本日もご覧下さりありがとうございます今回は活動というか…興味深い?ちょっと悲しい?申し訳ない??ことがありましたので、ご報告させてくださいませクラファン本文中で、私が関わった2振り目の刀について記述しています登録証がない状態で見つかった、錆は激しいものの立派な拵えだった刀(以下、N邸刀 と呼びます)ご家族が興味を持たれたようだったので、登録の手続きを簡単にお伝えして、お任せしたところ、次に伺ったら警察で廃棄されていたというN邸刀理由は「大きくて怖かったから」というものでした もっともな理由で仕方のないことでしたがその当時、私の知識不足で「拵えや刀装具などだけなら残せる」とお伝え出来なかったことが、今回クラファンをしたいという思いにも繋がりました少し前、N様邸にクラファンの中で上記のエピソードを書かせていただいたことをご報告に伺いましたそうすると、N邸刀が見つかった蔵から30mほど離れた場所にある第二倉庫も整理したいというご相談をいただきましたその後、3回に分けて 友人の古物商と一緒に整理・引き取りの作業をさせていただきました古物商と一口に言っても、取り扱う分野が微妙に違っていて、それぞれ引取らせていただきたいものや許容量も違います 友人との作業は勉強にもなるしとても楽しい(余談笑)♪私が引き取らせいただいたものを、自宅兼店で整理していた時のこと古い小さな革製のがま口バッグを確認していると…なんと!!刀剣の登録証が出てきたのですN様に確認すると、警察で廃棄してもらったN邸刀の他に、刀は見つかっていない サイズ感も登録証の記載に合致するとのことでしたN邸刀が見つかったのが昨年9月 それから5か月後に登録証が発見されるとは…廃棄する前に、県の文化財保護課に照会することができる と私がお伝え(する知識があれば)出来ていれば、登録証の再発行で刀を残せたのかも…とますます後悔がつのりましたN様は「登録証があっても、怖い気持ちは変わらないので廃棄したと思うよ」と優しく言って下さいましたが、わざわざ警察に提出に行ったか?と考えると、そのままN邸に残ったようにも思えてしまいます昭和34年の登録証法律が出来た翌年のものですので、当時迄は管理され大切にされていたものと思われます後悔先に立たず、ではありますが 刀剣発見から届け出のために期間が限られるというのは、こういうコトも起きるのだな と思いましたそれにしても…昭和の遺物が山ほどあった第二倉庫N様のご家族や、友人・知人の古物商…何人もがそれぞれ引取りたい、手元に置きたい物を選んでいるし、ゴミになってしまったものは、残せたものの何倍もの量がありましたその中でよりによって、私が手にした小さなバッグから出てくるとは…廃棄されたN邸刀が怒っているのかな…とも思いましたが、刀ナキアトの登録証をどうするのか、ということを私に学ばせてくれたのかもしれませんね登録証は「銃砲刀剣類登録証の返納について」という書類と一緒に管轄エリアの文化財保護課に提出してほしいそうです(銃刀法での規制はないそうです)昔の登録証はパウチなどもしていなくて、紙一枚 そのままにしてしまいがちですが、・後の世に 確かに照会できるよう・他の刀に付けられて心無い人に悪用されることのないよう届け出ていただきますようお願いいたします登録証紛失というのはよくあることのようですが、刀が紛失(廃棄)して登録証だけ残った というある意味レアケースのお話でした2026.2.9
本日もご覧下さりありがとうございます2026年最初の月がもう終わろうとしています2025年12月20日からスタートした当プロジェクトおかげさまで1か月が過ぎ、たくさんのご支援・ご協力・反響をいただいております ありがたくとても嬉しい思いです♪先日サンプルができ上った、リターンの御城印をご紹介いたしますすっきりとした白地に、左三ツ巴の紋を背景にして桐生城の堂々とした文字が入っています左三ツ巴は桐生佐野氏(藤原北家藤原秀郷流足氏一門支流)の紋かな?!御城印をリターンに出来ないかと販売所のシルクルさまにご相談に伺いましたすると、御城印製作担当の「群馬御城印プロジェクト」さまをご紹介していただくことができましたさらに「刀の刺繍を背景に入れて、特別な御城印を作りましょう」という嬉しいご提案をいただき 恐縮しつつワクワクびっくり♪そして出来上がったのが写真の御城印!銀糸で入れていただいた短刀一見控え目ですが、角度によってキラキラ光りそう きっと刀も照れながら喜んでいると思います由来も何もわからない無銘の短刀が御城印になるなんて…そもそも、残すことができ たくさんの方に関心を寄せて頂いていることも!!とっても〝運〟が強い刀ですね佳き出会いの運を運んでくれるかも?!