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このプロジェクトは、2021/04/05に募集を開始し、 4人の支援により 18,000円の資金を集め、 2021/06/04に募集を終了しました

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このプロジェクトは、2021/04/05に募集を開始し、 4人の支援により 18,000円の資金を集め、 2021/06/04に募集を終了しました

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 僕のプロジェクトは明日の23時59分で終了です。 立ち上げたのは4月5日。以降お付き合い下さいましてありがとうございます。 今日のこのページで活動報告を終えます。 長きに渡り新聞小説をまねて抜粋を掲載しました。 楽しめましたでしょうか?   ďź–ćœˆ3日の早朝に明らかになった6月2日分までの僕のサイトへの訪問者は延べ7674人でした。4月5日からの59日間の平均は一日約130人。この訪問者の数に支えられてプロジェクトの終了まで辿り着けました。日々変わる抜粋の稿を読んで頂いた方は延べ人数の二割か三割かな~と捉えています。二割と仮定してもおよそ1500人の方々に関心を持ってもらえたと思うと感無量です。 これからの小説書きの大きな励みになります。 日々100人を行ったり来たりしていた訪問者が『未来探検隊』の七人の侍の残りの五つの評論と「美子の宿題ふたつ①②」をアップすると急激に訪問者が増えました。6月3日(6月2日分)の訪問者が何と574人でした。 これには驚きました。受け入れられないと思っていた小説内評論が何かしら支持されたような嬉しさが込み上げてきました。 ありがとうございました。 応援してくれた方々にはこのプロジェクトが終了次第に作品をPDFに加工して添付メールで送ります。そして僕からの近況報告(一ケ月に一度ほどのニュースレター)を送らせてもらいます。不要と言われなければ良いのですが…。 僕にはこの近況報告から必ず何かが生まれるとの予感が在ります。末永いお付き合いをさせて頂けるなら幸甚です。 早速ですが近況報告です。 今は第五作目に取り組んでいます。『何のために働くの』(仮題)を書いています。今年に入ってから構想を練り始め、試行錯誤しつつ、ようやく土台と骨組みが見えてきました。土台は「富なき資本主義の時代」。骨組みは物語を通して主人公の朝陽みらい(大学四年生)をどう描くのか。朝陽みらいは何を見つめているのか…になります。 今年中に完成させたいと気合を入れています。 完成した時には、未だ、見ぬ方と、またお逢いできます。 ひと先ず、これで、しばしのお別れです。                         高橋龍(ロン)より


      「日本の国債が破綻しない訳」              二〇二二年四月二〇日(月)午前一〇時。 この日は新年度を迎えた財務省の総額一〇兆円の国債入札日(一〇年債)。年度始めは入札を求める総額が多い。霞が関に建つ財務省ビルの五階の会場は何時のも準備を終え静かだった。毎回の入札では定刻の一〇分前に各金融の担当者が首からアイデンティティカードを下げ姿を見せる。それを木槌を前にした財務省の進行役と担当者が待つ。会場の壁時計が九時五〇分を示した。 今日は出足が遅いようだ。まだ誰も会場に入って来ない。 一〇時になった。入場者は一人も居ない。財務省の職員がざわついた。進行役は開始の合図を打つ木槌を前に手持ち無沙汰。定刻になっても入札者が一人も現れない事態は過去に一度もなかった。 一〇分が過ぎた。結局一人も来場しなかった。 一〇時二〇分。来場者無し。 進行役が「本日の入札は不調。これにて閉会」と木槌を叩いた。                                   今日の事態は不調ではない。不調には入札者が存在している。国債入札の不調とは入札と財務省の応札希望額に開きがあり落札できないを意味する。前代未聞の不開催なのだ。 一〇時三〇分。激震が走った。マグニュチュード九をも超える激震が日本を襲った。しかしこの激震では死者行方不明者は発生しない。それでもかつてない未曽有なる激震。                         一〇時四〇分。テレビ各局はスーパーを流した。「本日予定されていた一〇兆円(一〇年物)の国債入札会場に入札者が一人も現れず不調に終わりました」。NHKは番組を臨時ニュースに切り替え、財務省ビル前から実況中継。 日経平均株価が急落。下げるスピードが速い。売り一色。十一時には一〇〇〇円も下げた。その勢いは止まらないどころか増していた。先が見えないパニック相場。 東京市場のドル円は一気に三円も、円が売られ、ドルが買われていた。株価と同様の円売りの勢い。上田ハーローのボードは百十七円を知らせている。一〇年物国債金利も急騰。一%を超えた。かつてのギリシャの再現を思わせる急騰。サーキットブレーカーが発動される寸前。国債金利が上昇するとは当該国債の価値の下落。 十二時。現物株取引の前場が終わった。二五〇〇円ほどの下げ。日経先物と為替取り引きには昼休みがない。十二時三〇分には三〇〇〇円を突破。ドル円は一一八円を超えた。何処かで上げげ止まる。何処かでドル円も上げ渋る。しかしその何処かが今は見えない。「一九八七年のブラックマンデーや二〇〇八年のリーマンショックどころの騒ぎではない」と株式市場関係者が叫んでいた。それをテレビカメラが捕らえていた。「日本が壊れてゆく」とNHK特番のコメンティター。 この日の東京市場の日経平均株価終値は一七七三四円。前日比五三九一円の下げ。ドル円は一二〇円に達した。一〇年物国債は午後一時二〇分に取引停止。その時点で一.三%に跳ね上がった。史上空前の買いが買いを呼び、売りが売りを呼んだ市場の大混乱。 世界の金融市場はウェリントンが幕開け。間もなくして東京。 一六時三〇分からLondon。二十一時三〇分からはNYがオープンする。NYは翌朝の五時三〇分まで続く。東京の為替市場は七時スタート。その間にウェリントンとシドニーが四時から始まる。要するに眠らないのが金融市場の特性。 東京発の大激震はLondon NYを津波となって襲う。それらがどうなるのか。二七時で引けるNYでの日経平均先物と二九時三〇分のドル円の終値は…。翌朝の東京はどうなるのか。テレビ各局の特番は一八時から始まった。その共通テーマはLondonとNYの動向。そして翌朝以降の東京。 事態を説明できても誰もこれからを語らない。「国債を国内で消化できないとなれば他の方法を早急に準備する必要がある。国債を買ってもらわなければ国家予算が空手形になる。これを避けなければ日本が成り立たない」…こいつは馬鹿。当たり前だろ。テレビってこんな程度なんだ…「今のいち時を凌がなければ。日銀に一〇兆円を引き取ってもらうか、政府の特別会計の中から一〇兆円を拠出してもらい安定させなければ金融市場の動揺は治まらない。外国に買ってもらうのは急場の対処に間に合わない。悠長なやり方ではダメだ」                                                 …こいつはアホ。何も分かっていない。特別会計とは目的以外に資金を拠出できない。だから特別会計。それと日銀は直接国債を購入できない。金融から買い取るほか術がない。定めを知らないアホ…                     「突然何の前ぶれもなしに金融が一斉に手を引くはずがない。財務省は何故手を打たなかったのか。何かしらの予兆が在ったはずだ」…この発言者はまあまあだ。けっこう分かっている… 確かに謀反の予兆は在った。財務省は三つのメガバンクの担当者から国債に向き合う現況を伝えられていた。。「現行の〇.二八%では国債の買い入れは難しくなる一方。買い入れを続けると収益を悪化させる。おまけに日銀当座預金の金利は〇.〇五%。