酒田市からは海彦の叔父の海老蔵。北海道の伊達市は海之進の弟の海大。当別町は静の弟。横浜からは志乃の兄。それと嫁いだ仙台の叔母の八重。近所からは町内会長。与一の親族も東京からと仙台の二名が手土産を持って参じた。そして与一。 本家の六人とマリアとで十七名が座敷に集まった。二〇畳の広さも少し狭く思えた。集まった客人は口々に「嘉蔵の孫が帰って来た」と呟いた。全員が座敷に座った。 海太郎が「マリア。皆さんへの挨拶をお願いしたい」。「はい」。マリアは小さくも力強く応え、立ち上がった。 上座の中央にマリア。向かって左に海太郎。右には海之進が紋付袴で座している。「わたしはマリア・ロドリゲス・ハポンです。コリア・デル・リオに生まれ育ちました。わたしは仙台に来るのが夢でした。夢が現実になって、嬉しくて、嬉しくて、大切なひとつを忘れていました。嘉蔵は仙台に戻らなかった。戻らなかったから今の私が在ります。残された家族は嘉蔵が戻らなかった後の毎日をどんな想いで過ごしていたのか…。わたしは忘れてはいけない大切を忘れてしまっていました。仙台に招待されて、浮かれてしまい、うっかりしていました。ごめんなさい。わたしも蔵之介の不屈を噛みしめ、嘉蔵不帰還の謎を解き明かさないと、みんなと繋がれない。わたしはその大切を決して忘れることなく四百年前の仙台と今を心に刻みたいと思います。今のわたしは喜びで張り裂けそうです。こんなに沢山の嘉蔵の子孫であるハポンの方々に囲まれて幸せです」 拍手は無かった。みんな下を向いている。万感の想いが涙となって滴り落ちていた。 海太郎は、次に何かを言わなければ思いつつも、こみ上げていた。「父さん。頼む」。海之進も同じだった。 海彦が末席で立ち上がった。「マリアも人が悪い。俺は十六代目としてこんな時には頑張らなければならない。久しぶりの叔父さんや叔母さん。与一さんたち。爺ちゃんも父さんも婆ちゃんも母さんもマリアにやられてしまった。やられていないのは俺と彩だけだ。メソメソしても始まらない。早く乾杯しないと婆ちゃんと母さんが昨日から心を込めて作った料理が冷めてしまう」 ようやく一人、また一人と顔を上げた。眼が真っ赤。「父さん。乾杯をお願いします」「そうだな。今夜はお前がやれ」 マリアは申し訳なさそうにモジモジ。海彦は膝元に置いた横断幕を取り出した。端を彩に持たせ、もう片方を、自分で持ち、開いた。「昨日はこれを持って迎えに行ったんだ。書いたのは婆ちゃん。俺が作ったのはこれ」 海彦は、日の丸とスペイン国旗の小旗二本を掲げて、左右に振った。これで場が和んだ。「マリア。これから宜しく。マリアと俺たちに乾杯」『かんぱい』 海太郎が「マリア。今の挨拶も飛行機の中で考えたのか」。「座ってから考えました」とマリア。「今夜はマリアにやられて海彦に助けられた。お前たちの時代はもう直ぐそこだ。明日は嘉蔵の墓参りに行く」。「はい」 嘉蔵の墓は本家の近くの寺に在った。 嘉蔵と蔵之介に挟まれて与助と与作が眠る。瀧上与助と刻まれた墓は小ぶり。小ぶりと云っても嘉蔵と蔵之介と比べてである。境内に建てられている他よりも遥かに立派で堂々としていた。外柵が設けられ五輪塔も具えられていた。 与一と親族は与助の墓の前に並んだ。 蔵之介の隣にはひと際大きい大理石の墓標、『瀧上家代々之墓』が建つ。その裏側には蔵之介長男の泰蔵からが刻まれていた。此処には本家を継いだ者しか入れない。 海彦は水場を二往復して水桶を用意した。静と志乃が真新しい日本手拭を一本ずつ全員に渡した。静がマリアに手渡す時に言った。「日本では御先祖さまをこれで洗い清めるの」 マリアは緊張している。静の動作をジーッと見つめている。それから静を真似た。 清めが終わると志乃が花を添え、供え物を置いた。ローソクを立て、線香を焚いた。 海之進が読経を始めた。海太郎も続く。厳かな唱和が境内に響いた。 マリアは皆に倣って合掌。 読経を終えた海太郎が嘉蔵の墓に一礼。袈裟を整え、振り返った。「こんなに大勢が集まっての墓参りは初めてだ。墓参りに目出度いとは眠っている御先祖 に申し訳ないが今日は許されると思う。私は『マリアが代わりに戻って来てくれた』と嘉蔵に語りかけた。すると嘉蔵から『どうじゃ。よか娘子だろうて。これでワシも少しは安心できる』と返ってきた。これで瀧上家は更に前を向いて進んでゆける。これが益々目出度い。与一さんからもひと言お願いします」 与一は与助の墓に深々と一礼。振り返って一礼。「私の家は与助の代から本家と命運を共にしてきました。与助は嘉蔵と故里吾出瑠里緒に残り散った。与作は蔵之介と船乗りになって励み財を成した。辛い時もあった。戊辰戦争と太平洋戦争。このふたつの戦さに敗れ本家も分家も財のすべてを喪った。船が沈められ残った船も取り上げられてしまった。それでも再起を遂げ今に至っている。瀧上一族の魂は蔵之介から続く不屈。私はふっと想う。嘉蔵の孫が帰って来たと思うと同時にマリアは与助の分身ではないかと。今日の墓参りは何時もと違った。隔絶された四百年が繋がった。それが何よりも嬉しい。この気持ちは皆さんと同じと思う」 マリアが海太郎に「わたしもひと言喋って良いですか」と眼で訴えた。