■美しい南コーカサス地方 西アジアの北端、南コーカサス地方に位置するジョージア(旧グルジア)は、 北側にロシア、南側にトルコ、アルメニア、アゼルバイジャンと隣接しています。 古来より多くの民族が行きかう交通の要衝として、 多民族による支配にもさらされてきたましたが、 キリスト教の信仰を含む伝統文化を大切に守り通してきました。 「風の谷のナウシカ」の衣装デザインの元ともいわれる民族衣装も有名で、 古代語の一つとされる「グルジア語」では「サカルトヴェロ」が国名です。 ■天空の教会とワイン発祥の地 ジョージアには有数の世界遺産があり、 天空の教会などその風景の美しさと、ジョージアの人々の優しい人柄は多くの観光客を惹きつけている。 またワイン発祥の地としての歴史は古く、楊貴妃やクレオパトラやナポレオン、 英国首相チャーチルがこよなく愛したとされている。 そんなワインは、ジョージアの人々にとっては欠かせないものであり、 同時にワインに必要なブドウの生産はこの国を代表するものです。 ■葡萄そして聖人ニノそしてピロスマニ 作者の中来田氏と山下氏は、それぞれに独自の型絵ローケチ染作家として活動をしていますが、 絵画的な表現が得意な中来田氏と小紋調のデザインが得意な山下氏が力を合わせて、 今回は工房真朱としてKIMONOと帯の両方を製作することになりました。 ジョージアのモチーフは、この国の産業に欠かせないワインの「葡萄」、 そしてキリスト教をジョージアに伝えたとされる「聖人ニノ」、 さらにピカソに「彼にはかなわない」と言わしめた 天才画家「ピロスマニ」の有名な恋物語から連想し、 「百万本の薔薇」という歌から「薔薇の花」を取り入れました。 さらに、美しいコーカサス山脈と空に浮かぶ月を描くことに行きつきました。 帯には、ワインの甕のデザインを取り入れて、 その特徴的な形を巧みに小紋文様を構成しました。 ■丸いものは四角に彫る ローケチ型絵染は、彫刻刀を用いて型紙を彫るところが特徴ですが、 ロウを用いた防染の行うところから「丸いものは四角に彫れ」という格言が存在します。 このことは、一見不思議に感じますが、実際に型紙を用い、ロウ伏せを行って染色すると、 ロウと染料のせめぎあいによって角張った輪郭のほうがより丸く染めあがるといいます、 型絵ローケチ染ならではの経験値から生まれた技術です。 今回の作品には大きく分けて三つの型紙が用意され、 一つは背景に用いたコーカサス山脈と聖人ニノ、そして一つが葡萄、 最後が薔薇です。 これらを絵画を描くようなタッチで彫刻調で掘り出す中来田氏の才能は特筆すべきもので、その結果筆致では得られない柔らかいラインが生まれています。 また、小紋調を得意とする山下氏が掘り出したワインの甕の文様は、 愛らしくキャッチーな存在として帯にアクセントをつけています。 ■二人で、一人 中来田氏と山下氏はとても明るい性格の持ち主で、常に二人そろって工房で仕事をしています。 一言でいうならお喋りな二人は、お互いの才能を讃えつつ、 またお互いの作品を批評しあう双子の様な存在です。 そんな、お互いを認め合う二人だからこそ、中来田氏を中心としたKIMONOにも、 山下氏の細かい型紙が聖人ニノのフードの中を飾り、 山下氏を中心とした帯の中にも、中来田氏の葡萄の文様を取り入れ、 まさに工房としてのトータルな作品に仕上がっています。 型絵ローケチ染ならではの染め上がりの美しさに、 またその独創的な構図にKIMONOの新しい表現を感じるとれる作品です。
■処女作に懸ける意気込み 眞鍋氏は、現在の染色家の中でも群を抜いて若い才能の一人。 これからのKIMONOの未来を嘱望されている作家です。 今回の作品が彼女にとって振袖の処女作であること、 また描く国が大国イギリスであることから、 その創作に懸ける意欲は並々ならぬものがありました。 人物のデザインを得意とするところ、 ストーリー性とコンテンポラリーな感性で作品づくりに 励む才能をいかして、女性ならではの作品に取り組みました。 ■イングリッシュガーデン デザインの主軸になるのは園芸大国イギリスのイングリッシュガーデンです。 振袖全体を囲むように配置した様々な種類の薔薇と蔓がそのイメージを表しています。 薔薇は、八重の大振りで華やかなものを中心にして、 合間に清楚な雰囲気のワイルドローズを忍ばせています。 