逆ザヤに成りかねない。これも収益を圧迫している」「総預金量の一五%は決済資金として保有したいと常々資金運営管理者から申し入れられている。その気持ちは切実だ。我々は『拓銀』の破綻情況を知っている。日々の決済資金は五%ほどだが季節需要によっては一〇%に接近する。少しは余裕が欲しい」「景気が良くなれば税収が増え、預金量も増えると首相は言う。その理屈は分かる。しかしながら景気が良くなっている実感は我々には無い。その証左として税収は横這い。物価上昇も二%には未だ遠い。国債発行残額は着実に増えている。預金量は微増。この微増は景気の良し悪しとは無関係。データが証明している。我々は首相の「賃上げ」の求めに応じて四〇〇〇円以上もベースアップした。全行員換算では年間二億円強の人件費増。これを営業利益で埋めなければならぬが見通しは立っていない。それにも増してトランプの関税引き上げが日本を不安定、不透明に陥れている。国債を買う意欲と気持ちのゆとりを削ぎ落している。今年度の償還分を再購入するのは可能。だがトップの判断になる」 これらに対して財務省の担当者は「皆さまの切なる実情を上司に報告します」。担当者は上司に「切なる実情」を報告した。 上司は金融の愚痴と看做した。 こうして二〇二二年四月二〇日(月)の午前一〇時を迎えた。          国債にまつわる不安を煽り過ぎたかも知れない。「日本の政府借金は一〇六二兆五七四五億円に達しました。国民一人当りは約八三七万円を背負っていることになります」 NHKのニュースでは日本政府の国債発行額増を報じる時には必ず国民一人当りに換算した額が付け加えられる。中学一年から私の                                                 記憶に残っている。この報に接する度に、日本人は莫大な借金を背負っている。子供の私も八三七万円なのだ。                                   この稿に向き合った時、NHKの「一人当り八三七万円を背負う」とのコメントはまったく意味が無いと知った。国民は政府の借金に連帯保証していない。「日本の台所は大変なんだ」と獏とした不安を煽るだけの告知。このコメントの原稿を書きアナンサーに読ませた人はマクロ経済を知らずしてミクロ経済の延長で日本政府の財務状況を書いている。よく経済学者から「やめろ」と言われなかったものだ。実は経済学者も分かっていないのでは…。 家庭と政府の借金を同次元で捉えられない。 政府は市井の金融からの借金も可能。借金の他に債券を発行できる。それが国債。家庭は債券を発行できない。ここが大きな違い。他にも在る。紙幣を発行できる日銀が政府を護っている。家庭は誰からも何処からも護られていない。NHKはここを無視してる。 国債は金融が入札方式で買い取る。今ではその発行総量の半分近くの四四八兆円を日銀が金融から買い取り保有している。金融は入札に参加して国家保証の財務省発行債券を安心して買う。財務省の返済は税収から。税収で返済できぬ時は新規に国債を発行して返済に充てる。よって政府の資金調達は順調。当事者は借金にまったく喘いでいない。それ故に借金が年々膨らんでいても資金調達に苦しまず脂汗も流していない。しかしながら政府の新規発行債券とで無限ではない。それは誰もが知っている。その限界が分からないだけ。 政府も財務省も日銀も黒田総裁も限界を分かっていない。分かっていないから未だ大丈夫だろうと国債を発行する。これからも日本の国債発行残高は増え続ける。新規の国債発行によって日本の経済は支えられている。一方日本の人口は右肩下がりで減り続ける。一人当たりが背負う借金総額は益々増える。 時折、ほんとうに大丈夫なのかと思う。 政府借金は国債だけでは無い。金融機関からの借入金。他には各省が発行する短期証券(政府債と政府機関債)。これらは各省庁の運転資金。配分された予算の執行と事業遂行による資金決済のタイムラグを調整と説明されているがおかしさも在る。現在の借入金は五五兆円。短期証券が八六兆円。年々、額が増え、固定化している。運転資金ならば変動するのが当たり前。増額固定化は隠れた借金の存在。運転資金とは性質の違う借金が含まれているのでは…。これへの説明がない。それと直ちに返済の義務は発生しないが一七九七の各自治体発行地方債の連帯保証は政府。                                  ここでは国債だけに絞る。 政府予算は一〇〇兆円弱。これは毎年少しずつ増えている。 税収は毎年五五兆円を上回る程度。税収に増減があっても驚くほ                                             どの数値では無い。税収で賄えない予算の不足分は国債で補う他に方法が無い。予算には過去発行分の国債の償還も含まれている。二〇一六年度は二十三兆円ほど。予算における国債依存度は何と四〇.五%。それでも政府は自国内での国債消化に自信を持っている。これが日本国債の信用度に繋がっている。いわゆる安全資産としての価値が高い。これは世界の金融市場の見方。                                                                                             政府が国債に頼るようになったのはバブル崩壊の一九九二年度予算から。前年度の国債依存度は七.六%。前々年度の一九九〇年度は八.四%。一九九二年度は景気低迷を打開しようと公共投資に予算を積み増し一〇.一%に。それ以降、依存度は右肩上がり。                           一九九九年度予算案を閣議決定した後の小渕首相は「大罪を犯したような心境」と語った。依存度が前年度の二〇.〇%から三七.九%に急上昇した。この時には金融危機が深刻に。                                     二〇一三年四月。黒田日銀総裁が誕生。当初は「大胆な金融緩和」。次いで「異次元の金融緩和」を政策の柱に据えた。 日本はデフレに喘いでいた。ドル円は一時八〇円を割り込んだ。日経平均株価も低迷を続け八〇〇〇円を行ったり来たり。出口の見えないどんよりとした毎日が続いていた。『喪われた二〇年』は終わっていなかった。それを終わらそうとする黒田日銀総裁の試み。 黒田総裁は各金融が抱えている国債を買い取った。どんどん買い取った。買い取ると各金融に資金が溜まる。それを市井に流す。流すとは各企業への貸し付け。そうなれば金融危機以降に各企業が逼迫した資金確保に明るさが増し投資活動が活発になる。 同時に公定歩合を切り下げた。これによって国債金利が下がる。政府の金利負担が減り、銀行が日銀から借り入れる際の金利も下がる。そうすることで各企業への資金需要に応え易くなる。こうした政策は現在も続く。追加も在る。金融機関が義務付けられている日銀当座預金の金利がマイナス。金融機関は預けれほどに金利を日銀に支払う。預けるより貸し出した方が得。通貨供給量を増やすなら経済規模が拡大しインフレに寄与する。先ずは物価の上昇。上昇すれば賃金を上げなければならぬ。それは景気の好循環に繋がる。「デフレからの脱出。インフレ率年二%達成」 これが黒田総裁の到達目標。 日経平均株価は瞬く間に一万円を超え右肩上がりの上昇。現在は二万円を超えている。ドル円も円が売られドルが買われ続けた。一〇〇円の大台を突破して落ち着いた。現在は一〇五円から一二〇円の間で上がったり下がったり。しかし「大胆な金融緩和」と「異次元の金融緩和」でもインフレ率が年二%に届かない。それでも新任の黒田総裁の手腕によって日本経済は一時期の最悪を脱出した。                                                                                   二〇一七年の日本のGDPは五四六兆四八八六億円。 二〇一一年と一二年に五〇〇兆円を下回ったが一三年から五〇〇兆円を回復し以降、着実に伸びている。