始し、 88人の支援により 726,001円の資金を集め、 2020/10/29に募集を終了しました

毬谷友子をヒロインに、片岡愛之助が主演を務めた映画『宮城野』は、日本が誇る伝統文化を凝縮した、他に類を見ない作品です。完成から12年……古びるどころか輝きを増していると確信し、新たに英語字幕をつけて『宮城野』を海外へ配信するプロジェクトを立ち上げました。どうか温かいご支援をお願いいたします。

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本プロジェクトにあたり、女流義太夫・鶴澤寛也さんより応援メッセージをいただきました。***毬谷友子さんと片岡愛之助さん(半沢直樹での黒崎)のW主演。竹本綾之助師匠と私は、劇中劇で日本髪のカツラを被って義太夫を演奏しました。目の前での毬谷さんの演技は、無垢な童女でもありコケティッシュな女郎でもあり、重層的で凄絶な美しさを放っていてとてもとても魅力的でした。どうか世界中の皆様にこの映画が届きますように!鶴澤寛也(女流義太夫三味線)***映画『宮城野』で女流義太夫を担当してくださったのが、竹本綾之助さんと鶴澤寛也さんでした。簡単に解説をします。「義太夫(ぎだゆう)」とは、文楽(人形浄瑠璃)や歌舞伎の伴奏音楽の一種です。三味線を伴奏にして、太夫(たゆう)が台詞や描写を語ります。「歌う」と言わないところがポイントで、叙情的な力強さを持っています。「女流義太夫」とは、文字通り女性による義太夫のことで、明治から大正にかけて絶大な人気を誇りました。本作では、毬谷さんに合わせるため女流義太夫にご出演にいただきました。「出語り」とは太夫と三味線奏者が舞台上に姿を出して語ることをいいます。本作では押し入れの襖がくるりとまわって登場します。これを「文楽廻し」といい、美術スタッフがこだわったところです。物語は終盤、宮城野が七歳の夏の思い出を語る場面です。ここは宮城野が己の性分を伝える重要な描写になります。ただ喋るだけではなくて、この映画ならではの、観客の印象に強く残る演出をしたいとの監督の思いから、いろいろとアイディアを出しあって「女流義太夫の出語りによる所作」という演出が生まれました。本作の詞章(語りのテキスト)は、狂言作者の竹柴潤一さんによる書き下ろしで、節付(作曲)もまた鶴澤寛也さんによるオリジナルです。<詞章>一天俄に かき曇り 篠突く雨に 風 いかづち幼いながらも逃げまどう 地肌は崩れ森は折れ 一際だちたる雷は 眼前尺余にほむらを落とす「モシ仏神様 天道様わたしを助けてくださらば 向後いかなる辛き目に遭うとも 不平は申すまじ これぞ今生後生の願い たのむ」と云えども 辺りは 火炎わきたち 岩流るる不思議や紅蓮の奥よりも「川さ飛び込め」の声ぞして はずみにしぶきを上げにける振付もまた、所作指導も担当されている舞踊家の藤間貴雅先生が一から作りあげたオリジナルです。撮影・照明にもこだわり、瀬川カメラマンは印象派の画家エドガー・ドガの『踊り子』のような映像を目指したといいます。……と長くなってしまいましたが、このように監督の「初期衝動」を叶えるために、一流のスタッフたち、そして毬谷さんがフルスロットルで作り上げた場面となっています。あらためて本編をご覧の際にご注目いただけますと幸いです。最後になりましたが鶴澤寛也さん、応援をいただきありがとうございます。撮影時の・竹本綾之助さん(左)・鶴澤寛也さん(右)鶴澤寛也さんは女流義太夫演奏会へのご出演、「女流義太夫 浄瑠璃を学ぶ会」で講師を務めるなど、多岐にわたりご活躍中です。最新の情報はHPで、Twitterでもさまざま発信されています!▶︎鶴澤寛也さん公式HP▶︎Twitter(@tsuruzawakanya)


