こんにちは、バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。 タカハシヒョウリさんに、クラウドファンディングのリターンアイテム、Tシャツとトートバッグを着用していただきました。 今回はミュージシャンのタカハシヒョウリさんをお招きし、ピープロ作品のフィルムを実際にご覧になっていただき、さらに当プロジェクトのリターン品を実際に試着していただきました。当記事ではリターン品を身につけたタカハシさんの写真を紹介しつつ、撮影時に収録したタカハシさんのインタビューを公開いたします。タカハシさんは、特撮作品の音楽を表現するロックバンド「科楽特奏隊」のメンバーとして活動し、さらに文筆家としても多くの媒体で活躍中。ご自身の特撮への愛を様々な形で表現されています。ピープロ特撮のフィルムを前に、興奮と共にその魅力を熱く語っていただきました。──本日ピープロ特撮作品の写真のフィルムをご覧になって、タカハシさんの率直な感想をお聞かせください。タカハシ 中身を見る前に、まず量にめちゃめちゃ驚きました。この(フィルムを保管していた)箱の数ですが、事前に想像していたのは「3、4箱ぐらいある感じなのかな」と。それが10箱以上あって、しかもそれぞれの中にぎっしりとフィルムが詰まっている。「これ、どれだけの数の写真が埋もれていたんだろう?」と、お宝を発見したワクワク感がすごくありましたね。クラウドファンディングでデジタル化を目指すフィルムを見るタカハシヒョウリさん ──箱を開けてみて、『快傑ライオン丸』をはじめとするキャラクターたちの写真を目にした時の印象はいかがでしたか?タカハシ 僕自身も特撮が好きなんですけど、ピープロ作品の全てを網羅して観ている訳では無いんです。僕のように「全部は観たことないな」「ピープロ、作品名は知っているんだけど、じっくり映像を観たことは無いな」という人も多いんじゃないかと思います。 あのですね、本ッ当にイイですよ! 特に敵が!!どのキャラクターもデザインがめちゃめちゃ最高なんですよ。みんなも「敵の怪人」と聞くと『仮面ライダー』やスーパー戦隊の怪人がまず思い浮かぶと思うんですが、ピープロ作品の敵たちも素晴らしいですね。僕の中ではメキシコの悪役レスラーのような雰囲気を醸し出しているように感じられて、愛せちゃうんですよ。フィルムが入ったパレットをめくるたびに、すごく愛おしい感じの怪人がたくさん出てきて、そこがキャラクターとしてすごくキャッチ―だなと思いました。『快傑ライオン丸』より。第48話に登場する怪人マフィアン。ゴースン八人衆の一人で、病気で弱った身体を押してライオン丸に挑む。娘のように可愛がっている加代からは「おじさま」と呼ばれ、巧みな作戦で獅子丸たちを追い詰める名キャラクター。 ──本番のアクション中と思しき写真も多くあって、魅力あるキャラクターが躍動している様子が活き活きと捉えられていますよね。タカハシ これらの写真を撮影していた雑誌である「冒険王」さんが、ピープロ作品にすごく力を入れていたんだろうなということがわかるんですよね。明らかに本番撮影時の、例えば空中でのアクションであるとか、吊った状態の写真であるとか、あとは爆発もそうですよね。いわゆる特写の、雑誌媒体向けに撮った写真ではないんだろうなっていうカットがすごく多くて。こういう写真ってなかなか見られない。まさに撮影の本番をやっている緊迫感に満ちたカットが見られるのは、今回発掘された写真ならではの面白さだと思います。『風雲ライオン丸』より。『風雲』のライオン丸は、必殺技「ライオン風返し」によって斬り倒した怪人を爆発させ、戦いに決着をつける。このカットもおそらくその爆発を見事に捉えた一枚で、刀の反射もまたたまらない。──昭和期の特撮作品を写した写真というとモノクロのものも多いですが、今回は全てカラーのポジフィルムによる写真です。この「カラー」という点はどう感じられましたか?タカハシ この時代は「如何にテレビの前の子どもたちを惹きつけるか」が最重要だったわけですよね。今回発掘されたのは1972~75年の第2次特撮ブームの頃の作品で、当時はまさに変身ヒーローブームが到来していた時代だと思います。そんな時代に、テレビの前の子どもたちを如何にそのチャンネルに釘付けにするかっていう、ギラギラしたものがピープロ怪人たちの極彩色感に出ている。