一八年は五五五兆円と予測されている。GDPは年間の国家経済規模の動向を表わしている。日本経済のマキシムを数値で表している。 一三年からのGDPの増加は異次元の金融緩和の成果と云えなくもないが、それほど税収が増えていない。このギャップは国民が消費活動を控えている一語に尽きる。物価が上昇しないと消費が活発にならない。インフレ率年二%実現の道程は遠い。 GDPの倍近くまで膨らんだ日本の借金。公言しないが政府は借金の返済を諦めているように思える。プライマリーバランスは政府予算の健全性を表わす指標であって借金を返すために用いられる指標では無い。もう二〇年も国債に依存した予算を組み、プライマリーバランスの「▲」を続け、借金を増やし続けてきた政府。 諦めたと指摘されても政府は反論できない。 私はグゥの音が出ないほどの反論に出会いたいと願っている。 二〇一六年の日銀の国債保有額が四一六兆円に達した。今は四四八兆円。日銀保有額は二〇一二年一〇月二三日に初めて一〇〇兆円を突破。一〇四兆九二五〇億円。四年の間で如何に買い取ったのかが分かる。ここで政府借金の内訳に触れてみる。■二〇十六年(借金総額一〇六二兆円) 国債    …九二三兆円(四一七兆円が日銀保有分。四五%) 政府短期証券… 八五兆円(内訳比率に特段の変動なし) 借入金   … 五四兆円(     〃      ) 現在の国債金利の平均は年〇.〇二八%。本当に安い。金利が高いと市場参加者には魅力的に写るがリスクを取る判断と覚悟が要る。取るのか、取るらないのかが悩むところ。一〇年も保有するとその間に何が起きても不思議はない。これが日本を取り巻く世界情勢。ギリシャは市場から締め出され取引停止に。こうなると国債は紙切れ同然。破綻した企業の株券と同じ憂き目。 日本の国債は日銀に買い取ってもらえる。 これが金融の安心感。だから国債の入札に応じる。                                                                                                                                  一兆円を一年間保有した時の利息は二八億円。それが満期の一〇年になると複利計算された元利合計は…?…。 計算をお願いします。 それを政府は赤字国債を発行して国債購入者に支払っている。                                   (九二三兆円)—(四一六兆円)=(五〇七兆円)                         この五〇七兆円(二〇一六年度)が主に日本の金融の保有分。 ずいぶん減った。 これが日本国債の国内消費の内実。 日銀が保有する国債の限度は誰も分からない。 繰り返すが誰も分からないから政府は国債に依存した予算を組む。 黒田総裁の国債買い取りは危うい実験なのである。「イギリスの中央銀行の買い取り率は五〇%を超える。ナポレオン戦争時には六〇%に達していた。それでもイギリス国債は破綻しなかった」。ここが黒田総裁の拠り処なのは間違いない。 黒田総裁は「保有分の増加が年間八〇兆円が上限の目安」と言う。だから現行の増加程度では大丈夫と言いたいのだと…。けれども年間八〇兆円の増加でも大丈夫との根拠は示されていない。おまけに日銀の国債保有額の上限の根拠も示されていない。 次に日本の金融資産を調べる。 日本の過去から現在に繋がる経済活動の集積が金融機関の総資産。一八〇九兆円。この総資産の内、預貯金は五一.五%の九三一兆円。 預貯金は最も流動性の高い資産。国債を買おうとすれば何時でも直ぐに買える。冒頭でも触れたが金融機関の日々の決済資金の上限は総資産の一〇%。余裕を持たせるならば一五%。一〇%で約一八一兆円。一五%では約二七一兆円。これらが金融が使えない資金。ここでは一〇%で考えてみる。すると金融機関が自由に使える資金は七五〇兆円となる。これをすべて国債購入に充ててしまうと企業への融資が不能となり経済活動が止まる。では後どれだけ金融機関が国債を購入できるのかは不明。不明ではあるが、現在の融資・国債・保有株式・社債・金融商品先物取引・為替への投下資金の配分割合を損なえない。配分割合の突然の変更でも金融市場は大混乱。                                発行国債が自国の預貯金で消化出来なくなったからと云って政府の国債による資金調達が不能になる訳ではない。直ちに国債破綻しない。国債購入の手立ては他にも在る。 金融市場で外国に買ってもらう。しかし外国人投資家たちは低金利の日本の国債に魅力を持っていない。国内企業が溜め込んで投資の道筋が決まらない内部留保資金で買ってもらう。けれども日本の企業は外国人投資家と同様に国債金利に魅力を感じていない。 国債の国内消費を続けてきた日本。それゆえ世界の金融市場から安全資産と看做され信用を築いてきた。敗戦から立ち直ると伴に築いてきたこの信用はとても大切。私はこれからも国内消費を続けるのが日本の進む路と考えている。                                  日本人の美点は勤勉と貯蓄。貯蓄額総量の伸びが借金の増加率を上回っている間は安泰と財務省は考えている。                           日銀の選任権限は通貨供給量の増減と公定歩合決定。現行の国債買取りを繰り返し、続けた時には、何時か必ず、限界に到達する。限界とは入札不調が示現して国債が売れ残る。冒頭がそれで在る。                        私たち国民は無防備のまま異常事態に直面してはいけない。常に注意が必要。備えあれば憂いなしの格言が活きる。注意とは監視。①ドル円の動向(一日で二円以上の上下動は注意。三円は警戒。四        円となると異常)②日経平均株価(一〇〇〇円以上の下落は注意。二〇〇〇円以上は        警戒。三〇〇〇円以上になると異常事態発生)③NYダウ  (一〇〇〇$以上の上下動は注意。二〇〇〇$以上         は警戒。三〇〇〇$以上は異常事態発生。テロに        遭遇・戦争勃発・内乱による現体制崩壊等々)④一〇年債金利(年〇.〇二八%の金利が一気に〇.一%に上昇し        た時は異常事態)  この四つを監視するだけで注意は充分。 お薦めはネット証券に口座を開設する。未成年でも親の承諾があれば開設可能。私はネット証券での取引を薦めているのではない。此処にはリアルタイムの情報が盛り沢山。投資情報をクリックすると世界の政治情勢と経済指標によって上下する金融商品の動向が瞬時に把握できる。中でも各国の一〇年債の金利が一目瞭然。この金利は各国の公定歩合と連動している。他にも金融市場に参入している人たちの関心事が瞬時に分かる。 私たち国民は如何に備えれば良いのだろうか…。 毎年の予算編成と金融の総預金量(生保の資産勘定を含む)を注視するのが備えのひとつ。これは監視とも云えるが新規の国債発行が日本の預貯金で賄えるのか、否か。この分析なくして危機到来が見えてこない。繰り返しになるが日銀が国債保有を増やしたとして新規発行国債の国内消費を続けるには金融の預貯金量が目安になる。 新規の国債購入に充当できる割合は総預金量の三割程度。ならばこれから国債に振り分けられる資金は二五〇兆円程度。これを超えた時には赤信号が点滅する。 いま私が恐れているのは何らかの理由により日銀が通貨供給量の縮小を狙い金融に保有国債を買い取らせる方針を打ち出した時。日銀が二〇一二年の一〇〇兆円程度まで保有国債を減らすならば金融の預貯金量は三一七兆円も減る。とうに国債保有の上限を超えている。▲六七兆円。これは国債の国内消費が、遂に、限界を超えた…を表わしている。私にも日銀の国債保有額の上限が見えない。                           現状の日本経済は国債によって支えられていると述べた。その内実を紐解くと「日銀の国債保有によって支えられている」に到達。 