
この日のラボは、ひとりひとりが自らの喪失をインタビュー形式で語る時間でした。
言葉にするにはあまりにも重い体験。けれど声に出すことで、少しずつ輪郭を持ちはじめる記憶や感情があります。
ある方は、亡くなった息子さんについて語りました。
どんな人だったのか。別れの瞬間、どのように感じたのか。今はその存在をどう感じているのか。語るうちに、涙がこぼれました。
また別の方は、共に暮らす家族が少し前の過去を忘れてしまうことに、不自由さや寂しさを感じていると話してくれました。支える側の大変さがある一方で、それを言葉にしづらい日々。声に出すことで、初めて共有できた痛みでした。
恋人を病で失った方は、今もモーニングジュエリーを身につけています。どこかでまだ隣にいると感じることがあると、静かに話しました。
年上の同性に恐怖を抱き、うまくコミュニケーションをとれないまま大人になってしまった方は、唯一憧れることができた存在を失い、その喪失をいまだ受け入れられないと語りました。
そしてコロナ禍を経てマスクを外せなくなってしまった方は、自分を同調圧力に流されないよう育ててくれた両親の話をしてくれました。マスクという布の向こう側に、喪失と再生のテーマがつながっていることを、私たちは気づかされます。
一人ひとりの声は異なりますが、共通していたのは「まずは吐き出す」ことの大切さでした。
インタビューを通して体験を整理し、やがて「その経験を通して社会に何を問いかけられるのか」へとつなげていく――。その最初の扉を開いた時間でした。
また、喪失にまつわる作品づくりをしている先人は数多くいます。それら事例を紹介すると共に、そこに秘められたメッセージなどにも思いを馳せ、自分が表現を行うのであればどのようにしていけるか?に考えを巡らせる時間も持ちました。
そして裏話をひとつ。予算を節約しすぎたために、真夏にもかかわらずぎゅうぎゅう詰めの会議室での開催に。あまりに狭かったせいで記録写真も撮れず、思い出は心の中にだけ残ることとなりました。(写真は次回予告的に第3回のワンシーンを)
メンバーの思いを乗せて展覧会を成功させるためにも、皆様のご協力をお願いしています。クラウドファンディングという形で少額から寄付できます。また、その見返りとして作品などもお届けできますので、ぜひご覧ください。