ヒーローたちもそうで、タイガーセブンなんかも赤と青のすごい色使いじゃないですか。現在の目線でいうと、レトロやサブカルチャー的な文脈が感じられる色味が魅力で、そこはカラーの写真だからこそ楽しめることですね。──先ほどタカハシさんにはリターン品のグッズも身につけていただきました。このリターン品に対しては、どのような印象を持たれましたか?タカハシ ぶっちゃけ、特撮とファッションってこの世で一番相性が悪いと思うんですよ(笑)。僕もアパレルの企画に色々と参加させてもらっていますが、「特撮を如何にファッションに落とし込むか」って、みんなすごく苦心していることだと思うんです。 でも今回上手くいっていると感じられるのは、「冒険王」のロゴとピープロのロゴを前面に押し出したこと。このロゴが、レトロですごく可愛いんですよね。Tシャツでは胸元にそれが置かれていて、これはよく考えましたね。キャラクターの写真がバックプリントで前の方はロゴだけっていうのは、大人でも着やすくて良いデザインだと思いました。──2人のライオン丸、タイガーセブン、ザボーガーと4人のヒーローが収まった写真の部分はいかがでしょうか?タカハシ 先ほど怪人の魅力を言いましたけど、ピープロ作品ってやっぱりヒーローもすごく特徴的で、特にザボーガーなんかは人気があると思いますが、その4人が一堂に会しているわけですよね。今年は『風雲ライオン丸』が放送50周年ということもありますし、そういう意味でもすごく感動的なものになっている。 あとは写真を入れるフォトアルバムが良いですね。ちょうどできたばかりとのことですけど、これめっちゃ良いでしょ。表紙にロゴが一発っていうシンプルさと、広げたら中に写真をブロマイドとして入れられる。16枚入って、しかも立てて飾ることができる。高級感もあって、実物をパッと見た瞬間から良いなと思いました。「冒険王」って色々な作品が載っていたわけなので、必ずしもピープロ作品じゃなくても、自分の好きな作品の写真も入れることができるし、これは汎用性の高い良いグッズだなと。もう普通に売ってほしいですけど(笑)、これは是非リターン品でゲットしてほしいなと思います。──今回のプロジェクトが成立したら、そうした二次的な発展もあるかと思います。タカハシ 本当にそうですよね。ピープロ作品には熱狂的なファンの方々がいますけど、若い世代にとっては、なかなか接する機会が無い作品なんじゃないかと思うんです。特撮黄金期の時代のエネルギーが満ちている作品なんだということが、このフィルムからも伝わってくるので、是非興味を持ってほしい。このクラウドファンディングも、作品に興味を持つきっかけになったら良いなと思います。──タカハシさん自身も全作品を観られているわけではないとのことですが、観たことが無い作品の写真でも面白く感じられる理由は何だと思われますか?タカハシ 僕なんかは特撮の新作が無い時代に幼少期を過ごした、リアルタイムの特撮が無かった世代なんですよね。ウルトラマンの怪獣もまず図鑑で見るもので、『ウルトラマンレオ』(74年)に登場するアクマニヤ星人は図鑑に載っている写真を見て、「目に角が刺さっているのが通常の状態だ」とずっと思っていた。ところが後年になって映像を観てみたら「あ、これって最初は刺さってなかったんだ!」っていう(笑)。そうやって図鑑で知る怪獣や怪人っていうのが僕らにとって一番親しみのあるものなんです。たとえば『鉄人タイガーセブン』を僕はまだ観られていないので、これから観ていきたい作品なんですが、図鑑で『タイガーセブン』の敵怪人を見るとシンプルで超最高なんですよね。『風雲ライオン丸』に銃を使う怪人がいて、そいつの名前が「ガン」っていうのとかも最高ですね。もちろんものすごく詳しいマニアな方もいらっしゃると思いますが、これから知っていく世代の人にとっても色々な楽しみ方があって良いんじゃないかな。僕はそう思います。──最後に、このプロジェクトに協力いただくみなさんに向けて、タカハシさんからメッセージをお願いいたします。タカハシ 僕は「ピープロ作品だから」ということだけじゃなくて、デジタルアーカイブというものもすごく応援したい。たくさんの埋もれている資料を、これから先も自分自身が見たいんですよね。それらが消えていかないように保存していくことも、ファンとして「そういう世界であってほしい」と思う。このプロジェクトも、今回だけの話じゃないと思うんですよね。これが成立して、他社でも「あ、これならウチでもやれるかも」ってなったら、個人的にはファンとしてすごく嬉しいな。賛同いただける方は、是非ご協力をいただけたらと思います。よろしくお願いいたします!聞き手・構成:馬場裕也