「わたしは念願の嘉蔵のお墓参りを叶えました。わたしの裡でも四百年前と今がどんどん縮まり繋がってゆきます。昨日海彦から嘉蔵と与助の家系図を見せてもらいました。わたしの街のハポンの会に『私はヨスケの子孫』と言う方が居ります。わたしは帰ったら直ぐにその方に与助の墓参りと今の代は与一さんと伝えます」 与一の眼が光った。驚きと喜びと涙が入り混じっていた。 海彦は、興奮を抑えようにも抑えられず、抱き合っている与一の家の者たちを見つめた。…与助もこれで浮かばれる。マリアは天使の使い人のようだ…「私は故里吾出瑠里緒に行く。マリア。その時には宜しくお願いしたい」 与一がマリアの両手を握りしめた。 「ありがとう。来てくれて本当にありがとう」 与一さんの家も与助不帰還の謎が今も続いている。俺は与助は嘉蔵に忠義を尽くして戻らなかったとしか考えてこなかった。これで良いのだろうか。良いはずがない。与助は忠義以外にも考えて決めたのに違いない。与助にも普通ではない何かが在ったのだ。■4/12にリターンを見直しました。活動報告の4/12をクリックして検討下さい。
マリアは仙台歴史博物館で支倉常長を描いた絵を観た。 アカプルコに着き、イスパニア総督に表敬訪問する際の煌びやかな衣装の油絵。支倉は家来にも同様の衣装を着せ街中を闊歩した。白の絹地の着物と羽織袴。これだけでも派手。羽織の袖と裾には幅のある紅色が彩どられている。羽織の背中は濃紺。裾から背中には黄色のギザギザが伸びていた。新選組の羽織の背中のギザギザに似ている。逆だ。常長の羽織のデザインを新選組が真似たのだ。紅色が太陽。濃紺は闇。ギザギザは闇に喰い込む陽の光。着物には胸元から下に続く刺繍。竹の葉。鹿。猪。それらの色に合わせた脇差が二本。丁髷と草履のサムライの衣装としては奇異ではあるが派手と云うより絢爛豪華が妥当。何れにせよ伊達男の面目躍如。 「この絵が伊達男のルーツ。わたしには珍妙に見えるけれどスペイン人は随分と驚いたと思う。スペインには絹が無かった。シルクロードで僅かに運ばれていた時代に色鮮やかな絹の着物の立派な正装には仰天したと思う。この絵は伊達男の語源のひとつですか…」「スペインでの衣装は語源ではないけれど伊達藩のサムライの行動様式のひとつ。それが語源。スペインでも日本と同じ様に振る舞っていたのが伊達男たちの凄い処だ」 マリアの質問が始まった。「仙台で建造された船なのにスペイン語の名前が付けられている。どうしてなんだろう」「俺も不思議なんだ。政宗号とか伊達丸が筋だ。当時の日本にはガレリン船の造船技術がなかった。それにこれだけの船を四五日で完成させるのは無理。宣教師ソテロを始めとしたスペイン人の力が必要だった。スペインまでの航海にもスペイン人の船乗りの助けが欠かせなかった。日本人はスペインまでの海路が分からなかったんだ。それと通商を可能にするにはフィリッペ三世からのお墨付きが要る。国王への敬意を船名で表したのでは…。おそらくソテロからの進言を政宗は受け入れた」「海彦。サン・ファン・バティスタは洗礼者の聖ヨハネなんだよ」「えっ。知らなかった。これは自慢できる」「政宗はどうしてスペインとの貿易の独占を望んだのだろう…」「政宗は戦国の武将。強い者に付いても何時か支配の頂点に立つ野心があった」「政宗は怖い」「家康が戦国を終わらせた。これからは武力の時代ではない。富の力が世の中を席捲すると政宗は考えた。富を生むのは米と銭。徳川を凌ぐ富を手に入れたら世の中が変わると」「政宗の野心で嘉蔵はスペインに来たんだ」「そうだよ」「海彦は伊達男の意味を三つ教えてくれた。ひとつは勇敢に戦う伊達藩のサムライ。政宗の像にそれが在った。支倉はひときわ目立つ衣装。これは洒落者。ふたつは分かった。侠気とは弱い者を助ける。そうだよね」「うん」「侠気には他に頼まれたら断らないと言う意味はないの」「ある。あるよ」「これで分かった。伊達男とは、支倉のように舞台衣装のような目立つ格好で現れ、周囲を驚かせ、楽しませる。そして勇敢に戦う。嘉蔵は侠気の男伊達なんだ」「マリア。よく辿り着いたね」「海彦のオカゲ」「政宗は奥州には我ありと全国に知らしめたんだ。天下統一に向けた野心が、そうさせた。とにかくイヴェントやセレモニーで家来に派手な誰もまとったこのない豪華な衣装を着せた。自分もそうした。伊達藩のサムライは強いと思われていたから、それと重なって旗本や江戸詰めのサムライ、町人にも、強くて格好良いのが、伊達男と呼ばれたんだ」「それで伊達男が日本語として今に残ったんだ。日本語は難しい。言葉に歴史がある。ひとつの言葉に三つも意味がある。それに単語を置き換えると意味が変わる」「言葉は慣れ。慣れながら疑問を解いてゆく。その繰り返しさ。俺はスペイン語をまったく使えない。スペイン語を懸命に勉強してもマリアの日本語には遠く及ばない」 海彦は急いで家に戻った。祝宴準備は大変。彩は志乃と静の料理を手伝っている。彩も気合が入っていた。気合が入るとすべてを仕切ろうとする。それが海彦への命令になる。「お膳と食器と座布団を蔵から出して。落として割らないように。