詩人・谷川俊太郎さんとご縁のある詩人の方々のアンソロジーを作りたい

詩人・谷川俊太郎さん、俊カフェゆかりの詩人の方々に、谷川俊太郎さんをテーマにした詩を書いていただき、今年11月までに書籍化したい

現在の支援総額

610,050

101%

目標金額は600,000円

支援者数

170

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/07/20に募集を開始し、 170人の支援により 610,050円の資金を集め、 2025/09/30に募集を終了しました

詩人・谷川俊太郎さんとご縁のある詩人の方々のアンソロジーを作りたい

現在の支援総額

610,050

101%達成

終了

目標金額600,000

支援者数170

このプロジェクトは、2025/07/20に募集を開始し、 170人の支援により 610,050円の資金を集め、 2025/09/30に募集を終了しました

詩人・谷川俊太郎さん、俊カフェゆかりの詩人の方々に、谷川俊太郎さんをテーマにした詩を書いていただき、今年11月までに書籍化したい

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三角 みづ紀(みすみ みづき)さん詩人。1981年鹿児島生まれ。札幌在住。東京造形大学在学中に現代詩手帖賞、第1詩集で中原中也賞を受賞。執筆の他、朗読活動も精力的におこない、多くの国際詩祭に招聘される。一カ月の間、欧州を旅して執筆した第5詩集『隣人のいない部屋』で萩原朔太郎賞を当時、史上最年少受賞。第7詩集『よいひかり』の詩篇は高校の教科書に掲載され、代表詩篇はアメリカ、メキシコ、フランス、韓国をはじめ他国でも紹介されている。   *   *   *三角みづ紀さんに初めてお会いしたのは、2018年10月。翌年に控えた桑原滝弥さんとの共催「俊読2019」の、地元出演者を決めるためのオープンマイクを見学にいらしたときでした。3日間開催した2日目にいらしたのですが、そのときはたくさんお話はしなかったような気がします。それまで三角さんの朗読はオンラインで拝見していました。「言葉を降ろしてくる」「言葉を自然の音に乗せて三角さんの声を通して届ける」というイメージ。とても神秘的でした。なので、どんな会話をしたらいいのか、ちょっとドキドキしていたのでした。(その後、たまにふらりと俊カフェに来てくださるようになり、帰り際にかわす会話がとてもウィットに飛んでいて「お、、、面白い方だ!」と思うように。)翌年の2019年5月。活動報告では何度もご紹介している「俊読2019」に三角さんもご登場いただきました。俊太郎さん・覚和歌子さんによる対詩の前という順番で、「こんな大トリに…」と、何度も桑原さんに意見(?)しているのが不思議と面白く。朗読されたのは、ご本人の作品「ユニバース」「とりとめなく庭が 」、俊太郎さんの「朝のリレー」。声を重ねていくループマシンを使っての朗読は、とても幻想的でした。(写真は打ち上げにて)同年10月には、桑原滝弥さん、向坂くじらさん、URAOCBさんらとともに、俊カフェでイベント『ただ命がけで詩を詠む夜』にご参加くださいました。コロナ禍には、苦境に立たされている企業への支援をいろいろされていて、お裾分けですと言って持ってきてくださったり、消毒液を差し入れてくださったり。あの時期はさまざまな面で苦しいこともありましたが、それ以上に支えてくださる方の存在がありがたく。三角さんもそのお一人でした。2020年11月には、俊太郎さんと三角さんのオンライン対談を見たくて、「Web新小説」(現在は閉鎖)に登録。その頃に発売になった俊太郎さんの詩集『ベージュ』(新潮社)から数篇を三角さんが朗読。優しく言葉が届いてきました。この対談が収められた、三角さんの詩集『週末のアルペジオ』(春陽堂)が2023年1月に発売となり、2月19日には出版記念イベントを俊カフェにて、御徒町凧さんをゲストにお迎えして開催してくださいました。その前年の12月には、福岡で学習塾を経営している鳥羽和久さんとBTSのトークを繰り広げ、三角さんの新たな一面を見せてもらいました。文月悠光さんのご紹介の中にも書きましたが、昨年10月には文月さんとお二人で俊カフェへ。俊太郎さんのお話をいろいろしました。今年の『ユリイカ』2月号俊太郎さん追悼に掲載された三角さんのエッセイは、半ば呆然としたまま数ヶ月を過ごしていた私の気持ちに深く響き、込み上げるものがありました。そして今年3月には、四元康祐さんと二人、旅する詩人としての対談を俊カフェにて開催。客席には御徒町凧さんや文月悠光さんなど。客席からのお題に答えるスタイルで、ラジオ番組をイメージした対談はとても話が広がり面白いものとなりました。そのあとの質問時間でも、お二人と客席、またお越しいただいていた文月さんも交えてしっかり答えてくださり、その場にいた全ての人にとても実りある時間となったのでした。さらに同じ月、今度は御徒町凧さんとHi-MAG主催の「奏詩会」。お二人のトークと、道産詩賞の表彰などで会場を盛り上げてくださいました。他にもさまざまな場面(オンラインだったり、俊カフェだったり)で三角さんには折に触れお世話になっており、ここには書ききれないほど。表面的には淡々としているように見えますが、とても愛情深く、笑いのセンスなんかにも溢れている大好きな詩人のお一人。作品が届くのが楽しみです!