こんにちは、バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。先日動画でも発信させていただきました、原口智生さんインタビューの模様をこちらの活動報告でも公開いたします。原口さんは特殊メイクアーティスト・造型師として映像作品に携わり、特撮でも平成ガメラシリーズや仮面ライダーシリーズなど多くの作品に参加されてきました。さらには『さくや妖怪伝』『ウルトラマンメビウス』などでは監督・特技監督としても活躍されました。またATAC(アニメ特撮アーカイブ機構)の発起人の一人であり、近年は過去の特撮作品のミニチュアやプロップを修復・復元する活動をされています。原口さんはかつてピープロ特撮の撮影現場にも参加し、『快傑ライオン丸』のリメイク作品として2006年に放送された『ライオン丸G』でも、特撮ディレクター・造形を担当されています。今回はその原口さんに、発掘されたピープロ特撮4作品のフィルムを実際に見ていただき、ピープロに関する思い出や作品への熱い想い、写真資料を残していくことの意義についてたっぷり語っていただきました。──今回発掘されたのは、かつて児童向け雑誌「冒険王」のために撮影されたフィルムです。その「冒険王」をはじめとする、多くの児童向け雑誌で特撮に関する情報が発信されていた時代に、原口さんもそういった雑誌文化に触れられていたのでしょうか?原口 「冒険王」は、もう当然買っていました。当時は「週間少年マガジン」とか「少年サンデー」など、他誌でも特撮作品がグラビアで結構紹介されていましたけど、「冒険王」の特色って付録がすごく豪華なことなんですよ。組み立て付録だったり、単行本化された漫画が付録で付いていたり、グラビアもカラー写真が非常に多くてね。自分が『電人ザボーガー』で実際に現場に行っていた頃も、「冒険王」はまだ買っていましたね(笑)。──「冒険王」がグラビアに多くのカラー写真を載せていたというのは、これだけ膨大な量のカラー写真のポジフィルムが現在でも残っている事実に繋がっていますね。原口 今回発見されたポジは、もう間違いなく出版社がそのグラビアを作るためにカメラマンを現場に派遣して、その方たちが特写を撮った結果として残されたものだと思うんですね。ちなみに当時、ピープロ作品をメインで放送していたのはフジテレビで、そこの宣伝課にもスチールは多少残っているらしいですけど、撮影枚数は非常に少なかったそうです。でも今回発見されたフィルムの写真は、「冒険王」から派遣された専属のカメラマンが現場に行ってちゃんと撮っているものなので、やはり色々なカットが有りますよね。とてもバラエティに富んでいるし、アクションカットなんかもある。それに『風雲ライオン丸』ではスタッフなど裏方を写している写真もあって、非常に貴重だと思います。『風雲ライオン丸』より。第3話に登場するドカゲとの空中アクション。完成映像では、最初に飛び上がった際にライオン丸のキックがドカゲの顔面に炸裂するカットがあり、おそらくその瞬間を完璧なタイミングで捉えた一枚だ。以降もつばぜり合いをしながら地上に降下するなど、迫力の吊りアクションが拝める。 原口 自分が昔、特殊メイクの仕事をやっていた時期に、昨年亡くなった崔洋一監督の作品に何本か携わらせていただきました。その崔監督から生前、「『風雲ライオン丸』の助監督をしていた」という話を聞いていまして。自分は『風雲』の台本を持っているんですけども、その演出部の欄にも崔洋一監督のお名前がちゃんと入っているんですよ。生前の崔さんとお酒をご一緒した時に聞いたこととしては、『風雲ライオン丸』はやはり時代劇ということもあって、御殿場でのロケが非常に多かったらしいです。「非常に朝早くに出発して、陽のあるうちに撮り切って帰ってくる。肉体的にも結構大変だった」っていうお話は聞きました。