厳密には歌舞伎ガカリではありませんが、私の世界観が生まれる大きな起点となった映画をご紹介します。篠田正浩監督の『心中天網島』です。1969(昭和44)年の作品ですから、50年以上も前の作品です。心中天網島[東宝DVD名作セレクション]近松門左衛門を原作に、デフォルメと省略だらけのセットに黒衣(くろご)がそこかしこに登場します。一見、歌舞伎ガカリには見えますが、篠田監督は人形浄瑠璃(文楽)をベースにしたといいます。主演は岩下志麻と中村吉右衛門。当代・吉右衛門さんの若き日の匂い立つようなお姿が拝めます。フォトギャラリーでぜひご覧ください。(→出典:IMDb)20歳の時にたまたまテレビオンエアを観たんですが、まさにこれだ!と思いました。映画監督への思いと古典文化への憧れが合わさった瞬間でした。ほかに私の歌舞伎ガカリのエッセンスは、木下惠介監督『楢山節考』(58)や、鈴木清順監督の『陽炎座』(81)などが挙げられます。いずれも配信でご覧になれますので『宮城野』とあわせて、お楽しみいただければと存じます。■篠田正浩監督『心中天網島』Amazonビデオ/TSUTAYA TV■木下惠介監督『楢山節考』Amazonビデオ■鈴木清順監督『陽炎座』Amazonビデオ/TSUTAYA TV映画『宮城野』監督 山﨑達璽
映画『宮城野』の【4Kデジタルリマスター】を担当していただいた、IMAGICA Lab.の水戸遼平さんよりメッセージをいただきました。***『宮城野』が海外進出のためにクラウドファンディングを開始! 素晴らしいニュースが飛び込んできました。私は株式会社IMAGICA Lab.で映画や映像作品のデジタルリマスターのコーディネートを担当しています。この作品の4Kリマスターにも参加させて頂きました。『宮城野』制作当時の2008年は多くの映画がデジタルビデオで撮影されるようになっていた時代でした。しかし、その中でもこの作品は山﨑監督のこだわりによって35mmフィルムで撮影されました。意外に思われるかもしれませんが、昔から行われているフィルム撮影は決して古びた技術ではなく、2020年においても最先端の手法なのです。そのことが4Kデジタルリマスターを経て『宮城野』をより魅力的にしました。例えば、薄暗い日本家屋の中、人物たちをとりまく影、その艶と色気はこの作品の物悲しさを際立たせます。着物や筆、墨、和紙の質感の繊細さは、その存在を見るものに訴えます。この質感はフィルム撮影を選択したからこそ生まれたもの。最新の作品と並んでも、過去の名作と比べても決して見劣りはいたしません。『宮城野』の世界へのチャレンジ、応援しています!株式会社IMAGICA Lab.フィルム・アーカイブ事業本部 プロデュースグループ水戸遼平***ありがとうございます。IMAGICA Lab.さんでは、フィルム・アーカイブ事業や最新の映像技術について分かりやすく発信してくださっています。とても勉強になります!▶︎IMAGICA Lab. Film&Archiving Instagram▶︎IMAGICA Lab. on note『宮城野』の4Kデジタルリマスターについては、次回ご紹介させていただきますね。
アダチ版画研究所社長の中山周(なかやまめぐり)さんに、伝統の木版画による復刻浮世絵について伺いました。前回「其の一」の続きです。***Q.アダチ版画研究所さんの浮世絵は、どのように復刻されるのですか?まずは基本的に良いオリジナルに当たることです。私どもの版木は、現存しているオリジナルのアウトラインを原稿にしています。昔は、ほとんどオリジナルを直接見ることができなかったので、苦労が多かったようですです。白黒の資料をもとにしたり、模写のプロに頼んだり。今でこそインターネット上で色々な美術館の所蔵作品を簡単に見ることができますが、戦後しばらくまではほとんどが海外の販売用カタログなどを資料としていました。オリジナルを見るという機会が貴重だったと聞いています。ひとつでも多くの良質のオリジナルに当たれるかどうかが、再現の肝になるわけです。Q.鮮やかな色はどのように再現されているのでしょう?やはり複数のオリジナルを参考にして、絵師と版元の意向が反映されているといわれる初摺(しょずり)を想定し、その色を基本にするようにしています。長年多くのオリジナルに触れてきた安達がディレクターとしてこれと思う色を決めて、摺師(すりし)に指示をしています。どんな再現をするかは、あくまで復刻する人の考え方によるのです。私どもの復刻版は、売り物ですから、今のお客さんがどんな色味を好むのか、なども大切にしています。今現在は、初摺のように摺りたての鮮やかさを再現するよう目指していますが、時代によっては、あえてオリジナル風(古色風)にしたこともあったようです。