(撮影:神藤剛)文月 悠光(ふづき ゆみ)さん詩人。1991年北海道生まれ。16歳で現代詩手帖賞を受賞。第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少18歳で受賞。その他の詩集に『わたしたちの猫』、『パラレルワールドのようなもの』(富田砕花賞)など。今年2月に最新詩集『大人をお休みする日』を刊行し、反響を呼んだ。9月にエッセイ集『洗礼ダイアリー』の文庫版(河出文庫)が刊行予定。   *   *   *文月悠光さんに初めてご挨拶したのは、2017年7月、紀伊国屋書店札幌店での『臆病な詩人、街へ出る』の出版記念イベント『臆病な詩人、旅を語る』でした。その翌月に俊カフェでのイベントを控えていたので、ご挨拶を兼ねて伺いました。しっかりとよく通る、それでいて透き通るような声がとても印象的でした。その翌月の8月26日には俊カフェで、詩集『わたしたちの猫』(ナナロク社)や、俊太郎さん作品の朗読と、客席のファンの方々からの質問に答える時間を作ってくださいました。いつも思うのですが、文月さんは本当に様々な質問に対して、言葉をしっかりと選びながら、丁寧に答えてくださいます。俊カフェという小さなスペースで、文月悠光さんという詩人と向き合う時間は、かなり若手詩人や詩のファンの方々には宝物のような時間になったと強く感じました。その翌日には、私が15分間のコーナーを持たせていただいていた、コミュニティFM「FMドラマシティ」にゲストでお越しいただきました。俊太郎さんの詩との出会いや、詩作のお話をしていただいたと記憶しています。(古川、前に出過ぎです。汗)次にお会いしたのは、2018年の俊読の客席。私は朗読家の兎ゆうさんと一緒に行っていたのですが、帰りに会場をウロウロしていると文月さんを発見。ご挨拶させていただきました!そしてその翌年の俊読2019@札幌にもご出演が叶いまして、「くりかえす」「頼み」をはじめとする俊太郎さん作品4篇と、ご自身の作品「ダンス 」を朗読。圧巻でした。その後の2021年8月には、『臆病な詩人、街へ出る』の文庫化にあたり、俊太郎さんとの対談があるということで、少し俊太郎さんの本を読んでおきたいと、雨の中、俊カフェまで来てくださいました。諸事情あって店でじっくり読む時間もなく、たぶん相当に重たかったと思いますが、資料としてお持ちいただきました。(対談の日まで時間がなく、送るには余裕なしでした)その後も数回、札幌に帰ってきた時で少し時間のあるとき、ふらりとお越しくださっていました。2024年10月なかば、三角みづ紀さんと一緒にお茶をしに来てくださいました。俊太郎さんを訪ねたいのだけれど、状況がわからない…というお話。あの時期、俊太郎さんに会いたいという方は本当に多くて、でもみなさま様子を見ている状況でした。(このお写真は、10月28日にお邪魔した時、俊太郎さんにお見せしました。お二人、俊太郎さんに会いたいとおっしゃっていましたよ、と言い添えて)一番最近お会いしたのは、2025年3月。最新詩集『大人をお休みする日』刊行記念イベントを俊カフェにて開催してくださいました。この日も2017年の時と同様に、詩集の中から詩を朗読し、後半ではお客様の質問に丁寧に答えてくださいました。8年前と違ったのは、文月さんの隣にはパートナーの坂東祐大さんがいらしたこと。お二人の掛け合いに会場がほっこりしたり、詩の中にある研ぎ澄まされた言葉(そう、「そのことはモヤっとしているのに言語化できなかったことだ!」と思う作品も)に聞き入ったり。イベント終了後も、文月さんと話したい方が詩集を手に列をなし、文月さんはお一人お一人と丁寧に会話を重ねていかれました。5月のお別れの会にも参列されていることは、Xなどで見て知っていたのですが、やはり人数が多くて見つけられず、ご挨拶はできませんでした。3月のイベントのとき、とある俊太郎さんに関する詩を読んでくださいました。それは本当に、俊太郎さん作品をたくさん読み込んだからこその詩でした。いつかその作品を活字で読めることを楽しみに。今回のアンソロジーでもどのような作品が届くのか、とても楽しみにしています。