通常販売はない予定の桐生城特別御城印 お手元にお迎えしていただけたら嬉しく思います御城印デザインをしてくださった「群馬御城印プロジェクト」さまは戦国時代に多くの武将が活躍した上州群馬の魅力を御城印に込めて発信しています2026年6月13.14日には前橋市内にて群馬戦国御城印サミット第7弾も開催予定かっこいいイラスト入り御城印がたくさん掲載のHP、X(旧:Twitter)ぜひチェックしてみてくださいね桐生城通常御城印は、桐生市観光情報センター「シルクル桐生」さまで販売中です桐生城版はもちろん柄杓山城版(限定御城印)も展示桐生和紙を使ったものもあります 皆ほしくなっちゃいます~♪実際の桐生城跡への入口はシルクルから車で10分ほど標高約361メートルの山城で今は遺構が残るだけです 〝兵どもが夢のあと〟ですね なかなかにワイルドなお散歩道 季節に合わせた服装・履物を準備して、シルクル桐生さんでしっかり情報収集して訪ねてみてくださいね桐生桧杓山城跡 桐生城、どんなお城で人々がどんな風に暮らしていたのでしょうか現在の桐生街中は江戸時代にできた町割りだそうですので、今とは全く風景が違っていると思います色々調べていると、「コロンバス通り」あたりまでお堀があったという文献も見られました三方は山で囲まれているし桐生川、渡良瀬川という天然のお堀もあったのでしょう、堅牢なお城だったのでしょうね登山?!が苦手な方は、桐生城の下屋敷だった「梅原館」だけでも♪住宅街の小さな神社の静かな境内 往時はどんな景色だったのかと思うとワクワクします古い刀を守り残す方法や意味残せなかったとしても、思い出に残すことはできないか桐生という街や、ものづくりのこと読んで知っていただき、一緒に考えていただきたいというプロジェクト残り24日間です引き続きどうぞよろしくお願いいたします2026.1.29
本日もご覧くださいましてありがとうございます前回の活動報告で、御刀枕用の生地を桐生市の 天然染色研究所 さまでサンプル染めしてきたというお話をお伝えしました 天然染色研究所さんからいただいた宿題「どんな思いでどんな木から色を分けてもらいたいのか」桐生市の木、モクセイ?桐生だから、桐?職都桐生だから、桑?淡竹89だから竹?色々考えましたが、今回のプロジェクトに寄せる思いとしてはちょっと違う気がします今プロジェクトの短刀、出自はわからないものの、桐生で作られた可能性は低そうです 他の地から桐生に来たのかな?!ならば私と同じです 笑移住の準備で桐生に通っていた頃、そして今現在も、新桐生駅近く 桜木町の桜並木を通って渡良瀬川にかかる錦桜橋を渡ると「あぁ桐生だ、帰って来たな~」と感じますその桜並木から色を頂きたいな、と思い至りましたいつ桜が植えられたのかを調べましたが確かな事はわかりませんでした桐生案内人の会の方に伺うと、“大正2年に東武鉄道新桐生駅ができた時に、桜並木のある新道(群馬県道68号桐生伊勢崎線)もできた” “錦桜橋は錦町と桜木町を結ぶ橋ということで名付けられたのだろう”とのことでした元桐生市議で現在は郷土史研究家の川嶋伸行さん著書「きりふのしほり」の中に “錦町、桜木町の町名は昭和4年正式名称になる前から通称町名として使われていた” “新道に桜を植樹したことから(「桜木町」と呼ばれたの)だろう”とありました同じく郷土史研究家、奈良彰一さん著書の「両毛見聞録」には、昭和9年に描かれた「桐生市鳥瞰図」がカラーで掲載されています 新桐生駅近くの桜並木も綺麗なピンク色で描かれていて、その当時も桜の名所だったことがわかります大正2~3年頃に新道ができると同時に植えられたのだとしたら、昭和9年頃には桜の名所として育っていたとしても納得です錦桜橋は何度か大きな水害に遭っているので、現在の桜も初代ではないのかもしれませんそんなことをあれこれ考えながら、桜並木を歩いて枝を拾わせてもらいました※桐生市役所街路樹担当さまに、枝を拾うこと・染めの材料にしたいことご相談済普段は車で通るのですが、近くで見ると本当に立派で風格ある桜です大切にお手入れされている様子も見られました同時に、何本もの木が伐採されてなくなっていたり、切り株だけになっていることにも気が付きました桜の寿命もあるかと思いますが、最近では外来種クビアカツヤカミキリの被害もあるそうですずっと当たり前にある大切な景色、でもいつか見られなくなるかもしれない景色、思いを寄せたいなと思いました桜並木の小枝からいただいた優しい色草木染は同じ材料を使っても、同じ色を出せるとは限らないそうですどんな御刀枕をお届けできるか、一緒に楽しみにしていただけたらとても嬉しいです不確かな話を長々失礼しました新桐生近くの桜並木について、詳しくご存知の方がいらっしゃいましたらぜひお話、聞かせてくださいね!引き続きどうぞよろしくお願いいたします2026.1.21