備えとは、国債は政府の借金であって『国民の借金では無い』との心構えと、腹の括り方が、私たちの未来を決める。                     新規国債発行分が国内消費できない事態を迎えた時には、日銀は金融の国債保有分から新規国債発行分以上を買い取り、その資金を新規に振り向けろと手を打つ。それでも激震が走る。それがつまびらかになると「いよいよ日本も国内消費ができなくなった」。これは破綻ではない。一歩手前。それでも金融市場の動揺は治まらない。日本が危ない。それが冒頭の金融商品が急激に上下する動き。信号が黄色から赤に変わる寸前。                                 日本国債が破綻した時にはハイパーインフレが発生する。                                                             ギリシャの破綻は教訓にならない。日本はギリシャの二十五倍の経済規模。IMFはその存在意義故に世界銀行と共に救済に乗り出すだろうが、IMFのキャパシティを遥かに超えている。単独では無理。日本の再建には全世界が救済の手を差し伸べなくてはならない。アメリカは勿論ドイツも中国も。三ケ国の足並みが鍵。特に中国が欠けては再建に向けての資金量が不足する。 この足並みが揃わず、不調に終わった時の日本の持札は令和の徳政令しか残されていない。通貨を現行から一〇〇倍に引き上げる。すると日本の借金は一〇〇分の一に縮小される。勿論、国内外は大混乱に陥る。けれども日本は大混乱を既に経験している。 馬鹿げた空想と思われるかも知れないが、この手法で日本は敗戦後の絶望から立ち直った。令和の徳政令は大混乱の下でしか威力を発揮しない。平常時においては禁じ手。これを財務省他が研究していないと言うなら嘘。 これが政府の究極の備え。 私たちは赤信号が点滅する直前には備えを終えていなければならない。点滅してからでは遅い。黄色信号は四秒間。その後に赤に変わる。この四秒間で世界が変わる。赤に変わると判断した時には迅速が命。グズグズできない。判断の速さと行動の迅速が要。 手持ちの金融商品の全てを現金化。預貯金を解約。できる限りの現金を集めての$建て預金。$は世界の基軸通貨なのだ。おまけに円の価値が失墜した時には$の価値が反比例で高まる。 手持ちの現金は僅かで良いハイパーインフレによって直に役に立たなくなる。クレジットカードも在る。電子マネーも在る。当面は手持ちの現金が無くとも凌げる。仮想通貨には手を出さない。異常事態発生時に際して先行きが全く見えないから。 食料と日用品を買い置く。地震の時の備えと同じ。違いは水と電                          池と携帯ラジオと懐中電灯。これらは必要ない。一ケ月もあればかなり落ち着く。そうなれば次の一手を打てる。 私は「政府に騙された。財務省を信用していたのに裏切られた」と言いたくない。そして「これから日本はどうなるのか」と嘆きた                          くない。それでこの稿を書いた。ちなみに一兆円の国債を一〇年間保有した時の元利合計は一兆二八三億五五四四万円。 お騒がせしました。                                              ・・・・・・・・・・・・・・                      冒頭と終わりの美子は遊んでいる。書くのを楽しんでいる。余裕をぶっかましている。それもこれも『恒久制裁措置』に辿り着いた余裕。『破綻しない理由』の冒頭は「説明調の論文もどきになってしまわない工夫」と美子は平然と言うに決まっている。その工夫が冒頭。余裕でも平然でも構わないけれど上手い。 氷空ゆめは何時か仲美子の余裕をパクルと決めた 七人の侍人は「書くだけなら誰でもできる」と言う。わたしたちは書くのに精一杯だ。精一杯の下で書くと「書くだけなら誰でもできる」と思えなくなる。書き上げると「やった」と叫んでしまう。喜んでしまう。しかし七人の侍人は喜ばない。今度尋ねてみよう。「どのようにしてその境地に達したのか」。 この応えは楽しみ。                                     国債は政府の借金。他の借金も政府の借金。国民の借金では無い。こう言い切ったのは美子しか居ないと思う。その美子でさえも政府の借金の限界を数値で掴めていない。致し方ないのだ。黒田総裁も分かっていないのだから…。近づこうと、あれやこれやと、試みているけれど、無理やり限界を掴み取ろうと仮説を建てていないのが良い。身の丈に合っている。代わりに監視と備えを盛り込んでいる。$建て貯金とは考えてもみなかった。 徳政令とは江戸時代の遺物と氷空ゆめは思っていた。令和の徳政令とは通貨切り上げだった。敗戦直後の混乱の時でなければ、お先真っ暗の時でなければ、大混乱を引き起こす通貨切り上げは実施できない。美子は四ケ月の間、苦闘していたのだ。…早速アップしてもらおう。これで一〇の課題が半分になった。ゆっくり感は遥の歩みに似ている。良く言えば着実。我田引水かな…


      「日本が日米安全保障条約から飛び出た時」 ICANは「核の抑止力は神話」と言う。「生き者のすべてを死滅させる大量の核兵器は保有していても使えない。使ってはいけない。人間の最後の理性が核兵器の使用を許さない」。こう主張して核兵器廃絶国際キャンペーンを世界中に展開している。現在六〇ケ国以上の団体個人が参加。日本からもNPO法人が参加している。 ここが日本の非武装中立論者と決定的に違う。 ICANの主張の通り、広島長崎以降、核兵器は使われていない。使われそうになった局面もあった。朝鮮戦争の膠着を打開しようとマッカーサーが大統領に核の使用許可を求めた。トルーマンは許可せず、マッカーサー国連軍総司令官を解任した。こうしてトルーマンは第三次世界大戦突入の危機を避けた。 もうひとつあった。キューバ危機。この時はジョン・F・ケネディとフルシチョフのチキンゲーム。一触即発。世界中の緊張が最高潮に達した。結局はフルシチョフが折れて核の使用を免れた。 ICANの神話認識は、このふたつを、根拠にしていると思える。…核兵器を用いた戦争には勝者も敗者も無い。戦争当事国に残されるのは廃墟と放射能。広島長崎を知るならば一目瞭然。生き残った者たちは後遺症に苦しむ。今も苦しんでいる。それらを核兵器の発射ボタンを押せる権能者は知っている。だから使えない… 一方、国連には核拡散防止条約と包括的核実験禁止条約が存在している。これが国際連合安全保障理事会(以下『安保理』)の存立の柱。国連で核兵器保有が認められている国家は米・英・仏・中・露。何れも第二次大戦の戦勝国。そして『安保理』の常任理事国。非常任理事国は一〇ケ国(任期二年。一年に半数が入れ代わり連続再選は不可)。日本は現在まで一〇期二〇年間務めた。常任と非常任国の権能の違いは拒否権だけ。あとは同じ。『安保理』はこの一五ケ国で運営されている。 ICANの神話論に対して『安保理』は核抑止論によって成立している。その認識は揺るぎない。そして『安保理』は機能しているように思える。これが国際連合発足から現在まで続く、世界を律する「Power Of Balance」。この五ケ国が新たなる核兵器の保有を認めない世界の秩序を作った。しかしながら新たに核兵器を持ち(インド・パキスタン)、持とうと開発に成功し(北朝鮮)、持っているのが濃厚とされる国家(イスラエル)が出現した。今も核兵器開発の疑いを強く持たれている国家(イラン・シリ                       ア・ミヤンマー)も在る。ミヤンマーは意外だった。  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of Blance」とは核兵器保有量のBalanceとも云える。北朝鮮は核の保有こそが、そして核兵器をアメリカまで飛ばせるICBMこそが、国体の維持には不可欠と考えている。核兵器とICBMが「Politics Power」への参入を可能ならしめると企てている。