薔薇の配色は、白×ピンクのボカシ、白×ライムグリーン、 黄色、数種類のピンクなどで彩色され、眞鍋氏ならではの彩色のセンスが輝いています。 ■ユニオンジャック イギリスの国旗は「ユニオンジャック」とよばれ、 1801年に制定され世界中で親しまれています。 そこでデザインのもう一つの主軸をユニオンジャックに求めました。 肩から下前に向けて、横のラインは、 ユニオンジャックのエンジですっきり染め、 斜めの線はラインに沿って様々な装飾と、 ウィリアムモリスのパターンに燃したボタニカルなパターンを配置、 配色もややアンティークを意識して抑えたことで、 写実的な薔薇と互いに引き立てあうように工夫されています。 ■イギリス文学からインスパイアされたモチーフ 眞鍋氏の創作の特徴は、視覚的モチーフではなく、 文学や音楽からインスパイアされるところにあります。 このイギリスのKIMONOでは、その才能が如何なく発揮されています。 モチーフを紹介すると、テムズ川、ロンドンの夜景にシャーロックホームズと助手のワトソン君、 そのパイプの煙はその隣に配置されたサロメにリンクしています。 その下には007ジェームスボンドと妖艶なボンドガール、 愛車のアストンマーチンもシルエット状に描かれています。 その下にはシェイクスピアの名作、真夏の夜の夢のティターニアにオペロン、 いたずら好きの妖精パックが同作者の悲劇の主人公オフィーリアとハムレットを眺めています。 そしてその下には、不思議の国のアリスとトランプの兵隊。 良く見るとトランプ兵は、薔薇の花をこっそりとペイントしています。 これだけのモチーフが右肩から上前へと流れるように配置され、 秀逸なイギリス文学を見事に美しく表現しています。 ■帯 製作者 紫紘株式会社(西陣手織引箔錦) 技法 手織引箔錦 ■西陣のレジェンドの系譜 紫紘さんは、西陣のレジェンド「山口伊太郎氏」の機を受け継ぐ。 山口伊太郎氏は、生涯をかけて源氏物語絵巻を織り上げ、 100歳を超えても織物業の発展に尽くされた偉人です。 弟の安次郎氏と二人あわせて「200歳」の記念展は、織物芸術の粋を極めたものでした。 その伊太郎氏の孫にあたり紫紘織物の未来を担う、 野中淳史さんがイギリスの帯の製作を引き受けてくださいました。 彼は、きものアルチザン京都のメンバーとしても活躍中で、 自らも機を織る技術を習得している姿勢も頼もしいです。 ■若い感性が挑む格式高い英国 イギリスのKIMONOの製作も若い女流作家であることから、 帯のデザインも過去の伝統にこだわらず、自由な発想をお願いしました。 彼の中にも「007ジェームスボンド」というキーワードが気になりました。 そこで、ブリティッシュカラーである「青・白・赤」を基調にして、 映画007でおなじみの登場シーンに使われる「スナイパースコープ」をモチーフに取り上げました。 そして、連合王国を構成する「イングランド」「ウェールズ」「スコットランド」「北アイルランド」の 「国花」をその中心に据えるデザイン案が完成しました。 ■斬新な意匠と高度な技術の融合 紫紘さんの素晴らしいところは、西陣織の高度な技法をほとんど利用できる技術力の高さです。 本織工場を見学した際にも、経糸の装置の工夫や、緯糸の入れ方の工夫など、 織物を極めた織元の片鱗を見たが、そこに新しい意匠が加わることで、これまでになかった作品へと昇華していきました。 また、織り方の研究も深く行い、試織の段階で、引箔の材料をプラチナや銀など数種類試し、 また、唐織の部分もいくつものパターンによって織られました。 その結果、経糸にも金属糸を用い、ラッパ水仙やクローバーには風通織の技法まで用いて、 リアルな質感とデザイン化された文様が混然一体となった作品が完成しました。 ■半世紀以上の熟練による織 今回の帯を織って下さったのは、この道半世紀以上の熟練の織り手です。 複雑なスナイパースコープの文様も糸止めを意識して、薄手で軽く締めやすく織られています。 これは、表面からは到底理解できない見えない工夫と技術であり、 これこそ西陣手織が世界最高と言われる所以です。
