詩人・谷川俊太郎さんとご縁のある詩人の方々のアンソロジーを作りたい

詩人・谷川俊太郎さん、俊カフェゆかりの詩人の方々に、谷川俊太郎さんをテーマにした詩を書いていただき、今年11月までに書籍化したい

現在の支援総額

610,050

101%

目標金額は600,000円

支援者数

170

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2025/07/20に募集を開始し、 170人の支援により 610,050円の資金を集め、 2025/09/30に募集を終了しました

詩人・谷川俊太郎さんとご縁のある詩人の方々のアンソロジーを作りたい

現在の支援総額

610,050

101%達成

終了

目標金額600,000

支援者数170

このプロジェクトは、2025/07/20に募集を開始し、 170人の支援により 610,050円の資金を集め、 2025/09/30に募集を終了しました

詩人・谷川俊太郎さん、俊カフェゆかりの詩人の方々に、谷川俊太郎さんをテーマにした詩を書いていただき、今年11月までに書籍化したい

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田 原(デン ゲン)さん1965年、中国河南省出身。立命館大学日本文学博士。現在城西国際大学で教鞭をとる。主な中国語詩集『夢的標點――田原年代詩選』、日本語詩集『石の記憶』、『現代詩文庫205 田原詩集』、訳書『谷川俊太郎詩選全集』(25冊)、編著『谷川俊太郎詩選集1~4巻』(集英社文庫)、博士論文集『谷川俊太郎論』(岩波書店)ほか多数。2010 年第60 回H 氏賞受賞。2013年第10回上海文学賞受賞。2015年海外華人傑出詩人賞。2017年台湾太平洋第一回翻訳賞など受賞歴も多数。   *   *   *田原さんに初めてお会いしたのは、みちる(松崎義行)さんのページでも書きましたが、2016年のこと。リフィル型詩集の打ち合わせのために、松崎さんと谷川俊太郎さん宅を訪ねた帰りに、お食事に誘っていただいたのでした。初対面でとても緊張したのですが、どんどんお料理を注文し、初めて中国から日本に来た時のこと、俊太郎さんの詩への想いなどを問わず語りにお話しくださいまして、自然と緊張は解けていきました。日本語を俊太郎さんの詩から学んだというお話を聞いて、そうとうな数の作品を読まれたのだな、と感じました。田原さんはこのときすでに、俊太郎さんをはじめ、金子みすゞさんや高橋睦郎さんなどの作品を中国語に翻訳していました。(撮影は松崎さん、田原さんのお隣は詩人の永方佑樹さん)2010年に発売された『私の胸は小さすぎる』というアンソロジーが、私はとても好きなのですが、その選詩は田原さん。さらに、集英社文庫から発売された『谷川俊太郎詩集』1〜4巻もいいセレクトだなあ…と思っていると、選詩は田原さんでした。2019年。『私の胸は小さすぎる』が集英社文庫から再販されることとなり、編集者としての松崎さんと、選詩をされた田原さんのお二人のトークイベントが、俊カフェで実現しました。9月も末でしたが、とても暑い日でした。みんなで歩いて、狸小路のはずれにあるラーメン屋さんで食事をしました笑わたしが田原さんにお会いしたのはこの2回だけなのですが、その後、松崎さんの出版社であるポエムピースから発売された、行足の短い詩ばかりを集めたアンソロジー『となりの谷川俊太郎』(編集:谷郁雄さん)も、田原さんの選詩でした。何か調べ物をしていたときに見つけたこちらの動画もぜひご覧ください!俊太郎さんがどんどん田原さんに質問をしていて見応えあります。https://youtu.be/QsTCDBmjcgs?si=ezGtCIOGwREtgvmO数日前に田原さんから、このアンソロジーのための詩が送られてきました。田原さんの中にいる俊太郎さんの存在を深く感じる作品。どうぞお楽しみにしてくださいね。