しかし国連が北朝鮮の企てを認めた時には現状の「力の均衡」が変化する。それは中国もロシアで                          さえも認知できない。こう考えるとICANの神話論こそ幻想ではないかと思えてしまう。もう少し考えを進めてみると神話論も抑止論も科学的に検証できないと気づく。この科学的とは論理的整合性。『使えない。使ってはいけないと気づいている核兵器を「Power of Balance」の中軸に据えているのは愚か』『核兵器を持った狂人を出現させない為にも核のバリアーは必要』 このせめぎ合いが今までと今。狂人の出現は現実味がある。かつてはカダフィーとフセイン。現在はアサドと金正恩。アサドは核兵器開発に着手していると疑われている。ここでの疑いとは確信に近い。核兵器開発施設の立ち入り査察を拒否するとは、見られたら困る。或いは拒否することで、核兵器保有の可能性を高めたい。このどちらか。金正恩は核兵器開発に成功。 狂人には共通性が在った。四人ともアメリカの覇権に屈しない。 アサドにはロシアが支援。ロシアが支援していなければアサドは持ち堪えられなかった。国内の反アサド武装組織。広範な自治を求めるクルド人部隊。おまけに『IS』も出現。最近は『IS』の動向が報じられなくなった。政府軍の『IS』の支配地域奪還が最後。 シリアの今は、こじれに、こじれている。 狂人とはアメリカの覇権に抗う者。「Power of Balance」もグローバルスタンダードもアメリカの国益。抗う者が出現して不思議はない。  日本がアメリカの核の傘から飛び出た時、それをアメリカが認めた時、日本は『核兵器の抑止力は神話』と『世界の平和は「Power of Balance」によって維持されている』の狭間に否応なしに立たされる。日米安全保障条約から日本が飛び出すのをアメリカが認めるとは、アメリカが日本を「自国は自分で守れ」と突き放した時。これはアメリカが日本を護るのが負担に感じた時には有り得る。経済力の弱体化は軍事予算の削減を強いる。それと核兵器抑止論が神話と断定された時。  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 ・・・・・・・・・・・・・・                  …すご~い…のひと言。氷空ゆめは読み終えた時に声が出なかった。出たのは「スゴーイ」だけ。美子は受験までの四ケ月もの間も宿題                         を考え続けていたんだ。「日本が飛び出た時が難しい」と言っていた美子は「恒久制裁措置」に行き着いたんだ。「地球上から消滅するまで続けられる制裁措置」には凄味がある。美子の心の芯には恐ろしいほどの凄味が潜んでいる。わたしは「消滅するまで」とは書けない。「充分なる反省と謝罪と償いを被爆国が認めるまで続けられる」と書いてしまう。甘いなぁ~。 仲美子は年明けから氷空ゆめの受験コーチに就いた。過去五年分の入試問題集を揃えて出題傾向を分析して対策を練った。入試五課目のポイントを絞り込んだ。忘れられないのが英語の発音記号。 「遥なら『これらの発音記号は間違いだらけ。Nativeはこう発音しない。平仮名に発音記号は無いでしょう。そもそも表音文字の英語は発音記号を必要としない』と言うに決まっている」と美子。そして「遥の言う通りなんだ。でも遥が正しくとも発音記号は必ず入試には出る。発音記号の数は少ない。入試に出るのは分かり難いところだけ。二〇個程度。それだけ覚えておこう」と美子は二〇個を書き示した。それから「英訳文では単語の意味が分からなくとも出題文を文法通りに訳する。単語に躓いても諦めてはいけない。分からない単語をスペルのまま組み込んで訳文を完成させる。すると分からなかった単語の意味がボンヤリながらも掴める。掴めなくとも三割程度の点数をゲットできる」。 想い起こすとこの時も美子には凄味が在った。 美子は受験のKnow Howの全てをわたしに注入してくれた。「ゆめ。入試は満点を狙わなくても良いのだ。八割も正解すれば、必ず、それも高いランクで、合格できる。それを忘れないで。満点を取らなければならないのは学問に至る勉強と社会に出てからの勉強。これらは間違いが許されない。だから入試は楽勝なんだ」 美子は本当の勉強と入試の為だけの勉強の区別がつく。そして使い分けられる。わたしは美子の立てたスケジュールに従って勉強した。スケジュールには想定問題も数々在った。それらに向き合い、解いて、入試に挑んだ。すると合格。 氷空ゆめは拍子抜け。「だってわたしの力で合格していない」と喜んでいる美子に言うと「ゆめ。なに言っているの。受験勉強は何のためだったの。木村と学問するためでしょう。我慢。ガマン」 喜んでくれたのが木村。「ゆめ。精進したな。あっぱれ」。                        木村は美子に「あっぱれ」を言わなかった。 二人の合格は当然との美子の面持ち。こうした間にも美子は宿題の決めを考え続けていたんだ。美子はわたしの感想を待ち侘びている。ドキドキしなから待っている。ー読んだ。良い。美子らしい。これで一〇の課題が六つになった。                        『破綻しない訳』は少し休息が必要。いま少し待って。『飛び出た時』は『Under一八』の大黒柱になる。わたし。誇らしい。ありがとう。そしてお疲れさま。立派だ。そうだ。Upする前にアキラさんに送って。アキラさんは美子の宿題を楽しみにしていたー 直ぐに返信が届いた。ーゆめ。アキラさんに送った。楽しみにしてくれていたなんて思いがけなかった。七人の侍人には経験がある。豊富な知識と知恵がある。私たちにはそれらが無い。私は考え続けた。世間的な知恵は妥協に繋がり兼ねない。まあまあとコトを治め兼ねない。私たちの強みは若さ。若さとは向こう見ずと言われたとしても突き進む力。私はゆめから学んでいる。若さを爆発させるには徹底化。徹底化とは何かを四ケ月考えたんだ。誇らしいと立派は嬉しいー


■ 三井三池の争議(笹山高) 炭労の常套句で忘れられないのがふたつある。「やらずぶったくり」と「往復ビンタにゲンコツ」。「ぶったくり」とは使用者から何らかの権利を奪い取る。権利は多岐に渡る。賃金や労働条件。他には労働環境と様々な福利厚生。団体交渉で入浴終了時間を一時間延ばしただけでも立派な勝利と称えられる。炭鉱労働者にとって日々の入浴は重要不可欠。勿論無料。 炭鉱労働者は街で働く者よりも遥かに恵まれている。炭住と呼ばれる住居は無料。床屋もタダ。ストーブを焚く石炭は当たり前。景気が良かった時には水道・電気・ガスも使用者負担だった。購買では給料払いのツケ買い。それを当たり前として働き暮らしていた。 経営者は、こうでもしないと、人里離れた山の中に労働者を集められなかった。三笠炭鉱発足当時はその為に造られた空知監獄の囚人たちが穴に潜った。暗く狭い切羽と坑道では事故が度々起こる。起きた時には死者が出る。それは今も昔も変わらない。その追悼式では社長や北海道知事が「二度とこのような事故を起こさない」と誓う。誓っても事故は止まない。その空虚な誓いを埋めるのが「やらずぶったくり」の心意気だった。「やらず」とは何らかの権利を獲得するのに使用者と何ら取引をしない。自分たちは現状のまま何かを勝ち取る。バーター取引は団体交渉後の報告集会で組合幹部は吊し上げを喰らう。                       「やらずぶったくり」は炭労の座右の銘。これへの拘りは並ではない。地下深い坑内で命の危険と向き合う者のみが共有する拘り。落盤・出水・炭塵並びにガス爆発。これらのひとつでも発生した時に現場に居合わせた者は死ぬ。「往復ビンタにゲンコツ」とは「やらずぶったくり」に対して使用者の情け容赦ない仕打ち。使用者も指を咥えて「やらずぶったくり          」に甘んじている訳がない。 ワシの親父は幾春別の炭鉱で働いていた。 石炭から石油に代わる節目の時代だった。中小の炭鉱が閉鎖され新しく掘られる大規模炭鉱への統合が始まった。『スクラップ アンド ビルド』と説明された。