今日見せていただいた中では、スタッフが写っている、いわゆるビハインド的な写真も数点見受けられました。その中に崔さんも写っているかどうかも、綺麗にスキャンして良い画質で見ることさえできればわかるかもしれない。制作当時の息吹が本当に伝わるような、貴重な写真だと思います。『風雲ライオン丸』のフィルムを収納している箱から発見された一枚。待機中なのか打ち合わせ中なのか、裏方であるスタッフを被写体として写しているのはこのフィルムのみである。背後に幌馬車ビックリ号が見えるため、『風雲』の撮影であることだけは間違いない。 ──原口さんは認定NPO法人ATAC(アニメ特撮アーカイブ機構)の発起人の一人として、特撮に関する資料のアーカイブ活動をされております。今回発見されたような写真資料をアーカイブし、将来に残していくことの意義はどのように捉えていらっしゃいますか?原口 現在では映像自体の原版が失われている作品もあるみたいですけれども、ピープロ作品の場合は原版が比較的残っているみたいで、DVDやブルーレイも何回か商品化されています。そうやって「作品自体を映像として観ることができる」というのが、やはりイの一番だとは思うんです。でもその次は、撮影当時にどういうふうに制作されていたのかが知りたくなる。これだけ鮮明な写真をさらにクリーニングすれば、怪人が作られた当時の造形の風合いだったり、ミニチュアのディテールだったりもすごくよくわかるようになるわけです。今回は『電人ザボーガー』のヘリキャットやマウスカーといったミニチュアの写真も何点かありましたが、この2つはヒルマモデルクラフトというミニチュア専門の会社が当時作っていました。そういったミニチュアの材質とか、「こうやって作っていたんだ」ということを写真から鮮明に解析することができる。僕は現場でそのミニチュアも見ていますが、このポジが無くなったら後世の人はもう見ることも知ることもできなくなっちゃう。逆に残すことさえできれば、作品がどのように作られていたのかを誰もが知ることができるようになる。それが重要なんだと思いますね。そういう意味でも、今回発見されたポジって本当に貴重なものだと思います。『電人ザボーガー』より。ザボーガーの頭部に鎮座するヘリキャット。収納時にはブレードが折りたたまれており、飛行時には展開するようになっている飛行メカだ。その折れる箇所をはじめ、ミニチュアのディテールを克明に記録した一枚。 ──最後に、今回このクラウドファンディングに協力していただいている方々に対して原口さんからのメッセージをいただければと思います。原口 『冒険王』という雑誌で撮影されていたカラーポジが、これだけ出てきた。これまでも作品の映像自体は観ることができていましたが、そこに映っているもののディテールやアクション、そしてそういったものがどうやって撮られていたのかという証拠や記録が、このフィルムなんですよね。これはとんでもないものなんですよ。作品が撮影された当時に現場で撮った、まさに本物の写真ですから。まずは、最高に綺麗な状態で見てみたいですよね。そのためにも、ひとつ皆さんのお力を借りて、フィルムをちゃんとクリーニングした上でスキャンする。その作業が完了したのちには、ちゃんと残していけるようにしたい。これだけ魅力的なピープロ作品と、その歴史が後世に残せるように、自分も協力できることはしたいと思っています。聞き手・構成:馬場裕也
こんにちは、バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。先日動画でも発信させていただきました、原口智生さんインタビューの模様をこちらの活動報告でも公開いたします。原口さんは特殊メイクアーティスト・造型師として映像作品に携わり、特撮でも平成ガメラシリーズや仮面ライダーシリーズなど多くの作品に参加されてきました。さらには『さくや妖怪伝』『ウルトラマンメビウス』などでは監督・特技監督としても活躍されました。またATAC(アニメ特撮アーカイブ機構)の発起人の一人であり、近年は過去の特撮作品のミニチュアやプロップを修復・復元する活動をされています。原口さんはかつてピープロ特撮の撮影現場にも参加し、『快傑ライオン丸』のリメイク作品として2006年に放送された『ライオン丸G』でも、特撮ディレクター・造形を担当されています。