本日もご覧下さりありがとうございますお礼のリターンの刀枕、サンプル作りに楽しく手こずっています♪まずは生地選び刀工さまから「刀を傷つけないよう生地は羽二重が良いと思う」というアドバイスをいただきました実際に刀を所持したことがなかったので、当然のことに気が付かなかった!専門家のご意見は本当にありがたいです私のお店はリサイクル着物も取り扱っているため、着物の裏地用の羽二重生地がちょうどありました 色はどうしよう…白でもよいけれど、少し寂しい?!以前の活動報告でもお話させていただきましたが、桐生市の天然染色研究所さまにご相談したところ、「どんな草木に、どんな思いで、色をわけてもらいたいのか」という大きな宿題をいただきました考えて、考えて、考えて…とある場所の桜を使った草木染を先生のご指導のもとチャレンジすることに♪桜の小枝を小さなチップにして持参し、スタートです昔ながらの染色方法を大切にする天然染色研究所さま媒染液による色の違いを見たら面白いよ、という先生のお言葉で、ミョウバン(アルミ)と鉄、二つの媒染液を試しました どんな色が出るか、ちゃんと色が出るか わからなかったのでこの1回でサンプル染めができるとは正直思っていませんでした桜は色の出にくい素材(先生曰く)なのに、こんなに優しい風合いに仕上がり大感激 「精一杯の色を出してくれたね」と先生に言われ、思わず涙が出てしまいました草木染は同じ素材を使っても、同じ色が出るとは限らないそうですが、それもまた楽しい試み♪「刀を在りし日の姿に戻したい」というプロジェクトにちなんで、鉄媒染のものを使用したいと思います肝心の「どの場所の桜から色を頂こうと思い至ったのか」というお話は、長くなりますので次の投稿にて♪天然染色研究所さまでは上記の草木染が体験できます(予約制)ので桐生に遊びに来て下さるときはぜひ、あなたの色を探してみてくださいね本日も長々失礼いたしました引き続きどうぞよろしくお願いいたします2026.1.16
桐生の方だけでなく、近隣の方々はみんなご存知?! 思い出もたくさん?!レトロで可愛い遊園地「アースケア桐生が岡遊園地」年末年始を挟んだため、諸所確認をお願いするのに時間がかかってしまったのですが、こちらの遊園地の乗り物券をお礼のリターンに追加することが出来ました♪刀のクラファンで、なんで遊園地?!と思われるかもしれませんね、そりゃそうです 笑今回のクラファン、古い物を残し守り未来に繋いでいきたいという思い、桐生のこと・ものづくりのこと を知って頂きたいという思いも含んでおります以前から大好きな遊園地、お山の上の方に在って、すぐ下側には動物園もあります 両園とも入場無料!なんで無料なんだろう?と考えていました昨日は桐生の街の生き字引?!という存在の方とお話しをしてきました明治の中頃から桐生の有名な経済人の方々が私財を投じてこの公園の基礎を作って下さったそうです大正5年、桐生市(当時は町)にこの場所が寄贈され公園になり、さらに動物園が整備され、新川児童遊園地(一人の少年の声をきっかけに、当時の町のトップの方が子ども達との約束を守って作った遊園地)の閉園に伴い 昭和46年 この地に遊園地が開園されたそうです桐生は女工さんや工員さんが多い街だったと思うので、私はそういう方の福利厚生的な意味合いで無料になったのかな?と思っていました少し違うようで、確かなことはわかりませんが、「新川児童遊園地が入園無料だったからその流れで…ではないかな?」とのことでした当時はベビーブーム 子どもたちが悦ぶものをという意味合いも大きかったのかも、とのこと無料が今でも続いていること、遊園地・動物園が今も在ることこれは、桐生の街が豊かだったことの証なんだろうな~ 経済的にもですが、それだけ子どもさんや、子どものいるファミリーが多かったということですよね時代は変わっていますが、今も市民や近隣の方々、観光の方々にとっても憩いの場になっていることは確かだと思いますいつまで無料なのか?ずっと在ってくれるのか?は判りません 在ることに感謝し、ずっと在ってほしいと思うのですそんな思いで、乗り物チケットをリターン品にさせていただきましたリターン品にするにあたり、有効期限を設けなければならなかったのですがチケット自体の有効期限はございません春には桜のトンネルの中を走れる「サイクルレール」、見晴らしの良い観覧車など、ドキドキハラハラの大型遊具は少ないですがとっても和やかでアットホームな遊園地ですぜひ桐生に遊びにお越しの際には、遊園地にもお立ち寄り頂けたら…♪しばらく行っていないな、という桐生市や近隣の方も!遊園地の成り立ちを考えることで、桐生の歴史に興味を持って下さったらとても嬉しく思います♪本日もご覧下さりありがとうございました引き続きどうぞよろしくお願いいたします2026.1.9




