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さて、今日はよく尋ねられる「なぜそんなにスペルト推しなの?」という疑問にお応えすべく、スペルトとの出会いについて綴ってみようと思います。
出会いは1994年、フランスの田舎でのことです。当時、私はパリにあるOECD日本政府代表部に勤務しており、週末にドライブ旅行に出かけることがありました。その日訪れたのはブルゴーニュ地方のどこかだったと思いますが、30年以上前のことなので記憶は曖昧です。
中世の教会の前の道に近隣の農家の人たちが屋台を並べ、野菜やハーブ、自家製のハチミツ、ジャム、手編みのレースをあしらったラベンダーのサシェなどを売っていました。タルトやキッシュを並べた屋台に地元の人たちが集まり、あたりはとても賑やかでした。
その中で、茶色いパンを積み上げた屋台の前で足を止めると、周りで談笑していたおじさんやおばさんたちから口々に、「それは特別な小麦粉のパンだから、買った方がいい」と声がかかりました。
何がそんなに特別なのだろうと思っていると、売り子のおばさんがパンを一切れ切って渡してくれました。口に入れた瞬間、その香りと味わいに驚きました。うまく説明できないのですが、とにかく味が「濃い」のです。それで、小さめのカンパーニュをひとつ買って帰りました。
パリでは街角ごとにパン屋があり、私もパリの人たちを気取って、暮らしていたアパルトマンの向かいのパン屋で毎朝バゲットを買って食べていました。有名店のPoilâneのパンを食べる機会もありましたが、それでも、田舎で食べたあのパンの印象は別格でした。
名前を教えてもらったはずなのに、小麦粉の名前はすっかり忘れてしまいました。記憶に残ったのは、“la farine spéciale(特別な小麦粉)”という言葉と、「濃い」としか表現できない味わいだけでした。
帰国後は、忙しさの中で、そのパンのことを思い出すことも少なくなっていきました。
それから長い年月が過ぎ、2019年12月。私は母方の家業である食糧問屋の社長に就任しました。自社で扱っている商品が100種類以上あると知り、まずは主力商品の小麦粉の知識を仕入れなければ思い、製粉メーカーの商品案内に目を通していました。
そのとき、「スペルト小麦」という言葉が目に留まりました。
社員に聞いてみると、「価格が高すぎて注文が来ない」商品とのことです。興味が湧き、メーカーに問い合わせました。すると、すぐにサンプルと規格書を届けてくれました。担当者の話から、ドイツで無農薬で栽培されていることや収穫量が安定しないこと、コロナ禍でドイツからの輸送に影響が出ていることなどがわかりました。
その週末、当時暮らしていた京都の自宅へサンプルを持ち帰り、発酵させる手間のないソーダブレッドを焼いてみました。
オーブンを開けた瞬間、ふわっと立ちのぼった香りに、思わず「あれだ」と感じました。そして食べてみると、あのフランスの田舎で出会ったパンと同じ、「濃い」味わいがありました。
ホームベーカリーで食パンも焼いてみました。膨らみは良くなかったものの家中にとても良い香りが広がり、食パンとは思えない食感と風味に驚きました。
うどんやピザ生地作りにも挑戦しました。ところが、スペルトの特性を知らず普通のレシピで作ったため、うどんはすぐに切れ、ピザ生地は柔らかすぎて、オーブンに入れるまでが大騒ぎでした。
それでも、不思議と何を作っても美味しいのです。そして、たくさん食べなくても、どこか満ち足りた感じがありました。
いつの間にか私は、「あの“特別な小麦粉”は、スペルトだったのだ」と思うようになっていました。
これが、私とスペルトとの出会い、そして30年越しの再会の話です。
なぜ私がこの特別な小麦粉を広めたいと思うようになったのか、その経緯についても近いうちにお話ししたいと思います。
どうぞお楽しみに!