谷 郁雄(たに いくお)さん同志社大学在学中に詩人の吉増剛造さんに出会ったことがきっかけとなり、詩作を始める。これまで刊行した詩集は40冊ほどあり、さまざまなジャンルの表現者とのコラボレーション詩集を数多く刊行。ホンマタカシさん、佐内正史さん、リリー・フランキーさん、吉本ばななさん、尾崎世界観さんとのコラボ詩集などがある。作品は、数多くの合唱曲になり、中学校の教科書の巻頭詩にも選ばれている。noteで「谷郁雄の詩のノート」を無料公開中。https://note.com/tani_poem   *   *   *谷さんとの交流が始まったのは、俊太郎さんが亡くなられた少しあとの11月23日。インスタのメッセージで、谷さんが俊太郎さんについて書かれたnoteの記事を送ってくださいました。そして、俊カフェ頑張ってくださいね、と一言添えられていました。俊太郎さんの訃報が世に出た直後から、私は携帯への電話、メール、店の電話も途切れることなく、ただ黙々と「そのこと」を受け止めきれないまま、呆然と時間を過ごしていました。そんなときに届いた、谷さんの短いなかに込められた思い、行あしの短い詩に、ふと呼吸を取り戻したような感覚がありました。それから以降は、時々noteの記事に「よい1日を」という一言が添えられ、メッセージが届くようになり、それは日々の楽しみとなりました。5月に催されたお別れの会でお会いできますね!とやりとりしていたのですが、500人超という中に、谷さんのお姿を見つけることは叶わず、実はまだお会いしたことはないのでした。でも、谷さんの作品には触れていました。ある時、ふらりと入った本屋さんで買った一冊。言葉もさることながら、手書きの文字がすごくいいな、と思い購入しました。俊カフェでもお取り扱いしている、poegirlという詩のブランドの中に、何人もの詩人の方々の作品のポエカードというものがあるのですが、そのなかに谷さんの詩が一篇あります。「祝福」。きれいごとばかりではない、でも心からの祝福を感じる、芯をつく詩です。2006年刊の雑誌『少年文芸2』は、俊太郎さんの詩が載っているので買ったのですが、ページを捲ると谷さん特集がありました(書き下ろし詩/長島有里枝さん、リリー・フランキーさんとの写真コラボ/御徒町凧さんとの対談)。そして、俊カフェ開店時から応援してくださっている松崎義行さん(後にご紹介します)の出版社・ポエムピースから出版された、谷川俊太郎さんの詩集『となりの谷川俊太郎』は、谷さんの編集です。お会いしたことはなくとも、作品に触れているということ、編集したものに親しんでいるということは、もう出会っているといってもいいかもしれない。そう思えるのでした。谷さんからはすでに作品が届きました。なんとやさしくユーモアにあふれているのだろうと、嬉しくなりました。どうぞお楽しみに!


アンソロジーに参加してくださる詩人の方々のご紹介の中にたびたびお名前が登場する桑原滝弥さん。私は桑原さんを通して知り合った方も多く、またポエトリーリーディングのすごさ、深さを感じさせてくれる方でもあります。そんな桑原さんが、いつも丁寧に綴っているブログで、このアンソロジーのことをご紹介くださいました!桑原さん、ありがとうございます!感謝です!https://shijinrui.blogspot.com/2025/07/blog-post_30.htmlあの日、桑原さんもなにか決意されたことがあるようで。それがわかる日が来るのも、楽しみです。