それで使用者から親父に転勤の打診があった。賃金は一割アップ。幾春別は雪が深かったけれど住み易かった。温泉にも岩見沢にも近い。炭住自体が大きな家族だった。 親父は組合の支部長だった。名前を呼ばれない。誰もが「支部長さん」。中学生のワシは学校でも「支部長さんの息子」だった。ワシは此処で生まれ育った。勇壮な夏祭りと盆踊りが楽しみだった。 親父は山奥の大夕張に行くのは気が重かったのだと思う。おまけに賃金以外の労働条件の提示も無かった。親父が尋ねると「おいお                                  い組合と交渉して定める」だった。ワシに嫌な予感が走った。「往復ビンタにゲンコツ」でやられる。そう思ったのは親父とワシだけでは無かった。大夕張への人が集まらなかった。焦った使用者は組合の要求を丸呑みした。新しい権利も獲得した。三番方から一番方に切り替わる時の休息時間が二十三時間だったのが四十七時間に延びた。結果として休日が一日増えた。これが「やらずぶったくり」の真骨頂。「炭鉱マンは潰しが効かないんだ」と父親が言った。 北海道は石炭の埋蔵量が豊富。掘られていない炭層が数多く眠っていた。中小の炭鉱が閉山しても新しい山に転勤できた。九州ではそうゆかなかった。九州には手つかずの炭は眠っていない。今ある中小の炭鉱を統廃合しない限り『スクラップ アンド ビルド』を推進できない。性能の良い掘削機械を導入するのが『ビルド』の大前提。良質の石炭生産には掘削以外にも機械化が急務であった。機械化を進めると人が余る。経営の合理化とは機械化。人員整理。合理化が進まず苦慮した三井三池の使用者は生き残りを賭けて一九五九年一月十九日、六千名の希望退職者を含む会社再建案を組合に提示。退職金二割アップ。それで炭住から放り出される。退職を希望する者は僅かであった。応じたのは個別の事情から山から離れようと考えていた者だけだった。 海外の安価な良質炭が注目されるようになっていた。良質炭とは鉄鋼生産に用いられる。使用者は次の手を打ってきた。八月二九日                           に四五八〇人の人員削減案を提出。退職金の二割アップは消えていた。組合が応じる訳がない。すると十二月三・四日には一二七八人の指名解雇に切り替えた。使用者も徹底抗戦の構えを崩さない。 これが「往復ビンタにゲンコツ」。当然ながら組合は『解雇撤回闘争』を組織した。直ちに無期限ストに突入。こうして三井三池の闘いは始まった。『解雇撤回闘争』の内実は反合理化闘争であった。労働組合の歴史を紐解くと反合理化闘争で勝利していない。それでも総評は総力を挙げて支援した。使用者が示した指名解雇者には労働組合の猛者が残らず書き加えられていた。組合潰し同然であった。 総評が三〇万人の大単産の炭労を見捨てられないのは然り。使用者も強気だった。『スクラップ アンド ビルド』は国家方針。推進しなければすべて石油に取って代わる。山を護るには指名解雇をやり遂げるのみ。こうして総資本と総労働の闘いが始まった。 戦いは長期化。死者も出た。労働組合の久保清氏。デモ中に暴力団に刺された。死者が出ると闘いは先鋭化する。組合は武装。自警団を組織した。全国から支援者が集まった。親父も大夕張の清水沢から派遣された。北海道の炭労も組織を挙げて支援した。 闘争資金の半分を三井三池に送る臨時大会では満場一致。他に一人千円の拠出も全員一致。ワシも親父に連れられて臨時大会に参加                          した。異様な熱気と高揚は忘れられない。大会のスローガンは『山を護れ』。北海道の炭鉱マンたちにとって九州は他人事ではなかった。給料が月四万円程度だった時代の千円は現在の五千円以上に相当する。北海道の炭労組合員は一四万人。一人千円は一億四千万円。カンパは全国から集まった。総評も闘争資金を切り崩した。総評は軍隊と呼ばれた。闘いの出口は闇の中。使用者は第二組合を作った。労々間の分断を計った。それにより戦いは一層凄惨になった。 現場は革命前夜を思わせた。「革命とは、今の今まで権威や秩序に支配されてきた者、謂わば正しい力と規定された権力への服従を強いられていた者が、次の瞬間に自らが権力となる、を意味する。これが階級闘争の本質である。この劇的大転換は絶対的な正義である。虐げられた者や貧しい者を                                   解放。そして社会矛盾を一掃して楽園を造る。これは平坦な道ではない。だからこそやりがいがある。男子足る者。立ち上がるのは今だ。乗り遅れては一生後悔する」 親父は向坂学校でこうアジられ、歴史的必然を教えられた。「革命は偶然起こり成就するものではない。必然とは、必ずこうなる、と云う大きな時代のうごめきから導かれる。この大きなうごめきは自らの力そのもの。誰かに与えられるものではない。ロシア革命はツァーリを倒し労働者階級が権力を握った。長い間、絶対的支配に君臨していたロマノフ王朝の圧政にNOを突きつけたのがボル                         シェビキ。圧政は何時か終止符を打つ。これが歴史的必然。しかし戦わなくては終止符を迎えられない。反乱とは自らが時の権力に取って代わる戦いではない。日本で言うなら一揆。革命と反乱の違いは権力を目指すか否かなのだ。反乱はやがて鎮圧される。これも歴史的必然。革命とは反革命に打ち勝ってこそ成就されるのだ。我々は歴史的必然に支えられている」 革命への志を持つ者、持たない者も『革命』に酔った。そして革命戦士として前衛足らんと志したした者たちは「向坂学校」の門を叩いた。ロシアと中国に革命遂行と成就の手本が在った。このふたつは『向坂学校』のみならず労働組合員の志気を高めた。 三井三池から革命が勃発し日本中を巻き込み、そして権力が集中する東京を支配下に置けるのか…。親父は分からなかった。三井三池では革命前夜を思わせる雰囲気。東京にはそれが無かった。ゼネストは一揆に似ている。ゼネストが日本中に広がらなかった時には革命は頓挫。歴史的必然は成立しない。親父はそれを案じた。 今回の指名解雇は許せない。組合潰しの不当労働行為だ。それで地労委に救済を申し出ている。今は中労委の管轄。労働委員会は政                           府から独立している行政機関。独立していると云ってもアテにはならない。政府と同じ穴のムジナ。ここに頼っていては馬鹿を見る。ならば自力で解雇を撤回させなければこの戦いは終わらない。 この戦いが革命に繋がる歴史的必然なのか…。 それが問題だ。 親父は自力でひとつ処に辿り着いた。                          「困窮していても我々は、パンを買えないほど、米の飯を食べられないほど困っていない。飢えてもいない。革命の推進力である歴史的必然は飢えが源なのでは…」 中労委から斡旋案が出た。組合員の心情に配慮した内容ではなかった。予測通りの斡旋案。戦いは一層激化。激化しているのは北九州の三井三池だけだった。「この戦さが歴史的必然の下で革命に繋がり成就するのか、どうかは分からない。かなり難しいのではないか。北九州から東京に攻め上る戦略が見えないのだ。全国で同時多発するはずの蜂起は何時起こる…。歴史的必然では間もなく起こる。しかしその動きが見えて来ない。起こらなければ一揆として鎮圧される。鎮圧されるのも歴史的必然ではないのか…」。 親父は誰にも言わず、独り、夕張に戻って来た。「革命の側でも反革命でも俺たち炭鉱夫は足軽。戦さ場で足軽は命を落としてはならない。犬死。誰にも褒められない。形勢が悪くなれば逃げるのが足軽。それが足軽の生きる途。敵の兜首を獲った時には褒美をもらえる。しかしもらえるのは勝った時だけ。そして足軽は足軽のまま。武将にはなれない。東大卒でなければ足軽大将にすらなれない」。後年親父はワシにこう言った。                                                               