詩人・谷川俊太郎さんとご縁のある詩人の方々のアンソロジーを作りたい

詩人・谷川俊太郎さん、俊カフェゆかりの詩人の方々に、谷川俊太郎さんをテーマにした詩を書いていただき、今年11月までに書籍化したい

現在の支援総額

610,050

101%

目標金額は600,000円

支援者数

170

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/07/20に募集を開始し、 170人の支援により 610,050円の資金を集め、 2025/09/30に募集を終了しました

詩人・谷川俊太郎さんとご縁のある詩人の方々のアンソロジーを作りたい

現在の支援総額

610,050

101%達成

終了

目標金額600,000

支援者数170

このプロジェクトは、2025/07/20に募集を開始し、 170人の支援により 610,050円の資金を集め、 2025/09/30に募集を終了しました

詩人・谷川俊太郎さん、俊カフェゆかりの詩人の方々に、谷川俊太郎さんをテーマにした詩を書いていただき、今年11月までに書籍化したい

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和合 亮一(わごう りょういち)さん1968年、福島県生まれ・在住。中原中也賞や萩原朔太郎賞など受賞多数。2011年、震災直後にTwitterで発表した『詩の礫』が国内外で話題に。2017年、フランスにて翻訳・出版された『詩の礫』が日本初の詩集賞を受賞、2024年には米文学翻訳賞にノミネートされるなど国際的な評価も高い。これまで坂本龍一や大友良英、吉永小百合といった音楽家や俳優との朗読コラボ、作詞やエッセイ執筆など幅広い分野で活躍。「あいち国際芸術祭」(2022)で日本代表アーティストに選出。https://wago2828.com/tutou#content01   *   *   *福島で教員をやりながら、とても活発に全国各地のイベントに出向いていらっしゃる和合さん。初めてお話ししたのは、コロナ禍で人気が出たclubhouseで。友人と二人でルームを開いて話していると、何やらみたことのあるお名前が。「谷川俊太郎さん公認 俊カフェ」と自己紹介に書いていたのをご覧になって、俊太郎さんとのお仕事もたくさんされている和合さんが覗きに来てくださったのでした。初めましてとは思えないほど気さくに、本当にさまざまな俊太郎さんエピソードを話してくださいました。その後、確か一度、clubhouseで改めて和合さんゲスト回を設けて、いろいろお話ししてくださった記憶があります。震災直後からTwitterに呟き始めた「#詩の礫」、私はそのときは存じ上げなかったのですが、一緒に進行をしてくれた友人がTwitter上で読んでいて「とてもリアルに伝わってきて苦しさも感じた」と感想を言っていました。そこで、私もすぐに購入して拝読したのでした。(写真は『詩の礫』以降にも買った関連詩集)また、改めて俊太郎さんと和合さんの対談集『にほんごの話』(青土社)を読んで、俊太郎さんの「国語」「日本語」の使い分けや、和合さんへの愛ある突っ込み(!)などに、俊太郎さんから和合さんへの信頼を感じたのでした。その後、SNSで繋がってやんわりとした交流が続いていました。2021年12月、和合さん、鹿児島の詩人・平川綾真智さん、そして胎動レーベルのikomaさんの三人が始めたXのスペース(音声配信)「#礫の楽音」は、毎回三時間を超える楽しい詩の話と朗読が聴けます。その2回目を、年納めの片付けをしながら聴いていると、なんと和合さんが「古川さん、上がってきて話しませんか?」と声をかけてくださり、喜んでお話しさせていただきました。(私は2時間15分くらいからお邪魔してます。この配信はこのあともずっと、毎回素晴らしいゲストの方々を呼んで濃い話を繰り広げています。四元康祐さんや文月悠光さんもゲストで登場しています)https://youtu.be/yWF8GXrGiVo?si=nFeAwP-uolQsKCWq和合さんは「詩の礫〜和合亮一のアクションポエジー」というラジオ番組のパーソナリティもずっとされていて、毎週楽しみに聴いています。そして嬉しいことに、私もゲストで2回も呼んでいただきお話しすることができました。2回目は今年の3月、俊太郎さんが亡くなられてからでした。和合さんはいくつか追悼文を書かれていて、そのどこかに「これから我々は谷川俊太郎さんの不在に慣れていかなければならない」ということを書かれていました。ああ、そうだよな、不在なんだよなあ…と思って拝読した頃に、ラジオに呼んでいただいたので、直接お話しすることで少し気持ちが落ち着いていったような気もします。和合さんはミャンマーのおかあさんがたの話を聞いて詩を書くチャリティ活動もされています。俊カフェでは毎年「俊カフェ言葉まつり」という朗読イベントを開催しているのですが、今年の5月のイベントでは私も時間をとって、和合さんが書かれた『てのなかの海と星』を朗読し、にわか勉強ではありましたがミャンマーの実情もお話しして、会場のみなさまからチャリティのお金をお預かりしました。オンラインやラジオでは何度もお話ししてきましたが、実際に初めてお会いしたのは、今年5月のお別れの会でした。お客様から預かったチャリティ募金に私の分も少しプラスして、ずっと封筒に入れて持ち歩いていました。和合さんは背が高いから、きっとすぐに見つけられると思っていたのですが、とにかく500人超えの会場。なかなか見つけられずにいると、ちょうど私たちを見つけてくれた桑原滝弥さんが「あそこにいるよ」と教えてくれ、わざわざ紹介してくださったのでした。とにかく人が多くてじっくりお話しする間も無く、封筒をお渡ししてすぐに失礼してしまいました。今年8月2日には、礫の楽音から派生した「礫の学園」(オンラインの詩の授業)で講師をされました。和合さんが講師!それなら参加しようと喜び勇んで申し込んだものの、何本詩を書いても俊太郎さんのことになります。客観的な作品が、なかなか書けないのです。それでも、「和合さんならきっとわかってくださる」という気持ちもあって、いくつか書いたうちの1本をお送りしました。20名以上の生徒さんがいらしたのですが、一人ひとりにとても丁寧なアドバイスをくださって、なんとお一人で5時間以上もお話しされました。すごい。しかも相当に濃い内容でした。私も丁寧なアドバイスと読み解きをしていただき、このアンソロジーと同時発刊するツヅルに掲載予定です。(このときの「礫の学園」はアーカイブを購入できます。ぜひ「礫の楽音」で調べてみてください!)。学校の先生をやっていて、部活も持っていて、ラジオも毎週欠かさず放送していて、さらには全国のイベントにも出ていて、とても多忙な和合さんですが、今回のアンソロジーはご相談をしたその日にご快諾くださって、とても心強く、嬉しく思いました。いつか時間ができたら、俊カフェでもあの迫力ある朗読をお願いしたいと思っています。和合さんはすでに多くの追悼文や詩を書かれていますが(ウェブサイトで読めます)、アンソロジーにはどのような作品が届けられるのか、楽しみにしています!