Q.本作にも登場する写楽の「宮城野」の特徴を教えてください。東洲斎写楽「中山富三郎の宮城野」「中山富三郎の宮城野」は版木3枚、9回摺りで、摺られています。やはり役者絵の性質上、摺り数は少ない方ですが、シンプルなだけに技術的に難しいこともありますね。写楽の特徴は、記号化されているところです。目の描き方ひとつとっても簡略化されていますよね。他の人が描いた役者絵と並べると雰囲気は似ているけれども、役者さんの個性的なところを捉えて誇張して描いています。その点が魅力でもありますが、描かれたご本人は、気分はあまり良くなかったかもしれませんね。そして、役者絵というのは人気の歌舞伎役者さんのブロマイド的役割がありますから、風刺的な写楽の絵は人気がなかったようです。好きな役者さんのブロマイドは、美しく描いたものであってほしいですからね。数もあまり残っていない、ということから見ても、当時それほどたくさんは摺られなかったということでしょう。映画『宮城野』本編より(協力:アダチ版画研究所)Q.復刻浮世絵の制作にはどのくらいの時間がかかかるのですか?1枚の浮世絵が完成するまでは、一度に50枚とか100枚とか枚数にもよりますが、写楽ですと、だいたい4,5日かかります。職人さんの腕によるところもあるので、個人差はもちろんありますが。和紙の中に水性の絵の具を馬連で摺り込むことで発色させるという点が、他の印刷と決定的に違うところですね。この木版独特の素材と技術で生まれた軽やかな鮮やかさが、明治以降西洋の人々を魅了したのではないでしょうか。ショールームには伝統木版画の制作工程の展示もさらに、オンラインで浮世絵を摺る様子を見られるチャンス!★10/16(金)19時~ アダチ版画の職人による摺実演が生配信!『浮世絵専門の太田記念美術館を巡り 葛飾北斎の作品を摺ってみる』詳しくはこちらをご覧ください。***今回、アダチ版画研究所さんを通じて浮世絵への理解が深まり、文化的な背景や伝統の技術を守り伝えていく価値や魅力を、さらに感じることができました。もっともっと奥が深いことも!世界中のまだ浮世絵を知らない方にも、映画『宮城野』を通じて日本独自の伝統文化を知っていただくきっかけになって欲しい! とインターナショナル版制作への思いを新たにしました。本プロジェクトのリターンのうち、復刻浮世絵が含まれるコースは以下4つです。【I.「写楽の浮世絵ライト」コース】30,000円(額装なし)【J.「写楽の浮世絵」コース】50,000円(特製奥付をつけたオリジナル額装で)【K.「写楽の浮世絵プレミアム」コース】100,000円(特製奥付をつけたオリジナル額装で)【L.「山﨑達璽プレミアム」コース】100,000円(特製奥付をつけたオリジナル額装で)【K.「写楽の浮世絵プレミアム」コース】には、山﨑監督と一緒にアダチ版画研究所の目白ショールームを見学&茶話会で浮世絵談義をするスペシャルな機会もありますよ!もっと知りたい方は……▶︎アダチ版画・こだわりの浮世絵◀︎浮世絵にまつわるポータルサイト「北斎今昔」も情報満載!▶︎もっと知りたい、浮世絵の「今」と「昔」。北斎今昔◀︎
映画『宮城野』は、浮世絵師・東洲斎写楽とその役者大首絵「宮城野」をモチーフにした物語です。ですから、本編中には多くの浮世絵、その原画が描かれる場面なども登場します。撮影当時、多大なるご協力をいただいたのが「アダチ版画研究所」さん。江戸時代の浮世絵の技術を継承する職人を抱えた、現代の版元です。写楽の全作品を復刻しており、アダチさんなくして映画『宮城野』はできませんでした。本プロジェクトのリターンにもご賛同くださっています。先日、東京・目白にあるアダチ版画研究所・ショールームを訪問し、改めて浮世絵の魅力を再確認してきましたので、ご紹介します。目白ショールーム(現在は予約制)ショールーム内展示の様子。手前は歌川国政、奥に葛飾北斎が並びます復刻浮世絵の美しさを目の当たりに知っているようで知らない江戸時代の大衆文化・浮世絵について、アダチ版画研究所の中山周(なかやまめぐり)さんにお話を伺いました。その前に……初心者にも優しい浮世絵解説は「浮世絵のアダチ版画」さんのサイトでチェック!▶︎意外と知らない?浮世絵の世界【浮世絵の基礎知識Q&A】◀︎■東洲斎写楽(とうしゅうさいしゃらく・生没年不詳) 寛政6年(1794)彗星のごとく浮世絵界に登場した写楽は、わずか10ヶ月の期間に、140数点に及ぶ浮世絵を世に送り出し、忽然と姿を消しました。写楽の活動期間が短かいのは、役者の個性を、美醜を問わず描いた迫真の描写が、当時の人々に受け入れられなかったからとも言われています。しかし、躍動感溢れる役者絵は現在の我々の目にも今なお新鮮です。