前回に続き「歌舞伎」への愛を徒然なるままに……。私がいつ「歌舞伎」と出会ったか?忘れもしません、1991(平成3)年6月16日、名古屋の中日劇場で観たスーパー歌舞伎『オグリ』です。当時16歳、高校2年生でした。テレビでドキュメンタリーを観て興味を持っていたころ、たまたま切符が巡ってきて足を運んだのです。ただ、その時、どんな感想を持ったのか全然覚えていないのです。ただただ圧倒され、魅了された、そんな後からの「解釈」しか出来ないんです。こういうのを運命の出会いというのでしょうか(笑)その後、大学入学で上京してからは、歌舞伎座、新橋演舞場、国立劇場へと足繁く通うことになります。映画学科監督コースに入学してるのにおかしいですよね。それは入学式後のガイダンスである先生から聞いたメッセージがきっかけです。「みなさんは映画学科に入ったんだから当然映画は勉強するでしょう。でも、せっかく藝術学部にいるんだから、別のジャンルも一つ勉強してみるといい」と。そこで浮かんだのが歌舞伎だったのです。当時は、三代目市川猿之助(現・猿翁)さんの賞味期限ギリギリの全盛期(これはご本人の弁)。「市川猿之助七月大歌舞伎」と銘打たれる毎年7月の歌舞伎座公演なんて、毎週観に行っていました。そんなお金をどうしていたかといいますと、毎月、祖母から「芸術手当」をもらっていたんです。両親には内緒で。私は初孫長男でして、とても愛されていました。しかも、地芝居で育った祖母は、歌舞伎や映画などの芸事が好きなんですね。そして、「ひとたび上京したんだから、いちいち顔なんて見せなくていい。小遣いは振り込む」という合理主義者でもありました。その後、大学院に行ってからは多少なりともアカデミックにも勉強したくなり、演劇学科のゼミを聴講させてもらっていました。若き日の三代目猿之助さんと宙乗りを復活させ、その後、いわゆる「猿之助歌舞伎」のブレーンをされていた演出家・戸部銀作先生、三島由紀夫の弟分としても名高い演劇評論家の堂本正樹先生など、それはそれは豊かな時間をすごさせてもらいました。ちょうど20世紀の最後、学生時代の私は、卒業制作の『夢二人形』(98)でカンヌ映画祭デビューを飾り、一方で歌舞伎沼にどっぷりはまっていたのです。1999年 カンヌ国際映画祭にて映画『宮城野』監督 山﨑達璽「監督が語る歌舞伎愛・其の一」へ


本プロジェクトの第一の目標は、映画『宮城野』のインターナショナル版を完成させることです。映画の意図を損なわずに世界中の方々に届けたい、と英語字幕にも徹底的にこだわって、作業が進行中なんです。そんなインターナショナル制作過程を、山﨑監督に綴ってもらいます。***国内での『宮城野』のデジタル配信がスタートしたのは昨年の秋でした。どんなものか?とは思っていたんですが、ちょくちょくSNSにレビューが上がるようになり、年末に集計が来てびっくり!予想をはるかにしのぐ視聴回数だったんです。正直、Blu-rayやDVDの売り上げ枚数なんて比じゃないぐらい……その時、フツフツと沸き上がってきたのが海外展開への野望です。その昔は映画を海外に広めるのは非常にハードルが高かったんです。VHSにしろDVDにしろ「モノ」を動かすのは手間が掛かるからです。それが、デジタル配信だと一足飛びで視聴者に届けられます。これは革命的だと言えますね。さて、このプロジェクトでまず考えなければならないのは翻訳です。本作を外国語に翻訳して字幕を付けることはこれまでにやっています。最初は2008年の編集中です。この時は、映画祭へのエントリーのための英語字幕を作りました。ただ、あくまで審査用なので、こだわった翻訳、こなれた翻訳かというと、そこまではいきませんでした。時間もなかったことですし、あくまで大意が掴める程度でした。誤訳もあったと思います。この英語字幕についてはその後、世に出ることはありませんでした。次いで、2009年11月、フィレンツェ日本映画祭のためのイタリア語翻訳です。これは、イタリア人翻訳家のイザベラ・ディオニシオさんが手掛けてくれました。ヴェネツィア大学で日本語を学び、2005年に来日。お茶の水女子大学大学院修士課程(比較社会文化学日本語日本文学コース)修了、というまぶしいキャリアが語るように、超・日本文学オタク!私にはイタリア語は分かりませんが、現地では評判がよく、観客からの質問を聞いていても内容をしっかりと理解してくれていると思いました。イザベラの著書『平安女子は、みんな必死で恋してた イタリア人がハマった日本の古典』(淡交社)海外への足がかりとしては英語訳を作るのがベストですが、改めてそれを誰に頼むか?です。英語の映像翻訳が出来る人は多くいますし、信頼のおける業者もあります。しかし、この映画の翻訳は非常に難易度の高い作業になります。劇作家・矢代静一による意味深長な言い回しや軽妙洒脱な江戸ことば、さらには歴史的な背景や絵画の知識が求められるからです。実際そんな人材はいるのかと……これは大きな課題でした。そんな折、日本劇作家協会による英訳戯曲集『HALF A CENTURY OF JAPANESE THEATER VIII: 1950s』に戯曲『宮城野』(66)の英語訳が収められてることを知りました。『HALF A CENTURY OF JAPANESE THEATER VIII: 1950s』(紀伊國屋書店刊)翻訳者は上智大学名誉教授のボイド眞理子先生。映画監督になって何がよかったか?と言われると、すかさず「会いたい人に会えること」と答えるんですが、ボイド先生にも直ぐにつながることができ、まずは映像をご覧いただくことになりました――年が明け、ボイド先生からレスがありました。「濃密な雰囲気、江戸の暗がり。浮世絵や歌舞伎の舞台装置を思わせる背景や紙細工の人物も使われ、サプライズを交えながらの味わいのある傑作です。是非英訳に協力したいと思います」ご快諾をいただきました。ここまでが、コロナ禍なんて思いもよらなかった平和な日々の出来事です。(其の二へ続く)映画『宮城野』監督 山﨑達璽