四元 康祐(よつもと やすひろ)さん1959年生まれ、詩人。谷川さん関連の著作に『谷川俊太郎学 言葉vs沈黙』、「芸術新潮 2025年3月号〈谷川俊太郎への道順〉」「現代詩手帖2025年9月号 〈谷川俊太郎追悼座談会〉」など。近著に『詩探しの旅』『ミャンマー証言詩集 いくら新芽を摘んでも春は止まらない』。本年7月には留萌から宗谷岬まで自転車で旅してきました。   *   *   *初めて四元さんのお話しを聴いたのは、2022年8月。いつも好んで聴いているXのスペース(音声配信)「#礫の楽音」(和合亮一さん、平川綾真智さん、ikomaさん主催)にゲストでご登場した時。柔らかな声、鋭い指摘、海外が長かったからこその日本語への違和感、ご家族のお話など、ざっくばらんな会話のなかに、柔らかで芯の通ったお人柄を感じました。動く(!)四元さんを初めて拝見したのは、翌年2023年1月。期間限定で動画配信されていた、早稲田大学で開催されたイベント「今更、谷川俊太郎」でした。『詩人なんて呼ばれて』(新潮社)著者の尾崎真理子さんや、高橋源一郎さん、伊藤比呂美さんと並び、俊太郎さんのお話をいろいろされています。俊太郎さん作品との出会いのエピソードの中で、「文学って病んでいなくてもいいのか(中略)あれは文学少年だった僕が文学という梯子を外された経験でした」という言葉に一気に惹かれ、「もっと四元さんのお話を聴いてみたい」と思うようになりました。(『ユリイカ2024年3月臨時増刊号/92年目の谷川俊太郎』に全文掲載)次に四元さんの文章を読んだのは、俊太郎さんが旅立たれてのち朝日新聞に載ったインタビューの言葉、そして心に深く響いたのは、今年1月に四元さんがSNSにアップしていた追悼詩(西日本新聞掲載)でした。(画像ご本人のfacebookより拝借) 朝日新聞記事 https://digital.asahi.com/articles/DA3S16094038.html俊太郎さんが旅立ってしまった、そのことに呆然とした日々を送っていた私(と、他にもたくさんいらっしゃるであろう方々)の心に、ふっと寄り添ってくれるような文章でした。俊太郎さんは、生きることと死ぬことは地続きだと言っていたし、不自由な体から解放されてきっと今はあちこち行けることを楽しんでいる——そう自分に言い聞かせながら日々を送っていた私には、その思いを肯定してくれるような、ああ、こうして受け止めているのは私だけじゃない、という思いが溢れました。ある日、三角さんから「四元さんが札幌にいらっしゃるので、二人で朗読&トークのイベントをしたい」という連絡をいただきました。やっとお会いできる、しかも三角さんと一緒に!と嬉しくなりました。3月8日、「詩と旅」というテーマでトーク。会場には御徒町凧さんや文月悠光さんら、俊太郎さんと縁のある方々が何人も。あ、きっと俊太郎さんいらっしゃってるかもと思いました。このイベントの内容を決めるための打ち合わせをzoomでした時。四元さんから「俊太郎さん追悼の内容にしたほうがいい?」と聞いてくださったのですが、俊太郎さんならどう答えるかな?と考えた時、ことさらにご自分をクローズアップされるよりは、あなたの話を聞かせてよ、と言いそうだなと思い、よく旅をするお二人ならではの内容となりました。(話に集中しすぎて写真を撮らず。汗)その頃と時期を同じくして、『芸術新潮』には谷川賢作さん、志野さん、そして四元さんの文章が載りました。四元さんのページは「谷川俊太郎への道順 10の窓から望見する詩の宇宙」と題された、もうこれは谷川俊太郎論と言ってもいい大作。ご自身の経験や、俊太郎さんとの会話なども交えながら書かれています。四元さんは、俊太郎さんがたくさん書かれた言葉があるから、これからも何度でも俊太郎さんと出会えるということを思い出させてくださる存在です。クラファン応援も、心より感謝申し上げます。