戦いの実権を握る太田薫が官邸に呼び出された。 そこには検察・公安・政府の首脳が集まっていた。「三井三池の闘争を収束させて頂きたい」「それは出来ない。死者も出ている」「収束させないと貴方を国家反逆罪で逮捕しなければならない」 これで太田薫は完全にびびった。 それを後年NHKのテレビで語っていた。「国家反逆罪の法定刑は死刑か無期懲役。闘争を終結する他なかった」と太田薫はカメラに向かって言い放った。言いたくないことを言わされた動揺を隠せなかった。椅子に座った身体が小刻みに揺れ眼球が泳いでいた。ワシはそれを見逃さなかった。 何と情けない指導者。命を賭して闘っている現場。三井三池では指導者が命を賭けていなかった。反合理化闘争は、時代の波に逆らえないのだが、それ以前の問題があった。指導者の胆の据わり方。三井三池は組合の全面敗北。労働者総体は屈辱を味わった。                            以降、太田薫のラッパは吹かれなくなった。「情けない」が親父の口癖になってしまった。三井三池以降、骨のある若者は既存左翼の指導者を見限った。『民同』には侮蔑が込められている。ワシとて同じ。  三年後の三井三池では炭塵爆発事故発生。死者四五八人。一酸化中毒者八三九人。それから二年後の一九六五年には三井山野炭鉱でガス爆発。死者二三七人。こうして九州から炭鉱が消えた。 大夕張も一九八一年十月十六日にガス爆発事故。九三人が亡くなった。幸運にもワシも親父は明け番だった。ガスマスクを装着して救助に向かった。ワシは青年部長だった。若衆の一人だった。馬力もあった。ワシは親父に「一人でも多く助け必ず生きて戻ろう」と言った。「生意気言うな。俺はこの山を知り尽くしている」。 二人ともこれが最後の坑内になった。 この時も「二度とこのような事故を起こさない」が社長と北海道知事の追悼。こうして全国から炭鉱が消えた。 石油の時代が来てしまった。山から離れ、ワシと家族は、札幌に居を構えた。残念であっても、胸を撫で下ろした。親父も同じだったと思う。これで穴の中で死ぬ者は居なくなった。 最後の最後に炭鉱マンは往復ビンタにゲンコツ。そして回し蹴りを喰らってしまった。三井三池の戦いの翌年は六〇年安保闘争。日本が揺れ動いた時代だった。それでも歴史的必然は訪れなかった。        ・・・・・・・・・・・・・・                                        読後感が『宮本顕治』と似ていた。 歴史的必然を三井三池闘争の中で取り上げていたからだ。 左翼の人たちは歴史的必然の信奉者なんだ。 それが左翼の人たちとそうで無い人たちの別れ道。 炭労は今日に存在していない。…わたしがこの時代に生きていたらどうするのだろう… それへの応えが歴史への学びと氷空ゆめは考えていた。これは極少数派。美子は「考えないようにしている。考えると頭ががおかしくなる。だって私。必ず殺される」。遥は「あたしは時代の波に乗り遅れてしまう。時代を見つめ、考えて考えて、答えが出そうになったら、時代は先に進んでしまって、後戻り出来ないようになっている。きっとそうなる。だからあたしを見捨てないで。ゆめ。美子。傍にいて。お願い」。遥はゆっくりだけど、こうと決めたら猪突猛進。「傍にいて。お願い」と言いつつも独りで旅立った。                            高二の夏の初めに美子が「行こう」と言い、三人で美園から月寒の河岸段丘を上った。下りの一方通行の坂の途中の左。狭い敷地に『無名戦士の碑』が建てられていた。特高に虐殺された女性も居た。彼女は反戦の輩として始末されていた。誰が建てたのか今も分からない。この時の体験が三人の、殺される、に繋がっている。わたしたち三人はどの時代に生きていても戦争に反対する。 戦さを組織する指導者は命を賭けなければならない。戦国を想い起こすと至極当然。これが氷空ゆめの『三井三池』の最初の感想。 木村に『三井三池闘争とは…』を問うたならば終わりが見えない程の返答が待っているはず。それだけ日本の現代史における重要なんだと思う。けれども入試には絶対出ない。 笹山高さんはマジシャンだった。愛称は『ギリヤーク』。本人曰く「ドサ廻りの芸人」。マジックの教室を開きお弟子さんも居る。得意技は客が望むものを何でも出す。猛獣は無理みたい。Rugbyの元スクラムハーフ。マジシャンには打ってつけのポジション。 氷空ゆめは居間のソファーに身体を横たえた。 頭の芯の熱を冷やそうとポリ袋を二枚重ねて氷を入れ頭のテッペンに置いた。それを見た弟が「姉ちゃん。頭がお多福風邪なの」と                       生意気を言う。ようやく七つを読み終えた。ただ読むだけなのにこんなに苦労するとは思いも寄らなかった。七人の侍人は、みんな、時代の流れに重なり生きていた。それが彼らの個体史。だから読み応えがあるんだ。何時も時代に向き合っている。七人の侍人の特徴は、時代と向き合う、なんだ。でも彼らは選挙に行くのだろうか。行かないような気がする。 七つの作品に共通したテーマが在るように思えた。作品から伝わって来る波動が似ている。波動はわたしを包み込む。それもかなり強い。何だろう。これらを汲み取らなければ苦労して読んでも読ん                           だとは云えない。ひょっとしてインチキと偽者…⁉…。 HPの最後に『ここをクリック』が在った。 恐る恐るクリックした。新しいページが現れた。七人の侍人の作品の続篇だった。一人がふたつの作品をアップしていた。■角野匠 …『北加伊道と松浦武四郎』『福島原発事故』■坂下猛 …『宮澤賢治記念館』『三島由紀夫の割腹』■岸部実 …『オームが目指していたもの』『よど号と浅間山荘』■石丸明 …『地上の楽園』『同時多発テロとイラク戦争』                       ■高田宗熊…『サブプライムローンの破綻』『統一通貨ユーロ』■笹山高 …『冷戦の終結と五五年体制の崩壊』      『RUGBY(日本対南アフリカ)』■泉澤繁 …『ジョン・F・ケネディとキング牧師の暗殺』      『一九四五年八月十六日の日本』 氷空ゆめはモニターの前で愕然。開くのを止めた。今は七つでイッパイ一杯。携帯にメールの着信音。遥からだった。ーあたしも懸命に七人の侍人を読んでいます—  急いでパソコンをメールに切り替えた。—読み返しても理解できない処が多い。あたしが分からない文字はゆめも美子も同じと思っている。辞書とパソコンを駆使して調べまくり。調べると、そこにまた分からない文字が出てきてしまい、また調べてメモ。それで進まない。これも二人と同じだから根気よく向き合っている。根気とか持続はあたしの得意だから苦にならない…と言うのはウソ。『三井三池の争議』では「スクラップ アンド ビルト」「権力とは正しい力」「向坂学校」。「歴史的必然」は『宮本顕治』にも登場。そこには「プチブル」も。「民同」「東大卒でなければ足軽大将にすらなれない」の七つ。『三井三池の争議』は一九五九年から。五〇年代は日本が復興の足掛かりを獲得して高度成長に向かう前段階。日本人は豊かさに飢えていた。眼に見えるほど暮らし向きが良くなってきた頃。ちゃぶ台が消えつつあった。代わりにテーブルと椅子。洗濯機と冷蔵庫とテレビが普及し始める。革命とは、飢え、が条件なんだと思った。飢えが歴史的必然をもたらすと理解した。理解したけれど、歴史的必然は、そもそも存在するのか、悩んでいる。 今は六〇年安保闘争を調べているんだ。 日本の激動の時代。それは政治の季節。それらを通過して日本人は高度成長を遂げた。豊かさに飢えた日本人の精神構造を捕まえてみる。それが今に続いていると思っているから。捕まえたら報告するね。実はあと少しで捕まえられそうなんだ。エッヘン…‼…ー