それから寝具一式も。寝具は仏間に置いて蒲団袋から出すのよ」 海彦は…今日だけは…と言い聞かせて我慢した。 盆・正月・法事には本家に人が集まる。その時の人数の多さと、志乃と静の奮闘ぶりは何時ものこと。三の膳まで整えなければならない。食器も沢山。大皿から中皿、小皿。小鉢や碗、刺身用の舟などなど。漆塗りの箸と根付を思わせる箸置きまで。 ビール・日本酒・ジュース・茶・水は特大の保冷庫に必要分を入れて置く。蔵から出した食器を丁寧に洗い、布巾を何枚も使って綺麗に拭く。これらが海彦の役目。 もてなしの茶を入れ、盆で運ぶのは彩。茶器も蔵に在った。 瀧上家では仕出しを頼まない。志乃と静が前日から腕によりをかける。普段は使わない調理場と竈は離れにあった。茶碗蒸しひとつ取っても人数分よりも多く作り、不意の来客に備える。今夜は赤飯だった。竈の巨釜に載せた蒸籠から湯気が昇っていた。煮炊きはプロパンガス。コンロが三つ。鍋も大きい。豚肉入りの芋煮。味つけは仙台味噌。焼き魚は炭を熾してバーべキューコンロで外。 今夜は鯛。三匹を魚屋が昼に届けてくれた。二匹が御頭付き舟盛りの刺身。舟も蔵に。刺身は静。鯛を三枚に下ろし、アラと皮付きの身を取り分け、鉄串に身を差し、持ち上げ、皮に熱湯をかける。皮は縮む。柔らかくなる。同時に皮の臭みを消した。「これが湯引き」と彩に要領を教えている。湯引きされた皮と身を丁寧に切り、舟に盛り付けてゆく。ふたつの舟には大根の妻の上に大葉が敷かれていた。。 静はアラを捨てない。昨夜からの昆布の出し汁でお澄ましを作る。この三つ葉入りのお澄ましは絶品だった。静の自慢料理のひとつ。残りの一匹は海之進が鉄串を差し込み焼く。「盆と正月が一緒に来た」と静が言った。 鯛三匹は海彦にとって初めてだった。本当に今日は我家にとって晴れの日なんだ。 瀧上家の離れの風呂は大きい。大人二人が手足を伸ばして湯舟に浸かれる。竈も風呂も薪。一昨日の午前中に海彦は、海之進と、これでもかと云う量の薪を割った。 離れの風呂洗いと焚きは海彦の係り。彩は宴の給仕を受け持つ。瀧上家は人を頼まない。 海彦は蔵出しの手伝いをマリアに頼んだ。 マリアは蔵の中を珍しそうにキョロキョロ。 海彦にはその仕草が可笑しかった。最後の蔵出しを終えて扉を閉めようと戻って来るとマリアが棚に置かれた、麻の白紐で結ばれた、家紋入りの黒漆の長箱を、見つめていた。 瀧上家の紋は円く描かれた仙台笹の中に一羽の隼。金箔の細工であった。「これはナニ。とても大切な箱に見える」「家系図が入っているんだ」「家系図って先祖を辿っていけるんでしょう」「そうだよ」「わたしの家には無い」 海彦は白紐を解き箱を開いた。箱の中には黒檀で造られた文鎮が納められていた。「ちょっと待って。軍手を持ってくる」 海彦は文鎮を家系図の始まりの右に置いた。「ここが嘉蔵。代々、繋がっているのが分かるだろう」「質問。どうして嘉蔵から始まっているの。それと海彦の名前が無いのはどうして」「爺ちゃんも父さんも記されていないだろう」「そうだね」「家系図には天命を遂げてから名前を書き入れるんだ。だからまだ名が無い。我家にはふたつの家系図がある。嘉蔵以前と以後。これは以後の方。以前のは探さなければならない。嘉蔵が戻って来なかった哀しみと一族の苦難がふたつになった。哀しみと苦難はあったけれど、我家が今、在るのは嘉蔵からだと、みんな、想っているんだ。俺もそう」「わたしのお父さんが日本に行って帰って来ない。連絡も取れない。そうなったら哀しい。そして生きてゆくのが大変。嘉蔵が戻って来なかったから、一族は強く結びついて、力を合わせ、未来を切り拓き、今が在る。間違っている…」「間違っていない。俺は嘉蔵よりも蔵之介が偉いと思っている」「嘉蔵は昔のわたしの村に実りをもたらした。そのお陰で、みんな、今も幸せに暮らしている。蔵之介の孫から『海』が付く名前が繋がっているのはどうして」 マリアは家系図に記されている数々の『海』を指でなぞった。家系図に触れないようになぞった。そして『海』を数えた。『海』は四七も在った。「嘉蔵は海の向こうの遠い国で生きた。海を越えなければ嘉蔵の処には行けないから」「海彦は今に生きていても四百年前の嘉蔵を想っている。私も嘉蔵を忘れなかったから伊達さんに手紙を書いた。そして海彦から手紙が来た。伊達男を上手に説明してくれた。強い矜りを表わす男伊達も教えてくれた。わたし。やっぱり普通ではない何かが嘉蔵を帰さなかったんだと思う」「俺は残された蔵之介とそれからの代々を聞かされて育った。だから嘉蔵を偉大と思っても何時しか尊敬できなくなった。マリアは違う。心の奥底から嘉蔵を尊敬している。俺に違和感が在ったのは確か。蔵之介の不屈が無かったら今の俺も無い」 マリアの顔が曇った。「何度も嘉蔵を尊敬できないと言われると辛い。わたし。悲しい。帰りたくなる。海彦に教えられるまで蔵之介を知らなかった。蔵之介の不屈を知りたい。滝上家のみんなは嘉蔵の偉大と蔵之介の不屈を胸に刻んで生きてきたんだ。それが海彦の矜りなんだ」「そうだと思う。嘉蔵不帰還の謎を解き明かしたいと思っているのは爺ちゃんも父さんも同じだ。『これぞ誠の男伊達』と宣言した嘉蔵の胸の裡を俺は知りたい」「嘉蔵を決定した普通ではない何かとは何だろうね」 マリアが言った「普通ではない何か」。 海彦には今までこの着眼がなかった。「何が在ったのだろう…」「海彦。やっぱり。スペインに来ないと駄目だね」「そうかも知れない」…そうだ。スペインに行こう… 行ったなら閉塞している謎への手掛かりが掴めるかも。 この時、海彦は、初めて、嘉蔵に、感謝した。 マリアと出逢えたのは紛れもなく嘉蔵だった。 スペインに行ったならマリアとまた逢える。