みちる(本名:松崎義行)さん札幌ポエムファクトリー講師。作詞・選評作家。1964年東京吉祥寺生まれ。8歳の時に谷川俊太郎「ワッハワッハハイのぼうけん」に魅せられ、書き写して本にして配った体験から、のちに出版社を創業。詩や出版をライフワークに、現在に至る。「トロムソコラージュ」を執筆したトロムソで同じ時を過ごし、タクシーを駆って夜の沼で初めて見たオーロラがわすれられない。いまもあのオーロラは、あのときの続きのように、燃えていると思うことがある。   *   *   *みちるさん名義で詩人としても活動されている松崎さん(ここはあえて親しみを込めて松崎さんと呼ばせていただきますm(_ _)m)。初めてお会いしたのは、2015年に友人のギャラリーで開催させていただいた企画展「とても個人的な谷川俊太郎展」。出版社の社長で編集者でもある松崎さんが来館、たくさん写真を撮影をし、その写真を使ってオブラートのサイトで深堀瑞穂さんの文章と共にご紹介くださったのでした。(企画展は2回きてくださいまして、DMをもった俊太郎さんの写真を送ってくださいました)その頃松崎さんは、東京ほか数カ所で詩の講座を開催していました。それを見た友人が「札幌でもお願いしたい」と声をあげ、「札幌ポエムファクトリー」が誕生。友人の会社の会議室や俊カフェでの隔月開催が数年続きました。2016年、松崎さんの出版社からリフィル型詩集を出すこととなり、俊太郎さんの作品の選詩を任せてくださいました。「宇宙」「愛」「いまここ」「未来」の4テーマに合わせて詩を選び、2016年12月15日の俊太郎さんお誕生日に発刊となりました。翌年の2017年、俊カフェオープンが決まったところで「オリジナルグッズつくらないの?」と松崎さんから聞かれましたが、私がグッズづくりの経験が皆無だったため、松崎さんの出版社でグッズのTシャツ、手拭い、ミニタオル作りをしてくださいました(写真は2017年3月、俊太郎さん宅での打ち合わせ。この日はまこりんもきてくださり、翌年1月の俊太郎さん&DiVaのライブが決まりました)少し話は戻りますが、2016年のオブラート主催「対詩ライブ」に連れて行ってくださったのも松崎さんでした。私はそこで初めて覚和歌子さんにご挨拶ができたのでした。(写真は、一緒に俊太郎さん宅に行った時のもの。いつも帽子をかぶっている松崎さん「俊太郎さんの前では脱帽です」)俊カフェが始まってからも札幌ポエムファクトリーのほか、絵本ワークショップなど定期的に札幌まで来てくださり、その都度、俊カフェを見てはぽつりと大切なアドバイスをくださったり。「僕は俊太郎さんにとてもお世話になった。その俊太郎さんから『俊カフェをサポートしてあげてね』と言われたから」と言って、言葉以上に何年もにわたって支えてくださいました。御徒町凧さんの紹介のところでも書きましたが、御徒町さんが俊カフェにいらしたのも、松崎さんが出版記念イベントに連れてきてくださったから。そしてこの次にご紹介する田原さんも、松崎さんのご紹介でした。色々な方を繋いでくださっているのです。また、札幌の方が松崎さんの出版社から本を出すときは編集を担当させていただいたり。編集者としての経験も、リフィル型詩集以降、たくさん積ませていただきました。2018年春、俊太郎さんの呼吸法の先生である加藤俊朗先生のアドバイスと、俊太郎さんからの「帯なんて書くからさ」という嬉しい言葉に背中を押されて私は手記を書き始めたのですが、どこから出すかは決めていませんでした。それを見ていた松崎さんが「うちから出しますか?」と言ってくださり、私が50歳になる2019年2月に出版が叶いました。(出版記念イベントでの席で松崎さんが「奈央さんはなにかやってる空気を出すんです。何やってるんだろう?と周りに思わせる。気づいたら巻き込まれているんです」というようなスピーチ。おっしゃる通り!と、つい笑ってしまいました)話があちこち飛んでしまって恐縮ですが、とにかくさまざまな場面で支えてくださった存在が松崎さんなのです。みちる名義での詩集も出されている松崎さん、今回はどのような作品が届くのか楽しみです。


