【津波から逃げて!】津波避難の合図を防災風呂敷で伝えたい!

南三陸・志津川の地で刻まれた東日本大震災の経験を、津波から命を守る風呂敷というかたちにします。東日本大震災の経験を、次世代につなぐ挑戦です。

現在の支援総額

1,113,865

111%

目標金額は1,000,000円

支援者数

141

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/02/19に募集を開始し、 141人の支援により 1,113,865円の資金を集め、 2026/04/30に募集を終了しました

【津波から逃げて!】津波避難の合図を防災風呂敷で伝えたい!

現在の支援総額

1,113,865

111%達成

終了

目標金額1,000,000

支援者数141

このプロジェクトは、2026/02/19に募集を開始し、 141人の支援により 1,113,865円の資金を集め、 2026/04/30に募集を終了しました

南三陸・志津川の地で刻まれた東日本大震災の経験を、津波から命を守る風呂敷というかたちにします。東日本大震災の経験を、次世代につなぐ挑戦です。

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「お包みの専門家」美枝センセイから、いざという時、必要な情報をすぐ取り出せるように。日常でも、通院時にも、そっと役立つケースを、リターンの商品に、と、ご提案いただきました。▶美枝センセイと、防災風呂敷とのご縁は「こちら」のページでご紹介しています。ぜひ、こちらもご覧ください。防災風呂敷と同じ想いから生まれたこのケースは、「命を守るための持ち歩き」をやさしく支えます。・お薬手帳・診察券・受付番号や駐車券などを、ひとまとめに収納できます。バッグの中でも迷子にならず、必要な時にすぐ取り出せる設計です。日常の中で使いながら “もしも”  の備えにもつながるアイテムです。セットの内容・防災風呂敷 1枚 ・美枝センセイオリジナルお薬手帳ケース   素材:和紙製  収納:お薬手帳スペース×1      診察券ポケット×3      一時保管スペース×2   サイズ:13㎝×21㎝(A6サイズ対応)  ※一つひとつ手づくりなので、仕上がりには若干の誤差があります防災ふろしき交流会のひとこま。※クラファン完了後、4回開催します!こちらもお楽しみに。


タイトル画像は、2011年1月。南三陸町で開催された寒だら祭りのようす酒田の友人は、2011年4月から開催されていた南三陸福興市に、出店していました。その復幸市は、震災前から「ぼうさい朝市ネットワーク」でつながっていたメンバーが、震災直後、神戸から駆け付け、開催にこぎつけたものでした。震災前、南三陸まちづくり海社として、ぼうさい朝市ネットワークに加入し、活動していたのが昆野慶弥さんでした。昆野さんは、「地方の小さな町は、全国のまちづくり仲間や商売仲間とつながり、お互いに協力し合うことが大事だ」と話していました。私とは、2010年秋から2011年冬にかけて、青森県田子町の商店街活性化の講師として、毎月、田子に通っていました。田子と南三陸も交流しながら、商店街活性化を仕掛けていこう。そんな話をしながら、2011年1月、南三陸寒だら祭りでは、田子のにんにくを販売したり、にんにくとタコを使った料理を考案したりしました。この寒だら祭りも、もともとは、ぼうさい朝市ネットワークのメンバーである酒田で開催されていた取り組みを、昆野さんが参考にしたものでした。2011年2月。田子を訪れた昆野さんと私は、雪を使った雪灯篭の美しさに心を奪われました。それぞれの地域の風土を活かした、地域づくりを、これからも続けていこう。田子の人たちからは、「にんにくの収穫時期である6月に、また遊びに来てね」と声をかけてもらい、再会を、信じて疑いませんでした。2011年3月11日。昆野さんは、帰らぬ人となってしまいました。その後、ボランティアとして南三陸に通い、地域のみなさんに寄り添う中で、いま、真弓さんとともに、防災風呂敷のプロジェクトに取り組んでいます。そして・・・酒田の友人との再会は、昆野さんとのご縁を、あらためて思い出させてくれました。ばらばらだった出来事が、時間をこえて、ひとつの線になっていく。酒田のみなさんのもとへWA ROCKをお届けしました。想いをのせて、また誰かのもとへ届くように。episode3はこちらから、ご覧ください。