(写真:深堀瑞穂)高瀬“makoring”麻里子さん(まこりん)96年より谷川賢作(P)率いる、現代詩をうたうバンドDiVaのボーカルに(写真中央)。谷川俊太郎をして「まこりんの歌で聴くと、詩が活字で読むよりもずっと深く心に届くのに驚く」と言わしめた、日本語のうたの表現には定評がある。自ら率いる、ハモり女子三歌楽坊"トランスパランス"、伴奏者なしの"まこソロ"など、ライブスタイル多数。ドラマや映画音楽への参加、子供向けアルバムへの参加、舞台の歌唱指導なども。野口観光リゾートホテルCM風シリーズでもお馴染み。   *   *   *まこりんとの出会いは1999年。私が雑誌編集者時代に、DiVaのプロモーションで札幌を訪れたまこりんを取材したところまで遡ります。その後、1年ほどまこりんが札幌に在住し、その間に急速に親しくなりました。まこりんは谷川俊太郎さんと一緒のステージに立つことも多く、私は会話の中で、俊太郎さんの素顔(とは言っても本当に触りだけ。おまんじゅうは粒あんが好きとか、そういうこと)を聞くことになります。私が初対面から「谷川さん」ではなく「俊太郎さん」と、自然とお呼びするようになったのも、まこりんの影響です。2014年頃から、私は「俊太郎さんのものばかりを集めた場を作りたい」と思うようになり、一番初めにその話をしたのもまこりんでした。「東京ではブックカフェがすごく増えてきている。もしやるのであれば、早いほうがいいかもしれないね」と言ってくれました。(しかし実際は、かなり心配をかけていたことと思います…)2015年、友人のギャラリーで「とても個人的な谷川俊太郎展」を開催。延べ1000人以上のお客様がきてくださり、さらにはまこりんが、オール谷川俊太郎のソロライブを開催してくれました(サポートには、札幌で活躍するミュージシャンの扇柳トールさんがついてくださいました)。会場いっぱいに集まったお客様に、素晴らしい歌声を披露してくれ、俊太郎さんの詩を歌で聴く喜びも届けてくれました。その後、2017年5月3日に無事俊カフェをオープン。その日は別の地域でDiVaと俊太郎さんのライブがあったので、まこりんは俊太郎さん、賢作さんと一緒におめでとうの動画を送ってくれたのでした!それまで私は、まこりんソロライブを陰ながらサポートしていたのですが(とは言ってもチラシを作ったり受付をする程度)、俊カフェができてからは、まこりんソロライブ、DiVaライブ、トランスパランスライブなど、北海道に来るたびに趣向を凝らしたライブを開催。あっという間に俊カフェのお客様にもファンが増えました。2018年1月には俊太郎さんとDiVaで札幌へ。200席の六花亭ふきのとうホールをいっぱいにした翌日は、俊カフェでミニライブを開催。熱い視線を集めました。さらに2019年5月の俊読にも、私のたっての希望で出演をしていただきました!まこりんらしい、バリエーションに富んだ内容で会場を沸かせました。    *そして昨年。11月に賢作さんから、俊太郎さんの訃報が届いた後の数日間。誰が知っているかわからないまま、じっと悲しみと喪失感を抱えていたとき、まこりんからぽつりとメッセージが来ました。言葉を失った私たちは、ただただ悲しみを、静かに共有しました。その後、私からだったか記憶が曖昧なのですが、覚和歌子さん、まこりん、私の3人で、俊カフェで私たちだけが話せる俊太郎さんのお話をしませんか?という流れになり、5月29日(木)夜に、3人で俊太郎さんのことを徒然なるままに話しました。この日は俊太郎さんや覚さん、まこりんと一緒に仕事をしたことのある方々が遠方から足を運んでくださり、たぶんそこには俊太郎さんの魂もきていたのでは…と感じる濃密な時間となりました。(時計回りに覚和歌子さん、小松からの榊原千秋さん、フルート奏者の坂上領さん、まこりん、古川。写真は坂上さん)*この会は、9月23日(火祝)、そして俊太郎さんのお誕生日12月15日(月)にも開催予定です。まこりんのことは、本当に書けばキリがないのです。それだけ私たちはたくさんの時間を共有してきましたし、まこりんも俊太郎さんと多くの時間を過ごしました。俊太郎さんはまこりんに、「まこりんの鈴(りん)」という美しい詩を贈りました。魂に沁み込む歌を届けるまこりん、作詞もするまこりんがどんな詩を届けてくれるのか。とても楽しみです。


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