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このプロジェクトは、2021/04/05に募集を開始し、 4人の支援により 18,000円の資金を集め、 2021/06/04に募集を終了しました

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18,000円

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目標金額1,000,000円

支援者数4人

このプロジェクトは、2021/04/05に募集を開始し、 4人の支援により 18,000円の資金を集め、 2021/06/04に募集を終了しました

お届けする作品は『未来探検隊』の他三つです。四作品とも未発表。何れもワープロ原稿をワードの添付メールで送信。僕に送り先のメルアドが届き次第、直ちに送ります。スマホや他の携帯には送れても容量が大き過ぎて開けません。パソコンは大丈夫。ワードで圧縮せずに送るので今までの経験では問題なしでした。

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 マリアからメールが届いた。 —こともあろうに佐々木薫子から手紙が昨日届いた。わたしが彼女を知らない前提で書かれていた。頭が悪い。海彦は佐々木薫子のにじり寄りに屈しなかったんだ。頑張ったんだ。それが面白くなくて口惜しくて橘南と云う女子をわたしに告げた。わたしと海彦の関係を壊すのが目的。要するに海彦へのリベンジ。これから彼女から手紙が来ても無視。封を開かずにゴミ箱行き。それはそれとして橘南ってどんな娘。海彦はつき合っているの…。わたしが思った通り海彦はやっぱりモテている。少しヤキモチ— まったく油断ができない。俺と橘南が並んで歩いているところを宮澤洋子か佐々木薫子、そうでなければ別のお喋りな女子が見かけて騒いだんだ。佐々木薫子はマリアが言った通り頭が悪い。根性がねじ曲がっているから頭が悪くなる。佐々木薫子が、俺ににじり寄っ   た時に、彼是と考えたひとつ、マリアへの手紙は正しかった。俺が籠絡された時の手紙は予測できる。誇らしげに、高らかに、自分と俺との関係を、これでもかとマリアに主張する。マリアが呆れ果てて、俺との絶縁を決めるまで、これでもかは続く。 佐々木薫子の手紙は大した問題ではない。笑止と云う他ない。 マリアは橘南を知った。「付き合っているの…」と尋ねられた。 返事を送らなければならない。それも直ぐに。嘘はつけない。                                    在りのままを伝えて分かってもらえるのだろうか。友達以上恋人未満を分かってもらうのは無理。俺自身が分かっていない。南と俺はつき合っているのだろうか…。「つき合うとは親密な相思相愛の関係」と南が言った。俺と南は親密であっても相思相愛ではない。ひと言で云えば仲良し。幼馴染みの仲良し。それだけで言い表わせられるのだろうか。南は俺への気持ちを伝えてきた。今のところ俺には南への恋愛感情はない。同情が大半を占めている。しかしこれからは分からない。南は凛々しい。逆境が凛々しさを強めた。魅力的ではないか…と問われたら、俺は魅力的と答えてしまう。 俺が悩んでいるのはマリアに悪く想われたくないからだ。マリアに橘南を安心して欲しいからだ。在りのままは安心してもらえない。だいたい俺自身が揺れ動いている。在りのままは揺れ動いている俺をマリアに伝えてしまう。 それで良いはずがない。 今夜中にマリアに返信しなければダメだ。遅れるとマリアに不信を持たれる。それに南を傷つけるような文章は書けない。 今は二十一時半。海彦は橘南の携帯にメールした。—相談があるんだ。これから行ってもイイ…⁉…— 直ぐに返信が届いた。—OK。アップルティを準備して待っている。パイもあるよ— 海彦はマリアからのメールをプリントして走った。南の部屋までは走って十五分。二十二時前に着かなくては。過ぎると夜更けの怪しい時間になってしまう。それだけは避けなくては…。俺と南は怪しい関係ではないんだ。南は俺の相談に応じてくれるのだろうか…。 マリアに安心してもらう。南にも納得してもらえる文面を、どうしても思いつかない。南への相談は窮余の一策。余りにも情けない。情けないけれど、此処は、正念場だ。格好つけると後々困るに決まっている。窮地に陥るのは俺だ。恥はいち時。 橘南は一F玄関で出迎えてくれた。「海彦。どうしたの。なんか切羽詰まっているみたい」「そうなんだ。生涯最大のピンチなんだ」「生涯最大のピンチとは穏やかではないね。お茶の準備できているよ」 海彦は差し出されたアップルティに手を付ける前にプリントを橘南に示した。 それを読んだ橘南がすかさず言った。                                 「海彦ってバカ…⁉…」 海彦は紅茶を吹き出しそうになった。「バカなのかも知れないなぁ。マリアへの返信を南に相談しようとしているんだから…」「だってさ。橘南とは小五の時からの幼馴染み。そう打ち込めば済むじゃない」「それで良いのだろうかと考え始めた。南と俺は幼馴染み。これは間違っていない。しかし今は幼馴染みのままなんだろうか。南は俺を三回もドキッとさせた。南は友達以上恋人未満が望みと言った。それを聞いて俺は嬉しかったんだ。友達以上恋人未満に挑戦しようと想ってしまった。だけど俺には友達以上恋人未満のイメージがつかないのも事実。そんな時にマリアからメールが来てしまった。今の俺と南はただの幼馴染みでは無い」「海彦って正直の前にバカがつく」「嘘も方便はイヤなんだ」「海彦ってそうだよね。小っちゃい頃から嘘を嫌っていた。嫌だって言うのは分かる。このままではワタシからのプレゼンは無理。質問してから考える」「質問。どうぞ」「こともあろうに佐々木薫子から手紙が来た。この意味が分からない。マリアは佐々木薫子を知っているんだ…。佐々木薫子のにじり寄りってナニ…」 海彦は順を追って話した。 正月の軽音楽部の音出しでのマリアへの敵対。海彦は私のモノ。イザベル。マリアからの警告。にじり寄り。三学期終業式の後の佐々木薫子の…誘惑…。最後に宮澤洋子からの「残酷」と「軽蔑」。もし俺が佐々木薫子に殺られてしまったらマリアとの関係は継続していない。それへが妖怪たる佐々木薫子の狙い。そして南からコクられていない…と。         「そうだったんだ。これが海彦がケイベツされている真実なんだ。彼女は病んでいる。その病巣が何か、分からないけれど確かに病んでいる。海彦なら薫子を救えるかも知れないね。マリアとの勝負の他に薫子は海彦に救って欲しかったのでは…。今ふっと想った」「止せよ。今そんなこと言うのは…」「ごめん。女の娘は何も無くして妖怪にはならない。なるにはそれなりの理由がある」「俺が悩んでいるのはもうひとつ在る。マリアからのメールに佐々木薫子からの手紙が示されていない。要約が在るだけ。これが問題だ。だいだいは分かる。しかしながら詳細が分からない。南のことをどのように書いたのかはまったく分からない。恐らくアリアは幼馴染みでは納得しない。きっと数々の疑問を持つ。海彦は真実を書いていないと…」                                   「分かった。薫子がワタシを良く書くはずがない。いま少し考える」「紅茶のお代わりは…」「お願いします」 二十四時を過ぎていた。怪しい時間に突入してしまった。「マリアには小五からの幼馴染みの仲良しと書く。ワタシと海彦の今を書く必要はない。ワタシとは付き合っていないと書くべき。だって付き合っていないもの。海彦はワタシをどう書くのか悩み抜いた。それはワタシを傷つけまいと考えたから。優しすぎると馬鹿に近づくんだね。とんでもない馬鹿にコクったのかも知れない。それを今夜感じてしまった。ワタシ。海彦の子供なら産んでも良いと思っているんだ。だってさ。ワタシには家族が居ない。やっぱ家族を持ちたい。海彦の子供をたくさん欲しい。これって超フライングだって分かっているから気にしないで。でも言える時に言っておきたかったんだ」 海彦は家に向かって走った。やはり相談して良かった。橘南にバカと言われても相談して良かった。小五からの幼馴染みの仲良し。付き合ってはいない。これを軸に据えられるならスッキリとした返信を書ける。震災で両親を喪った南の過去は伏せておく。書かなければならない内容だけれど今は伏せるのが最善だ。マリアに疑問を持たれないのが最重要。今夜はドキッとさせられなかった。代わりにガア~ンが鳴った。走っている海彦にはマリアへの返信とガア~ンが交錯した。返信の文面がまとまってくると「海彦の子供をたくさん欲しい」が海彦を支配した。友達以上で恋人未満の関係では在り得ない「海彦の子供をたくさん欲しい」。強烈。橘南は先をイメージして見据える。見据えると突撃。イメージは限りなく膨らむのが常。それに怪しい時間に突入するからこんなことになる。怪しい時間が南に言わせたんだ。俺が主導権を握っていると思ったのは錯覚だった。「友達以上恋人未満」は橘南の究極のレトリック。もはや浮かれている場合では無い。—俺は監視されているみたいだ。気味が悪い。注意しなければ…‼…— 海彦はマリアへのメールの最後にこう書き添えた。 次々と難問が浮かび上ってくる。東の空が茜色に染まっていた。 俺はどうすれば良いのだ。マリアとは切っても切れない関係。南が言った通り橘南とは直ぐにでも切れる関係だ。関係を遮断するのは常に俺の方だ。遮断して良いのか。マリアから絶縁されてもマリアとの関係は切れない。