東北でプロレスリングアライヴ&メジャーズの大会を入場無料で開催したい!

2009年に岩手県花巻市で旗揚げしたプロレスリングアライヴ&メジャーズが、17周年の節目に入場無料大会を開催します。舞台は藤原秀旺のデビューの地。子どもがリングに立ち、大人が熱狂する一日を届けたい。インディーズから地域を盛り上げ、東北に再び熱を灯す挑戦です。あなたの支援が、花巻のリングを動かします。

現在の支援総額

984,000

140%

目標金額は700,000円

支援者数

120

募集終了まで残り

終了

このプロジェクトは、2026/03/13に募集を開始し、 120人の支援により 984,000円の資金を集め、 2026/04/30に募集を終了しました

東北でプロレスリングアライヴ&メジャーズの大会を入場無料で開催したい!

現在の支援総額

984,000

140%達成

終了

目標金額700,000

支援者数120

このプロジェクトは、2026/03/13に募集を開始し、 120人の支援により 984,000円の資金を集め、 2026/04/30に募集を終了しました

2009年に岩手県花巻市で旗揚げしたプロレスリングアライヴ&メジャーズが、17周年の節目に入場無料大会を開催します。舞台は藤原秀旺のデビューの地。子どもがリングに立ち、大人が熱狂する一日を届けたい。インディーズから地域を盛り上げ、東北に再び熱を灯す挑戦です。あなたの支援が、花巻のリングを動かします。

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 ※2005年3月当時の写真が見つからなかった為、藤原秀旺生家をごらんください。本編とら何ら関係ありません。ご了承ください。 皆様、おはようございます。本日、クラウドファンディング挑戦5日目を向かえました。本当に早くも65%達成で本人達もびっくりしています。これもひとえにご支援者皆様のおかげですありがとうございます。  ボクといえば、デビューしてから初の北海道ツアー、そして北海道デビュー戦は忘れもしない2005年3.11三石大会、対マーダラ戦。北海道のデビュー戦がいきなりSP人WFの怪奇派ということでめちゃくちゃ気合が入りましたが、何せ試合前に7箇所も保育園や福祉施設を訪問して歩いたから疲れてしまいわずか7分弱で負けてしまったよ。プロとしての体力不足を実感した試合でした。 ネイサン·ルーズ選手、B·ブラッド選手も参戦し強豪外国人来日みたく豪華なシリーズだよなと思った。アジアン·クーガーさんが連れてきた選手達でした。第二戦の標茶〜次の町、釧路に向かう際何処かのトンネルが大雪で立ち往生、釧路についたのは午前四時。確か銭湯で仮眠させてもらってすぐに会場に向かった?⋯。 ?⋯というのは、この文章を書いている途中で記憶が曖昧になりクレイン中條代表に電話したら昔話に華が咲き長電話。けどお互い20年以上前のことだから点と点を繋ぐような会話になった。 釧路そして最終戦は根室と、いま考えると長い巡業してるなーと呟いたのは中條さんでした。 当時ボクは花巻〜八戸〜苫小牧、車とフェリーの移動だったからもっともっと旅が長かったんですね。いまその移動できるかなと心配になります。