松⽥ 朋春 (まつだ ともはる)さん1964年東京⽣まれ。プランナー。詩⼈。イベント、商品開発、まちづくりなどに携わる。2005年愛・地球博公式アートプログラムでプランニング担当。「道後オンセナート」「みんなの道後温泉活性化プロジェクト」総合ディレクター。「おそいおそいおそい詩」海⽼名版で⽇本空間デザイン賞グランプリ「KUKAN of the year2022」受賞。「ランデヴー プロジェクト」「ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル」「はっぱっぱ体操」でグッドデザイン賞、「ピノキオプロジェクト」でキッズデザイン賞⾦賞、グッドデザイン賞、D&AD 賞受賞。 著書「空気の⽇記」(プロデュース・著者、書誌侃侃房) 、 「ワークショップ−偶然をデザインする技術」(共著・宣伝会議)他。グッドデザイン賞審査委員歴任。現在、多摩美術大学・東京理科大学・京都芸術大学非常勤講師、 (株)ワコールアートセンター/スパイラル プランナー。oblaat(オブラート)世話⼈。   *   *   *松田朋春さん、実はお会いしたことはないのです。でも、俊カフェは松田さんと(一方的に)深い関わりがあると言っても過言ではありません。私が俊カフェをオープンしたのは、谷川俊太郎さんの詩、音楽(DiVa)、そして詩を外に開くプロジェクト「オブラート」を通して、俊太郎さんの活動や表現の幅広さを魅力的に感じたから。「世界的に有名な詩人が、こんなにいろいろなことをやっている。一緒にやりませんか?と声をかけられて、面白いと思ったら本気で取り組んでいる」そう思わせてくれたのが「オブラート」でした。顕微鏡のプレパラートにミクロの詩を刻んで、それを顕微鏡でみるグッズを作ったり。1ダースの鉛筆1本1本に鉛筆の気持ちが書かれていたり。ウェアラブルという、詩が書かれたTシャツがすごくおしゃれだったり。モールス信号で詩をつぶやく「つぶやく街灯」というプロジェクトをしたり。https://youtu.be/PAXg9uEZmVc?si=2-rwkFeYua1A99Yiさらには、俊太郎さんと覚和歌子さんの対詩ライブ(書いている過程をスクリーンで見られる!)を何度も開催したり。とにかく詩を本の中だけで読んでいた私にとって、「詩はもっと日常の中にあふれていて(詩情)、もっと楽しめるものなんだ!」ということを教えてくれたのがオブラートでした。俊太郎さんから教えていただいて、「なんでこんな魅力的な企画を知らなかったのだ…」と後悔した「道後温泉オンセナート2014」も、松田さんがプランナーを務めるスパイラルのプロデュースでした。(下記動画はオンセナートで草間彌生さんの部屋を訪ねる俊太郎さん。画面には松田さんや、俊太郎さんのプロフィール写真をずっと撮影されていた深堀瑞穂さんも映ってます)https://youtu.be/U4zFDBOrIGw?si=UwKFQ87Zm4Eeuwwまた、一人でブラブラと歩いていて、なんとなく入ってすっかり好きになった青山のスパイラルホールに松田さんが深く関わっていらっしゃると松崎さんからお聞きした時は驚きました。とにかく、感性を刺激される何かに出会ったとき、そこにはオブラートが関わっていたり、松田さんのお名前があったりするのでした。今回、お会いしたこともないのにご依頼していいかな…と迷ったのですが、ご快諾をいただけて本当に嬉しく思っています。ぜひ作品と共に、これからも松田さんの生み出す作品を楽しみに見ていきたいと思っています!


