
クラウドファンディングの期間中、
「設定や裏話として、なぎの物語を少し書いてみませんか?」
という温かいお声がけをいただいたのが、すべての始まりでした。
ほんの軽い気持ちだったはずなのに、いざ筆を執ると、誰の予想も
――そして何より私自身の予想すら超えて、心の奥底に眠っていた「物語」がとめどなく溢れ出して止まらなくなってしまいました。そうして今は、小説版『なぎのえき』として日々言葉を紡ぎ、更新を続ける毎日を送っています。
画面に向かって文字を打ち込むたび、背中の痛みや胃の軋みといった生々しい身体の悲鳴を感じます。
けれど不思議なことに、その痛みと引き換えに得られるのは、置き去りにしてきた過去の自分をそっと抱きしめ、暗闇からすくい上げるような、静かで神聖な感覚なのです。
経営者として、終わりのない重圧と脳の疲労ですっかりすり減っていた私にとって、この『なぎのえき』を執筆するという行為は、思いがけず極上の癒やしとなり、乾ききった心に再び瑞々しい水を満たしてくれています。
この物語を別の形で立ち上がらせる「オーディオシアター」もまた、私にとって希望の結晶です。
選び抜かれた俳優の方々が吹き込んでくださる、決してAIには模倣しきれない微細な息遣いや、魂の震え。
そこに、現地で丁寧に録り集めたありのままの自然の音が優しく重なり合います。
それは単なる音声作品ではありません。
まるで心に染み入るヒーリングミュージックを作曲するように、セリフの一言、会話の絶妙な「間」や噛み合わせを、一音一音確かめながら編み上げています。
途方もない手間と時間をかけたこの作品は、極上のリラックスアイテムとして、私自身が誰よりも完成を心待ちにしている最高のリターンです。
ただ、クリエイターとしての私のこうした非効率的なまでの執着は、経営者としての私にとっては、最大の頭痛の種でもあります。
徹底的に「声」と「サウンド」にこだわり抜き、まるで映像作品において、大自然の中に何日も潜んでたった
「一瞬の奇跡」
を待つようなことを、息をするようにやってしまうからです。
当然、会社としてはいつもコストの壁にぶつかり、そのたびに深くため息をつくことになります。
それでも、この『なぎのえき』だけは、どうしても妥協できません。
以前のノートにも綴った通り、私にとってこの作品は、あまりにも激しく、切実な思い入れがあるからです。
「よくある、お手軽に泣けるコンテンツには絶対にしない」
そう心に誓い、すべてを投げ打つような覚悟でこの物語と向き合っています。
世間の波に乗って、もっと分かりやすく「泣ける」とか「エモい」ものに仕立てた方が、きっと賢くて器用なのでしょう。
でも、そんな浅はかな誤魔化しをすれば、きっと本物の「なぎ」に呆れられ、ひどく叱られてしまう。
彼女のあのまっすぐな瞳を裏切ることなど、私には到底できないのです。



