『なぎのえき』癒しと郷愁の物語

孤独に戦い、感情を麻痺させている人へ。 「立派な大人」を演じ続けるのはもう終わりにしませんか。 そこは夕暮れの無人駅。佐賀県唐津市を舞台にした写真とオーディオドラマによる没入型アートです。都会のスピードに疲弊した大人が、いつでも日常から「途中下車」できる癒しのツールをお届けします。

現在の支援総額

38,000

1%

目標金額は2,500,000円

支援者数

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孤独に戦い、感情を麻痺させている人へ。 「立派な大人」を演じ続けるのはもう終わりにしませんか。 そこは夕暮れの無人駅。佐賀県唐津市を舞台にした写真とオーディオドラマによる没入型アートです。都会のスピードに疲弊した大人が、いつでも日常から「途中下車」できる癒しのツールをお届けします。

深く焙煎された豆が放つ、香ばしくも重たい苦味が鼻腔をくすぐる。

 黒く透き通った熱い液体をマグカップに注ぎ、ゆっくりと一口だけ喉に流し込む。

適度な酸味と静かな熱が、輪郭のぼやけた記憶の焦点を、少しだけシャープにしてくれる。

この物語の、ある決定的なページを書き進めることは、自分自身の古い傷口をもう一度、素手で開くような作業だった。ひどい痛みを伴う。けれど、そこを通過しなければ、僕はこの物語を語ることができない。それは前に進むための、どうしても必要な儀式だった。

「彼女が、亡くなった」 

その言葉を、僕はたったひとりで聞いた。

物語の中に登場するような、黙ってそばにいてくれる存在はいなかった。

アパートの小さな部屋で、電話越しのその響きを受け止めた瞬間、僕の身体からすべての力が抜け落ちた。自分がただの重たい「物体」になってしまったような感覚。そのまま床に倒れ込み、指先ひとつ動かすことができなかった。完全な虚無だった。

ようやく少しだけ身体の感覚を取り戻し、立ち上がったとき、窓の外には皮肉なほど見事な景色が広がっていた。夏が過ぎ、秋の気配が混じり始めたその日は、空が高く、やたらと天気が良かったのを覚えている。僕はただ、彼女がこの世界からいなくなったという事実だけを抱え、ただ時間をやり過ごしていた。

「卒業式には迎えに来て。それが再会だから」

 彼女と交わしたその約束を、僕は守ることができなかった。 今でも夢を見る。何度も。卒業式の日に僕が校門へ赴き、彼女がこちらへ向かって駆け寄ってくる光景だ。もちろん、ただの夢だ。目を覚ましたときの、あのシーツにべったりと張り付くような絶望感は、ひどく重たい。 ちなみに、作中に描いた白昼夢のような住宅街のシーンは、当時なにかを創り出したくて模索していた僕が、頭の中で組み立てた情景だ。それが、彼女の記憶と奇妙に混ざり合って定着している。

やがて故郷へ戻った僕を待っていたのは、無遠慮な知人たちがもたらす凡庸な結末だった。

 「お前が都会へ行っている間、彼女はあいつと付き合っていたよ」

 そんな乾いた噂話の数々。嫉妬は、もちろんあった。自分が都会の片隅ですり減っていた時間に、彼女の隣に誰かがいたという事実。やがて、それが複数の男たちであったこと、そして最後に、高校時代の先輩だった男の名前が出た。 彼とのドライブの途中、峠道で起きた事故。男は助かり、彼女は亡くなったのだという。

よく「彼には会いに行ったのか」と聞かれるが、会わなかった。いまだに会っていない。もう、すべては過去の出来事だ。 ただ、僕の日常はそれを境に完全に崩壊した。 何も考えたくなかった。ひとたび思考を動かせば、自分が生み出す嫉妬心や、彼女が事故の瞬間に感じたであろう痛みを、脳が勝手に鮮明に再現してしまう。それを強制終了させるためだけに、僕は無尽蔵に食べ物を口に詰め込み、アルコールで胃の腑を焼いた。身体が拒絶しても、ただ思考の電源を抜くために飲み続けた。 仕事は失い、部屋は悪臭を放つゴミ捨て場と化し、やがてそのアパートも追い出された。暗闇の底だった。

自分の輪郭を少しずつ取り戻せたのは、それからしばらく経ってからのことだ。 本当に偶然の産物だった。実家の前で、たまたま映画の撮影が行われていたのだ。窓からぼんやりと眺めていた僕に声がかかり、エキストラとしてその場に立つことになった。その時、現場の張り詰めた空気に触れた僕の中で、何かが微かに動いた。 僕は表現の道を学び始めた。それが、暗闇から抜け出す唯一のロープになった。

随分と長い時間が過ぎた。

 自分で会社を経営するようになり、慌ただしい日常を回していく中で、ふと立ち寄った古い駅舎があった。

木造の、ひなびたその空間に足を踏み入れた瞬間、初老と呼ばれる年齢に差し掛かっていた僕の時間は、一気に「あの頃」へと逆流した。

もう一度、彼女と再会しなければならない。 

その静かで切実な衝動が、『なぎのえき』というひとつのプロジェクトへと結実していった。

そこからは一気だったというのが、僕自身の偽らざる所見だ。

マグカップの中で少しだけ温度の落ちた、黒い液体を飲み干す。 カップの底に残ったわずかな粉の沈殿が、過ぎ去った時間のようにも見えた。


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