***ー写楽が活動した江戸時代中期、浮世絵ってどんなものだったのでしょう? 当時の浮世絵は、大量生産の印刷物、出版物であったというのを前提として考えてみてください。現在では教科書にも載っていて、美術展で鑑賞できるため、アートと捉えられることが多いですが、当時は、そうではなかったということです。今でいうアニメとか漫画とか、商業ベースのエンターテインメントと思っていただけると分かりやすいのではないでしょうか。いかに早く、効率よく仕上げて、安く大衆に届けるか、という側面がありますよね。なかでも、歌舞伎の役者絵に関しては、基本的には、興行に合わせて出版されていました。時機を逸しないためにも、初日にサッと描いて、一日でも早く商品になるように作ることが求められていたわけです。また、コストを制限する点から、版木5枚前後で表現したり、色数も少なく手間暇をかけないようにしなければなりませんでした。写楽の場合はそのシンプルさが極まっているのが特徴で、その省略美が評価の一つとなっています。それは版元の蔦屋重三郎さんの手腕によるところが大きかったといわれています。今回リターン「浮世絵コース」で選べる役者大首絵ー版元と絵師の関係はどのようなものだったのでしょう?東洲斎写楽は無名の新人で、ごく短期間に28枚もの役者絵を登場させたという点で、大きなプロジェクトだったことがわかります。そこには蔦屋重三郎さんの情熱が凝縮されているんです。写楽の役者絵には特徴がもう一つあって、背景に黒い雲母(キラ)引きというそれまでになかった手法を用いています。無名の絵師に描かせながら、一流の彫師・摺師をあてがい、一手間を加えることで、それまでにない見せ方、インパクトに賭けたのではないでしょうか。そういったこれまでにない売り出し方をしたのですが、写楽は1年足らずで活動を終えてしまいます。制作側の事情を考えると、続かなかった理由は、当時はあまり人気が出ずに売れなかったからなのだと推察できるのです。版元のプロデュース意図や、絵師との力関係など、出版の背景を想像しながら作品を見ていただくと、浮世絵をより楽しくご覧いただけるのではないでしょうか。***時代背景を考えれば、文化や風俗を現代に伝えてくれる浮世絵。なかでも写楽は謎の人物とされていますから、版元である蔦屋重三郎氏に着目する見方は面白いものですね。アダチ版画研究所さんの復刻浮世絵については、また次回ご紹介します!アダチ版画研究所では今年の夏に、浮世絵にまつわるポータルサイト「北斎今昔」をオープンしました。読み応え抜群の良質な記事が満載の美しいサイトです。ぜひチェックしてみてください!▶︎もっと知りたい、浮世絵の「今」と「昔」。北斎今昔◀︎さらに、オンラインで浮世絵を摺る様子を見られるチャンス!★10/16(金)19時~ アダチ版画の職人による摺実演が生配信!『浮世絵専門の太田記念美術館を巡り 葛飾北斎の作品を摺ってみる』詳しくはこちらをご覧ください。
今、歌舞伎に思うこと。およそ130年前、生まれて間もない「映画」はすぐに日本に輸入されてきました。やがて、「どうやって国産化するか?」そんな悩みが出たときに、日本人は「歌舞伎」に頼りました。300年近くにわたって日本のエンターテインメントの最高位にあった歌舞伎ですから、そこにはすべてのノウハウがあったのです。台本、演技、音楽、衣裳、メイクの方法から興行の仕組みまで。そもそも歌舞伎はそれまでに生まれた文化・芸術が蓄積されたものですから、日本の映画の歴史は、「歌舞伎の延長線」に位置付けられることにより、悠久の歴史につながったのです。黒澤明をはじめ歴史に名を残す映画監督には歌舞伎の素養がありました。彼らは時にアンチになりながらも、映画作りのヒントを歌舞伎に求めました。また、スーパー戦隊ものを作るとき、そのヒントを歌舞伎の『白浪五人男』の求めたのは有名なエピソードです。日本の映画の歴史を紐解くと、困ったときは歌舞伎に頼ってきたといっても過言ではないかもしれません。そして、今、歌舞伎は400年以上の歴史の中で最大の危機を迎えています。7月まで5ヶ月にわたって幕が開けられませんでした。あの東京大空襲の中でも幕は開いていたのです。現在、なんとか幕は開けられていますが、窮屈な公演であることは明らかです。興行よりも芸の継承を目的にしていると思います。その英断をした関係の方々には頭が下がります。そんな中ですから、映画は歌舞伎に恩返しをするときなのではないか、そんなことを日々思っています。歌舞伎の魅力がたっぷり詰まった映画『宮城野』が海外配信されることは、歌舞伎への恩返しへの一助となると信じています。映画『宮城野』監督 山﨑達璽「監督が語る歌舞伎愛・其の一」へ「監督が語る歌舞伎愛・其の二」へ