こんにちは、細谷枝里佳です。今回は11月2日に撮影をしたえりかの幼少時代のシーンでの出来事を。えりかの幼少時代を演じてくれる子役ちゃんと合流した時には、とても緊張している様子でしたが…撮影が始まると次第にノリノリになっていく子役ちゃん♪メイクさんにヘアメイクを可愛くしていただいたり、途中差し入れでいただいたシュークリームをみんなで頬張ったり、撮影小道具の小学生用テキストを誰に言われるでもなく黙々と解いたり!お芝居が始まるよ!となった瞬間にはスイッチが入って、毎カット最高のお芝居を見せてくれました!!そして、えりかの母は私が演じたので、「えりか」と「えりかの母」が合致しすぎないよう、声のトーン、話し方、寄りのカットを使わないなど工夫しています。ぜひ完成したらそれぞれのお芝居に注目して観ていただきたいです。
こんにちは、監督の西坂來人です。皆さんは「お母さんヒス構文」をご存知でしょうか?2023年にお笑い芸人のラランドがラジオでネタとしてして披露したものがネットで広がり人気を博しましたものです。家庭内でお母さんと衝突した際、お母さんがヒステリックになり支離滅裂な言動をすることをお笑いにした内容でした。実はこの作品にも重要な要素としてお母さんヒス構文が登場します。これ権利的に大丈夫かな?と少々不安に思っていたところ、偶然に枝里佳さんから連絡が。「今、ラランドのサーヤさんが目の前にいます!」そんな偶然ある?!というタイミングで枝里佳さんがご本人と遭遇。「映画でヒス構文使っていいか聞いてみて!」と送ってみると….「サーヤさんが“いいんじゃないですか?”と言ってくれました!」と、まさかの口頭での許可どりOK!なんという奇跡。映画ができたらぜひラランドのご本人にも観てもらおうと思っています。この映画、成功するんじゃないかと思わせる奇跡のエピソードでした。※お笑い芸人のラランドの似顔絵。來人作
こんにちは、細谷枝里佳です。今回は、11月2日に撮影をした作品冒頭のシーン。えりかとゆうこの高校時代の撮影時のお話を。同じ高校出身の私たち、それぞれの実家から制服を持ってきて10年以上ぶりの制服着用…更に、私はウィッグで前髪を作り、若さを演出(笑)小っ恥ずかしい気持ちもありましたが…時間が経つとそんなことも忘れて、高校当時の登下校みたいな気持ちになりながら、ケタケタと笑っているリアルさをシーンに収めることができたのではないかと思います!元は座って話しているという設定でしたが、雨が降ってしまったため歩きながらの設定へと急遽変更。でも、それによってリアルさが増したのかもしれません!ぜひ、完成を楽しみにしていてください☆
こんにちは、監督の西坂來人です。僕が最も尊敬する映画監督の黒澤明は「弱いシナリオから絶対にすぐれた映画は出来上がらない」と語ったそうです。少しでもお手本に近づきたいと思う一心で、この作品もシナリオが弱くならないよう、何度も何度も書き直しを重ねました。最終的には9回まで書き直して決定稿になったのですが、今回はシナリオの制作の過程について書きたいと思います。今回は企画者の枝里佳さんと月に1回くらいのペースでカフェに集まり、アイディアを出し合うところから始めました。まずはテーマを明確にすることからはじめ、「誰が」「何を経て」「どう変化するのか」という物語の芯になる部分(ログライン)を作ります。そこから肉付けをしていき、葛藤やカタルシス、そこに至るロジックを整理していきます。さらに、全体的に物語に無理がないか、破綻がないかを精査しながら整えていきます。工業製品のように論理的に破綻なく物語を繋げていく作業と同時に、観客の感情が動くことを目的にしているので登場人物の繊細な感情の動きをいちばん大切にしながら作業を進める必要があ流のが最も難しいところです。最終的に、信頼できる人にシナリオを見てもらって客観的な意見を聞いたり、足りない要素を足したり削ったり、ギリギリまで修正作業をして撮影の数日前に完成稿ができました。全ての創作物に言えることですが、シナリオも同じで、何度も書き直しができるので完全な完成がありません。さらに、シナリオは映画の設計図です。映画という立体物が完成して、はじめて機能するかがわかる部分も多々あります。僕の場合、実際に役者さんが演じた時にやり辛らさや違和感があったりする時は、大抵シナリオに無理がある場合が多いです。それをできるだけ撮影中に気づいて修正したり、編集で修正したりするようなDIY感に溢れる創作のあり方も、僕が映画監督として感じるもの作りの面白さのひとつだと思っています。
こんにちは、細谷枝里佳です。今回は、作中えりかの友人、ゆうこ役で出演してもらった「大島美波」のお話を。美波と出会ったのは私が小学5年生、美波が小学3年生。地元の児童合唱団で出会いました。当時、団員数が100名近くいたこともあり、美波との関わりはほとんどありませんでしたが、いつも1番前の列でおでこを出して大きい口を開けて歌っている美波に、なんとなく魅力を感じていた気がします。長野県松本市では毎年夏に「サイトウ・キネン・フェスティバル・松本(現在のセイジ・オザワ松本フェスティバル)」が開催されています。私が中学1年生、美波が小学5年生の時に上演された、オペラ「利口な女狐の物語」の児童合唱として共演したことがきっかけで「歌仲間」としての意識がとても強くなっていきました。私が高校3年生になると、美波も同じ高校に入学をし、今までの週末の合唱団の練習以外に、平日も、ほぼ毎日のように一緒に過ごすようになりました。高校を卒業したタイミングで2人とも上京してからも、お互いの活動を応援しリスペクトしながら、切磋琢磨できるとても特別な存在でした。私の性格や考えていることをどんな時でも理解してくれようとする美波だからこそ、現実の「枝里佳と美波」のような関係性のまま、作中でも「えりかとゆうこ」を演じられると思い、大島美波にオファーをさせていただきました。ちょっと、マイナスな出来事を自虐的な感じでお互いに話しても、それに対してしっかり心配をし合って相手を想い合おうとする私たち。そんなリアルな関係性が作中でも表現できていたらと思います。*写真は高校生の時の私たちと、今回の撮影時の私たち