嘉蔵が存在する限りは切っても切れない関係。絶縁で困るのはバンドの維持。もし俺が南と付き合い、それがマリアに知れた時には                                   絶縁も在り得る。でもちょっと待て。本当にそうなるのだろうか。俺とマリアは付き合っているのだろうか。付き合っているような、いないような可笑しな情況だ。他人同士の男と女の付き合いを前提にすれば付き合っていない。出逢った時から付き合いが始まったとも云える。俺とマリアの約束はふたつ。「Sea You Again」とバンド。このふたつは限りなく付き合っているに近づく。近づいても俺はマリアと付き合っている自覚がない。出逢ってから自然の流れで今日まで来ている。付き合う覚悟が無いから自覚が無いのだ。マリアはどうなのだろう。マリアが俺を困らせたのは俺の覚悟を試したのだろうか。それとも激したひと時の感情を爆発させただけなのだろうか。そうだとしても激するには激するだけの感情の大本が在る。それに基づかなければ激さない。マリアも無自覚に俺との付き合いを望んでいたからなのだろうか。そんなことは在り得ない。俺と違ってマリアはボヤ~としていない。やはり俺の覚悟を試したのだ。「付き合う」との言葉を交さずともマリアは俺と付き合うのを望んでいる。そして付き合っていると思っている。他人同士の男と女の付き合いとは違う付き合いを求めている。それにも覚悟が要る。俺とマリアはこれからどのように付き合ってゆくのだろう。付き合っていけるのだろうか。バンドなくして俺とマリアの付き合いは継続しない。橘南の「友達以上恋人未満」は現況を見据えたプロポーズ。この申し出に応じた時には付き合っているのと同じだ。だから俺は今考えさせられている。南は俺に覚悟を求めている。今と先を見透さなければ覚悟できない。覚悟を無理強いすることはできない。無理強いした覚悟は直ぐに破綻するに決まっている。そうなれば俺はマリアにも橘南にも失礼な男になる。やはり今と先を見透さなければ覚悟できない。マリアとの先を見透すとはバンド。これを抜きには考えられない。南との先は見えない。見えないと覚悟できない。やはり南に今は覚悟できないと言う他ない。  翌日、海彦は橘南が希望したイオン仙台店のフードコートで待ち合わせた。                                橘南は既に買い物を済ませていた。「今日は安売りの火曜日なの。まとめ買い。主婦みたいでしょう」 長葱の青緑色がはみ出していた黄色のエコバックを橘南は開いた。野菜や肉魚、一〇ケ入りの卵パックや冷凍食品が入っていた。お菓子も少し。「休憩しない」「うん。俺。ミスドで何か買ってくる」「一緒に行く」                                    「そうだな」「海彦。ちょっと変。心ここに非ずと言った感じ。何か買ってくるのは変。南。何にする…と聞くのが普通。それから飲み物どうする…でしょう。どうしたの。何かあったの…」「マリアにメールを送ってから南を考えた」。海彦は昨夜のガア~ンから考えた内容を南に告げた。最後に「俺は今、覚悟できない」と言った。                                   「海彦って本当にバカ…‼…。ワタシ。海彦に覚悟を求めてコクっていない。マリアの次で構わないと言っただけ。海彦と時どき今日のように一緒に居たいだけ。切っても切れないマリアに敵わないと言っているのに。ワタシは奥目で美人でないし唄えない。海彦に何かをもたらす女子でも無い。何処にでも居る普通の女子高生。ワタシが邪魔なら、荷物なら、重い荷物ならそう言って。ワタシ。海彦の前から消えるから」 橘南は通路に立ち尽くし、瞳を見開いたまま、大粒の涙を流し、拭おうともしなかった。「そんなこと言えないよ。俺たちは小五の時に離れ離れになったけれど幼馴染みだろう。小五の時は仲良しだった南にそんなこと言えない。俺は喪った南との七年を埋めたい。先のことはそれからだ。今夜のご飯はナニ。ご馳走して下さい」 海彦は橘南の頬に両手を添えて親指で涙をぬぐった。 橘南は海彦の首に飛びついた。 号泣。 海彦は波打っている橘南の背中を抱え上げた 床に置かれたエコバックが崩れ、玉葱がひとつ転がり出た。「牛シャブ」■『アンダルシアの木洩れ日』の抜粋は明日のその15で終了します。次は『スパニッ シュダンス』の抜粋を届けます。また4/12にリターンを見直しました。活動報告の4 /12をクリックして検討下さい。


 新学期が始まった。海彦は高三の春を迎えた。 桜が咲いた。今年も青葉山公園の桜の蕾が開いた。カルロス・デ・メサ公園の桜より一ケ月以上も遅い。マリアから「今年も桜が咲いた。桜が咲き、花びらが舞い降りて落ちてゆく様子を見つめていると日本人が花鳥風月を愛でているのが分かる」とメールが届いていた。「花鳥風月」と「愛でる」を何処で知ったのだろう。国語のトレーニングを放棄している日本人なら一生使わない言葉。「愛でる」は辞典からだ。  授業が終わり久しぶりに部室に入ると海彦は佐々木薫子を探した。居なかった。肩の力                                     が抜けた。俺は「イクジナシ」でも構わない。これからも「イクジナシ」で通す。そう力んでいたのが抜けた。これでありのままの、普段通りの自分で居られる。 隣のクラスの宮澤洋子が近寄って来た。表情がこわばっていた。「海彦。薫子に何したの」                                                          「えっ。何もしていないよ。ナニ…」                                「嘘。薫子は春休中ズーッとふさぎ込んで見ていられなかった。わたしは小学校から一緒。                               心配になって訳を聞いた」 宮澤洋子は腰に両手を当てて海彦の前に仁王立ち。「ホントだよ。俺は何もしていない」「嘘ばっか。コクったけれど速攻で振られたと言っていた」「俺は何もしていないから振ってもいない」「分かった。薫子が傷ついた訳が分かった。コクった後に返事が無いのが一番残酷。海彦ってそんな人間だったんだ。ケイベツ」 宮澤洋子は嫌なものを見たと一瞥。海彦から離れた。 海彦は女子から攻撃を受けたことが無かった。唖然とするばかり。 佐々木薫子は自分が告白したら、誘惑したら、男は意のままになると確信している。だから傷ついた。ただそれだけ。身勝手も極まりない。肝心な誘惑を隠して友人に俺を軽蔑させる。薫子の陰湿で、しつこい、執念めいた復讐。若年にして既に妖怪。  妖怪の行動原理とは己の欲望欲求の実現がすべて。海彦はそれを嫌と云うほど学習させられてしまった。少し休んでいる間に部室は居心地の良い処では無くなった。「イクジナシ」で「ケイベツ」されてしまった俺は部室に出て来るべきではない。それが良い。だいいち気分が悪くなる。海彦はリュックを背負い、ギターケースを持って部室を出た。逃げ出すようでこれも不愉快。  海彦が靴入れのロッカーを開けた時だった。「海彦。もう帰るの…」 振り向くと弓道着姿の橘南だった。ポニーテール。弓道部の女子は、みんな、同じ髪型。「話しできる…。時間ある…」「構わないよ。どうしたの…」「良かった。少し待っていてくれる。着替えてくる」 海彦は橘南の突然の出現に戸惑った。また嫌なことを言われるのだろうか。そんなこと                                   は無い。俺に声をかけた橘南は何処か嬉しそうだった。嬉しそうに俺に嫌なことを言い、打ちのめそうとするなら南は悪魔だ。俺の知る限りでは南は悪魔では無い。小五では同じクラス。津波から逃れた屋上で俺は南と手を繋ぎ同じ毛布にくるまっていた。俺は繋いだ手を放すと恐くて立っていられなかった。それは橘南も同じだった。 橘南は両親と祖母を喪った。一人娘の南は母親の実家に身を寄せることになった。「南は引っ越すことになった。これからは会津若松の学校に通う。南の環境が変わる。知らない土地での生活は何かと大変だ。みんなで南を応援しよう。手紙を書こう」 これが担任の送別だった。女子の大半が泣いていた。「ワタシは明日から会津若松で生きてゆきます。家族を喪ったのはワタシだけじゃない。亡くなった多くの方々にも家族が在った。ワタシは敗けません。ここでくじけてしまったら母と父が悲しみます。また仙台に戻ってきた時には仲良くして下さい」 海彦には橘南のお別れの挨拶が記憶に残っていた。 俺は手紙を書かなかった。クラスの男子も女子も手紙を書いたのに俺は書かなかった。書かなかった理由は覚えていない。中学に進むとみんな橘南へ手紙を書かなくなった。それから五年。南は仙台に戻って来た。俺と同じ高校に通うようになった。 そして今、俺は橘南から声をかけられた。 海彦は玄関と校門を行ったり来たり。「待たせてごめん」 橘南は髪を後ろになびかせ走り寄って来た。 長袖の白いブラウスに濃紺の毛糸のベスト。胸元には赤と白のⅤライン。ミディアムミニのフレアスカートも濃紺。色を合わせたタイツと白いソックス。靴は黒のローファー。制服が指定されていない高校女子の定番の出で立ち。似合っていた。弓道着姿とまったく趣が違う爽やかな橘南。髪は同じだった。よく見ると髪を束ねるゴムバンが白から赤に。 橘南は小五の時とは別人だった。南は引っ込み思案の泣き虫だった。それが変わった。弓道着が似合う凛々しさ。それは瞳に現れていた。強い意志が瞳の奥に潜んでいる。 俺の両親が津波に殺られてしまったら俺はこうして立っていられるのだろうか…。 俺たちは先生の指示で屋上から三階の教室に移った。