楽曲のキャラクターには名前を授けるようにしている。命が宿ると思っている。自分にもし子供が生まれたらどんな名前をつけようか。その感覚と同じである。どういう境遇があって、どう生きて欲しくって、など自分が愛情を注いで育てた人物を作品に触れてくださった方々にも愛してもらえたらこれ以上幸福な事はない。横濱キスガアルの主人公「濱野ミチ子」「ルイス・プリマ」の2人も横浜という土地や、時代背景いろんなことを考え咀嚼し名付けた。この2人を私は我が子のように愛している。そしてこの作品が皆様の元へと届く日が来るまで責任を持って育てていく。
今作のコーラスに女性ボーカリストの方を起用しました。楽曲を作る段階からこの方の歌声が掛け算になればヨコハマキスガアルの解像度が飛躍的に跳ね上がるという確信がありました。3月25日 午後横濱キスガアル2回目の収録。たそやマロさんも同席の元どのように歌い上げるのが1番良いか入念に価値観を擦り合わせながら微妙なニュアンスを何度も確認し確かなものにしていく。17時。メインボーカルを取り終えコーラスの収録に移る。ふたつの歌声が重ねて聴いて当初から抱いて居た感覚が間違って居なかったと確信しました。ジャズの音色とと浜の風、ネオンライトと夜の街に響く愉快な音が見えてくるような。そんな気持ちになりました。皆様の元へこれ以上ない形にして届けることができるよう、精一杯仕上げてまいります。
冬が終わる2日前江ノ島の地に降り立つ。一世一代のプロジェクトを成功させるべく江島神社へ。永遠のやうに長い階段を幾つも越え江ノ島岩屋の奥まで行った。復路には息が弾み体力の衰えを痛感した。しかし久方振りの外出に心はいつにもなく清々しい。時刻は15時。出発点へと無事に帰って来れた。私の手元には今、一年以上の歳月をかけ大切に磨き続けた一曲が在る。表現者としての全てを注いでもまだ足りないと感じた初めての作品だ。其れが今やっと輝きを帯び始めた。長かった。何度も何度も詩を書いては消し、学び直し、物語の舞台へ足を運び情景を想像し続けた。間違いなく最高傑作だ。願掛けの一つでもしたいくらいには。今までのプロジェクトを遥かに超える労力、人々の支援、金、時間を要する。大きなプレッシャーやリスクを越えていかなければいけない。そして今手元にある宝石は、まだ見ぬ景色を見せてくれる力があると信じている。今日に至るまで孤独と共に数えきれない朝を迎えた。それと同じ数だけ自分の無力さも感じてきた。芸術に出会い孤独ではあるが1人じゃないことも知った。無力さでさえも力に変えられる可能性があることも知った。私は挑戦をしたい。大きな野望を自分の夢のように愛してくれる方々にも出会えた。皆様の元に届くまで時間の許す限り磨き続ける。晴天の江ノ島の街は次第に色めき初め大きく優しい月が顔を出す。海辺の街で感じた今日の出来事もまた 芸術の道を照らしてくれる大切な一灯と成ることであろう。
映像作家に楽曲に関する意見をもらいシンガーソングライターがアニメーションの指示を出す。プライドを持って芸術をしているもの同士が喧嘩を恐れず踏み込んだコミュニケーションを交わす。人生で初めての経験。あーでもないこーでもないを繰り返しながらもお互いが納得できるまで諦めない。お互いの芸術が間違いなく相乗効果を生み出すことは「女學生日誌」で実証されている。「この楽器の音は青っぽいから別の楽器で赤系の雰囲気に変えよう」「この歌詞はアニメーションで表現できるからもっと思い切り言葉を選んでもいい。」入念な下準備の積み重ねと打開策の選択肢、幾つものイメージを提示しながら3分半という限られた時間のなかで本当に必要なものだけを残していく。お互いがイメージする完成系が聴覚、視覚的にもある程度共通認識としてあることに毎回驚く。驚くほど抽象的な言葉ばかりでも「そういうことか」となるのはたそやマロさんだけである。違う土俵で戦っている同士でこの段階を踏めるのは本当に奇跡としか言いようがない。
昭和5年の横浜を知る為に幕末から昭和初期までの歴史を調べたどのようにして国際交流が盛んになったのか、当時の他の街と何が違うのか。男女のファッションのトレンド金銭の価値、カルチャー、交通、化粧アンダーグラウンドに至るまで思いつく全てを掘れるだけ掘った。楽曲を作るに当たってここまで追求したことは過去一度もない。来るべくして来た表現の限界を超えるための大きな障壁だ。過去の自分の100%だと思っていた自分が持つ知識経験の全てが断片的なものであったと痛感する。それは嬉しい無力感だ。歌詞を書く前の工程として昭和5年の横浜とはどんな街か説明できる領域まで知識を詰め込む。モダンボーイ、モダンガールと呼ばれた当時の最先端の人々の日常を肌感で知ることも必要だと感じ1930年代のスーツのトレンドを知り同じ型のものを作り袖を通した。知識と経験とが掛け算とならなければ説得力のある作品は完成しないとわかっていたからだ。数ヶ月かけて勉強したのち、短編小説を書いた。主人公と彼の間でどの様な会話が交わされ、どの様に距離が縮まり、その過程でどんなことをお互いが感じていたのか。自分で作り出した世界だがやけに愛着が湧くものだ。お互いの喜びも悲しみも自分のことの様に一喜一憂した。数千字にも渡る文章を書き、解像度が高まるほどに、この壮大な物語を3分半という限られた尺と文字数に余す事なく落とし込むためにはどうしたらいいのか、毎晩頭を悩ませた。たそやマロさんの絵柄をより活かすために、たそやマロさんならどんな表現をするか自分の頭の中で映像化をする。この表現は言葉で、この表現はアニメーションに託して、このパート双方の表現がシンクロする必要がある。など、様々な角度から緻密に計画を立てる。きっといいものになる。このプロジェクトが大きく自分の基準値を引き上げてくれていることを実感している。