月の浦のサンファン館の造りは見事。入り江からせり上がった海岸段丘に立つと係留さ れているサン・ファン・バティスタ号を一望できる。この入り江から出帆したのだとの確 信の下に造られている。船は原寸大。今は船内の見学は禁止。代わりにミュージアムに船内と乗組員の全貌が在った。四百年前のすべてが此処に在った。 マリアは展示のひとつひとつに見入っている。展示と掲示されている記述のひとつも逃すまいと。海彦はマリアから質問されるまで、話しかけたり、掲示への補足を止めた。集中しているマリアの好きなようにが良と思った。マリアはガラスに額を接するように見つめていた。四百年前と嘉蔵を確かめているように思えた。 一時間ほどでマリアは館内を進路指示に沿って廻り終えた。ボーッとしている。取り込んだ様々な情報を整理できない時のボーッ。「休憩しょう」 海彦は二階の眺望が開けているラウンジにマリアを連れた。湾内には無数の牡蠣の養殖筏が並び、対岸が明るく、くっきりと映る。夏の石巻湊の景色は何時も靄がかり。 マリアはメロンソーダを頼んだ。海彦はいちごジュース。「嘉蔵はこの船に乗って来たんだ。一年二ケ月をかけて。太平洋を渡ってからはチリの南端を廻り込んで大西洋に出てからは北上。赤道を越えてスペインに着いたと思っていた。違った。本当に命がけの航海。嵐の時は恐かったろうね。嵐に襲われない時は退屈だったと思う。何をして退屈をまぎらわしていたんだろう」「釣り。それと鍛錬。嘉蔵は藩の道場の師範だったから剣を磨いていたと思う。他には操船技術の習得かな。これは推測だけど天体観察」「嘉蔵は退屈していなかったんだ。どうしてチリの南端を廻らなかったんだろう…」「嘉蔵は技術者で発明家でもあったから退屈しなかったと思う。まだパナマ運河は無かった。チリの南端はホーン岬。南極からの季節風が吹きまくって帆船にとっては地獄岬だった。海図も無い。今でも航海の難所。アカプルコからメキシコ湾まで山道の三〇〇キロを歩いて別の船でスペインに向かうのが最も安全。カリブ海を抜けてメキシコ湾海流に乗るとやがて大陸が見えてくる。距離も近い」「海彦。見て。ソーダ水の中を白い船が通る」「ほんとだ。貨物船ではないけれどフェリーが走っている」 ソーダ水に顔を近づけた海彦にマリアが呟いた。「海彦。昨日駅から家に戻る時にわたしを避けたでしょう。わたしと眼を合わせずに逸らしていた。わたしは海彦から手紙をもらった時から、海彦はどんな高校生なんだろう。どんな日本人なんだろう。どんな伊達男なんだろうと想いを巡らせていたんだ。わたしは海彦に逢えるのをイチバン楽しみにしていたんだ。それなのに態度がよそよそしい」 マリアはテーブルに頬杖ついて遠くのフェリーをぼんやりと見ている。 眸から涙が零れ落ちていた。「わたし。海彦とちゃんとお話しできるか不安だった。中学からカトリックの女子校。学校に男性は神父さんだけ。日本語学校には同じ年頃の男の子が居るけれど話したことない。仙台駅に近づくにつれてわたしのドキドキは最高潮。ヨ~シと頬っぺたを叩いて気合を入れた。そうしたら海彦はわたしを避けていた。わたしは嫌われている」「俺。ドギマギしちゃって。顔が紅くなってしまった」「わたし。男の子から手紙をもらったのは初めてなんだ。わたしは家族との写真を送った。海彦からは写真が送られて来なかった。それからなんだ。わたしが行くのは迷惑なのかも知れないと…。でも違う。手紙には大歓迎と書かれている。けれど本当かは分からない」「俺も女の娘に手紙をかいたのは初めてさ。彩からマリアから写真が届いたのに家族写真を送らなくていいのと言われていたんだ。だけど照れくさくて…」「わたし。分からないから海彦を想い続けた。想っていれば何か分かるかも知れないから。わたし。神さまにお願いしたんだ。優しくてシャイな海彦で在りますようにって。初対面では海彦は優しそうに写った。願いはひとつ叶った。でも。わたし。海彦に嫌われちゃった。神さまは頼りにならない」「…」「海彦は嘉蔵が戻らなかった訳を尋ねてきた。わたしはコリア・デル・リオに来ないと分からないと返事を書いた。それは本当の処が分からなかったから。海彦が何時かコリア・デル・リオに来た時までには分かるようにしておくとの意味だったの。上手く書けなかった。生意気だったかも知れない。海彦に生意気だと思われてしまった。だから無視された。嫌われてしまった。わたし。帰る」 マリアが席を立った。階段を足早に降りた。 たたみかけるマリアの涙声に、うろたえ、言葉を喪っていた海彦は、「帰る」で、我に返った。