風が無くて温かかった。それでも誰も毛布を離さない。自家発電が止まっていた。燃料切れ。男子と女子は別々に固まって身を寄せていた。俺は毛布を橘南に渡した。南は…大丈夫‼…と眼で訴えた。「俺は大丈夫だ」                                     夕方になって俺には母さんが迎えに来た。クラスの一人一人の身内の者が迎えに来た。みんな長靴がドロドロだった。顔も服も泥まみれだった。 橘南には迎える者が一人も現れなかった。俺が帰った後の橘南はどうしていたのだろう。俺が知っているのは、学校が再開した、その日の橘南のお別れの挨拶。「海彦。薫子を振ったんだって…。クラスの女子はみんな知っている。洋子が一人の女子に言った。その娘はお喋りであっと云う間に広がった。みんな退屈しているから、誰彼がふっついた、別れた話しに飛び付く。洋子の計算通り。それで海彦はケイベツされている。でもそう想わない女子も居るんだ。それがワタシ」「…」「ワタシ。薫子が嫌いなんだ。自己チューの見本。口を開けば周囲の女子の悪口ばっか。髪型がダサイとか男子の気を惹こうとする流し目がイヤラシイとか。私も被害に遭った」「被害って…」「両親を喪った同情を頼りにしている。哀れっぽさを売りにして両親の保険金で誰にも煩わされずのうのうと一人暮らしを楽しんでいる。これ以上言わない。恥ずかしいし悲しくなるから。これはお喋りな女子からの伝聞」 海彦はバス停に向かって橘南と並んで歩いた。 「ワタシ。小学校の屋上で海彦と手を繋いで一枚の毛布にくるまっていた。覚えている」「忘れたくても忘れられない」「家の方角は黒い引き波。瓦礫の山。家は引き波の中だった。恐ろしくて海彦の腕にしがみついた。海彦はワタシの手を強く握り返してくれた。毛布が風に煽られて飛ばされそうになった時、海彦は毛布とワタシを支えてくれた。海彦も震えていた。でも優しかった。寒かったけれど温かかった。そんな海彦をワタシはケイベツできない。でけれど海彦は手紙をくれなかった。どうしてなんだろうと何時も想っていた。どうして…」 橘南は車道側を歩いている。 海彦はギターケースを右手に持ち換え車道側に位置を変えた。「ハッキリした理由は無いんだ。みんな手紙を書いたのに俺は書かなかった。覚えている                                   のは南を応援する文章が思い浮かばなかった。みんな同じような文章を綴っている。それで南が元気になるのなら書く意味がある。でも南は俺たちの手紙で元気にはならない。会津若松で暮らす南は俺たちからの手紙で津波を追体験するだけだと考えてしまった」「そうなんだ。ワタシ。馬鹿みたい。海彦からの手紙だけを待っていた。海彦からの手紙                                  はワタシに元気と勇気をもたらしてくれると思っていた。でも来なかった。海彦はもうワタシを忘れてしまったんだ。それが悲しかった」 そうだったんだ。俺からの手紙を待っていたのにハッキリした理由も無く書かなかったんだ。ガキの頃から馬鹿で間抜けな俺。南は哀しみを心の奥に溜め込んでいる。俺たちの手紙では無く俺の手紙を待っていたんだ。南は知らない土地での新しい環境を俺に知らせたかった。俺と文通したかったんだ。文通ならば一方通行にならない。応援できる。当時の俺は女子との文通は想定外だった。「海彦がどの高校を受験するのか気になった。海彦に手紙を書いて教えてもらおうと考えたんだ。でも勇気が無かった。それで恐らくこの高校と決めたんだ。だってさ仙台で大学進学を決めている男子と女子は一高か二高を受験する。海彦は二高を受けると思った。同じ青葉区で家から近い。それと一高は理系。海彦は小五の時から文系だった。どっちも偏差値が高い。けれど海彦は受験に失敗しない。ワタシの推理が外れたら縁が無かったと諦めようと…。ワタシ。婆ちゃん爺ちゃんを説得して仙台に来た。外れなくて良かった」 俺の不作為が橘南の進路を決めてしまった。違う。文通していても南は必ず仙台の今の高校に来る。結果は同じだ。南の推理の正確さ。それに基づいて祖父母を説得して仙台行きと受験先を決めた南の決断力。外れたら縁が無かったと諦める心の強さに驚嘆。小五の俺を分析して文系と断定した南の分析力。そして合格。恐ろしいほど凄い。「よく説得できたね」「かなり強引に我儘を通した」「我儘を通すって…」「良くしてくれているのが辛いって。これって立派な我儘でしょう。本当に辛かったのが仙台と会津若松の違い。馴染めなかったんだ。言葉も文化も違う。歴史が違うから互いの相違はしょうがない。ワタシからは海彦が居る仙台が離れられなかった」「なさぬことはならぬ。什の掟かぁ」「海彦。鋭い。さすが文系。ワタシは、為さねば成らぬ何ごとも、の方が合っている。会津若松の人たちは今でも、なさぬことはならぬ、で凝り固まっている。小学校では毎朝の                              ようにクラス全員で什の掟を唱和するんだ。目上の人と意見が対立した時の決め言葉が、なさぬことはならぬ。これで一件落着する。初めのうちは訳が分からなくポカ~ン。会津若松では封建時代が今も続いている。これが会津若松人のIdentity。嫌だった」「仙台も似ている処が在る。最も偉いのが政宗。他は許されない。この価値基準は絶対だ。                                    仙台版なさぬことはならぬ。他所の土地から移り住んだ人には未来永劫、馴染まない」「そうかもね。海彦とこうして話しているのは夢みたい。ワタシ。会津若松での暮らしは思い出したくない。婆ちゃん爺ちゃんから叱られたことないんだ。叔母さんや伯父さんも従妹たちも優しかった。それが苦しかった。普通にしてくれないんだ。何時も南は可哀そうが感じ取れてしまう。ゴメン。こんなことを話したのは海彦が初めて」「全然嫌な話しじゃない。南がどのようにして会津若松で過ごしていたのか分かった」「ワタシ。時々でいいから海彦とお喋りして、笑ったり、怒ったり、口惜しがったり、一緒にご飯を食べたり、たまには涙を流したいんだ」「それって付き合うってことだよね」「そうかも知れない。でもさ。付き合うって相思相愛で親密って感じ。ワタシ。海彦とは友達以上恋人未満が望みなの。だって海彦と相思相愛になってしまったら甘えてしまって自分を保てなくなる。自分が自分で無くなるのが恐い」「南。俺を良く言ってくれるのは嬉しい。でも買い被り過ぎ」「そんなことない。これからワタシの部屋に来ない。お茶しよう。紅茶は得意なんだ」 海彦は「ワタシの部屋に来ない」にドキッ。「俺。女子の部屋に入ったことない」「ワタシの部屋には誰も入ったことない。部屋を借りた時に爺ちゃんが保証人で付いて来てくれた。その時が初めてで最後。海彦は小五の頃と変わっていない。力強いシャイ」 海彦には橘南の誘いを断る理由が無かった。「ワタシの部屋に来ない」に海彦の鼓動が早まった。「部屋は明神横丁二丁目。通学はチャリか歩き。学校まで歩くと一五分」 二人はバス停を通り過ぎた。 宮澤洋子が二人の後ろ姿を見つめていた。そして隠れるように後をつけた。 橘南の部屋は七階建て鉄筋コンクリートの五階に在った。オートロック。震災後に建て                           られたのが一目で分かる耐震設計。外壁に補強の柱がクロスしていた。 南が「暗証番号が可笑しいんだ。(#)ゴクローサン(呼)」。 海彦はエレベーターに乗った。「部屋を決めたのは爺ちゃん。二と五階が空いていた。五階なら津波に殺られない」                                      部屋は綺麗に片付けられていた。今日俺が来たのは偶然。俺を予定して片付け、掃除したのとは訳が違う。俺の部屋と云えばグチャグチャ。母さんの掃除をアテにしている。 一LDKの部屋は海彦のイメージと違った。キャラクターとか縫いぐるみとか花柄の調度品が無い。通されたリヴィングは七畳ほどのフローリング。見る限り男の部屋か女の部屋かが分からない。白い長方形の座卓の上にテレビ。その並びの棚にCDプレーヤーとチューナーとアンプ。棚にはCDが小さな木製のブックエンドに納められていた。『Bose』のスピーカーが本棚の五段目に組み込まれている。Zライトが取り付けられた白い折りたたみ机にはパソコン。その両側にも同じ机。合わせると三つ。机が広い。真似しよう。机は『ニトリ』。机の左には二段と三段の収納プラスチックが重ねられ、その上にはプリンターとスキャナー。固定されていない。これは危ない。震度四で倒れる。本棚もそうだ。天井までの本棚。八枚の横板。ガスストーブが本棚の中央に据えられていた。これは素人細工では無い。大工さんに頼んだのだろう。肘掛けが付いた五本足の回転椅子。折りたたみの正方形の白い座卓が本棚に立てかけられていた。南はこの上で食事しているのだろう。リヴィングと台所は別々。壁とドアで遮断されていた。これでリヴィングの独立が保たれていた。台所には冷蔵庫が置かれ、スタンド式の掃除機が立てかけられていた。ガスレンジの上の天井には大きな排気口が。タイルの壁には大小の手鍋やフライパン。中華鍋が掛けられていた。磨かれている。使い勝手が良さそう。整理整頓が上手だ。工夫している。 独りで暮らすとは工夫しなければいけないんだ。でも洗濯機が見当たらなかった。 海彦は南の暮らしぶりを垣間見た。 健気に暮らしている在り様が海彦の鼓動を鎮めた。 壁には弓道の賞状が二枚飾られていた。市の大会で一位。県大会では二位。何れも新人戦。その時の写真が無い。写真が一枚も無い部屋だった。そして海彦の座る処が無かった。「南。