南三陸・上山八幡宮の静かな境内で、ひとつの時間をつくります。江戸もんきりで、日本の文化にふれながら、お抹茶をいただき、ゆっくりと言葉を交わす。特別なことをするわけではありません。けれど、こうした時間の中で、人は少しずつ、心をほどき、自分の暮らしを取り戻していくのだと思います。この江戸もんきりの時間には、はじまりがあります。震災後、仮設住宅での暮らしの中に、そっと彩りを届けてくれた方がいました。紋切りのキットをたくさん届けてくださり、「楽しいからやってみて!」と。そのひとことから、仮設の中に、小さな楽しみの時間が生まれました。仮設住宅での暮らしの中に届いた、紋切りの時間。ここから、すべてが始まりました。最初は、ただ手を動かして遊んでいた時間。けれどその時間を共にした方々が、やがて「南三陸椿くらぶ」のメンバーとなり、今につながっています。長い時間をかけて、つながってきた想い。椿の文様のように、人と人がつながり、ここまで続いてきました。ひとつの手しごとが、人をつなぎ、時間をつなぎ、今の活動へと続いています。今回のリターンについて、真弓さんはこう話します。「今回のリターンに、なぜ江戸紋切りなの?それは、15年前からのご縁の延長線上に、いまの活動がつながっているからなんです。この長い長い、椿の文様のように。」震災から年月が経ち、日常は戻ってきたように見えても、本当の意味で「安心して暮らす」ということは、まだ途上にあります。だからこそ、あらためて“日常を整える時間”を大切にしたい。この場で過ごすひとときは、防災の訓練でも、知識の共有でもありません。けれど、人と人がつながり、心が整い、「ここにいていい」と思える時間こそが、いざというときに、誰かを支える力になる。そう信じています。そして、その時間の記憶を、かたちとして持ち帰っていただくために、防災風呂敷をお届けします。“もしも”のときの備えとしてだけではなく、日々の暮らしの中で使いながら、思い出してもらえたら嬉しいです。このリターンは、体験を届けるものでもあり、これからの地域のあり方を、一緒に考えていくための、小さな場でもあります。セット内容 ・江戸もんきり体験参加 ・お抹茶(お菓子付き) ・防災風呂敷(1枚) スケジュール 防災風呂敷のお届けは6月以降となります。  江戸もんきり遊びとお抹茶体験    日程 2027年3月頃を予定しています    場所 宮城県南三陸町 上山八幡宮      ※日程は後日調整・ご連絡いたします  ※支援者様の交通費や滞在費は各自でご負担ください。


ばらばらに見えていた出来事が、ひとつの線になって、つながっていく。そして、その線は、さらに過去へとさかのぼっていきます。じつは、酒田とのつながりは、今回がはじめてではありませんでした。2011年4月から始まった、南三陸福興市。東日本大震災の直後、大きな被害を受けた南三陸のまちで、「人が集まる場を取り戻したい」という思いから立ち上がりました。福興市は、単なるイベントではなく、地域の人たちが再び集い、外から訪れる人たちとつながる“場”として続けられてきました。そして、この取り組みは、震災後に突然生まれたものではありません。震災前から、昆野慶弥さんが中心となって取り組んでいた「ぼうさい朝市ネットワーク」の活動が、その土台にありました。各地の朝市や地域がゆるやかにつながり、日常の交流の中で関係を育てていく。テントを立て、食材を持ち寄り、人が集う。その一つひとつが、非常時を想定した実践でもありました。楽しさの中に、防災の知恵が組み込まれている。それは、“防災”を特別なものにするのではなく、日常の延長として捉える取り組みでした。震災後、そのネットワークでつながっていた人たちが、南三陸に足を運び、福興市を支え、関わり続けてきました。酒田の人たちが、南三陸の復幸市に足を運んでいたのも、こうしたつながりの中でのことでした。時間をかけて育まれてきた関係が、震災という出来事を越えて、なお続き、そしていま、令和6年7月25日の大雨災害を経た酒田へと、あらためてつながり直そうとしています。震災前、昆野慶弥さんとともに、まちづくりに取り組んでいた私。そして震災後、宮城と山形の女性たちの交流の場で、酒田の友人と出会いました。2011年1月。震災前の南三陸町・志津川で開催された「寒たらまつり」それぞれ別の時間、別の場所で生まれたご縁が、いま、ひとつの線となってつながっていきます。ばらばらに見えていた出来事が、ひとつの線になり、時間を越えて、もう一度、動き出している。だから私は、この“旅する石”を、酒田へ届けたのです。想いをのせて、また誰かのもとへ届くように。episode4episode2


この物語は、「ワロック(旅する石)」を通して、人と人、地域と地域がつながっていく記録です。八幡さまでのワロック体験…その中で、またひとつ、新しいつながりが生まれました。ワロックのことを投稿したとき、久しぶりに、酒田の友人からメッセージが届きました。「酒田でも、ワロックが盛り上がっていたんだよ」懐かしい名前とともに、あの頃のつながりが、ふっとよみがえります。その友人とは、東日本大震災後、宮城と山形の女性たちの交流の場で出会いました。彼女は、2011年4月から始まった南三陸福興市にも、毎月酒田から通っていました。(この話は、また改めて…)そしていま、酒田は、令和6年7月25日の大雨災害からの復興の道のりの中にあります。偶然にも、私の指導教官がその地で活動していて、私自身も、東日本大震災での経験や、いま研究していることをお話しする機会をいただくことになりました。ばらばらに見えていた出来事が、ひとつの線になって、つながっていく。だから私は、この“旅する石”を、酒田へ届けることにしました。想いをのせて、また誰かのもとへ届くように。南三陸で描いたWA ROCKを酒田へお届けしましたこの物語は、まだ、続いていきます。➡「episode3」をご覧ください前のお話しは「こちら」です。


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