昔の写真なので、画像が荒いです(笑)一番最初に預かった保護犬は子犬連れの母犬でした。その子供たちをそれぞれ、「レッド」「ブルー」「イエロー」「グリーン」と名付け、その母親ということで「虹子」としました。うちに来てすぐにレッドが亡くなってしまい、悲しみの預かりボランティア開始でした。(今もうちの居間に遺骨を置いています)グリーンはちょっとボケっとした子、イエローはすごくやんちゃな子、ブルーは賢さのある子でした。イエローとブルーはすぐに里親さんが決定。ブルーはボケっとした顔だったせいか、少し時間はかかりましたが(笑)いいご家庭に貰われて行きました。しかしビックリしたのは、グリーンより先に虹子が決まったことでした。子犬と成犬を並べたら当然子犬の方が先に貰われていくと思っていたので。虹子を希望されたのは、以前から保護犬に興味があって、他の団体さんに寄付されたりしていた方で、とても意識の高い方でした。「虹子は車にすぐ酔ってしまうんです」とお伝えしたところ、「うちはインドアなので大丈夫ですよ~」と言っていたのですが、譲渡後は虹子とあちこち行くのが楽しくなったようで、山に登ったりカヌーに乗ったり、めちゃくちゃアウトドア家庭になっていました(笑)虹子もすっかり車酔いを克服していましたよ。こんな風に、犬を飼うと自分の生活がガラッと変わることがあるんですよね。子犬たちはそれぞれお子さんのいる家庭に貰われて行きましたが、契約不履行事件のゴタゴタもあったりして、子犬の譲渡は疲れるな~と思った出来事でした。成犬の譲渡を望まれる方は比較的保護犬について調べて来られる方が多く、子犬の譲渡を望まれる方は「安いから」とか「流行だから」とか、ちょっと軽い気持ちでいらっしゃる確率が高い気がしました。契約不履行については、しつこいくらいに説明をすることと、こちらでやれることはこちらでやる(マイクロチップ、不妊手術等)という方針に変えることで、防いでいます。でも、結果的に全頭がそれぞれとてもよい家庭に恵まれ、幸せになっています。そんな中、3年くらい前、ブルー君が亡くなってしまったというお知らせが届きました。お母さんよりも早く、病気のため9歳という短い人生でした。でも、いいご家庭でしたから、きっとブルー君も幸せだったと思います。ブルー君を愛情深く育ててくれて、本当に感謝しています。
杏子(あんず)は、最初は譲渡する予定で預かっていたワンコでした。前に預かっていた子がそろそろ譲渡というタイミングで、次の預かりワンコを探していたところでした。愛護センターのブログを読んでいたら、気になる子がいました。→リンクずっと外を見つめて身体を固くしているのが、まだ名前がなかったころの杏子です。2014年の写真です。一体どうしてこんなに人間が嫌いなんだろうか?と気になり、「ちょっと口が出る子(噛む子)ですよ」と言われましたが、「噛まれてもいいや」という気持ちで引き出してもらいました。引き出してみると、確かに無理に何かをしようとすると「嫌なことをしたら噛むわよ!」と、少し歯を当ててきます。でも、穴が開くほど噛む子ではありませんでした。2回くらいシャンプーして、家の中に自由にしたものの、常に人間を警戒して、常に人間の反対側の壁に張り付いています。スパルタ式で逃げようとする杏子を無理やり外に連れ出して散歩をしたりして、そのうちなんとか散歩ができるようになり、撫でられるようにもなりましたが、まだ杏子の方からは距離のある様子でした。顔が可愛いので「是非うちの子に」という家庭はそれなりにいたのですが、人間嫌いの杏子に合いそうな家庭(噛まれても何があっても逃がさないという決意のある家庭) はなく、「譲渡した途端逃がされそうだな」という予感しかなくて、結局2年半我が家で里親探しをしていました。数年の預かりボランティアの間に、すでに 「譲渡先で逃がしても探してもらえず、そのまま連絡もなくなる」というパターンを何度も耳にしていた私は、せっかくここまで人慣らしをしたのにまた逃がされては2年半の労力が水の泡になりかねません。私は散歩中に突然杏子が暴れだし(何かにびっくりして)リードに爪が引っかかって剥がれたことがありますが、それでも絶対にリードから手を放しませんでした。爪は剥がれてもまた生えますが、逃げた杏子は二度と見つからない確信があったためです。そんなこんながあり、結局、杏子はうちの子にすることにしたのです。「うちの子にする」と決めた途端、杏子もそれを感じたのかみるみる人馴れが進み、5年もたったころにはすっかり甘えん坊になりました。ナナコに次ぐおばあちゃんワンコ(推定13歳)として、我が家で過ごしています。
全然気づいてなかったのですが、クリアファイルのリターンに誤字がありました。恥ずかしくて言いたくないのですが、「LIFE」が「LEFE」になってました。すみません。どうやら画像を修正できないみたいなので、こちらで修正いたします。思わず三度見くらいしてしまいました。正しい文字で印刷しますので、ご安心ください。よろしくお願いいたします。
私が預かりボランティアを始めたのは、ナナコを貰ったことが切っ掛けでした。当時は毎週のように殺処分機が動いており、愛護センターのナナコの紹介には「最終部屋」の文字が。まだ名前が付けられていなかった時のナナコです。→リンクお腹に赤ちゃんがいて、じっとこちらを見つめている表情が切ないです。この写真を見て、預かりさんが引き出しに手を上げてくれたとのこと。本当に引き出してくれた預かりさんには感謝しかないです。この後、愛護センターで子犬を産んだのですが、小さすぎてすぐに亡くなってしまったそうです。一瞬、母親だったナナコ。子犬が亡くなっていくのを見るのは辛かっただろうなと思います。母の日になると、思い出すナナコの過去でした。ボランティアさんのお宅に行くために検疫を受けているナナコは、人懐こくしています。こうしてみると、ナナコも最終部屋と検疫室の違いが分かっているように見えますね。<最終部屋><検疫部屋>これは2011年の話です。ナナコをもらい受けて、「こんなに人懐こい子も殺処分されているんだな」と思い、ナナコがうちに来た1年後に預かりボランティアを始めました。今は、ナナコもすっかりおばあちゃん犬(推定15歳)です。出来るだけ長生きしてほしいです。
当初、保育園は2階で営業する予定でした。しかし、それだと1階がもぬけの殻になってしまうため1階で営業し始め、2階はあまり使われないことに。他に犬の仕事をしたい人がいれば、その人に貸したいと思っていたのですが、うちに来てくれた人に声をかけても使用してくれる人はおらず、どうしようかな~と悩み、室内ドッグランにしてみたりレンタルスペースにしてみたりと試行錯誤していました。でも今となってはそれでよかったのかもしれません。結局自分で老犬用に使うことにしたので(汗)今のところ、老犬は5匹を定員としているため半分は場所が余りますので、当分は使っていない場合はレンタルスペースも兼用しようと思っています。犬の仕事をしている人には時間貸しや月一、週一の利用も可能ですよ。出張マッサージや出張トリミングなどで自宅以外を使用したい人にもご利用いただいて結構です。詳細についてはメールかInstagramのDMでご連絡ください。営業電話が多いため、電話はあまり使ってなかったりしますm(_ _)m是非、ご利用ください。