会計を済ませ海彦は階段を駆け降りた。…帰るって何処に帰るつもりなんだ。スペインに。まさか。マリアはスペインから俺を頼って独りで来たんだ。なのに俺は馬鹿っぽい未熟をさらけ出してたんだ。間抜けだ… 外に出た。マリアが見当たらない。海彦はバス停まで走った。人通りは疎ら。マリアの姿は何処にも無かった。客待ちのタクシーの運転手に尋ねると「外国人の娘さんはタクシーに乗った。走って来て急いでいる様子だった。それに泣いているようだった。兄ちゃん。喧嘩したのかい」。家に戻らなければスペインには帰れない。パスポートは肌身離さず持っていたとしても荷物や航空券は家。それらを置いてマリアは帰れない。 海彦は尋ねた運転手の車に乗り『JR石巻駅』を告げた。 マリアを一人で家に帰してはいけないんだ。家族に異変を感じ取られてしまう。日本に居る間はマリアに幸せな時間を過ごしてもらわなければ仙台に来た意味がなくなる。俺が台無しにする訳にはゆかない。それに俺の想いも伝えていない。 JR石巻駅構内にもマリアの姿は無かった。 仙台行きの電車までは四〇分。駅前には『docomo』が在った。 あてもなく走り回っていてもマリアを見つけ出せない。マリアは仙台行きの電車に必ず乗る。駅前からは仙台行きのバスも走っている。ターミナルから出発するバスの行き先は数ケ所。初めての地で仙台行きのバス乗り場を直ぐに探し出すのは無理。 海彦は『docomo』に入った。 近づいてきた女の店員に「はぐれてしまった外国人をGPSで探して欲しい」と頼んだ。「分かりました。その方の氏名と電話番号。貴方の氏名と電話番号を御記入願います」 店員が業務用パソコンに向かい操作している。 海彦はヤキモキしながらも祈っていた。…見つけてくれ… 間もなく店員はプリンターを動かした。「見つかりました」 店員はプリントされた用紙を海彦に差し出した。「誤差は通常五〇メートル以内なのですが近くに居りますので誤差はほとんどありません。お探しの方は此処です。『紅屋』と言うお土産屋さんですね」 店員が指で示した処には赤丸が記されていた。店員が立ち上がり入口のドアの向こうを指さした。『紅屋』は駅前の広場に隣接する商店の一角に建っていた。 無料だった。海彦は店員に礼を言い『docomo』から出た、良かった。見つけられ無かったなら為す術がない。途方に暮れる。良かったけれどどうしよう。『紅屋』に入ってマリアの肩を叩こうか。それとも駅で待とうか。激したマリアが落ち着くまでには時間が必要だ。女の娘とは男とは別の生き者なんだ。彩を見ているとよ~く分かる。落ち着くと何ごとも無かったように復活する。 海彦は駅で待つと決めた。 仙台行きの電車まで後一〇分。 海彦は腕時計と駅の壁時計を見比べた。 ふたつの時刻に違いは無かった。 あと一〇分でマリアが現れなかったら…。 海彦はその時からの先を考え始めた。 マリアが石巻で失踪するとは思えない。けれど見喪ったのは俺の責任だ。何としてでも見つけ出し一緒に戻らなければならない。見つけ出さないと、マリアは田舎の港町に、独り、残される。幾ら聡明で賢いマリアでも心細い想いの中に佇む。『紅屋』に向かうのが正解だったのかも知れない。そうすればヤキモキしなくとも済んだ。 海彦は駅の出入口に立っていた。『紅屋』を凝視していた。 マリアの姿は無い。「海彦。待った…」 振り向くとマリアが土産袋を下げて立っていた。「良かった。仙台に戻ろう」 マリアは頷いた。少しも悪びれていなかった。 海彦はマリアから差し出された支倉焼を食べた。一緒にひとつずつ食べた。「美味しいね。お土産屋さんに一〇ケ入りが売っていたんだ」 海彦は「美味しい」と相槌。マリアは車中から復興を遂げた石巻の市街地を追っていた。「帰る」と言ったマリアは「帰る」と言ったことを忘れているようだ。マリアは激したら止まらなくなる。やはり日本人とは違う。日本人なら激したとしても感情を控え目に言い表わす。「帰る」とは言わない。「帰る」と言ったとしても突然走り去らない。時々忘れてしまうけれどマリアはやはりスペイン人なのだ。「わたし。海彦に叱られると思っていた。でも海彦は叱らない。どうして…」「俺が悪いから」「わたし。もう思い残すことはない。海彦と家族に会えた。友好協会の皆さんからもてなしを受けた。政宗も見た。仙台の季節を感じた。街並みも眺められた。嘉蔵が乗った船と四百年前をサンファン館で知った。だからもうイイと思った」「マリア。もう帰ると言わないって約束してくれないか」「約束できない」「どうして」「だって海彦次第だから」「マリアを生意気だとも思っていない。マリアに慣れるまで時間がかかった。マリアは俺の想像を超えてたんだ。生意気だと思って嫌っていたら一緒にサンファン館に来ない」「ほんと。わたし。海彦に嫌われていないの…」 伏目の眸が開きマリアは海彦を見つめた。「無視してゴメン」 マリアの表情がようやく輝いた。「わたし。神さまに謝らなくては。頼りにならないと言ってしまった。ゴメンナサイ。海彦はシャイで優しい伊達男だった。日本とスペインの小旗も可愛かった。でも。わたし。嘉蔵を尊敬できないと言い放つ海彦を好きになれない」「…。