第0回とします。
2026/03/16 09:00

 おかげさまで、先ほどなんと公開日から早くも50%達成いたしました。 これもひとえに皆様方のおかげと感謝いたしております。そしてこの輪がどんどん広がっていっているというのを実感しています。 さて、ボクといえば⋯昔話に付き合っていただき、また第1回の続きをしたいと思っていましたが重要なことをお話しなければいけませんでした。 藤原秀旺はどうやってプロレスの門をノッキンしたのか?という肝心なことが抜けていましたのでこの回を第0回とさせていただきます。  2005年2月27日の花巻市大迫町での試合、これ実はなんと当時ボクが所属する北都プロレス本州初上陸大会として開催されたんです。 北都プロレスデビュー第一号レスラーはボクだったんですね。北都プロレスといえば、お馴染みクレイン中條代表。この方との出会いがなかったら藤原秀旺というプロレスラーはいなかったと思います。  記憶では2001年か2002年頃だったとおもいます。プロレスファンというかマニアだったボクはいろんな団体のグッズを収集していました。当時中條さんが所属していたアジアンスポーツプロモーションに問い合わせの電話をしたんです。 その電話に出たのがそう、中條さんでした。中條さんはサービス精神が旺盛な方なので突然電話したいちファンにもいろんなエピソードをお話していただました。岩手に住んでいるという話をしたら化粧品の仕事で東北はよく行くとのこと、タイミングを合わせて会おうということになりました。それからすぐに中條さんが寄せ書きのサイン色紙とポスターを送っていただきました。それは今だに部屋に飾っていますよ。 その数カ月後、たしか記憶でとなり町の石鳥谷町の道の駅で会い数時間お話したのを覚えています。それが中條さんとの出会いでした。 その後2003年末に突然、自宅に電話がありアジアンプロレスを退団するという連絡がきました。新団体を旗揚げしようと思ってるんだけど⋯その「新団体」というキーワードにワクワクしたのを覚えていますね。当時ボクは普通に社会人として働いていてアマチュアプロレスをやっていました。 このままアマチュアのままでプロレス終わっていくのは絶対後悔するなと日々強く思っていたので、その話を聞いてもらったと記憶しています。「新団体では練習生は募集していますか?プロレスラーとしてデビューしたいです。」その言葉に中條さんは「なら、フェリーで北海道来て、巡業参加できるなら、一度やってみたら?」その言葉に、ボクはプロレスラーになるぞ!と決意し、北都プロレスの練習生となったのです。つづくのかい?


 藤原秀旺の活動報告です。まずは昨日、ご支援いただいた皆様誠にありがとうございました。 ボクといえば昨日3月14日(土)に東京都江東区にある新木場ファーストリングにてインディー統一連合TTTに参戦してきました。試合は大したことはしていないので割愛させていただきます。自転車に乗って入場したのがピークでしたかね。 昨年より毎度緊急開催されている藤原秀旺日本全国握手会ツアー〜THE FINAL LEGEND〜LAST LIVE 秀章と、銘打ってるのに全く終わる気配が全くない。 この握手会をいろいろな地域でやりたいと思いませんか?支援者の皆さまいかがでしょうか? そして今日でクラウドファンディング二日目このクラウドファンディングのハガキサイズのフライヤーがタイミングよく試合前に手元に届いたのでいっぱい配りました。 今の段階で達成率40%です。これはやはりプロレスのちからもそうですが地域を活性化しようというそのことに賛同していただけてるのではないかと実感しています。 はやり、生まれ育った町が少しづつ寂しくなっていくのはつらいものです。 何かで地域に元気や勇気をもたらせたら、それがプロレスならこんな最高なことはないですね。 まだまだいきましょう。この輪を広げていけますよう。アライヴしようぜ!


 まずは、このクラウドファンディングプロジェクト「東北でプロレスリングアライヴ&メジャーズの大会を入場無料で開催したい!」が昨日、3月13日㈮8時から公開いたしましたが初日から早くも30人の方からご支援を賜り誠にありがとうございました。 支援の方には引き続き、所属選手の6.6花巻に対する思いやアライヴの歴史、エピソードなどをこちらの活動報告にて語っていきたいと思いますのでお楽しみください。 藤原秀旺いきなりですが2005年2月に戻ります。良かったら皆さまもご一緒に!皆さまは当時何をしていましたか?21年前です。こういう機会がないとゆっくり当時を振り返ることなんてないですからね。 あの日はとても寒い日だったのを覚えてて親父でもあるクレイン中條代表(北都プロレス)がわざわざ札幌から花巻までリングを運んでくれました。ボクといえばデビュー戦の相手で同い年ながら大先輩のYUJI KITO選手との闘い。内容は全く覚えていない。ドロップキックくらいはあたったんだと思います。  よーく考えてみたらあの大会には梅沢菊次郎選手、末吉利啓選手、木村太輔選手、ミスタータガミ選手も参加してくれていたから20年以上変わらずいまだやってるのも凄いよこれ。 それとこの写真を撮影したのは当時ファンだった渚大士リングアナウンサーだから…そういった意味でも約束の地であると確信しています。 当時は大迫町コミュニティセンター体育館という施設で、あっ思い出した。真冬の体育館で暖房設備が全く無い為、当日急遽ジェットヒーターを導入。デビュー戦のギャランティは灯油代に消えたというおはなしでした。つづく 


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