和合 亮一(わごう りょういち)さん1968年、福島県生まれ・在住。中原中也賞や萩原朔太郎賞など受賞多数。2011年、震災直後にTwitterで発表した『詩の礫』が国内外で話題に。2017年、フランスにて翻訳・出版された『詩の礫』が日本初の詩集賞を受賞、2024年には米文学翻訳賞にノミネートされるなど国際的な評価も高い。これまで坂本龍一や大友良英、吉永小百合といった音楽家や俳優との朗読コラボ、作詞やエッセイ執筆など幅広い分野で活躍。「あいち国際芸術祭」(2022)で日本代表アーティストに選出。https://wago2828.com/tutou#content01   *   *   *福島で教員をやりながら、とても活発に全国各地のイベントに出向いていらっしゃる和合さん。初めてお話ししたのは、コロナ禍で人気が出たclubhouseで。友人と二人でルームを開いて話していると、何やらみたことのあるお名前が。「谷川俊太郎さん公認 俊カフェ」と自己紹介に書いていたのをご覧になって、俊太郎さんとのお仕事もたくさんされている和合さんが覗きに来てくださったのでした。初めましてとは思えないほど気さくに、本当にさまざまな俊太郎さんエピソードを話してくださいました。その後、確か一度、clubhouseで改めて和合さんゲスト回を設けて、いろいろお話ししてくださった記憶があります。震災直後からTwitterに呟き始めた「#詩の礫」、私はそのときは存じ上げなかったのですが、一緒に進行をしてくれた友人がTwitter上で読んでいて「とてもリアルに伝わってきて苦しさも感じた」と感想を言っていました。そこで、私もすぐに購入して拝読したのでした。(写真は『詩の礫』以降にも買った関連詩集)また、改めて俊太郎さんと和合さんの対談集『にほんごの話』(青土社)を読んで、俊太郎さんの「国語」「日本語」の使い分けや、和合さんへの愛ある突っ込み(!)などに、俊太郎さんから和合さんへの信頼を感じたのでした。その後、SNSで繋がってやんわりとした交流が続いていました。2021年12月、和合さん、鹿児島の詩人・平川綾真智さん、そして胎動レーベルのikomaさんの三人が始めたXのスペース(音声配信)「#礫の楽音」は、毎回三時間を超える楽しい詩の話と朗読が聴けます。その2回目を、年納めの片付けをしながら聴いていると、なんと和合さんが「古川さん、上がってきて話しませんか?」と声をかけてくださり、喜んでお話しさせていただきました。(私は2時間15分くらいからお邪魔してます。この配信はこのあともずっと、毎回素晴らしいゲストの方々を呼んで濃い話を繰り広げています。四元康祐さんや文月悠光さんもゲストで登場しています)https://youtu.be/yWF8GXrGiVo?si=nFeAwP-uolQsKCWq和合さんは「詩の礫〜和合亮一のアクションポエジー」というラジオ番組のパーソナリティもずっとされていて、毎週楽しみに聴いています。そして嬉しいことに、私もゲストで2回も呼んでいただきお話しすることができました。2回目は今年の3月、俊太郎さんが亡くなられてからでした。和合さんはいくつか追悼文を書かれていて、そのどこかに「これから我々は谷川俊太郎さんの不在に慣れていかなければならない」ということを書かれていました。ああ、そうだよな、不在なんだよなあ…と思って拝読した頃に、ラジオに呼んでいただいたので、直接お話しすることで少し気持ちが落ち着いていったような気もします。和合さんはミャンマーのおかあさんがたの話を聞いて詩を書くチャリティ活動もされています。俊カフェでは毎年「俊カフェ言葉まつり」という朗読イベントを開催しているのですが、今年の5月のイベントでは私も時間をとって、和合さんが書かれた『てのなかの海と星』を朗読し、にわか勉強ではありましたがミャンマーの実情もお話しして、会場のみなさまからチャリティのお金をお預かりしました。オンラインやラジオでは何度もお話ししてきましたが、実際に初めてお会いしたのは、今年5月のお別れの会でした。お客様から預かったチャリティ募金に私の分も少しプラスして、ずっと封筒に入れて持ち歩いていました。和合さんは背が高いから、きっとすぐに見つけられると思っていたのですが、とにかく500人超えの会場。なかなか見つけられずにいると、ちょうど私たちを見つけてくれた桑原滝弥さんが「あそこにいるよ」と教えてくれ、わざわざ紹介してくださったのでした。とにかく人が多くてじっくりお話しする間も無く、封筒をお渡ししてすぐに失礼してしまいました。今年8月2日には、礫の楽音から派生した「礫の学園」(オンラインの詩の授業)で講師をされました。和合さんが講師!それなら参加しようと喜び勇んで申し込んだものの、何本詩を書いても俊太郎さんのことになります。客観的な作品が、なかなか書けないのです。それでも、「和合さんならきっとわかってくださる」という気持ちもあって、いくつか書いたうちの1本をお送りしました。20名以上の生徒さんがいらしたのですが、一人ひとりにとても丁寧なアドバイスをくださって、なんとお一人で5時間以上もお話しされました。すごい。しかも相当に濃い内容でした。私も丁寧なアドバイスと読み解きをしていただき、このアンソロジーと同時発刊するツヅルに掲載予定です。(このときの「礫の学園」はアーカイブを購入できます。ぜひ「礫の楽音」で調べてみてください!)。学校の先生をやっていて、部活も持っていて、ラジオも毎週欠かさず放送していて、さらには全国のイベントにも出ていて、とても多忙な和合さんですが、今回のアンソロジーはご相談をしたその日にご快諾くださって、とても心強く、嬉しく思いました。いつか時間ができたら、俊カフェでもあの迫力ある朗読をお願いしたいと思っています。和合さんはすでに多くの追悼文や詩を書かれていますが(ウェブサイトで読めます)、アンソロジーにはどのような作品が届けられるのか、楽しみにしています!