■同胞へのオマージュ 明治維新の時代に日本が最も輸出していたもの、それは「生糸」です。 今年、富岡製紙工場が世界遺産に認定され、当時の歴史に注目が集まっています。 群馬県や福島県、岩手県を中心に全国で養蚕業が盛んに奨励され、当時の外貨獲得に大きく貢献しました。 日本は「絹」で近代国家として発展してきました。 時を同じくして、多くの日本人が夢を抱いて遠い異国の地へと向かいました。 ブラジルへの移民です。 彼らは大地を切り開き、多くの苦労の末にコーヒーの栽培や香辛料の栽培、 そして養蚕にも力を入れていきました。 現在でも日系人が世界一多く暮らすブラジル。 現在、日本国内での絹の生産はわずか2~3%。 ほとんどを中国からの輸入に頼っている中で、高級な着物の生地に使用されているのが「ブラタク」と呼ばれる「ブラジル産の絹」です。 今回、南北アメリカ大陸から、前オリンピック開催地としてだけでなく、多くの同胞が暮らす国としてブラジルを製作することにしました。 ■広大なブラジルの自然 今回のブラジルの製作は、京友禅の老舗「千總」によって行われました。 千總は、ブラジルの靴メーカーともコラボレーションを果たした実績があり、グローバルな視点からのものづくり に対する実績も十分です。 前述のことを踏まえ、生地には「ブラタク」を使い、デザインの試行錯誤が始まりました。 テーマは「ブラジルの自然」です。 一口にブラジルの自然といっても、海岸からアマゾンのジャングル、高地や滝など数えきれないほどの名勝がブラジル全体に存在します。 そこで、デザインの基本を日本の古典に求めました。 それが「花丸」。 四季の花をリース状にデザインして大きく配置する「花丸」は、小袖に多く見られる代表的な古典文様です。 さらに日本の着物に描かれている空想の鳥「鳳凰」は権威と品位の象徴です。 その二つをあわせて「花丸に鳳凰」という品格と優雅さを併せ持つ日本の文様から、ブラジルの自然を観ることにしました。 ■陽気なブラジルの人々を想う ブラジルの人々のイメージは「陽気でお喋り」「明るくて元気」。 KIMONOのデザインもリズム(律)を大切にするところがあり、 この要素を合わせてブラジルの自然を装飾することで趣のあるデザインが見えてきました。 ブーゲンビリアやコーヒーの花などを花丸で描き、国鳥のインコを鳳凰のように大胆に描き、リオのカーニバルをイメージした大きな羽をリズミカルに配置し、ブラジルの人へのメッセージをあえてアルファベットで描きます。 サンバのリズムが聞こえてくるようなKIMONOが見えてきました。 さらに、ボタニカルなイメージをエッセンスに加えようということで、アマゾンに咲く花をシルエットにして、アマゾン川の広大な水のイメー ジのブルーで描きました。 こうして、ブラジルのKIMONOは創作されていきました。 ■初めての仕事の困難 下絵から糸目へと進んでいく工程で、大きな問題になったのが、「鳥の目」。 鷹も鷲も鶴も描けるが、インコの「目」が難しい。これが下絵の職人さんの率直な感想でした。 また、大きな羽の大きさと配置は全体のイメージに大きく影響を与えるために、何度も書き直しが行われ、次第にリズム感のあるデザ インに到達しました。 それでも、ブルーのシルエットの濃淡の強弱、羽を描くときの細かいぼかしの設定など過去に経験のない作品だからこその試練が、それぞれの工程における職人さんに圧し掛かり、製作の日程は大幅にずれ込むこととなりました。 しかしここからが、千總さんの本領発揮になります。 ■挑戦することは攻めること 京友禅の最高峰「千總」の歴史は、まさに革新の歴史。作品に勢いをつけるのはプロデューサーの毅然とした指示です。 今回の製作でも、無難にしてしまいがちな色挿しの強弱のつけ方を、適宜明確な指示によって方向性を当初のイメージに近づけ、ビビッドなコントラストを作品に印象付けました。 また、金彩や刺繍も狙いをしっかりと定めて、必要十分な仕事をおこないました。 その結果、日本の伝統文様をふまえつつ、ラテン系の色彩美と感性にあふれる見事な作品が生まれました。 ここに、陽気で明るいブラジルのKIMONOが完成しました。 ■帯 製作者 龍村美術織物(宮内庁御用達) 技法 手織本袋引箔錦 「聖堂光彩錦」 ブラジル建国以来の夢であった首都「ブラジリア」は、 ブラジル人の天才建築家オスカー・ニーマイヤーの手のよって設計され、 1987年に街全体が世界遺産に登録されています。 その中でも、ひときわ際立つ存在感を示すのが「ブラジリア大聖堂」。 