何処に座ったらイイ…」「あっ。回転椅子に座って」「でもこの椅子は南が座るんだろう」                                     「そうだけどイイの。椅子はひとつしかないんだ。ワタシの場所は何とかする」 海彦は言われるまま回転椅子に腰を下ろした。 南は台所でエプロン。「殺風景な部屋でしょう」。「縫いぐるみとかキャラクターが沢山あると思っていた」「昔はそうだった。この部屋で暮らすようになってから必要なくなった。ワタシ。過去を                                     捨てたんだ。捨てられなかったのは海彦だけ。オレンジペコを入れている。クッキーが在るんだ。昨日焼いた。美味しいよ。一緒に食べてくれる」  海彦は「捨てられなかったのは海彦だけ」に二回目のドキッ。 南はマリアを知らないのだろうか。そんなはずはない。 橘南はオレンジペコとクッキーを閉じているパソコンの前に置いた。そして折りたたみの座卓を開き、その上に腰かけ、自分の紅茶とクッキーを横に置いた。「何時か、海彦とこんな話しができるチャンスが巡って来ると想っていた。勇気を出して海彦に想いを告げる時が必ず来るって。でもチャンスは訪れなかった。海彦は女子に人気なんだ。楽器が上手いし、羽生結弦に似ていて背丈も同じくらい。優しさはワタシの折り紙付き。ワタシ。海彦が誰とも付き合わないよう願掛けしてた。願掛けは大成功。薫子を振った。それで海彦の評判が一気に下がった。今がチャンスと思ったの」 海彦には急落した評判の一部始終が読み取れた。 宮澤洋子なら「残酷」と言い「軽蔑」をふれまわる。「ワタシ。入学してから海彦だけを見つめてきたんだ。小五の時はワタシと同じ位の身長。それが随分と伸びた。今では二〇センチ以上も違う。おまけに髪も伸びた」 海彦は三回目のドキッ。「馴れ馴れしく話しかけると迷惑かも知れない。だから見つめるしかできなかった。ストーカーにならなかったのは理性。それとチャンスは必ず来ると信じていたから」 南は嬉しそうに今までの想いを俺に伝えている。 嫌な話しでなかったことに救われた。 救われても、海彦は、南の想いに、どう応えて良いのか、分からなかった。「紅茶のお代わりは…」「うん。いらない」「口に合わなかった」                                   「美味しかった。南のよどみなく流れるような話しにボ~ッとしているだけ。俺は南にモテている。それに驚いてしまった。未熟者の俺がモテる筈ないと思っていたから。何か変な感じなんだ。マダマダの俺は今を上手く説明できない」「突然過ぎたかも。でもどんな時でもワタシの話しは突然になってしまう。時間が空き過ぎている。七年もの時間が経ってしまった」「俺。手紙を書いて南と文通すれば良かったんだ。そうしたら南に辛い想いをさせなかっ                                    た。小五の時は思いつかなかった」「海彦。女の娘を全然分かっていない。何時も想っていられる男子が居るのは楽しい。ケッコウ幸せなんだ。今ごろ何しているのだろうとか、何を考えているんだろう…」「そんなものなんだ」「そんなものです。本当に海彦は女の娘と付き合ったことがないんだね」 南は海彦をマジマジと見つめクスッと笑った。「ワタシの話しは後少しで終わる。最後まで聞いてくれる」「うん」「三月十一日が近づいてくると辛くなる。誰かにすがりたくなるんだ。そんなことを毎年繰り返している。これがワタシの定めと思っていても悟れない。時どき現実を受け入れられなくなる。寂しくなる。それが三月十一日。これで終わり。今日は七年分をいっぺんに喋った。海彦。聞いてくれてありがとう。お願いはひとつ。重くならないで…」「うん。分かった。重くならないよう、俺、考える。今日は橘南を考える」「海彦。また遊びに来てくれる。今度はご飯を作る。ワタシ。料理も得意なんだ。婆ちゃんの手伝いで覚えた。仙台に来てからは独りのご飯だから二人で食べてみたい」「それも考える。南。マリアを知っている…?…」「もちろん。三学期が始まった時に男子は大騒ぎしていた。軽音楽部の男子からスマホで撮ったマリアの写真を見せられた。飛び切りの美人。大騒ぎするのは当然かなって」「そっか。マリアは唄と喋りで軽音楽部の男子を虜にしてしまったからなんだ」「海彦にとってマリアは親戚のような人でしょう。親戚よりも身近かも知れない。海彦がマリアに魅かれても魅かれなくても切っても切れない関係。ワタシとは切ろうと思えば直ぐにでも切れる他人の関係。海彦がワタシと仲良くしてくれても仲良くしてくれなくてもマリアとの関係は続く。だからワタシ。遠くて近いマリアを気にしていないんだ」 友達以上恋人未満。海彦はこれが分からなかった。友達と恋人の間とはどんな関係なんだろう。今日の今から橘南と友達になれる。これは難しくない。そこに恋人未満が組み込まれると漠然としてしまう。恋人ならハッキリして分かり易い。未満とは何だ。マリアが来てから恐ろしい女が次々と現れる。先ずマリアがそうだ。そして佐々木薫子と橘南。マリアが恐ろしい女を道連れにして来たのだろうか。俺と違って三人ともボヤ~としていない。三人とも何かしらを見据えている。 同情以外の感情は今の俺には無い。二人の時間を積み重ねたら同情以外の感情が芽生え                                    るかも知れない。そうなったら恋心。俺にはマリアが居る。今の気持ちを率直に南に告げる他ない。曖昧にしていたら南に失礼だ。間抜けな俺を再現してはいけない。「ワタシ。海彦の同情でも構わない。海彦の同情なら受け入れられる。同情は長く続かないから。三月十一日は小五の時の過去。更新されない。今日ワタシは海彦と一緒の時間を持てた。これからは未来。これからを続けられるなら海彦の裡でワタシの記憶は更新される。同情はどんどん小さくなる。それがワタシの望みなんだ」 先に言われてしまった。…橘南は俺の同情を見越していたんだ。俺からの同情が消えない限り自分は恋人にはなれないと知っているんだ。だから恋人未満なんだ。男と女がいきなり恋人同士にはなれない。なるには、そうならしめるプロセスが必要だ。南はそれに賭けると言っているんだ。それと南は俺とマリアは恋人同士にはならない。なれないと見抜いているんだ。遠くて近い、切ろうとしても切れない関係。俺とマリアは恋人同士になれないのだろうか… 海彦はここで思考停止に陥った。いま先を考えても何も見えてこない。…俺にはやるべきことがひとつある…「南は重くならないでと言った。でも重い。それを言わない方が男らしいのかも知れない。でも隠せない。気づいたことがあるんだ。南の部屋の地震対策。プリンターとスキャナーが置かれている処と本棚の地震対策。此処は五階。揺れが大きくなる。今日は道具を持っていない。準備して明日にも施す。そうしないと危険。心配だ」「海彦。ありがとう。お願いします。良かった。コクって」 橘南は晴れやかだった。海彦には南の晴れやかが眩しかった。 翌日。海彦は昼休みに橘南の携帯にメール。—きょう授業が終わったら材料を『ビバホーム』で買って南の部屋に行こうと思っているけれど、どう…。工具はリュックに入っているんだ——ワタシ。部屋で待っています。きのう海彦は「今日は橘南を考える」と言った。ワタシの何を考えたのか。興味ありです— 海彦は苦労せずに橘南の部屋の耐震施工を終えた。 作業している間、南は海彦の段取りと工程を見つめていた。「やり方は分かった。次からは独りで出来る。ありがとう。お礼にご飯と思ったけれど今はまだフライング。機会を待ちます」                                    「南を考えたんだけれど全然まとまらなかった」「そっかぁ~。そうだよね。いきなりコクられて、その返事だものね」 橘南は神妙な面持ちで言った。 海彦は橘南と居る時間が心地良かった。三たびのドキッが在っても、それは俺への想いだった。南は俺に悪しき刺激を投げかけてこない。「わたし。帰る」とは間違っても言わない。「帰らないと約束できない。海彦次第」とも言わない。 緊張しなくても済む。身構えなくても良い。幼馴染みだからかも知れない。 俺とマリアではマリアが主導権を握っている。 橘南とでは俺が主導権を握っている。この違いは大きい。気が楽だ。ビクつかない。   一週間後には二人が付き合っていると同学年の女子全員が知った。 