三角 みづ紀(みすみ みづき)さん詩人。1981年鹿児島生まれ。札幌在住。東京造形大学在学中に現代詩手帖賞、第1詩集で中原中也賞を受賞。執筆の他、朗読活動も精力的におこない、多くの国際詩祭に招聘される。一カ月の間、欧州を旅して執筆した第5詩集『隣人のいない部屋』で萩原朔太郎賞を当時、史上最年少受賞。第7詩集『よいひかり』の詩篇は高校の教科書に掲載され、代表詩篇はアメリカ、メキシコ、フランス、韓国をはじめ他国でも紹介されている。   *   *   *三角みづ紀さんに初めてお会いしたのは、2018年10月。翌年に控えた桑原滝弥さんとの共催「俊読2019」の、地元出演者を決めるためのオープンマイクを見学にいらしたときでした。3日間開催した2日目にいらしたのですが、そのときはたくさんお話はしなかったような気がします。それまで三角さんの朗読はオンラインで拝見していました。「言葉を降ろしてくる」「言葉を自然の音に乗せて三角さんの声を通して届ける」というイメージ。とても神秘的でした。なので、どんな会話をしたらいいのか、ちょっとドキドキしていたのでした。(その後、たまにふらりと俊カフェに来てくださるようになり、帰り際にかわす会話がとてもウィットに飛んでいて「お、、、面白い方だ!」と思うように。)翌年の2019年5月。活動報告では何度もご紹介している「俊読2019」に三角さんもご登場いただきました。俊太郎さん・覚和歌子さんによる対詩の前という順番で、「こんな大トリに…」と、何度も桑原さんに意見(?)しているのが不思議と面白く。朗読されたのは、ご本人の作品「ユニバース」「とりとめなく庭が 」、俊太郎さんの「朝のリレー」。声を重ねていくループマシンを使っての朗読は、とても幻想的でした。(写真は打ち上げにて)同年10月には、桑原滝弥さん、向坂くじらさん、URAOCBさんらとともに、俊カフェでイベント『ただ命がけで詩を詠む夜』にご参加くださいました。コロナ禍には、苦境に立たされている企業への支援をいろいろされていて、お裾分けですと言って持ってきてくださったり、消毒液を差し入れてくださったり。あの時期はさまざまな面で苦しいこともありましたが、それ以上に支えてくださる方の存在がありがたく。三角さんもそのお一人でした。2020年11月には、俊太郎さんと三角さんのオンライン対談を見たくて、「Web新小説」(現在は閉鎖)に登録。その頃に発売になった俊太郎さんの詩集『ベージュ』(新潮社)から数篇を三角さんが朗読。優しく言葉が届いてきました。この対談が収められた、三角さんの詩集『週末のアルペジオ』(春陽堂)が2023年1月に発売となり、2月19日には出版記念イベントを俊カフェにて、御徒町凧さんをゲストにお迎えして開催してくださいました。その前年の12月には、福岡で学習塾を経営している鳥羽和久さんとBTSのトークを繰り広げ、三角さんの新たな一面を見せてもらいました。文月悠光さんのご紹介の中にも書きましたが、昨年10月には文月さんとお二人で俊カフェへ。俊太郎さんのお話をいろいろしました。今年の『ユリイカ』2月号俊太郎さん追悼に掲載された三角さんのエッセイは、半ば呆然としたまま数ヶ月を過ごしていた私の気持ちに深く響き、込み上げるものがありました。そして今年3月には、四元康祐さんと二人、旅する詩人としての対談を俊カフェにて開催。客席には御徒町凧さんや文月悠光さんなど。客席からのお題に答えるスタイルで、ラジオ番組をイメージした対談はとても話が広がり面白いものとなりました。そのあとの質問時間でも、お二人と客席、またお越しいただいていた文月さんも交えてしっかり答えてくださり、その場にいた全ての人にとても実りある時間となったのでした。さらに同じ月、今度は御徒町凧さんとHi-MAG主催の「奏詩会」。お二人のトークと、道産詩賞の表彰などで会場を盛り上げてくださいました。他にもさまざまな場面(オンラインだったり、俊カフェだったり)で三角さんには折に触れお世話になっており、ここには書ききれないほど。表面的には淡々としているように見えますが、とても愛情深く、笑いのセンスなんかにも溢れている大好きな詩人のお一人。作品が届くのが楽しみです!