建物内のステンドグラスはマリアンネ・ペレッチのデザインで緑・青・トルコブルーの美しい色彩が 雲のように描かれています。 この二人の巨匠の傑作を、 下から見上げた時に重なり合うように一つの文様として取材しました。 地組織は、当初白地を採用していましたが、 龍村平藏氏自らの指導で銀の砂子に変更され、 一層重みのある地組織へと変化し、色彩の重なるボカシの部分も、 何度もの試し織りの末に満足のいく文様に織りあがりました。 更に、銀の箔と金糸を交互に織り上げながら、 金糸の織り入れる間隔を徐々に変化させることで、 金色から銀色へのグラデーションを創意し、 光の当たる角度や見る角度によって輝きが変化する工夫も実に見事です。 織上がりを見ると「人工的」というよりも「自然を超越したフォルム」が感じ取れ、 ブラジルの誇りであるオスカー・ニーマイヤー氏の意匠も十分に生かされた見事な作品に仕上がりました。 初代平藏氏から脈々と受け継がれる「世界の美」「新たな美」へ挑戦する姿勢と実績が、 この作品の背景にあることは言うまでもありません。 京友禅の千總によってブラジルの自然を映したKIMONOとのコーディネートは、 「自然と人類の共生」というテーマのもと圧巻の出来栄えといえます。 ブラジルの皆様にもきっと喜ばれると確信しています。
■ルネッサンスにイタリアを見る 古代ローマ時代からヨーロッパの中心的な存在であるイタリア。 イタリアのKIMONOを創作するにあたり、 製作を任された京都の工芸染匠成謙さんと、協議の末にたどり着いたテーマが 「ルネッサンス」です。 レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなどの天才が活躍した時代には、 数多くの名画や彫刻、そして建築がイタリアを飾りました。 中世のヨーロッパの中でもひときわ輝くこの時代に注目し、 モチーフを探しました。 ■教会建築のアーチを中心に構成するデザイン キリスト教の中心地として、美しい教会や大聖堂が数多く存在する中で、 KIMONOのデザインのモチーフとしたのが「アーチ」です。 一口にアーチといっても、その形状や装飾、などの建築様式はそれぞれの教会で異なります。 数多くの資料を研究した結果、一つ一つの柱を究極の美意識で細部まで装飾した美意識にイタリア美術の粋を見ることができました。 また、アーチをデザインの中心に置くことで、 それぞれ様式美の違う教会の内装やステンドグラスなどの文様が見事に調和し、 KIMONOの場面転換をより立体的に感じさせる素晴らしい効果が発揮されました。 こうしてデザインの骨格が試行錯誤の上出来上がりました。 ■生涯最高の作品を目指して 文化大国イタリアのKIMONOには、 下絵の段階から通常では考えられないほどの手間をかけて精緻なデザインが書き込まれています。 下絵を担当した木元氏曰く「ここまで書き込んだ着物を製作することは生涯初めてです」。 この言葉に、製作を担当する職人集団の並々ならぬ意欲を感じます。 アマルフィ大聖堂、ヴェニスのサンマルコ寺院、バレッタの聖ヨハネ准司教座聖堂、 世界遺産の一つシエナ大聖堂、オルビエート大聖堂、 ダ・ヴィンチの最後の晩餐があるミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会、 モンレアーレ大聖堂などから取材したアーチや天井などの装飾文様が、 信じられないほど精緻なデザインとなって生地に描かれました。 この下絵の完成により、この後の工程を引き継ぐ職人たちもまた生涯最高の作品づくりを約束せざるを得なくなりました。 ■この道半世紀の職人が挑む新境地 複雑で精緻な下絵に、糸目を引くのは、この道40年以上のベテラン糸目糊置師、 島本玲子さんです。下絵を見た途端、苦笑いが出る。 「こんなん、なんぼ時間がかかるか、わからんわ」 「それに、下絵の勢いを失わんように糸目せんとあかんな」。そういって、 これまで培った糊置きの技術をすべて注ぎ込んで糸目を置いてくださいました。 島本さんの糸目糊の線は、染め上がった時には白く残ります。それはつまり、 木元さんの下絵が最後に消えてなくなることを意味します。 これが友禅染めの宿命であり、儚さでもります。 そして、彩色(色付け)の工程は、 この道50年以上の大ベテランの萩森さんが自宅で行います。 