—わたしには心配がひとつある。佐々木薫子に注意して。彼女は性悪女の眼をしている。同じクラスに佐々木薫子と似た眼をしている女の娘が居る。名前はイザベル。彼女は人のものを獲るのが好きみたい。クラスの娘が付き合っていた他の高校の男子を誘惑して獲ってしまった。獲るのが目的だったから獲った後はその男子をポイと捨ててしまった。海彦。油断したらダメ。佐々木薫子は突然現れて来てにじり寄ってくる。それを繰り返す— カトリックの女子高校は敬虔が校風。日本ではそうだ。スペインは違うのかも。イザベルの乱れ方は日本の女子高校生と変わらない。佐々木薫子が、俺を誘惑して、自分のものにして、それから俺をポイ捨てする。海彦にはどうにも現実的には思えなかった。 佐々木薫子には付き合っている奴が居る。一学年上の陸上部の男。これは周知の事実。先ずはそれを伝えなくては…。それを知ればマリアは安心できる。—マリアへ。佐々木薫子には付き合っている男が居る。だからマリアは心配しないで欲しい。イザベルのことは分からないけれど佐々木薫子はイザベルではないから—  十五分後にメールが返ってきた。                                     —海彦は甘い。女の娘を知らなさ過ぎる。普通の女の娘なら付き合っている男子が居たら他の男子を誘惑しない。性悪女は稀にしか居ない。稀な性悪女は付き合っている男子が居                                                                 ても関係ない。自分の望みを遂げるまで追及する。その結果、付き合っている男子と別れても構わないと考える。そこが恐ろしい処。わたしの学校ではイザベルがチャンピオンだけれど似たような女子が二、三人居る。みんな大人びていて男子の眼を惹く美人揃い。みんな自分の女に自信を持っている。佐々木薫子は恐ろしい女。警戒を怠らないように— 女の娘とは男と別の部類に入る生きものなのかも知れない。そのチャンピオンが佐々木薫子。そうマリアが言っている。男子は付き合っている女の娘が居たら他の女子を誘惑し                                   たりはしない。それをマリアは甘いと言い切った。これはかなりヤバイのかも。佐々木薫子は同じ一七歳なのに大人の色香を漂わせている。スタイル良し。顔良しの美人。それで                                                                      迫られたら男子はみんなイチコロ。俺もマリアが居なかったらイチコロに殺られる。                                    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 四日は軽音楽部の「音出し」。 メンバーが冬休みに入ってから創った曲を持ち寄ってのお披露目。 昨夜、海彦は部長に「創れなかった」と携帯で伝え、マリアの参加の同意を得た。 軽音楽部の練習場は音楽教室。此処は防音の造り。緩やかな傾斜の階段教室。小さなステージにはグランドピアノが置かれ、アンプ・スピーカー・ミキサー・マイク・ドラムが常設されている。普段は施錠され、鍵は部長に託されていた。エアコンは無かった。代わりに煙突付きの大きな灯油ストーブが在った。仙台の冬の備え。それが焚かれていた。 部員は二十五名。女子は十五名。女子のほとんどがボーカル。全員が合唱部にも所属していた。女子で楽器を扱えるのは八名。キーボードとドラム以外のパーカッション。 部の決まりは無い。週二日の練習日に集まり、思い切り音を出して唄う。それが部の結束の要だった。もうひとつ要はオリジナル志向。コピーはオリジナルへのトレーニング。 海彦は曲を書き上げると此処で聴いてもらった。新曲が発表される時には全員集合する。評価は厳しい。それぞれが「〇」「×」「△」の札を持ち、曲が終わると掲げる。「〇」は自分も唄いたい。「×」は唄いたくない。「△」は今は唄わないけれど何時か思い出して唄うかも。「〇」を挙げたメンバーでユニットを作りアレンジ。練習中に「あ~でもない。こうでもない」が飛び交う。時として作者の意向が捻じ曲げられそうになる。こうなるとケンカ。部長が仲裁するのが何時もの治め方。所詮は多勢に無勢。作者は不承不承、女子に従ってしまう。ここでの女子力は圧倒的だった。 男子の不満は「曲を創らない。楽器も弾けない女子が結束して文句を言い、自分の曲を思いのままに変えてしまう」だった。それでも部の結束が保たれていたのは軽音楽部のスター性だった。学校祭では大活躍。他にも地域のイヴェントに引っ張りだこ。 学校からの禁止事項は路上ライヴ。それと練習は十八時まで。 メンバーは音楽教室を部室と呼んでいた。 海彦の創った曲は芳しいものではなかった。良くて「△」。悪ければ「×」。女子からは「歌詞が抽象的だからグッと来ない」。 それで新曲の「〇」のアレンジを引き受けていた。これは好評だった。 海彦は部室の扉を開けた。メンバー全員が着席していた。一斉に視線が扉に集中。海彦に続いてマリアが入ると歓迎の拍手。部長がマリアをステージの中央に導いた。 マリアはコートを海彦に預けてステージに立った。「マリアはいま海彦の家にホームステイしている。きょう会ったばかりなのに、あした帰国してしまう。学校に行ってみたいと云うのがマリアのたっての頼み。それで我が軽音楽部に来てもらった。みんな文句あるか~」「な~い」                                      部長はマリアにマイクを渡した。                                「私はマリア・ロドリゲス・ハポンです」。全員がハポンに反応。力強く手を叩く。「私の本当の名前はとても長い。『マリア・トーレス・ホセ・ロドリゲス、デ・ラ・リオ、パトリシア、ハポン』。スペインでは生まれた子供にお爺さんやお婆さん、それとこれから子供が育つ地域の名前を付けます。それで長くなります。私の家族や親戚の名前の最後にはハポンが付けられています。マリアはお父さんが付けてくれました。十三歳まで私のお尻には、みんなと同じ蒙古斑が付いていました。ハポンは私の矜りです」 ここでは大拍手。「いいぞ。マリア・トーレス・ホセ・ロドリゲス、デ・ラ・リオ、パトリシア、ハポン」「こんなに歓迎してもらえるなんて。ありがとう。とても嬉しい。スペインには桜の樹がありませんでした。三年前に日本から移植され去年の春に咲きました。私が小さい頃から遊んでいた公園に咲きました。今年の春にも咲きます。美しく可憐な花。散ってゆく花びらがとても儚い。『いきものがかり』の『SAKURA』を唄います」 マリアは静かに深く呼吸してマイクをピアノの上に置いた。…さくら ひらひら 舞い降りて 落ちて 揺れる 想いの丈を 抱きしめて 君と春に願いし あの夢は 今も見えているよ さくら舞い散る あ~ぁ… 海彦は「ひらひら」で鳥肌が立った。マリアの伸びる高音には透明感があった。力があ                                   った。聴く者を釘付けにしてしまう。「さくら舞い散る」の「散る」で海彦は座って居られなくなった。マリアのアカペラを黙って聴いている自分に我慢できなくなった。「あ~ぁ」の今なら「電車」に間に合う。隣の男子からギターを借りてステージに駆け上がった。 マリアは海彦を待っていた。Fm  D♭M7   E♭   C7…電車から見えたのは 何時かの面影 Fm  D♭M7 B♭m7 C7 二人で 通った  春の   大橋                                 Fm   D♭M7 E♭ C7 Fm 卒業の時が来て  君は故郷(まち)を出た  D♭M7  B♭m7  C7 色づ く川辺に  あの日をさがすの… なんなんだ。マリアの歌は。ノンバイヴレーションなのにハートフル。声量もある。リ                                     ズム感も良い。音程も確か。高音が突き抜けてゆく。唄う姿が美しい。日本語のアクセントもシッカリしている。メリハリも効いている。上手いだけでは、みんなを黙らせられない。上手いだけではない何かがマリアにある。なんなんだ。唄いたい。唄っているのが嬉しくて楽しくて。唄っている私は幸せ。それが伝わって来る。マリアは唄いたかったんだ。仙台で思い切り唄いたかったんだ。自分の悦びをみんなに伝えたかったんだ。みんなを呑み込んでしまうマリアの歌。キラキラしている。凄い。凄すぎる。 ホイットニーヒューストンに負けていないぞ。 海彦はマリアを邪魔しないようコードを刻んだ。それでも音が強く鳴った。刻みながらうっとりと聴いていた。そしてマリアが遊んでいた公園に咲く「SAKURA」を想った。   D♭M7  E♭6    Cm7 Fm…さくら ひらひら 舞い降りて落ちてD♭M7  E♭6    Cm7 Fm 春の その向こうへと 歩き   出すD♭M7   E♭6  Cm7 Fm                                    君と春に 誓いし  この夢を  強く  E♭7   Fm  D♭M7  E♭ D♭M7  E♭ 胸に  抱いて さくら   舞い 散る    あ~ぁ… 終わった。部長がステージに上がって拍手を制するとピアノを弾き始めた。 『YELL』のイントロだった。みんなが立ち上がった。 海彦はマリアを残して皆の中に入った。…「わたしは今、何処に在るの」と 踏みしめた足跡を 何度も見つめ返す 枯葉を抱き 秋めく窓辺に かじかんだ指先で 夢を描いた  翼はあるのに 飛べずにいるんだ 一人になるのが 恐くて 辛くて 優しい陽だまりに 肩寄せる日々を 越えて 僕ら 孤独な夢へと 歩く サヨナラは悲しい言葉じゃない それぞれの夢へと僕らを繋ぐYELL 共に過ごした日々を胸に抱いて 飛び立つよ 独りで 未来(つぎ)の空へ… マリアは「サヨナラは」から一緒に唄っていた。 海彦は、マリアの眸から、涙がひと筋、流れて、落ちてゆくのを、見つめていた。                帰りのバスでマリアは不機嫌だった。海彦が何を言ってもツッケンドン。 これは手を付けられない。サンファン館の時と同じだった。「どうしたんだ。俺たちが何か失礼したのか」 マリアは海彦を無視。バスの進む先を虚ろに見つめている。 バス停を三つ過ぎた時にマリアが口を開いた。「海彦はモテるんだ。わたしはモテたことないから。知らない」 海彦は答えようのない、こんな時は黙っているのが、最良と彩から学んでいた。「パーマをかけたソバージュの娘。目がパッチリとして、ホリが深い、オリエンタルな美人。少し大人びている娘が居た。知っているでしょう」「あぁ。佐々木薫子だ。