(撮影:神藤剛)文月 悠光(ふづき ゆみ)さん詩人。1991年北海道生まれ。16歳で現代詩手帖賞を受賞。第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少18歳で受賞。その他の詩集に『わたしたちの猫』、『パラレルワールドのようなもの』(富田砕花賞)など。今年2月に最新詩集『大人をお休みする日』を刊行し、反響を呼んだ。9月にエッセイ集『洗礼ダイアリー』の文庫版(河出文庫)が刊行予定。   *   *   *文月悠光さんに初めてご挨拶したのは、2017年7月、紀伊国屋書店札幌店での『臆病な詩人、街へ出る』の出版記念イベント『臆病な詩人、旅を語る』でした。その翌月に俊カフェでのイベントを控えていたので、ご挨拶を兼ねて伺いました。しっかりとよく通る、それでいて透き通るような声がとても印象的でした。その翌月の8月26日には俊カフェで、詩集『わたしたちの猫』(ナナロク社)や、俊太郎さん作品の朗読と、客席のファンの方々からの質問に答える時間を作ってくださいました。いつも思うのですが、文月さんは本当に様々な質問に対して、言葉をしっかりと選びながら、丁寧に答えてくださいます。俊カフェという小さなスペースで、文月悠光さんという詩人と向き合う時間は、かなり若手詩人や詩のファンの方々には宝物のような時間になったと強く感じました。その翌日には、私が15分間のコーナーを持たせていただいていた、コミュニティFM「FMドラマシティ」にゲストでお越しいただきました。俊太郎さんの詩との出会いや、詩作のお話をしていただいたと記憶しています。(古川、前に出過ぎです。汗)次にお会いしたのは、2018年の俊読の客席。私は朗読家の兎ゆうさんと一緒に行っていたのですが、帰りに会場をウロウロしていると文月さんを発見。ご挨拶させていただきました!そしてその翌年の俊読2019@札幌にもご出演が叶いまして、「くりかえす」「頼み」をはじめとする俊太郎さん作品4篇と、ご自身の作品「ダンス 」を朗読。圧巻でした。その後の2021年8月には、『臆病な詩人、街へ出る』の文庫化にあたり、俊太郎さんとの対談があるということで、少し俊太郎さんの本を読んでおきたいと、雨の中、俊カフェまで来てくださいました。諸事情あって店でじっくり読む時間もなく、たぶん相当に重たかったと思いますが、資料としてお持ちいただきました。(対談の日まで時間がなく、送るには余裕なしでした)その後も数回、札幌に帰ってきた時で少し時間のあるとき、ふらりとお越しくださっていました。2024年10月なかば、三角みづ紀さんと一緒にお茶をしに来てくださいました。俊太郎さんを訪ねたいのだけれど、状況がわからない…というお話。あの時期、俊太郎さんに会いたいという方は本当に多くて、でもみなさま様子を見ている状況でした。(このお写真は、10月28日にお邪魔した時、俊太郎さんにお見せしました。お二人、俊太郎さんに会いたいとおっしゃっていましたよ、と言い添えて)一番最近お会いしたのは、2025年3月。最新詩集『大人をお休みする日』刊行記念イベントを俊カフェにて開催してくださいました。この日も2017年の時と同様に、詩集の中から詩を朗読し、後半ではお客様の質問に丁寧に答えてくださいました。8年前と違ったのは、文月さんの隣にはパートナーの坂東祐大さんがいらしたこと。お二人の掛け合いに会場がほっこりしたり、詩の中にある研ぎ澄まされた言葉(そう、「そのことはモヤっとしているのに言語化できなかったことだ!」と思う作品も)に聞き入ったり。イベント終了後も、文月さんと話したい方が詩集を手に列をなし、文月さんはお一人お一人と丁寧に会話を重ねていかれました。5月のお別れの会にも参列されていることは、Xなどで見て知っていたのですが、やはり人数が多くて見つけられず、ご挨拶はできませんでした。3月のイベントのとき、とある俊太郎さんに関する詩を読んでくださいました。それは本当に、俊太郎さん作品をたくさん読み込んだからこその詩でした。いつかその作品を活字で読めることを楽しみに。今回のアンソロジーでもどのような作品が届くのか、とても楽しみにしています。