四元 康祐(よつもと やすひろ)さん1959年生まれ、詩人。谷川さん関連の著作に『谷川俊太郎学 言葉vs沈黙』、「芸術新潮 2025年3月号〈谷川俊太郎への道順〉」「現代詩手帖2025年9月号 〈谷川俊太郎追悼座談会〉」など。近著に『詩探しの旅』『ミャンマー証言詩集 いくら新芽を摘んでも春は止まらない』。本年7月には留萌から宗谷岬まで自転車で旅してきました。   *   *   *初めて四元さんのお話しを聴いたのは、2022年8月。いつも好んで聴いているXのスペース(音声配信)「#礫の楽音」(和合亮一さん、平川綾真智さん、ikomaさん主催)にゲストでご登場した時。柔らかな声、鋭い指摘、海外が長かったからこその日本語への違和感、ご家族のお話など、ざっくばらんな会話のなかに、柔らかで芯の通ったお人柄を感じました。動く(!)四元さんを初めて拝見したのは、翌年2023年1月。期間限定で動画配信されていた、早稲田大学で開催されたイベント「今更、谷川俊太郎」でした。『詩人なんて呼ばれて』(新潮社)著者の尾崎真理子さんや、高橋源一郎さん、伊藤比呂美さんと並び、俊太郎さんのお話をいろいろされています。俊太郎さん作品との出会いのエピソードの中で、「文学って病んでいなくてもいいのか(中略)あれは文学少年だった僕が文学という梯子を外された経験でした」という言葉に一気に惹かれ、「もっと四元さんのお話を聴いてみたい」と思うようになりました。(『ユリイカ2024年3月臨時増刊号/92年目の谷川俊太郎』に全文掲載)次に四元さんの文章を読んだのは、俊太郎さんが旅立たれてのち朝日新聞に載ったインタビューの言葉、そして心に深く響いたのは、今年1月に四元さんがSNSにアップしていた追悼詩(西日本新聞掲載)でした。(画像ご本人のfacebookより拝借) 朝日新聞記事 https://digital.asahi.com/articles/DA3S16094038.html俊太郎さんが旅立ってしまった、そのことに呆然とした日々を送っていた私(と、他にもたくさんいらっしゃるであろう方々)の心に、ふっと寄り添ってくれるような文章でした。俊太郎さんは、生きることと死ぬことは地続きだと言っていたし、不自由な体から解放されてきっと今はあちこち行けることを楽しんでいる——そう自分に言い聞かせながら日々を送っていた私には、その思いを肯定してくれるような、ああ、こうして受け止めているのは私だけじゃない、という思いが溢れました。ある日、三角さんから「四元さんが札幌にいらっしゃるので、二人で朗読&トークのイベントをしたい」という連絡をいただきました。やっとお会いできる、しかも三角さんと一緒に!と嬉しくなりました。3月8日、「詩と旅」というテーマでトーク。会場には御徒町凧さんや文月悠光さんら、俊太郎さんと縁のある方々が何人も。あ、きっと俊太郎さんいらっしゃってるかもと思いました。このイベントの内容を決めるための打ち合わせをzoomでした時。四元さんから「俊太郎さん追悼の内容にしたほうがいい?」と聞いてくださったのですが、俊太郎さんならどう答えるかな?と考えた時、ことさらにご自分をクローズアップされるよりは、あなたの話を聞かせてよ、と言いそうだなと思い、よく旅をするお二人ならではの内容となりました。(話に集中しすぎて写真を撮らず。汗)その頃と時期を同じくして、『芸術新潮』には谷川賢作さん、志野さん、そして四元さんの文章が載りました。四元さんのページは「谷川俊太郎への道順 10の窓から望見する詩の宇宙」と題された、もうこれは谷川俊太郎論と言ってもいい大作。ご自身の経験や、俊太郎さんとの会話なども交えながら書かれています。四元さんは、俊太郎さんがたくさん書かれた言葉があるから、これからも何度でも俊太郎さんと出会えるということを思い出させてくださる存在です。クラファン応援も、心より感謝申し上げます。


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