「もやい展2021東京」応援メッセージ。第三回は南相馬市の詩人/若松丈太郎さんから「福島事故10年に思うこと」と題したメッセージをいただきました。=========================== わたしは、核エネルギーを悪用し軍事に用いて人命を奪い生活環境を破壊したケース=広島・長崎への核爆弾の投下などと、核エネルギーを誤用して発電に用いた結果として人命を奪い生活環境を破壊したケース=福島の〈原発事故〉などとを併せて〈核災〉と総称している。 核災による直接的な被災者以外のほとんどの人びとは、福島核災はすでに終熄したと認識しているようだが、それはその人びとの第三者的な立ち位置からの誤った認識だ。 帰還をあきらめている避難者が多い。 かつてチェルノブイリを訪問した体験と重ねあわせ、比較し、高温多湿のこの国の風土の影響があってのことであろうが、福島の避難区域の荒廃ぶりがより深刻に進行していると感じとっている。 万年単位での管理が求められる〈核〉をわずか百年も生存できない〈ひと〉が取り扱い、結果として〈核災〉を発生させたことは不遜な行為だと断ずるしかない。〈核〉は〈ひと〉が取り扱うべきものではないと認識すべきだ。 若松丈太郎===========================溜まった澱を吐き出すかのような黒い津波そしてもろくも崩れ去る白亜の原発大震災と原発事故の醜景に我々は言葉をなくした。そして聞こえてくるのは、この日本語の相手を配慮する優しさからくる曖昧さを逆手にとって煙に巻くような偽りの言葉。偽りの言葉が跋扈し世に伝播していったこの10年。私たちは言葉を二度も失ったのか?「わが大地よ、ああ」(土曜美術社出版販売 2014.12)そんな時に原発被災地の南相馬市に一人の詩人がいることを知った。高校で国語教師として教鞭を振るうかたわら、詩人として活動され、埴谷島尾記念文学資料館の調査員として地元に関係が深い文人の埴谷雄高、島尾敏雄を世に知らしめた。福島事故が起こるはるか前にチェルノブイリに視察に行き、「神隠しされた街」プリピアチ市の廃墟群に、わが町の未来の姿を重ね合わせ、詩作を通じて警鐘を鳴らされてきた。若松氏の紡がれる言葉の集合体に、まぎれもないリアリティと、予言ともとれる暗示性を感じた。僕はカメラで実像を押さえるよりもまず、福島にまつわる様々な言葉を拾い集めた。氏とは震災からしばらくして私が手紙を添えてチェルノブイリの写真集を送るところから、お互い新しい著作を送り合う奇妙な「文通」が続いていた。震災後、6年経った2017年秋にようやく南相馬のご自宅を訪問する機会が叶った。「ひとのあかし」(清流出版 2012.1)アーサー・ビナードさんとの共著それがご縁で2019年の金沢もやい展では「言葉の展示」コーナーを設け、若松氏の作品が核になっている詩歌動画作品「コンセントの向こう側」を制作。福島にまつわる詩人、歌人に作品提供を依頼し、そして作品朗読は同じく福島の劇団員やDJにお願いした。また、パノラマ写真に氏の詩作を組み合わせた平面作品も展示させていただいた。言葉、、それは「まこと」であればあるほど、すぐ失われるものだと悟ったこの10年。若松氏の言葉の核心に迫ってゆく詩作活動は、原発事故を記録するとともに、私たちの心に今も問いを投げかけてくれている。 (中筋)「神隠しされた街」 若松丈太郎四万五千の人びとが二時間のあいだに消えたサッカーゲームが終わって競技場から立ち去ったのではない人びとの暮らしがひとつの都市からそっくり消えたのだラジオで避難警報があって「三日分の食料を準備してください」多くの人は三日たてば帰れると思ってちいさな手提げ袋をもってなかには仔猫だけをだいた老婆も入院加療中の病人も千百台のバスに乗って四万五千の人びとが二時間のあいだに消えた鬼ごっこする子どもたちの歓声が隣人との垣根ごしのあいさつが郵便配達夫の自転車のベル音がボルシチを煮るにおいが家々の窓の夜のあかりが人びとの暮らしが地図のうえからプリピャチ市が消えたチェルノブイリ事故発生四〇時間後のことである千百台のバスに乗ってプリピャチ市民が二時間のあいだにちりぢりに近隣三村をあわせて四万九千人が消えた四万九千人といえば私の住む原町市の人口にひとしいさらに原子力発電所中心半径三〇㎞ゾーンは危険地帯とされ十一日目の五月六日から三日のあいだに九万二千人があわせて約十五万人人びとは一〇〇㎞や一五〇㎞先の農村にちりぢりに消えた半径三〇㎞ゾーンといえば東京電力福島原子力発電所を中心に据えると双葉町 大熊町 富岡町楢葉町 浪江町 広野町川内村 都路村 葛尾村小高町 いわき市北部そして私の住む原町市がふくまれるこちらもあわせて約十五万人私たちが消えるべき先はどこか私たちはどこに姿を消せばいいのか事故六年のちに避難命令が出た村さえもある事故八年のちの旧プリピャチ市に私たちは入った亀裂がはいったペーヴメントの亀裂をひろげて雑草がたけだけしいツバメが飛んでいるハトが胸をふくらませているチョウが草花に羽をやすめているハエがおちつきなく動いている蚊柱が回転している街路樹の葉が風に身をゆだねているそれなのに人声のしない都市人の歩いていない都市四万五千の人びとがかくれんぼしている都市鬼の私は捜しまわる幼稚園のホールに投げ捨てられた玩具台所のこんろにかけられたシチュー鍋オフィスの机上のひろげたままの書類ついさっきまで人がいた気配はどこにもあるのに日がもう暮れる鬼の私はとほうに暮れる友だちがみんな神隠しにあってしまって私は広場にひとり立ちつくすデパートもホテルも文化会館も学校も集合住宅も崩れはじめているすべてはほろびへと向かう人びとのいのちと人びとがつくった都市とほろびをきそいあうストロンチウム九〇 半減期 二七・七年セシウム一三七 半減期 三〇年プルトニウム二三九 半減期二四四〇〇年セシウムの放射線量が八分の一に減るまでに九〇年致死量八倍のセシウムは九〇年後も生きものを殺しつづける人は百年後のことに自分の手を下せないということであれば人がプルトニウムを扱うのは不遜というべきか捨てられた幼稚園の広場を歩く雑草に踏み入れる雑草に付着していた核種が舞いあがったにちがいない肺は核種のまじった空気をとりこんだにちがいない神隠しの街は地上にいっそうふえるにちがいない私たちの神隠しはきょうかもしれないうしろで子どもの声がした気がするふりむいてもだれもいないなにかが背筋をぞくっと襲う広場にひとり立ちつくすphotos/中筋純