谷 郁雄(たに いくお)さん同志社大学在学中に詩人の吉増剛造さんに出会ったことがきっかけとなり、詩作を始める。これまで刊行した詩集は40冊ほどあり、さまざまなジャンルの表現者とのコラボレーション詩集を数多く刊行。ホンマタカシさん、佐内正史さん、リリー・フランキーさん、吉本ばななさん、尾崎世界観さんとのコラボ詩集などがある。作品は、数多くの合唱曲になり、中学校の教科書の巻頭詩にも選ばれている。noteで「谷郁雄の詩のノート」を無料公開中。https://note.com/tani_poem   *   *   *谷さんとの交流が始まったのは、俊太郎さんが亡くなられた少しあとの11月23日。インスタのメッセージで、谷さんが俊太郎さんについて書かれたnoteの記事を送ってくださいました。そして、俊カフェ頑張ってくださいね、と一言添えられていました。俊太郎さんの訃報が世に出た直後から、私は携帯への電話、メール、店の電話も途切れることなく、ただ黙々と「そのこと」を受け止めきれないまま、呆然と時間を過ごしていました。そんなときに届いた、谷さんの短いなかに込められた思い、行あしの短い詩に、ふと呼吸を取り戻したような感覚がありました。それから以降は、時々noteの記事に「よい1日を」という一言が添えられ、メッセージが届くようになり、それは日々の楽しみとなりました。5月に催されたお別れの会でお会いできますね!とやりとりしていたのですが、500人超という中に、谷さんのお姿を見つけることは叶わず、実はまだお会いしたことはないのでした。でも、谷さんの作品には触れていました。ある時、ふらりと入った本屋さんで買った一冊。言葉もさることながら、手書きの文字がすごくいいな、と思い購入しました。俊カフェでもお取り扱いしている、poegirlという詩のブランドの中に、何人もの詩人の方々の作品のポエカードというものがあるのですが、そのなかに谷さんの詩が一篇あります。「祝福」。きれいごとばかりではない、でも心からの祝福を感じる、芯をつく詩です。2006年刊の雑誌『少年文芸2』は、俊太郎さんの詩が載っているので買ったのですが、ページを捲ると谷さん特集がありました(書き下ろし詩/長島有里枝さん、リリー・フランキーさんとの写真コラボ/御徒町凧さんとの対談)。そして、俊カフェ開店時から応援してくださっている松崎義行さん(後にご紹介します)の出版社・ポエムピースから出版された、谷川俊太郎さんの詩集『となりの谷川俊太郎』は、谷さんの編集です。お会いしたことはなくとも、作品に触れているということ、編集したものに親しんでいるということは、もう出会っているといってもいいかもしれない。そう思えるのでした。谷さんからはすでに作品が届きました。なんとやさしくユーモアにあふれているのだろうと、嬉しくなりました。どうぞお楽しみに!


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