成謙の渡辺社長から概ね指示された色の配色見本を基に、 沢山の絵具皿に色を作り、複雑なデザインの中に友禅を行っていきます。 イタリアンカラーを大切にしながらも、筆の大きさやタッチを変えながら、 一か所一か所丁寧に色付けをしていきます。 さらには得意のボカシの技術を生かして、遠近感のある模様に仕上げていきます。 特に、フィレンツェ、ヴェニス、ダ・ヴィンチ村、 アマルフィの風景、バレッタ海岸などの風景には、 実際の建築物とは違う色のトーンや鮮やかなブルーを用い、 遠近感のある染め上がりに注力しました。 ■ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ この作品には、私たちのユーモアも取り入れている。 例えば、フィレンツェの空を飛ぶダ・ヴィンチのヘリコプターと、ミケランジェロのダビデ像です。イタリア・ルネッサンス期の二人の天才を、一つは彼の夢を乗せて空を飛ぶ様子として、 もう一つは表からは見えない袖の振りの部分に存在感ある立像として、敬意を表して描きました。 ■帯 製作者 龍村美術織物(宮内庁御用達) 技法 手織本袋引箔錦「イタリア煌華錦」 ■文化大国ゆえの難題 イタリアの帯の製作は、宮内庁御用達の京都の織元「龍村美術織物」に依頼しました。 これまで西陣の帯にイタリアに関するデザインをすでに数多く取り入れていることや、 ヨーロッパにおいて文化交流が古くから行われてきたことなどの理由により、イタリア独自の文様を新しく考案することは非常に難しい命題でした。 数多くの試案が検討されましたが、どれも秀逸とまではいかず議論は混迷を極め、 また、今後、数多く製作されるであろう他のヨーロッパ諸国との明確な区別に対する配慮も製作の糸口を一層見えにくくしていました。 ■近代イタリアの輝き そんな時に、ふっと出てきたアイデアが「イタリア車」でした。ファッションもそうだが、イタリア人はセンスにこだわります。 イタリア車も、そのデザインの美しさと格好良さは、世界中の人を昔も今も魅了しています。 フェラーリ、ランボルギーニ、マセラッティ、ランチャ、フィアット・・数えればきりがありません。 当初は、エンブレムなども研究しましたが、チーフデザイナーから出てきたアイデアに驚愕しました。 それが、「ヘッドライト」。しかも、それらをクリスタルのようにあしらい、 日本古典文様の「華文」を構成するといものでした。 イタリアのKIMONOは中世のルネッサンスをテーマにしていることから、近代イタリア産業の代表と言える車をモチーフにすることは最高のアイデアだと確信し、デザインが決定しました。 ■試行錯誤の果てに見つけた輝ける未来 帯の地色には、イタリアンレッドを採用しました。経糸や緯糸を複数の赤の糸で試織し、さらに輝く金属糸を織り交ぜてメタリックなボディカラーを再現しました。 ここからさらに研究を重ね、箔と糸、さらに金糸を組み合わせました。数回にわたる試織によって研鑽した結果、 輝きと彩を兼ね備え、さらに金糸の効果によって光が後ろから差すような意匠の帯が完成しました。 この帯には「輝けるイタリアの未来」を希望する製作者の意図が込められており、駐日イタリア大使閣下や、 ミラノ国際博覧会(2015年)のレセプション会場などでイタリアの人々から大きな注目と喝采を浴びました。 日本を代表する「龍村織」のグローバルなセンスが輝く作品です。
■加賀百万石の歴史と伝統、加賀友禅 石川県金沢市は前田藩加賀百万石の中心都市として江戸時代から独自の文化を醸成した由緒ある地。 その大きな背景のもとに独自の進化を遂げたのが加賀友禅です。 明治に生まれ大正・昭和と活躍した人間国宝木村雨山をはじめとして、数多くの作家が自然を写し、 加賀五彩の彩を用いて手描き友禅を中心とした着物の名作を生んできました。 ■現代の加賀友禅をリードする巨匠 現代加賀友禅作家を代表する中町博志氏は、本プロジェクトに心から賛同され、 加賀友禅界からのトップバッターを引き受けてくださいました。 中町氏は工芸会のみならず日展にも10年連続で入選をするという、 芸術家としても実績を誇る重鎮です。 その独特の作風は「自分の目で見、感じたもの以外は描かない、 嘘は描けない」という強いポリシーのもとに製作されています。 今回、フィリピンの製作にあたってもご子息やお弟子さんと共に、 フィリピンに渡航され現地でモチーフを観察されるこだわりようでした。 ■椰子の林を抜ける風の音を描く 中町先生がフィリピンで感じたものは「風の音」だった。 フィリピンの人々にとって古来より生活に欠かせない椰子。 建物の材になり、水分と栄養を与え、命を支えるもの。 そしてたくましい生命の力溢れる植生。 そんな、椰子の林を見上げて太陽の光が差し込むときの色、 風が椰子林を通り抜けるときに醸し出す音、それがKIMONOのモチーフとなりました。 ■常人では不可能な複雑な下絵 椰子の葉が描く複雑な曲線の美、また葉と葉が重なりながらみえる様子、 椰子の実から芽がたくましく出るときの様子、 そして国の花である「アラビアジャスミン」、どこまでも続く青い海、 そのすべてが一枚のKIMONOにデザインされた。 下絵の段階で流石の中町先生も色分けを行わないといけないほどの複雑なデザイン。 そして少しずつ角度や大きさを変えていく椰子の葉を中心として奇跡の様な下絵が完成しました。 ■頭の中に完成している奇跡の彩色美 この下絵を基に、金沢で最高の糊置き師が糸目を置いていくとき、 そのあまりに膨大な糸目の量に、糊が足りなくなるという事態も発生しました。 糸目職人にとっても未体験のゾーンであったことになります。 その後、中町氏は、複雑で重なり合う糸目の中に、頭の中で配色を完成させ、染料を調合し、 細かい筆遣いで友禅を施していきました。 出来上がりのKIMONOをよく見ると、 濃い色から薄い色まで数多くの色が一枚のKIMONOに使われているにも関わらず、 美しくバランスの取れた作品に仕上がっています。 このような仕事を天才と呼ばずして他に言葉が見つかりません。 本作品は、(株)生活科学研究会様のスポンサーによって製作されました。 (株)生活科学研究会様は、自然で体に優しいココナッツオイルを製造・輸入・販売されているが、 現地の皆さんとの交流にも役立てていただくことになっています。 きっと、現地の皆さんにも、中町氏が聞いた、椰子の林の音が聞こえると確信しています。 ■帯 製作者 筑前織物(福絖織物) 技法 手織博多織 「光と生命」 ■これまでにない挑戦 博多織求評会で、10年連続で内閣総理大臣賞を受賞する織元が筑前織物(福絖織物)。 まさに博多織を代表する織元です。フィリピンの帯を製作するに当たり、博多織本来の平織を用い、これまでにない織物の創作へ挑戦することになりました。博多織は西陣織以上に歴史が古く、 中国から伝わった経糸を動かす織り方を今も継承しています。 その代表的な文様が博多献上柄です。 また、江戸時代に歌舞伎役者市川団十郎が、舞台上で締めやすさをPRして以来、 実用的な帯として進化し、現在に至っています。 であるが故に、これまでの既成概念を打ち破るには、大いなる決意と覚悟を要しました。 ■現地で見た風景と生活の景色 意匠の伝統工芸士、上石氏は、現地を訪ね取材を行いました。 そこで感じたのは、これまでになかった椰子の見え方です。 大きな葉を二つに裁断した時に見えた文様、建物の屋根の裏側に見えた、 組んだ椰子の文様、そしてさらに夕暮れに向けて刻々と変わる日差しの色。 このような印象深い経験を通して、デザインの骨格が決まって行きました。 その後、上石氏はデザインのスケッチを繰り返し行い、その方向性を纏めて行きました。 そしてたどり着いたのが、椰子の二つの文様を繋ぐこと、 そして、ジャスミンの花に太陽の光を写して時間の経過をデザインすることでした。 ■新たな織装置の開発と新境地 通常の倍以上の経糸を、柄を作る糸として用い、その経糸の上げ下げも通常の4倍の緻密さで行っています。 このことによって博多織の弱点ともいえるボリューム感のなさを克服し、 さらには、ビビッドな彩色も用いることで、振袖に対応した華やかさを演出しています。 そして、博多献上の縦にシャープなデザインをもちつつも、 斬新でこれまでに製作されなかった新しい博多織の新境地を開いています。 ■裏地へのこだわり 献上の締めやすい平織組織を活かしながら、椰子とジャスミンの花が献上柄として織り込まれ、 単に表地だけでなく裏地にまで手織の技法を用いるところに製作者の並々ならぬ情熱を感じます。 最後に、ジャスミンの花を織り上げている部分には、 よく見るとフィリピン国旗の白、赤、青の経糸が秘かに使われています。 ここに、作者のフィリピンへの深い愛情と敬意を感じます。