皆さんこれまでありがとうございました。あと2時間になりましたが、できましたらあともう少し、ご支援よろしくお願いいたします。
このプロジェクトを始めて、思い出したことがあります。私は、自分が嫌いでした。何か大切なことを思いついた時には、どんな困難にもめげずに頑張リましたが、その都度いろいろ失敗することで、私は私に絶望しました。これ以上生きていても仕方がない。そう考えて胸に重い思いを抱えていたとき、大学で先生の言葉を聞きました。先生はこう言いました。「人間は神と悪魔の中間である。人間はたくさん間違いを犯す。その意味で神にはなれない。しかし人間は間違いを犯したときに必ず反省をする。その意味で神と悪魔の中間なのだ」といいました。これはジャン・ジャックルソーの言葉だということです。人間は必ず間違いを犯す。神にはなれないのです。しかし人間は間違いを犯したとき必ず反省をする。悪魔にもなれないのです。だから人間は、間違ったとき反省すればいい。それでいいではないですか。それが人間ではないですか。このノートは、そんな自分に気づかせてくれます。自分を許してやっても、もういいのではないでしょうか。
山梨英和高校の校長先生とお話をしました。校長先生は私たち以上に、このノートを評価しておられました。そして、プロジェクト終了後もこのノートを使い、県内外の小学校から高校まで、数多くの学校でこのノートを使った活動をしていくことを提案してくださいました。私もそのお考えに賛同いたしました。ですので、今はこのノートを県内の高校生に配布する取り組みをしていますが、そのあとにはこれを全国の高校生に届ける取り組みを行っていきたいと考えます。そして、一人でも多くの若者の悩みや苦しみを和らげ、一人でも多くの自死を考える若者を救っていきたいと考えています。
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)は、将来どのような医療やケアを望むのかを、周囲の人と共有していく取り組みです。一般には高齢者医療の文脈で語られることが多いものですが、実は高校生にとっても大きな意味を持つ考え方です。高校生の時期は、人生の選択が増え、自分が何を大切にして生きたいのかを模索する大切な時期です。ACP という概念に触れることで、「自分の価値観」や「人生で大切にしたいこと」を考えるきっかけが生まれます。これは医療に限らず、進路選択や人間関係、日々の行動の選択にまでつながる、重要な自己理解のプロセスです。また、突然の事故や病気は、年齢に関係なく誰にでも起こり得ます。「もしものとき、自分の思いを誰が伝えてくれるのか」という視点は、高校生にとって、自分の命や家族とのつながりを見つめる機会にもなります。実際、ACP に触れた若者たちの中には、家族と普段話さないテーマを共有できたという声もあり、家族間のコミュニケーションを深める契機にもなっています。さらに、医療・福祉分野を目指す高校生にとっては、ACP は将来の専門職としての姿勢にも直結します。患者や利用者の価値観を尊重し、寄り添う姿勢を理解するうえで、ACP は非常に重要なテーマです。このように、ACP は「死」や「医療」だけを扱うものではなく、若い世代が自分自身の生き方を考えるための、普遍的で本質的な学びにもつながっています。今回の取り組みを通じて、より多くの高校生が自分の人生観を見つめ直す機会を得られるよう、引き続き活動を続けてまいります。 齊藤
先日、東京でコンカフェを運営されている方から、胸が熱くなるメッセージをいただきました。その方は、日々、働く女の子たちの“心のすり減り”と向き合っています。親や恋人、あるいはお客様との関係のなかで、何度も傷つき、「自分の気持ちなんてどうでもいい」と思い込んでしまう子も少なくないそうです。支えようと手を伸ばしても、気づけばまた同じ負のループへ戻ってしまう――。その現実を前に、「もっと早い段階で、自分の感情を大切にできる力を育ててもらえたら…」と、ずっと悩んでいたと打ち明けてくださいました。そんな折に『わたしの想いノート』を知り、「自分の感情に気づけなくなってしまう子たちの力になれる、とても意義深い取り組みだと感じました」という、温かい言葉を寄せてくださったのです。現場で誰かの痛みを受け止め続けている方からのこのメッセージは、まるで、暗闇の中に灯された光のように感じられました。私たちの活動が、小さくても確かな“希望の手がかり”になれるかもしれない。そう思わせてくれる、大きな励ましとなりました。これからも、ひとりでも多くの人が「自分の気持ちを大切にしていいんだ」と思える社会に近づくよう、丁寧に、まっすぐに取り組みを進めてまいります。






