
カラン、と。古い喫茶店の鈍いドアベルが鳴って、二人が出てきた。
傾きかけた太陽が街をすっぽりと琥珀色に染め上げる、夏の終わりの夕暮れ。
店の外で待っていた僕は、手持ち無沙汰のあまり、軒先にぽつんと置かれた色褪せたガチャガチャを回していたところだった。
ガチャリ、と軽い音を立てて手のひらに転がり落ちたプラスチックのカプセル。
中に入っていたのは、子供騙しのチープな指輪だった。赤いプラスチックの宝石がついた、銀色のメッキ。
「あ」
店から出てきたなぎが、僕の手元を見て小さく声を上げた。
メロンソーダの甘い余韻を唇に残したままのような、無防備で柔らかい表情。
彼女の大きな瞳が、僕の指先で光る安っぽいオモチャに釘付けになっている。
そのあまりに真っ直ぐな視線に、僕は思わず苦笑して、カプセルから取り出したそれを軽く放った。
「やるよ」
「えっ、いいの?」
両手でしっかりとそれを受け取ったなぎの顔が、ぱっと花が咲いたように明るくなる。
その横で、栞の足がほんの一瞬だけ止まったのを、僕は気づかなかった。
ふいに突きつけられた無造作なやり取り。
栞の胸の奥で、小さな棘がチクリと刺さるような痛みが走った。けれど、それは本当に一瞬のことだった。
「わあ……」
なぎが、そのおもちゃの指輪を高く掲げたからだ。
西日が、赤いプラスチックの宝石を射抜く。
チープなはずのそれは、琥珀色の光を吸い込んで、まるで本物のルビーのように透き通った赤い光をなぎの頬に落とした。
「けっこうキレイ」
うっとりと目を細めるなぎ。
そのあまりにも無邪気で、純粋に喜ぶ横顔を見て、栞は小さく息を吐き出し、胸の奥の痛みをそっと心の底へ沈めた。
こんな風に笑う彼女の前で、暗い感情なんて抱いてはいけない。
栞は気を取り直すように、いつもの明るい声を作って空気を変えた。
「さ、遅くなっちゃう。行こう」
歩き出そうとする栞の腕に、なぎがふざけた調子で自分の腕を絡ませる。
指輪をはめた左手をひらひらとさせながら、なぎは悪戯っぽく笑った。
「どこへ? 教会?」
「は?」
「エスコートして、お母さん」
「お母さん言うな!」
栞の呆れたような、でも隠しきれない愛情が滲むツッコミに、なぎがケラケラと涙が出るほど笑い転げる。
僕もつられて笑い、三人の影が長く、長く、オレンジ色のアスファルトに伸びていった。
どこまでも透き通っていた、他愛のない会話。
夕日に溶けていくような、二人の眩しい笑顔。
ただのプラスチックの指輪が、永遠の輝きを持っていると錯覚できた時間。
——素晴らしかった。本当に、美しかったのだ、あの日は。
あのおもちゃの指輪が、やがて鋭利な刃となって彼女の心を縛り付け、僕たちを暗闇の底へと引きずり込む鎖になることなど、まだ誰も知らなかった。 ただ琥珀色の時間の中で、僕たちは無防備に、永遠を信じて笑い合っていた。