彼女がどうした」「佐々木薫子はわたしに敵意を持っている。みんなが拍手してくれても彼女は拍手するふり。ズーッとわたしを睨みつけていた」                                     「そうだったのか。それは失礼千万だ」「なに言っているの。海彦。バッカじゃないの。失礼とかの問題ではない。薫子は鋭い眼線で海彦は私のモノと言っていた。海彦は薫子と付き合っているの…」「そうだったんだ。俺は付き合っていない。それは薫子のイジワルだ。マリアの美人は日本には居ない。喋りも素敵で、歌が凄くて、男子全員を虜にしてしまったからなんだ」「そうなの。付き合っていないの」「付き合っていない」「でも海彦は女の子にモテる。きっとモテている。私はモテたことない」「マリアは男のことを知らない。飛び切りの美人に男子は近寄り難いんだ。俺だってマリアがホームステイしていなければ同じさ」「そうなの。でも何か変。私は美人と言われたことがない。自分で思ったこともない」「そう思うのはマリアの勝手。俺はマリアを美人だと思っている。マリアは俺にいっぱいモテている。それだけは分かって欲しいな」「…」 マリアは海彦の一撃で元に戻った。バスを降りると夕方だった。小雪が舞い降りてきた。                                                                    マリアは空を見仰げ雪を顔で受けた。「これが雪。冷たい」 海彦はマリアの左手を握った。マリアが強く握り返してきた。 それを遠くから彩に見られていた。             マリアが帰国する朝がきた。十一時二〇分の成田発でマドッリットに飛び立つ。それには七時二〇分発の『はやぶさ』に乗らなければならない。 曇り空から何時、雪が降り出してもおかしくない朝だった。 瀧上家の全員が玄関に出て門の前に並んだ。吐く息が白い。「皆さんに良くして頂き感謝しています。どれほど感謝しても足りません。マリアはこの一〇日間とても幸せでした。四百年前と変わらないお正月をありがとうございました。今度は嘉蔵の墓参りに来て下さい。私たち家族は皆さんを待っています」 マリアも瀧上家の全員も涙目。 海太郎が「今回はマリアはお客さん。次からはもうお客さんではない。私たちの家族だ。スペインは遠い。でも一日で行き来できる。何時でも自分の家と思って来て欲しい。今度はマリアの部屋を造っておく。嘉蔵の墓参りに行きたいなぁ…。行こう。父さん」。                                   「私が達者なうちに必ず行く。静と一緒に行くとマリアのお父さんに伝えて欲しい」と海之進。「その時にはマリアの世話になる」と海太郎がマリアの肩に手を添えた。 静はハンカチを目元に当てて頷くばかり。言葉にならない。 彩が「マリアは私の妹よ」。 志乃は「私の振袖を送る。マリアに着付けを教えに行くからね」。「私は此処でサヨナラします。此処でお別れしないと帰れなくなってしまう」 マリアは深々と頭を下げてから迎えのタクシーに乗り込んだ。タクシーが交差点を右に曲がるまで、マリアは振り向き、車中から手を振り続けていた。 マリアの訴える眼線が海彦に届いた。「俺。やっぱ見送ってくる」 海彦が走り出した。それは全力疾走だった。 これでマリアと逢えなくなる。今度、何時逢えるか分からない。これが最後かも知れない。本当にこれが最後なのかも知れない。それが過るとスピードが上がった。 タクシーに追いかなければ…。海彦は交差点を右に曲がった。タクシーが見えない。信号の青が続いていた。何時もは渋滞気味の道路。日曜日の今朝は車が少ない。けれど見喪っても向かう先は駅。呼吸が乱れ苦しくなってきた。心臓の音がこめかみを打つ。両手の先が痺れてきた。酸欠。ストライドが狭くなりピッチも落ちている。 バッシューは重い。どうして俺はジョギングシューズを履いていないんだ。こんな時は呼吸を整え、両腕を大きく強く振らなければ…。このままでは追いつくどころか駅まで持たない。海彦は四〇〇Mから一五〇〇Mの走りに切り替えた。 タクシーとの距離が掴めない。どんどん離されているようだ。今日に限って何てスムースな車の流れなんだ。なのに赤信号に阻まれてしまった。ちくしょう。家から駅までは約三キロ。今日のタクシーは五分もかからない。この調子だと俺は一五分。 マリアに別れを告げなければ…。道路と違って駅は混雑していた。『はやぶさ』は一番ホーム。海彦は二〇〇円をポケットから取り出し入場券を買い階段の人を掻き分けホームに出た。マリアの座席が分からない。 七両編成の『はやぶさ』。一号車から順に探す他ない。発見できなかったら又も間抜けでアホだ。今生の別れかも知れないのにモタモタしている。何やっているんだ。マリアに逢えなかったら悔やんでも悔やみきれない。海彦が四号車まで来た時に発車のアナンス。 マリアの席はホーム側とは限らない。反対も有り得る。それで確認に手間取る。 五号車まで来た。海彦の額から汗が滴り落ちた。                                      マリアが見つけてくれた。窓越しに手を振っている。海彦は走り寄った。 海彦にはマリアが笑っているのか、涙ぐんでいるのか、分からなかった。 マリアの顔はグチャグチャだった。初めて見たマリアのグチャグチャ。 マリアが語りかけている。聞こえない。 マリアは唇の動きで伝えようとしている。 マリアは泣いていた。 海彦は堪えた。『はやぶさ二号』が動き出した。「海彦。ありがとう。サヨナラは私の約束。Sea you again」


 瀧上家の大切な儀式が終わった。志乃が手際良く四つの墓の供え物を片付ける。    マリアは読経の間、海彦の傍から片時も離れなかった。戸惑いは明らか。帰りの道すがら「これが仏教のお墓参りなんだ」とマリア。「キリスト教の墓参りはどんなの」「こんな立派な墓石を建てない。どれも同じ大きさの十字架が墓標。神の前では平等だから。亡くなった人はその下に眠る。昔は土葬。今は火葬してから大切に葬られる」「日本でも昔は土葬。今は火葬。同じだ」「お葬式の時には神父さんが来て、洗礼名を発声して、死者を追悼する。それから聖書の一部を読み上げて、最後は安らかに眠るようにと祈りを込めてアーメン。胸のところで十字を切る。それから参列者全員で讃美歌を唄う。墓参りには神父さんは来ない。お供え物は置かない。線香は焚かない。みんなで合掌して讃美歌を唄う。墓標を洗い清めるのは日本と同じ。お父さんとお爺さんのお経は讃美歌のようだった」「父さんは爺ちゃんから経を習ったんだ」「少しずつ違うけれど、亡くなった人を偲び、安らかには同じだね」「同じだな」「嘉蔵の墓には何が葬られているの…。わたしの処では土葬された嘉蔵が永遠の眠りに」「マゲだと思う。ちょんまげのマゲ。サムライは戦さに出陣する時には家族にマゲを切って残した。戦さで死ぬと亡骸は行方不明になる。それでマゲを切った」 瀧上家の車庫には八人乗りのワゴンと軽が置かれている。家族全員で移動する時にはワゴンが欠かせない。軽は彩が独占している。 海太郎が運転して北海道の二人を仙台空港まで見送る。 海彦はマリアを誘った。マリアに見せたい景色が在った。 仙台空港までは二〇キロ。仙台平野の一本道を西に走り、高台に出ると空港に着く。 空港の傍に古い木造二階建ての民家がようやく建っていた。朽ち果てる寸前の佇まい。一階の壁は喪失。窓が無い。柱だけが二階と屋根を支えていた。それも傾いている。建屋                                    の横には小舟が一隻、置かれていた。意図して其処に置いたのではない。津波で海から流され此処に辿り着いた小舟。仙台市も震災の遺物として撤去しない。 高台の滑走路も津波を被った。空港までの道筋に在るコンビニの壁には津波に襲われた時の水位を赤のテープで示していた。およそ二M。他の説明はない。マグニチュード九震度七以上の揺れを体感し、それからの津波の恐怖を体験した者に説明は不要だった。一本の赤のテープで充分だった。それで何もかもを追体験してしまう。 この店の従業員と数名の客は屋根に上って一命を取り止めた。みんな梯子で上った。店に梯子が在ったのは偶然。改装工事の長梯子を業者が置き忘れていた。もし梯子が無かったらの想いが赤のテープに込められていた。 マリアはいち早く赤のテープを発見。次に朽ちた家と小舟を凝視していた。「津波は此処まで達したんだ。もの凄い」「俺は、自然の猛威を、初めて体験した。恐ろしかった」  海大が言った。「マリア。昨夜は心を揺さぶられる挨拶だった。私も故里吾出瑠里緒に行きたくなった。嘉蔵がどんな処で生きたのか。この眼に焼き付けたくなった。手紙を書くからね」 静の弟も頷いた。 三人は伊達市と当別町を見送った。  帰りの車中でマリアは想いに耽っていた。暫くしてから思い直したように言った。「見送りは寂しい。わたしはすぐ涙が出てしまう」 赤のテープのコンビニを過ぎるとマリアが「海彦の家は大丈夫だったの…」。「被害を受けたけれど大本は無事だった。俺は十一歳で小五の時だった。もの凄い揺れだった。家中グチャグチャになったけれど誰も怪我しなかった。みんな無事だった」「海彦。辛い思い出だと想う。でも様子を聞かせて下さい」「俺は学校に居た。六時間目の授業が終わろうとしていた。その時グラッときた。みんな慌てて頭巾をかぶった。それから机の下に潜り込んだ。先生は教壇の下の隙間に隠れた。頭巾は椅子の下と教壇の引き出しに常備されていたんだ。みんな避難訓練と同じ動作。本震がきた。今までの揺れと違った。蛍光灯が落ちて割れた。窓ガラスも次々に割れて落ち                                 て飛んだ。