奥能登在住の方々が描く復興のカタチは色々あっていいと思うんですが、非在住の立場としては、到達目標(できれば数値で)を示していただけると、お手伝いしやすいんですね。実現可能で共感を得られる到達目標なら、沢山あって問題ないかなと。例えば、奥能登2市2町で令和6年能登半島地震前の生活水準を維持、を目標としてフェルミ推定してみますね。専門ではないので、信憑性はご容赦ください。この場合、人口3万人以上は必要かなと。3万人未満になったら、手術や救急の機能を持つ病院の維持は難しいと思うんですね。今の人口を5万人として、実績ベースで毎年1割減るとしたら、5年後には3万人。なら、5年後までに、定住人口が毎年3千人増える(相殺してプラマイ零)コンテンツを作れるか。もしくは、関係人口の効果が定住人口の半分だとするなら、関係人口が毎年6千人増えるコンテンツを作れるか。人口の効果を生産と消費と定義して、関係人口を二拠点生活者とするなら、半分としてもおかしくないかなと。個人的には、作れる可能性はあると考えてます。シロシル能登というメディアが能登の取り組みを集めてますが、奥能登の取り組みが100あるとしたら、一つあたりの分担は60名。200まで増やせたら、分担は30名です。作り方が思いつかなかったら、プロボノや中間支援団体を活用すれば、お手伝いしてくれるハズ。一方、3万人を切ると、市町は維持出来なくなると思いますが、そういう生活スタイルを目指す方向もあるかな、と。
自分は一応研究者なんで、課題を見つけた場合は、ロジックで考えるんですね。背景、目的、目標、方法、結果、考察、まとめ、展望。復興って、展望だと思うんですね。こうしたい、こうなってほしい、という想い。だから、復興を語ってよいのは、能登に住んでいる人たち。復興が遅いという人たちは、どうなったら満足するんだろう。永遠に遅いというのかな・・・。最近よく見聞きするようになった、関係人口。これは、方法だと思うんですね。なので、研究者としては、お手伝いする立場としては、能登の人たちの目標か知りたいんですが、ネットで調べても見つからないんですね。共通の目標が明らかになれば、大きな流れができて、復興も加速するのかな、と。
初めて能登へ行ってから1年経った、令和7年のゴールデンウィーク。給水が再開(引き込み線の修理は必要)し、避難所も全て閉鎖となり、災害ボランティア募集も縮小。復旧から復興にシフトする過程を、現地で経験しておくことは、キャリア形成に有益と考え、予定が空いていた研究室の学生を連れて、奥能登へ。初日は観光しながら珠洲市の飯田へ。見附島集合にて、復興ツアーに参加。二日目は、こいのぼりフェスやスーパー立ち上げのお手伝いをしてから、テント設営撤収実習を行い、火起こし練習を兼ねたバーベキュー。学生たちは木ノ浦ビレッジに宿泊し、外浦の景色を堪能。三日目は、上黒丸の集落におじゃまして、ヒアリングや片づけのお手伝い。支援者のお話を伺ってから、畑作業のお手伝い。最後はケロンの小さな村で村づくりを学び、もとやベースで支援者と交流。貴重な経験をさせて頂きました。
令和6年ゴールデンウィークでは身近な先生への声がけでしたが、教育的効果の手応えを感じ、夏休みはWebページやフライヤーを作成し、所属学科企画として実施。他学部の学生団体が参加してくれることになったので、行程を学生たちに考えてもらいました。テントの張り方と撤収方法、バーベキューコンロを利用した火起こしから調理および後片付け。社教のボランティア。奥能登の被災場所視察。被災者や支援者へのヒアリング。ゴールデンウィークでの経験を元に、学んでほしいことを盛り込むことができ、良い学びになったと思います。一方、参加人数が想定以下となりました。旅費を減らしつつ野宿経験してもらおうとテント泊にしましたが、寝袋持参のハードルが高かったこと。交通費は自己負担としていたので費用負担が大きかったこと。要因はこのあたりかな、と分析しました。
能登へ行くときの交通費を必要としている学生向けのWebページを作成しました♪https://notostay.com/support_student/学生への案内用にご利用いただければ幸いです。学生達も夏休みの計画を立て始める時期かと思いますが、能登へ目を向けるきっかけになれば、嬉しいですね。