マリア。仙台に戻ろう。伝えたいことが一杯あるんだ」「うん。優しくしてくれてありがとう。海彦への質問がひとつあります」「…」「嘉蔵を偉大と思っている海彦は何故、尊敬できないのか。その理由を教えて欲しい」「嘉蔵不帰還は謎のままだ。俺は謎を解き明かしたいと思っている。俺には戻らなかった嘉蔵に人間的な欠陥が在ったのでは睨んでいる。俺は謎を解き明かしそれを証明しようと考えている。幾ら隠居の身であったとしても、死を覚悟して旅立ったとしても、帰ろうとすれば帰れた時に、家族を仙台に残して帰らなかった嘉蔵。これは異常だ」「確かに普通ではないよね。普通ではない男伊達が八名も居た。海彦の仮説では、残った嘉蔵以外の七名も、みんな、人間的な欠陥が在ったことになる」「俺の言い方ではそうなってしまう。けれど人それぞれに異常な何かが在ったんだと思う。俺は嘉蔵が戻って来なかった家族の想いや困難を知ってるから…」「わたしも仙台に来てから嘉蔵不帰還の謎を考え始めた。わたしは爺ちゃんから、村の人たちに…残って…と頼まれた。それで嘉蔵は帰らなかったと伝えられている。海彦は嘉蔵の和歌を手紙に書いてくれた。爺ちゃんから語り聞かされた…残って…を思わせる内容だった。何処にも嘉蔵の人間性の欠陥を思わせる行は無い。わたしは嘉蔵に普通ではない重要な何かが起こったと考えているんだ。八名にもそれぞれ普通ではない何かが…」「普通ではない重要な何かかぁ…」
朝食を一緒に食べ、家族と焙じ茶を飲み、ワイドショーを観ているうちに海彦はマリアに慣れた。美人で可愛らしくても慣れると、どぎまぎ、しなくなった。 これは海彦にとっての大発見だった。普通にマリアと話せるようになった。なのにマリアは海彦と眼を合わさない。テレビを観ながら彩とばかり喋っている。 海彦が話しかけてもそっけない返事。「マリア。出発は八時四五分でどう…」「…」 マリアは海彦を見ずに無言。明らかに話しかけられるのを嫌がっている。海彦にはそう思えた。時間が過ぎてもマリアは彩の部屋から出て来ない。 彩の部屋に入る訳にはゆかない。 海彦は靴を履いたまま玄関でじりじり。 九時近くなってマリアが現れた。 気を取り直して海彦はマリアと家を出た。 青葉城跡地の伊達政宗の騎馬像に向かった。家から歩いて一〇分もかからない。並んで歩いていてもマリアは海彦から遅れ離れてゆく。その度に海彦は振り返りマリアを待った。 マリアは白のダウンのポケットに両手を入れて、下を向き、トボトボと歩いていた。 海彦は女の娘の突然の不機嫌を彩で嫌と云うほど経験していた。その不機嫌が原因が分からぬまま瞬時に治るのも知っていた。不機嫌が終日続くこともあった。こうなると家族の誰もが彩に近づかない。志乃でさえも。 しかしマリアは彩ではない。虚ろなままのマリアを放って置けない。「どうしたんだ。マリア。体調が悪いのか…」「別に」 マリアは家に居た時からからこんな調子。「政宗の次は支倉常長の処に行こうと思っている。その後は石巻のサンファン館。石巻は少し離れているから急ごう。一五時には戻らなければならないんだ。今夜はマリアの歓迎会。遠くからも親戚が集まる。母さんと婆ちゃんの手伝いがあるんだ」 マリアは「母さんと婆ちゃんの手伝い」に反応した。「ちゃんと歩く」 間もなく騎馬像に着いた。「これが独眼竜と言われた政宗。ずいぶんと勇ましい。怖いくらい」 仙台には支倉像が三体も在った。向かった先は青葉城二の丸跡の常長像。「カルロス・デ・メサ公園の像と同じだね。支倉が右手に持っているのが政宗の書状」 サンファン館は片道一時間半。晴天。風も穏やか。冬の仙台は晴れの日が多い。けれど山から吹き下ろす風が強い。それが難点。今日は絶好の観光日和。「わたし。いっぱい、たくさん、質問すると思う。うるさく思わないで」「マリアの質問に上手く答えられるか、分からないけれど、頑張る」「分からないことばかりなんだ」「一日で仙台の四百年前と今を案内できないのでテーマを考えた。伊達男と男伊達の違い」「凄く良い。海彦は倒置法を教えてくれた。意味が強まった男伊達は、伊達男と何が違うのか確かめたかった。これが分かれば嘉蔵に近づける」 海彦はようやく元に戻ったマリアに安堵した。そしてマリアの聡明に感心。 マリアはたくさん勉強して仙台に来ている。 俺もぼんやりしていられない。 俺の周囲に伊達男と男伊達の違いに関心を持つ女の娘は一人も居ない。 みんな「キャーッ・うっそ~・マジ・やだ~・ヤバ~イ」と叫んで日々を過ごしている。 マリアはJR石巻駅までの在来線の車中から流れてゆく景色を見つめていた。「仙台は広い平野。家と家の間にも畑や田圃が造られている。畑や田圃は今はお休みなんだね。コレア・デル・リオの田圃では今、小麦や大麦が育っている」「これから冬。雪が降る。田畑は来年の春までお休み。仙台では二毛作は無理なんだ」「そうか。寒いからだね。あの~。海彦の家は変わっている。仙台に着いてから海彦の家のような家をまだ見ていない。壁が白くて屋根が瓦の長い塀に囲まれている。塀の土台は石が組まれ頑丈な造り。家の正面には大きな門。勝手口とお婆さんが呼んでいた玄関は裏側にも在る。