俺は震えて机の下にうずくまっていた。横揺れと縦揺れが交互に襲ってくる。本震は一分間くらいだった。その一分が長かった。永遠に続くと思った。おっかなかった。少しおさまっても余震が繰り返す。余震と言っても震度三とか四の揺れ。先生が『さっきの大揺れが本震と思う。が、しかし稀に二波三波の後に本震がくることもある。もう少し我慢しよう』と叫んだ。窓から吹き込んでくる風で寒かった。たくさんのカラスがギャアギャア啼いているのが不気味だった。ストーブは揺れで自動停止。一〇分ほどで先生が『みんなケガはないか』。全員無傷。俺たちは避難訓練と先生の落ち着いた指示でパニックにならなかった。『先生もこんな地震は初めてだ』と言いテレビをつけた。停電。避難所に指定されている学校には自家発電装置が設けられている。間もなくテレビの画面が現れた。マグニチュード七.九。震度七。三陸沖が震源地。モニターには震源地が赤丸で示されていた。テレビは『皆さん。落ち着いて行動して下さい』を連呼。『福島原発はすべて緊急停止。異常はありません』。日本の地震研究も大したことはない。マグニチュードは八.四に変更され、ズーッと後になってから九に訂正された。七.九と九とでは月とスッポンほどの違いがある。九と始めから発表されていたら津波から逃げる人達の心構えが違った。九は誰も聞いたことがない数値だった。七.九でもモノ凄い地震の規模。それでも七は耳に馴染んでいた。九なら必死に逃げる。七.九ならヨッコイショと致し方なく避難を始める。中には俺の処まで津波は来ないと勝手に思う人も出てくる。結果は逃げ遅れて多くの人が亡くなった。九とは想定外の地震とみんな身構えたのに。テレビは嘘つきだ。地震発生直後の原発の緊急停止の時には既に異常が発生していた。配管が破れたりケーブルが切断されていた。それをテレビは伝えなかった。九の地震で何も異常が起こらないはずがない。常識で考えば分かる。九とは原発の耐震設計を超えている。それらをひた隠し異常を伝え始めたのは津波で電気が止まり原子炉に注水できなくなってからだ。そして取り返しのつかない爆発。一号機は津波から二十四時間後。三号機は一号機の二日後。二号機も爆発。四号機も爆発したのに映像は非公開。四号機は定期点検で停まっていた。なのに爆発した。東電は爆発してもメルトダウンの事実を隠していた。政府もテレビも同罪。東電発表を鵜呑みにしての発表。みんな嘘つきだ」 マリアは途中から眼を閉じて海彦を聴いていた。 地震発生直後の様子を自分の中で再現しているようだった。。「地震だけでも恐い。津波はもっと恐ろしい。海彦。無事で良かったね」「家族の無事は良かった。でもそんなに喜べない。沢山の人が亡くなった」「そうよね。スペインでは地震は滅多に起こらない。起こっても小さい。テレビの嘘はスペインでも時々あるんだ。それで社会問題になる」「俺はテレビの嘘を許さない。テレビが大津波警報を報じた。先生が『震源地は陸から近い。一〇〇キロくらいの沖だ。直ぐに津波がくる。大津波だ。何波にも分かれて来る。準備しよう。外は寒いから着込めるだけ着ろ。先生は倉庫から全員分の毛布を持ってくる。男子は手伝ってくれ。女子は此処で待機。直ぐに戻ってくるから心配しないように』。俺たちは先生について走った。揺れで先生も俺たちも蛇行しながら走った。先生の判断は正しかった。俺たちの教室は二階。毛布を全員に配り終え屋上に避難してから二〇分後に二階は水没した。体育館に留まり屋上に上らなかった人達は、みんな、亡くなった」                                      中三の彩は自転車で学校からいち早く戻った。先生とクラスメイトの制止を振り切って自転車を走らせた。中学から家まで三キロ。彩は俊足。足が強い。それが生きた。信号が消えていた。車はクラクションを鳴らすも身動きできない。その間を彩は走り抜けた。余震で自転車ごと上下左右に揺さぶられる。少し高台に建つ家が彩の救いだった。 彩は母さん一人が心配だった。婆ちゃんを母さん一人で守り切れない。婆ちゃんは達者で元気だけれどイザと云う時には動きが遅い。避難所の海彦の小学校まで間に合わない。間に合わなければ津波に呑まれる。母さんだけでは二人は家に取り残される。 家に着くと彩はシンバリ棒で門を固く閉じた。蔵を開けると梯子が外れていた。彩はそれを直した。ガラスが割れた蔵の窓からは走って来た道が水につかりヒタヒタと押し寄せているのが見えた。家も蔵の中も大散乱。塀の瓦は全滅。蔵も屋根瓦の大半が落ちていた。何時落ちてくるか分からない。それでも彩は静を背負って蔵に走り、静を二階へと上げた。 彩は蔵の扉を閉めた。津波は塀が守ってくれる。塀が壊れても蔵は流されない。イザとなれば蔵の屋根に上る。三人は祈るような気持ちで毛布を被り外を見続けていた。 津波には音がある。ゴゴ~ゴ~と鳴り止まない。そして真っ黒。 津波の音を、彩は蔵の二階で聞いていた。 彩は「津波は何時か必ず収まる」と繰り返した。 水が引き始めた。塀の半分ほどで引き始めた。三台の車が塀に乗り上げていた。逆さまになった車もあった。津波は引きも早い。引くと塀には津波の痕跡が残った。 塀は津波から母屋と蔵と離れを守った。津波は塀を壊し乗り越えなかった。けれど門の下の隙間から水が入り込んで庭に流れ込んだ。津波の音と流れ込む水が恐かった彩。  それから瀧上家では五〇袋の土嚢を物置に備えた。「俺は暗くなっても学校に居た。みんな帰ろうにも帰れない。婆ちゃんの安否が気に懸かった。寒かった。お腹が空いてきた。水も飲んでいなかった。母さんが迎えに来た。『みんな無事。海彦も無事で良かった』。母さんは俺を抱きしめてくれた。俺はただ泣きじゃくるだけ。あんなに安心したことはなかった。福島の人たちには追い打ちがあった。原発の爆発による放射能汚染。今も戻れない人たちが大勢いる」 海彦は自分が子供なのが口惜しかった。逃げるのが精一杯。怖くて屋上で怯えていた。津波が校舎の二階を呑み込むのを、震えながら、茫然とただ観ているだけだった。 彩は違った。即断の勇気があった。 マリアは溢れる涙を拭おうとせずに海彦を見つめていた。 仙台市の死亡者は九三二名。行方不明者が二七名。行方不明者とは死体が発見されなかった者を云う。与一の処も無事だった。海彦と彩のクラスメイトの多くは幾人もの家族を喪っていた。逃げ遅れと体育館で亡くなった人が多かった。 嘉蔵も蔵之介も地震と大津波を体験していた。その教訓が塀と門の強固な造りにも現れている。蔵を建てた蔵之介は大津波の教訓を基に土台を深く掘った。大津波にも流されぬように土台を通常の三倍の九尺まで掘り下げ五本の柱を埋め込んだ。 流されるようでは蔵を建てた意味がない。嘉蔵による『慶長大津波惨禍』には蔵の屋根裏から屋根に上る階段が設けられていた。そして瓦屋根の中腹には五〇センチ四方の取り外しが在った。 嘉蔵はこの設計図を蔵之介に託した。                                   慶長十六年一〇月二八日(一六一一年十二月二日)巳刻(一〇時から十一時)に地震発生。仙台での地震規模は震度四から五。死者行方不明者が多発する規模ではないが、四度大きく揺れたと書かれている。それから三時間。八つ刻に第一波の大津波が湊から押し寄せた。高さは二〇M以上。場所によっては二五Mを超えた。それが四波。大津波発生の直前には沖で地鳴り。一〇分間隔で四回。その後、湊の海水は底が見えるほど引いた。 後年の調査と研究によれば震源地は千島・カムチャッカ海溝。マグニチュード八.九。三陸沖大地震と変わらない。仙台での死者は一七八三人。伊達藩領内では五千人を越えた。 嘉蔵は津波の規模と広がりを調べ、仙台での死者行方不明者を記録した。 すべてが逃げ遅れだった。 瀧上家は塀も門も母屋も流された。離れも流された。流されても全員無事だった。地鳴りを聞いた嘉蔵は蔵之介に青葉城に身体ひとつでの避難を命じた。それで全員助かった。瀧上家一族の他、与助と家族も皆、無事だった。城に逃げ込んだ者たちは全員無傷。 海彦は蔵の中で『慶長大津波惨禍』をマリアに読み聞かせた。「海彦。嘉蔵の時代にも大地震と大津波に襲われたんだ。わたし。チリ沖地震の大津波は知っていた。それ以前の震災は知らなかった。仙台は度々震災に見舞われたんだ。何時の時も死者の数が膨大過ぎる。でも、瀧上家の人たちは、今も昔も、みんな、無事だった」「嘉蔵は慶長大津波以前の大震災も知っていたんだ。例えば平安時代の貞観地震と大津波。その教訓が活きた。嘉蔵は再度の大震災を語り継ごうと『慶長大津波惨禍』を残した」「これだけでも尊敬に値するね」「…」 一等海上保安正の海太郎は操舵室で津波と向き合っていた。 仙台湾沖南東十五キロ付近で海上保安庁巡視船『ゆうぎり』に地震発生の報が入った。「震源地は牡鹿半島の東南東百三〇キロ。マグニチュード七.九。陸上震度七」 大地震の揺れも船上ではさほど感知しない。何時も揺れているからである。それでも海には異変が起こっていた。縦波と横波が不規則に交差していた。引き波も発生。処々が渦を巻いている。海鳥が群れをなして陸に向かっていた。                                     海太郎は報が入る前に地震発生を目撃していた。これは規模が大きい。 地震発生直後に飛び立ったヘリコプターから無線が入った。「津波第一波を確認。牡鹿半島の東南東約六〇キロ。西に向かって一直線。デカイ。一〇M以上はあります。推定速度一〇〇キロ。『ゆうぎり』までは五分。乗り切って下さい」 船長が「取り舵一杯。進路は真東。全速前進用意」。 海太郎は「了解」。船を九〇度回転させ二分で安定させた。 