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福島の今を知り未来につなげるミュージカル東京公演を成功させたい!

2011年3月11日の東日本大震災、福島原発事故から13年。でも事故はまだ終わっていません。廃炉も除染も終わりが見えず、故郷に帰ることができない人達もいます。そんな福島の今と未来をこどもと大人が一緒に考えるミュージカル「バックトゥザ・フーちゃんII」4月28日東京公演成功に向けて応援をお願いします!

現在の支援総額

2,158,400

107%

目標金額は2,000,000円

支援者数

190

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2024/03/08に募集を開始し、 190人の支援により 2,158,400円の資金を集め、 2024/04/28に募集を終了しました

社会課題の解決をみんなで支え合う新しいクラファン

集まった支援金は100%受け取ることができます

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福島の今を知り未来につなげるミュージカル東京公演を成功させたい!

現在の支援総額

2,158,400

107%達成

終了

目標金額2,000,000

支援者数190

このプロジェクトは、2024/03/08に募集を開始し、 190人の支援により 2,158,400円の資金を集め、 2024/04/28に募集を終了しました

2011年3月11日の東日本大震災、福島原発事故から13年。でも事故はまだ終わっていません。廃炉も除染も終わりが見えず、故郷に帰ることができない人達もいます。そんな福島の今と未来をこどもと大人が一緒に考えるミュージカル「バックトゥザ・フーちゃんII」4月28日東京公演成功に向けて応援をお願いします!

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リターンについて大切なお知らせです。当日配布パンフレットにお名前を掲載するのは、2024年3月31日受付分までとなります。パンフレットの制作スケジュールの関係で、この日以降で受け付けました場合には、お名前が掲載できなくなりますので、何卒ご了承ください。引き続き、ご支援をよろしくお願い申し上げます。


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東日本大震災・原発事故から13年、私も子どもの遊びと表現の支援活動を仲間たちと継続してきました。原発震災は13年前の出来事ではなく、今も継続する現在進行形です。そしてまた能登半島地震やこれから起こる災害のたびに原発の心配をしなければならないのです。福島から学ぶことは大きいです。個人的には、浪江町津島に友人が転居して経営するキャンプ場があり、原発事故前は家族で通った第2の故郷の思いを持つ土地です。人が住めなくなるということはその土地のことば、芸能、昔ばなしなどの文化が失われ、人の人生、夢を失うことです。音楽や演劇の力で「子どもたちの未来に美しい地球を」というメッセージをうたいあげるこのプロジェクトを応援します。ただじゅん(多田純也)舞台実演家・こどもの表現活動家ただじゅん企画


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「バックトゥザ・フーちゃんⅡ」に出演する子どもさんたちが津島地区の三瓶春江さん宅を訪れたという東京新聞の記事を読んだ時、静かな感動を覚えました。津島は今の日本が失いかけている「人」として大切なものが色濃く残っていた特別な地区の一つでした。開拓という苦難の歴史を背景に育まれた人間関係。当たり前に声かけあい、助け合い、村祭りを楽しみ、農作業を手伝い合う、何ものにも代え難い「共同体」だったのです。それなのに突然住まいを奪い、人間関係を断ち切り、別れを強いて尊厳まで奪う、それが原発事故です。その現実を目の当たりにした子どもさんたちの小さな胸に灯った怒り、その怒りは、事故から学び、安全な未来を切り開こうとする「明るい怒り」です。それは「怒りの話芸」と言われる講談にも通じます。このミュージカルを全国に届けたい、そのためにも北とぴあでの公演を大成功させようではありませんか。応援どうぞよろしくお願いします。神田香織講談師いわき市出身