玄関が二つもある。庭が広い。松が植えられ大きな石が置かれている。手入れが行き届いていて時々コ~ンと音がする。二棟の家が建っている。お爺さんから普段は使っていない離れと教えてもらった。離れは納屋では無い。立派な建物。蔵もある。蔵は塀の白と同じ。蔵の二階の小さな窓の下には『嘉』の文字とドラゴンのレリーフが描かれている。それとトイレに入ると突然、蓋が開いた。これには思わずキャ~」「武家屋敷の名残りなんだ。武家屋敷とは戦さを想定して造られている。塀は敵の侵入を防ぐ備え。蔵には米を蓄えた。火を放たれても蔵は燃えない。離れは従者や応援に駆けつけてくれたサムライの居住地。嘉蔵が何時戻ってきても良いように出来る限り昔のままに代々の家長が維持してきたんだ。龍は爺ちゃんの鏝絵」 「門と塀と蔵は嘉蔵の頃と同じなんだ」「蔵は蔵之介が建てた。維持するには大変な苦労が伴う。残された者の決意と覚悟が門と塀と蔵。それと離れ。俺は意地と思っている。それだけ嘉蔵が偉大だったんだ」「嘉蔵は仙台でも偉大だったんだね」「昨夜親父から聞いた。マリアが嘉蔵を尊敬しているひとつひとつを。それらがマリアの矜りに繋がっていると。俺は嬉しかった。嘉蔵は何処に生きても皆の役に立つ仕事する。やっぱ。偉大なんだと思った。でも俺は嘉蔵を尊敬できない」「どうして。仙台に戻って来なかったから…」「それが何時も心に引っ掛かってしまうんだ」「嘉蔵がコリア・デル・リオに残らなかったら私は生を受けていない。此処に座って居ない。こうして海彦とお話ししていない」「その通りだけれど尊敬とは違う」 この時マリアの表情が曇った。 家を出る前と出てからの虚ろな表情に戻っていた。 海彦はマリアの変化に気づかなかった。
マリアが十四時三六分の『やまびこ』で着く。乗っているのは三両目。 前夜、瀧上家は横断幕を作った。書の達人である静が、刷毛のような、床箒のような、巨大な毛筆を用意。静は白の鉢巻き。着物には襷。もんぺで裾を纏め正座。 海彦は静から発せられる波動から、並大抵の集中ではないと、感じた。それは見たことも、接したこともない気合いだった。…こんな婆ちゃんは初めてだ… サラシの反物を裁断して、志乃がミシンで縫い合わせ、横断幕の布地を作った。布地の四方を海彦・彩・海太郎・海之進で押さえ固定した。静は白足袋。筆にたっぷり墨を付けると静は躊躇することなく一気に書き上げた。『うえるかむ まりあ』。 こうして縦一M五〇。横三M五〇の横断幕が完成した。三人で持たないと撓んでしまう。 海彦は紙と割りばしで小旗を二つ作った。日の丸とスペイン国旗。二つには『Umihiko』とサインを入れた。それを見た彩が「海彦。そんな小さな旗を作ってどうする気。 目立たないじゃないの。まったく何を考えているんだか」「これでいいんだ。二つの旗の余白にはマリアにサインを書いてもらう。それでこの旗は俺の宝物になる。日の丸はマリアへのお土産。スペインを俺の部屋に飾る」 海彦はマリアから送られてきた家族の集合写真を胸に忍ばせてホームに立っていた。 マリアの写真と実際を見比べようと思った。お爺さん・お婆さん・父さん・母さん・兄と妹の中央にマリアが普段着姿でピースサインの笑顔で写っていた。 この写真を見た時に海彦は愕然とした。 どうしてマリアはこんなに美人なんだ。まるで妖精じゃないか。こんな美人は日本には居ない。対面したらどきどき、どぎまぎ。紅くなって格好悪い。写真よりも綺麗だったどうしよう。でも実物は写真より良くないはず…。 そう言い聞かせて海彦は平静を保っていた。 ひと言で表わすならエキゾチック。彫りの深さと肌の白は日本人には居ない。眼がパッチリしていて睫毛も長い。先がツンと上を向いた高すぎない鼻。耳元から顎までの線がシャ—プ。日本人の中高の面長とは違う。明らかに西洋人の造り。それでも瞳と髪に日本人の面影を残していた。二重の黒い瞳と黒髪。トップテールが良く似合っていた。 横断幕を発見したマリア。右手でキャリーバッグを引き小走り。左手を大きく振って満面の笑み。薄手の白のダウン。黒のウールのショートパンツ。グレーのタイツの足が長い。コンバースのバッシュー。キャリーバッグは水色。スペインカラーのスカーフが首元に。 海彦は近づいてくるマリアに二本の小旗を振った。気づいてくれたかは分からない。 マリアは少し上気していた。ほんのりと眼元に紅が浮かんでいる。髪がショートに変わっていた。白い肌に紅が差すと初々しい。これはマジでヤバイ。写真よりも美人だ。 海彦は狼狽。 「初めまして。マリアです。これからお世話になります。迷惑をかけると思いますが、どうか、宜しくお願いします」 マリアのお辞儀は両手を膝に置いた正しい礼だった。「あれまぁ。上手な日本語だこと。いっぱい勉強したんだね」と静。 褒められたマリアは腰を少し落として「ありがとうございます」。 腰を落としても黒いリュックの背筋は伸びたまま。 海彦はマリアの仕草に見入っていた。…何て可愛いんだ… 刈り上げた襟足がスッキリしていてシャープ。 ショートの方が良いかも…。 美人はテレビでたくさん観てきた。綺麗な人だなぁと思う。