■ 拓銀の破綻(高田宗熊) 一九九七年十一月十七日。『拓銀』が破綻した。 資産六兆円を越える都市銀行が日々の決済資金に必要な三千億円余を調達できなかった。多額の不良債権により拓銀は手持ちの資金が枯渇していた。この決済資金とは手形の決済。預金の引き出し。預金からの振り込み、送金等の日常の銀行業務に必要な資金。拓銀は枯渇した資金の穴埋めをインターバンク取引、すなわち銀行間の貸し借りで補っていた。しかしながら時間の経過と伴に貸し渋りが                           発生した。金利を上げても思うように調達できない。『拓銀』への警戒感が露骨になったのがインターバンク取引の継続。破綻のシグナルが点滅してる銀行に、例え短期であっても金を貸すと、回収できなくなる懸念と不安。それでも『拓銀』は強気であった。大蔵省による「護送船団方式」を信じていた。 大蔵省の指導で『道銀』との合併が協議された時も強気は変わらなかった。それが災いして合併は頓挫した。今のままでは『拓銀』に資金を注入するのは難しい。大蔵省は世間からの批判を恐れた。巨額の不良債権のすべてを洗い出されると自らの監督指導責任に発展する。よって『道銀』との合併後に公的資金を注入。この合併は『道銀』による事実上の吸収。これが大蔵省の作戦。それを知っていたのか、知らなかったのか、『道銀』との合併は『拓銀』の末端の行員に至るまでプライドが許さなかった。『道銀』はいち地方銀行。我行は明治初頭からの都市銀行。『拓銀』は殿様であった。都市銀行には法律上の定めはない。地方銀行も同じ。発端は一九六八年一〇月まで遡る。大蔵省の諮問機関である『金融制度調査会』の大臣宛の答申が唯一の根拠。「普通銀行のうち、六大都市(東京・大阪・横浜・名古屋・京都・神戸)またはそれに準ずる都市を本拠として全国的または数地方にまたがる広域的営業基盤を持つのが都市銀行」 これによって大蔵省は都市銀行と地方銀行を分けた。『拓銀』は全国に十三行ある都市銀行のひとつに置かれた。当時の札幌の人口は七三万人余で九番目。現在は一九三万人で五番目。 大蔵省は日本経済の動脈と云える銀行への絶対的支配権を有していた。銀行事業とは大蔵省の許認可の下での業務。一九六〇年からの高度成長を成し遂げた日本は今後、更なる資金需要が高まる。政府の資金需要は益々強まる。それらへの安定供給は日本の発展に不可欠。大企業の資金需要と政府の国債引き受けに応えねばならぬ。それには銀行の経営基盤を強めねばならない。大蔵省は大手銀行を一本化しようを考えた。これが『金融制度調査会』答申の背景。                                 銀行間の競争とは資金力の源である預金の獲得合戦。各銀行は新規の預金者には景品を提供した。安定的な銀行の発展とは競争に非ず。大蔵省は資金獲得競争は無意味。景品は無駄と断じた。国家と大企業から求めに都市銀行は潤沢に応えなければならぬ。それを支えるのが『護送船団方式』。これによって大蔵省の支配力は格段に強まった。箸の上げ下げにまで口を挟むようになった。官僚とは自らの支配力が強まり広がるのを好み悦ぶ。この頃に「ノーパンしゃぶしゃぶ」がマスコミに出た。流行語になった。「MOF担」も。 都市銀行と地方銀行は利用者にとって違いはない。『拓銀』には他の都市銀行十二行にない歴史があった。それが殿様                         に繋がっていた。…我行は明治政府が北海道開拓のために創設した国策銀行。無尽から始まった北海道の地方銀行とは格が違う…。『拓銀』は実績、規模、歴史とも北海道一の大企業であった。それは自他ともに認める看板だった。これも殿様気分を強めた。 合併交渉は最初から暗礁に乗り上げた。不良債権区分が違った。不良債権は『道銀』にも少なからず在ったが日々の決済資金は自行                          で賄えた。インターバンク取引に頼らずとも済んだ。百億や二百億                          円を調達するのと三千億円は訳が違う。『拓銀』の事業規模を勘案すると三千億円は日々の決済資金の全額に近い。 同じ銀行マン。こうした解析は瞬時。 不良債権区分は四つに分かれる ①破綻債権 ②要警戒債権 ③要注意債権 ④正常債権『拓銀』が提示した不良債権区分は『道銀』とは大きく異なった。破綻が警戒。警戒が注意。注意が正常に。『拓銀』の区分はランクダウンされていた。破綻していても何時か回収できると云うのが『拓銀』の根拠。「回収不能債権が日々の決済資金を枯渇させた」と『道銀』は捉えていた。認識の共有なしに協議は成立しない。 不成立の要因はもうひとつ在った。それが殿様であった。不良債権区分はやる気さえあれば統一できる。認識の共有は可能。殿様は応じなかった。失政を認めたくなかったのである。『道銀』に不信感が広がった。「我々は殿様の家臣ではない。頭を下げて宜しくお願いしたいと頼まれるなら大蔵省の手前、合併を模索しても良いがそれには殿様気分を捨ててもらわなければならぬ。こちらが頭を下げる謂れはない」。 こうして合併交渉は決裂 頼みの綱である大蔵省からの資金注入は見送られた。 オレは資金調達の現場に居た。悪戦苦闘の毎日。『拓銀』存続はこの現場の成否に懸かっていた。前夜、上司から調達額の指示を受け、早朝から走り回る。何とか達成して上司に報告する。それを受けた上司は昼前に本部に電話。こうして翌日の決済資金を確保。これで終わりではない。明日も明後日を確保しなければならない。 オレは「大蔵省は我行を見捨てたりしない」を信じようとした。しかしこのままでは必ず調達不能の時が来る。「大蔵省は何時資金を注入するのか」の問いには「近々のうちに必ず。いま別の者が折衝している」としか答えられなかった。「別の者の折衝」は三日で色あせる。次は「道銀との合併が進んでいる」だった。 こうして十一月十六日を迎えた。「調達額は一五〇〇億円。半分です。これ以上は無理」と上司に報                           告した。これが『拓銀』での最後の仕事になった。 四十九歳の冬を思わせる寒い昼だった。        ・・・・・・・・・・・・・・                             やだ~。この人。満面の笑顔を振りまいていても、眼が笑っていない。愛称が「詐欺師」。ピッタリ。文面からは「詐欺師」の雰囲気は無い。無いと云うよりバブル崩壊以降の自行の破綻を冷静に見つめている。そして何処か純粋。侍人の六人から「詐欺師」と愛されているのは拓銀破綻の後の高田宗熊さんの歩みと深い関係があるのだろう。生業は『ネットワークビジネスの考案と追及』。『拓銀』が倒産したのは二〇年前以上。 氷空ゆめは高田宗熊さんを読んでから有料のNHKオンデマンドを視聴した。映像は安宅産業・山一証券の破綻も取り挙げていた。大きな会社は大丈夫とは神話であり幻想。借金漬け体質の地方公務員も安泰では無いが感想。 高田宗熊さんはマスターズの日本代表を目指している七〇歳。四〇〇M。自己ベストは五九秒三。今年は五八秒台を目指すと意気込んでいた。高一の弟は陸上部。それも四〇〇Mが専門。タイムは五三秒台。弟は「このお爺さんは超人」と言った。「何時も走っているバスケやサーカーの連中でも一分を切れるのは二人に一人。四〇〇Mはラストの一〇〇Mが苦しい。心臓が口から飛び出しそうになる。それは誰でも同じ。このお爺さんはタバコを吸わない。酒もほどほど。週二回はきついトレーニング。立派だ。僕は七〇歳の時に四〇〇Mを完走できるか分からない」。 ネットワークビジネスはねずみ講に似ている。仕組みの違いは現金と商品の違い。現金を媒介にするのは法で禁じられてる。ネットワークビジネスを支えているのはお金への欲望。このビジネスを手掛けた人は誰もが成功するのでは無い。圧倒的多数がお金への欲望にかられ商品を過剰に購入したとしてお金を手にすることができない。氷空ゆめはメールでHPの『問い合わせ』にメールで尋ねた。直ぐに高田宗熊さんから返信。ビジネスの仕組みを知らされた。立ち止まって考えると直ぐに分かる。最初に始めた人がお金を手にする仕組み。後になればなるほど最初に始めた人に貢だけ。「何でこんなことが分からないのだろう」と再度尋ねると「金への欲は眼を眩ませるのさ。だからオレは稼げるんだ」。明解な返答。