「山﨑さんってホントに歌舞伎が好きでしょ」とはよく言われます。確かに、ホントに歌舞伎が好きだと思います。溝口健二、小津安二郎、黒澤明など、その昔は映画監督には歌舞伎やお能の素養がある人が多くいました。たぶん映画監督が立派な文化人たり得た時代の嗜みだったと思います。今でも好きな人は少なからずいると思いますが、私は日本で一番好きな監督だと自認しています(笑)では、歌舞伎の魅力って何か?と言われると、これが難しいんですね。頑張って言葉にすると……一つは、儚いこと。舞台全般に言えることではありますが、一期一会でもう二度と同じ舞台は観られません。だからこそ尊くて美しくて。絶対に我が物にすることは叶いませんが、どうにかして自分だけものにしたくなったり、この時が永遠に続けばいいと思えたり。私が生業とする映像文化は、再現を目的に、記録をし続ける仕事であって、舞台とは正反対のもの。それゆえに歌舞伎に惹かれるのかもしれません。そして、矛盾するようですが、歌舞伎を永遠のものにしようとする、その人間の「主体性」にも惹かれます。芸は、それを永遠のものにするために、親から子、師匠から弟子へ継承されていきます。それを観た観客の思いも次の世代に伝承されていきます。ただ、放っておけば永遠になるわけではなく、そこには積極性が不可欠です。さらには、その時々の現代性が注入されるとも言えます。最近の「配信」がまさにそれですね。それが400年以上続いているわけで、そこには惹かれるどころか、畏敬の念が生まれてきます。2020年8月 再開初日第一部の歌舞伎座にて映画『宮城野』監督 山﨑達璽


山﨑です。クラウドファンディングの期間中、気になったこと、私なりの考えなどをこの場を借りてシェアさせてください。もちろん映画『宮城野』に関連することを。先日、テレビドラマ『半沢直樹』について、歌舞伎義太夫の竹本葵太夫さん(@aoidayu)が「歌舞伎ガカリ」演出を楽しんだとツイートされていました。「○○がかり」とは、名詞に付いて、その物事に似たようすである意を表します。大仰な振る舞いをみて、「芝居がかってる」なんて言いますよね。歌舞伎で、お能の様式の演出になるときを「能ガカリ」というので、これにならった「歌舞伎ガカリ」とは言い得て妙です。▼参考記事見せ場に快哉、型の美ピタリ 「半沢直樹」が示したドラマの可能性(2020.10.2 産経ニュース)思うに、映像における歌舞伎ガカリを楽しく見せてくれたのが『半沢直樹』、尖って見せつけてくるのが『宮城野』なのかもしれません。歌舞伎に似た「ようす」が、お客さんにこれでもかと挑みかかってきます。説明の美学に貫かれた『半沢直樹』の反対で、『宮城野』は解釈を委ねてきます。映画『宮城野』監督 山﨑達璽Twitter:@yamazakitatsuji


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