テレビに出るくらいだから当たり前かとその都度思った。テレビの美人が仙台の女の娘を造っている。女子高生も女子大生もOLもテレビを真似て闊歩している。マリアはテレビには居ないタイプ。まったく違う。テレビはマリアの足元に平伏すべきだ。テレビも大したことない。テレビと違って、マリアは美人なのに、美人を意識していない。どう私は綺麗でしょうと主張していない。あどけなさも自然だ。表情に作りが無い。仙台に着いた喜びを全身で表している。白と黒の地味な出で立ちでもマリアの処だけに照明が当たっている。コリア・デル・リオはセビリアの南に位置する田舎。何処が田舎の娘なんだ。垢抜けしてるじゃないか。スペインの十七歳はみんなこんな女の娘なのか。だったら恐ろしい。仙台の女の娘が野暮ったく見える。仙台の女の娘は少し可愛いと男の子からチヤホヤされる。それが当たり前と思っている娘も多い。チヤホヤされたいと何時も男子の眼を意識している。 海彦はそれが嫌だった。 マリアは天然。ヤバイを通り越してしまった。これは大変なことになる。 海太郎が一人ひとりを紹介した。 海彦は気絶する寸前。 海太郎から紹介されてもマリアに会釈するのが精一杯。 結局はひと言も喋れなかった。 七名は二台のタクシーに分乗して家に戻った。 海彦はマリアの乗ったタクシーを避けた。 避けて気絶を免れた。 家に戻ると海太郎と志乃が、マリアの部屋を何処にするか、思案した。準備不足が露呈。「座敷は広過ぎるし寒い。仏間には先代の写真が何枚も額に入っていて、異教徒のマリアにとって不気味だろう。それに辛気くさい。茶室は狭い」 それを聞いていた彩が「私の部屋はダメ。私は最初からそのつもり」。 マリアは海之進と庭で雀の餌やり。「きのう作った」と彩が海太郎にスケジュールを差し示した。 二七日 夜は友好協会のウェルカムパーティー 二八日 午前と午後は私と買い物。夜は我が家でのマリアの歓迎会 二九日 午前は嘉蔵のお墓参り。午後は親戚の見送り。その後は皆でマリアのお土産 の買い物と食事 三〇日 大掃除。餅つき。おせちの買い出し。 大晦日 爺ちゃんの蕎麦打ち。おせち作り。 元 旦 『豊栄』。初詣。爺ちゃんのお茶会 二 日 婆ちゃんの香の会。百人一首。初売り 三 日 マリアの仙台巡り 四 日 母さんと私とマリアで買い物 五 日 マリアの帰国 「大体、こんなところだろうな。それにしても買い物が多いな。きっちりと予定を組まれるとマリアの息が詰まってしまう。マリアの希望も聞かなくては」と海太郎。 マリアの希望は五つだった。買い物は含まれていなかった。 ①嘉蔵のお墓参り ②大震災の追悼 ③四百年前の仙台と今 ④日本のお正月 ⑤海彦の学校訪問 海彦は海太郎に呼ばれマリアの希望を知らされた。「学校は冬休みで無理。四日は軽音楽部の音出しだから部長に頼めば何とかなる。仙台案内は急がないと二九日からは何処も閉館。博物館もサンファン館も三日までクローズ。震災の追悼は難しい。父さんも考えて」「俺も難しいと思っていた。色々と調べてくれないか。明日の夜はマリアの歓迎会。親戚 が集まる。朝から海彦が仙台を案内して夕方までに戻ってくれ。頼むぞ」「あれっ。私との買い物は無しなんだ」と彩は不服そう。 友好協会のウェルカムパーティが始まった。「わたしはマリア・ロドリゲス・ハポンです。来年の四月には十八歳になります。コリア・デル・リオに住んでいます。一〇歳の時から日本に憧れました。嘉蔵は四百年前にどんな処で暮らしていたのだろう。仙台はどんな街なんだろう。男伊達とはどんなサムライなんだろう。想いは募るばかりでした。わたしは友好協会にお手紙を書きました。会長さんの伊達さんから返信が届き、わたしを仙台に招いてくれると書かれていました。それからは夢見心地の毎日。今、わたしが此処に立っているのは夢ではないかと、つい思ってしまいます。わたしの街で嘉蔵は尊敬されています。わたしはハポンに矜りを持っています。それは嘉蔵への尊敬と繋がっています。コリア・デル・リオを通る用水路は『ヨシゾウホリ』と呼ばれています。『タンボ』『ナエドコ』『タウエ』『クサトリ』『イネカリ』『ボウガケ』はスペイン語です。私はこれから一〇日の間、瀧上海太郎さんのお宅にホームステイさせて頂きます。わたしの夢を叶えてくれた皆さんに感謝します」 海太郎も海之進も志乃も静も出そうになる言葉を呑み込んだ。 何と云う挨拶なんだ。これが十七歳の娘の挨拶なのか。 マリアが瀧上家のテーブルに戻って来た。テーブルには御馳走が処狭しと並んでいる。「マリア。立派な挨拶じゃった」と海之進が言った。 同席している瀧上家を代弁している響きだった「ありがとうございます。実は飛行機の中で考えて何度も書き直しました。わたしはコリア・デル・リオのハポンの代表でもあるし嘉蔵の名前を汚してはいけないと」 瀧上家の四人は『ヨシゾウホリ』を初めて知った。『タンボ』『ナエドコ』『タウエ』『クサトリ』『イネカリ』『ボウガケ』がスペイン語に定着しているのも初耳だった。 四人はマリアを囲んで、嘉蔵の遠い昔を、それぞれが想った。■4/12にリターンを見直しました。ご検討下さい。