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3月20日(祝)、東京・港区の男女共同参画センター「リーブラ」で、愛知子どもの幸せと平和を願う合唱団17人と演出家・西尾栄儀さんを迎えて、東京のぞうれっしゃ合同合唱団の「バックトゥザ・フーちゃんⅡ」の合同練習がおこなわれました。東京の元気な子どもたちの歌とダンスに愛知の合唱団のキャストメンバーが加わり、とてもいい練習になりました。当日の様子を、愛知子どもの幸せと平和を願う合唱団のニュースからご紹介します。合同練習の後は、たくさんの人たちに見に来てほしい、という思いを込めて、みんなで元気にアピール動画を作成しました(近藤直門さん撮影)。当日は愛知の全メンバーが参加して100人以上の大合唱ミュージカルになります。是非、公演も見にきていただけるとうれしいです!公演チケットはこちらからお問い合わせ、お申し込みください。


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原発事故のことをテーマとしたミュージカルを上演するにあたり、私たちは原発について学び続けています。先日、3月10日「プレ企画」の第2回では、原発事故によって故郷(浪江町津島)に帰ることがかなわない住民達による裁判「ふるさとを返せ津島原発訴訟」の原告団のお一人、石井ひろみさんからお話を伺いました。=====石井さんのお話より(一部を要約)私の家は築150年の古民家、「次の世代に引き継ぐべきものを自分の手で断ち切って良いのか」という思いからいまだ解体することができないでいます。故郷、津島が地図から消されてしまうのではと、住民達はプロのカメラマンの手を借りて津島のすべての建物を撮影しDVDに収めました(※)。13年経った今も事故前のようには戻っていません。「ふるさとを返せ」裁判は、ふるさとの環境をもとに戻せなければ、原発を再稼働するなという闘いなのです。※このDVDを本プロジェクトのリターンとさせて頂いてます。=====また2014年~15年に福井地裁で、裁判長として原発を止める判決をおこなった元裁判官の樋口英明さん(※)から、なぜこれほどの事故を起こしながら原発が止まらないのか、なぜ止めなければならないのか、お話を伺いました。=====樋口さんのお話より(一部を要約)今年の元旦に起きた能登半島地震。志賀原発のあたりは震度5強と比較的大きな震度ではなかったけれど結構危なかったんです。外部電源が一部絶たれましたから。止まっていたことが幸いしました。また被害の大きかった珠洲市にはかつて今回の震源のすぐそばに原発計画があったのですが作られなかった。なぜ原発が作られなかったのでしょうか。28年間にわたる住民の反対運動のおかげで白紙撤回されたからです。そのおかげで私達は今、こうして生活していられるとも言えます。珠洲市のように、原発反対運動は各地で成功していて原発立地が撤回された地域は全国で50を超えています。2011年、福島原発では地震により停電しただけで大事故になりました。あまりの大事故に日本の原発は終わると思いましたが終わっていないです。なぜでしょうか。(先ほど申し上げたように)脱原発の運動の弱さではないです。いちばんの障害は私たちの心の中にある先入観「原発問題は難しいというもの」だと思います。でも、難しくない。覚えることはたった2つです。①人が管理(止める、冷やす、閉じ込める)していないと暴走するということ、②暴走した時の被害はとてつもなく大きいということ。この2つを理解していれば、本質を理解していれば正しく判断できるんです。私が原発を止める判決をした理由は、「(原発の)過酷事故は極めて甚大な被害をもたらす」「それゆえに原発には高度な安全性(事故発生確率が低いこと)が求められる」「地震大国日本では原発に高度な耐震性が求められる」。しかし「わが国の原発の耐震性は極めて低い」。だから「原発の運転は許されない」。当たり前のことを言っていると思いませんか。=====※樋口英明さん略歴(当日配布資料より)京都大学法学部卒業後、1983年に裁判官となる。2014年5月に福井地方裁判所の裁判長として、大飯原発3、4号機の運転差し止め判決を、2015年4月には高浜原発3、4号機の運転差し止めの仮処分決定を出した。2017年に定年退官以降、原発の問題を広く知って欲しいと講演、執筆活動に精力的に取り組んでいる。著書に「私が原発を止めた理由」など。