安定すると機関長に全速の四〇ノットを指示。 一〇Mの津波でも波に直角に突っ込むなら船は持ち堪える。いち時波に呑まれても全速で進むなら浮き上がれる。少しでも直角がズレると危ない。バランスを喪う。 海太郎には直角のまま津波に突撃できる自信があった。     一五から二〇秒の勝負だ。先ずは第一波。次もある。次の方が大きい。 波の巨大な隆起が向かってきた。壁が押し寄せてきた。海太郎は船の向きを確かめた。操舵輪を握る手に力が入った。何が起きても、何があっても、操舵輪は離さない。 これが俺の任務だ。舵さえ遣られなければ船を守り切れる。 船長が「来るぞ。全員安全を確保」。「お~。ヨッシャー」との声が船内に響く。 盛り上がった波の先端が白くはじけている。 海太郎は葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』を見た。船首が持ち上がり海太郎は操舵室から空を見仰げた。叩きつけられる。船は急降下。空転するスクリュー音を聞いた。空転したスクリューが海に叩かれると損傷の恐れがある。大丈夫。大丈夫。この船は巡視船だ。スクリューは大波を想定して造られている。『ゆうぎり』の船首は海中に引き込まれた。操舵室は海中に沈んだ。そして浮かんだ。海太郎の予測の通り二〇秒で勝負がついた。 ヘリコプターからの無線。 「津波を三波まで確認。規模は順に大きくなっています。二波との衝突は一〇分。三波は一五分。波速は一波と同じ」「こちら『ゆうぎり』。本船から二波三波の視認不能。引き続き連絡を頼む」と船長。「了解」 無線の音声は全船に流している。 海太郎は第一波の時と同じく第二波第三波と乗り切った。 潜水艦が浮上する時は船首を海面に突き出す。そして船首の底を海面に叩きつける。 三波目に引き込まれた後に、船首が持ち上がり、船底の叩きつける衝撃音を聞き、浮かび上ると全船員から拍手が湧き起った。 あの三波が三陸沿岸を襲う。仙台は平ら。特に名取川流域は海抜が低い。何処までも波が上って来る。一〇キロでは収まらない。石巻から北はリアス式海岸が続いている。チリ沖地震よりも今回の波は大きい。とにかく逃げろ。高台に逃げてくれ。 海太郎は祈った。家族を想った。海之進は東京に出張中。心配はいらない。三人で力を合わせて凌ぎ、乗り切る。志乃も彩も頼りになる。彩にはバネがある。身体に力がある。危機が迫ったとしても静を背負って蔵に走る。大丈夫だ。海彦は学校に居る。校舎は四階建てだ。屋上に登ればやり過ごせる。必ず乗り切る。俺が乗り切ったように。 海太郎は原発を考えた。「船長。原発の防波堤は七Mか九M。何れにせよ役に立たない。あっさりと乗り越える。そして原発の建屋にぶつかった時には押し上げれ、跳ね上がって二〇M以上になる。原発はやられる。誰も二〇Mの波になるとは思っていない。いち大事だ」「俺も原発を考えていたところだ。通信士。津波の福島原発到達は推定二〇Mと送信」 海太郎は船長試験を受けなかった。受験資格は一等海上保安正。受験資格は満たしていた。上司からも部下からも受験を勧められた。特に部下からの信認が厚かった。「瀧さんの船に乗りたい」との声に、海太郎は「最善を尽くして船が沈むなら俺は仲間と逃げる。だから船長にはなれない」。 船長は船と命運を共にする。 これは船乗りのコモンセンス。 海太郎は海翔から蔵之介の教えを座右の銘に据えていた。『決して海で死ぬな。生き恥を晒して生きろ』 家に戻ると海彦は部屋に急いだ。「父さん。ちょっと待っていて。パソコンを持ってくる」 海太郎が向かった最初は石巻港。「石巻の死者と行方不明者が被災地の中で最も多い。併せて四千人弱」とマリアに。「海彦。月の浦は石巻だよね。月の浦にも津波の痕が無かった」「港は復旧したんだ。月の浦は石巻から少し離れた入り江の途中に在る。それで津波の直撃を免れた。それでも海面が隆起して船を係留していたロープが何本も切れたり海に持っていかれたりしてサンファン号は流される寸前だった」 海太郎は港の岸壁に車を停めた。三人は車から降りた。沖を見た。 海太郎が言った。「いま大地震が起きて沖に山津波が見えたら車を捨てて走る。走って高台に逃げる。車はダメだ。逃げようとする車で身動きが取れなくなる。とにかく走る」。 三人の視線の左には牡鹿半島が陽光に照らし出され輝いていた。 静かな海と港。車を停めている岸壁は津波で跡形も無くなっていた。 マリアは遠くの沖が山となって盛り上がり、その頂きには崩れた白波が立っている恐怖の情景を想い描いた。山津波はテレビで知っていた。「車で逃げて渋滞に巻き込まれた人。足の遅いお年寄りは津波に巻き込まれてしまう」 三人は沖に向かって合掌。マリアは何時までも合わせた手を離さなかった。  「父さん。大槌町まで行って。町に入ったら俺が道案内する」海彦はパソコンを立ち上げた。  「父さんから調べろと言われて調べた。ユーチューブに大槌町の高台公園に逃げた人が撮った動画がアップされていた。その公園に行きたいんだ「その動画は襲ってくる津波が生々しく映っている。観ても大丈夫か」 海太郎が助手席のマリアに言った。「大丈夫です。私。ここまで来て逃げたくない」「そうか。大槌では町長も亡くなった。大地震の後の被害を確かめに庁舎から外に出た。そこを津波に襲われた。庁舎に居てもやられたんだ。三階建ての庁舎が丸ごと津波に呑込まれた。職員の三分の一が亡くなった。外で活動していて逃げた人が助かった」 海彦が後部座席から身を乗り出して開いたパソコン画面をマリアに示した。 画面には震災モニュメントとして現存している大槌町役場旧庁舎が映し出されていた。「大槌町の被害は他よりも甚大だった。三〇〇〇戸の住宅が一瞬で壊滅」 海彦は昨夜調べたデータのプリントをマリアと海太郎に渡した。 ■全国の東日本大震災死亡者  一五八九四人…大多数が津波による死亡者  ■震災関連死との合算     一九四一八人…関連死とは主に行方不明者。死体が発                      見されず生存を確認できない人が該当 ■宮城県の死者(関連死を含む) 九五四一人…全体の約半分 ■大槌町の死者行方不明者は一二七七人。二〇一〇年の人口は一五二七六人。人口千人  に対する死亡者は八三人。これは全国で最も高い人口比割合                                 海彦はグーグルマップをなぞり、景観と道路を確認して海太郎を高台公園に誘導した。 車が停まった。三人は車から降りた。「小さな街。平地には道路だけが繋がっている。これが津波の痕」 港も復旧されていた。大型のクレーンが一本、空に突き出している。                                   「港から左に延びている平地は扇状地。入り江の窪みが深い。この平らに家が建っていたんだ。平らには津波が押し寄せ覆い尽くしたんだね。みんな死んじゃう」 海太郎が「大槌町の地形はリアス式海岸の典型。良港なんだ。古くから漁業が盛んな町。津波には弱い。大地震の度に立ち直れないほどの被害を受けている」。 海彦はマリアの様子を窺いつつ海太郎の後に続けた。「平地の奥は入り江の先端の半分の幅。入り江に高さ一〇Mの海水が押し寄せると奥では高さが倍になる。盛り上がる津波は勢いも増す。崖に乗り上げた高さは三〇Mだった」 「エネルギーが無くなるまで暴れる。津波の恐ろしさは言葉にできない」「マリア。車の中で動画を観よう」                                                                   海彦は大槌町の動画を映し出した。マリアと海太郎は三分の動画を見つめた。                                    マリアが車から降りた。 動画の製作者は松の木立の下で撮っていた。マリアはその松に向かった。 海太郎も海彦もマリアの後に続いた。 マリアは沖の遠くを見つめ、眼線を港へ。それから跡形も無くなった市街地に移し、逃げても逃げても追いかけて来る津波が流れた方向を見据えた。「津波は山間が開けた扇状地の始まりまで押し寄せたと思う」 マリアが合掌。海彦も海太郎も手を合わせた。 春近しを思わせる暖かな陽光が三人を包んでいる。 港の海が光に反射して輝いている。穏やかな港町だった。人の気配がなかった。 海太郎が高速を走り浪江町に着いた。此処は福島県浜通り沿い。この隣町が双葉町。今でも帰還困難地域。今では街の除染が終わっている。しかし野山の大半は手つかず。野山の除染作業とは途方もない面積を強いる。完了するのは不可能に近い。 人間は避難した。残された家畜は六年の間に野生化した。犬も猫も、豚も牛も。現在では猪が数を増やし人家をねぐらに活動している。対策が講じられ、一軒一軒をパイプと塀で囲った。これは盗人からの防御でもあった。 マリアは人家をパイプで囲み、人が出入りできない寂れた街並みを車中から見つめていた。信号機は点滅していない。商店はシャッターが下りている。街から電気が消えていた。「ゴーストタウン。これが原発の末路なんだ」「ここは放射能に酷く汚染されて数値もまだ高い。戻ろう」と海彦。 海太郎は高速に引き返し車を北に走らせた。海彦は原発に襲いかかった津波が映っている画像を開いた。原発建屋の上空まで立ち昇った波しぶきをマリアに見せた。                  一波だけではない。二波、三波と映っていた。「この波で原発は電源を喪った。三つも動いていた発電所が電気を喪い冷却水を注入できなくなってメルトダウン。発電所なのに電気が無くなり爆発するなんて皮肉」 マリアは車中から原発の方角を眺め呟いた。  この夜、瀧上家は秋保温泉に泊まった。