今回はその原口さんに、発掘されたピープロ特撮4作品のフィルムを実際に見ていただき、ピープロに関する思い出や作品への熱い想い、写真資料を残していくことの意義についてたっぷり語っていただきました。──『快傑ライオン丸』はタイガージョーを代表とするキャラクターたちや、彼らが織り成すドラマの魅力が素晴らしい作品だと思います。原口さんはこうした魅力については、どんな感想をお持ちですか?原口 キャラクター自身の物語だったり、設定やデザインだったり、やはり発想が非常に豊かですよね。それはやっぱり、1にも2にもうしおそうじ社長のクリエティビティによって生まれていた。クリエティビティがとても凝縮されている、この一言に尽きるんじゃないですかね。あと、自分は小さい頃から特撮や怪獣、SFも好きだったんだけれども、時代劇というものにも非常に親しんでいたんです。「時代劇特撮」というものは、そういった色々な要素を全部組み込んだ一つの娯楽作品になっている。そういう意味でも、やっぱり『快傑ライオン丸』は本当に優れていますね。それを撮影していた時の状況やディテールなどを、今回発見されたフィルムの中からまた解析できるというのも、とてもワクワクしますね。──今回、『鉄人タイガーセブン』でも、NG版のギル太子が写った撮影に入る前と思しき撮影会の様子や、第1話の川でのアクションシーンなどを記録したフィルムが多く発掘されています。『タイガーセブン』については、原口さんはどんな印象をお持ちですか?原口 『タイガーセブン』を放送時に観て自分が思ったのは、「またガラリと変わったな」と。頭部だけがライオン丸やタイガージョーを踏襲していて、でも身体はウエットスーツというのは、最初はちょっと違和感というか「変だな」と思ったんですけど。ただ観始めると、ライオン丸とはまた全然違う現代劇だし、敵の設定もちょっと今までにないものだった。『タイガーセブン』は、今では作品を観ること自体がなかなか難しい状態になっていると聞いています。でも敵の造形なんかも魅力的で、ちょっと不思議な作品ですよね。『スペクトルマン』なんかもそうなんだけど、ピープロ作品ってやっぱりうしおそうじさんのデザインセンスが独特だなって。『鉄人タイガーセブン』より。第15話「ムー帝国大侵略」にて、ガス原人にファイトグローブでパンチを叩き込むタイガーセブン。しかし身体を気化できるガス原人には攻撃が通用せず、タイガーセブンも思わず「まるで空気を相手に戦っているようだ」と漏らす。見た目も能力も、実に個性的な敵怪人だ。原口 例えば「エヴァンゲリオン」というアニメーションシリーズは庵野(秀明)さんという方が作っていて、鷺巣詩郎さんが音楽をつけられています。そういった人たちの作るものも「庵野さんは庵野さんらしいな」とか、独特なものをなんとなく感じると思うんですけど、うしおさんもそれは同じなんですよね。ピープロを作られた結構早い段階から、うしおさんは既に独創的な仕事をされていたのではないかなと思います。──『電人ザボーガー』につきましては、先程ご自身も現場にいられたということで、その思い出を中心に語っていただきました。一方で視聴者の側としてはどのような印象をお持ちでしたか?原口 『ザボーガー』は最後の方で現場にも行きましたけど、当然観てもいました。山口暁さんの演じる大門豊がカンフーの使い手で、当時はブルース・リーの登場の少し後でしたが、そういったものをまた旺盛に取り込んで作られた世界観ですよね。マシーンザボーガーが丸の内とかを走っているシーンもありますけど、「ちょっとこれ、いくらなんでも」って普通は思ってしまう。でもそういった設定をいけしゃあしゃあとやっちゃうところは、やっぱりピープロのすごさです。結果として魅力的で、独創的な感じを作っているんじゃないかと思いますけどね。あとピープロ作品全般に言えることとしては、アニメと特撮を繋ぐ表現力がありますよね。例えば、ザボーガーを起動させるキーを入れた時に電流の走るところとか、『快傑ライオン丸』でゴースンの魔界の描写とか。『大魔神』(66年)などの大映特撮作品でマット画を描かれていた渡辺善夫さんだったり、光学合成を行っていた黒田清さんという方だったりが、ピープロの社屋の中にある線画台を使って、自社でこうしたアニメや合成もされていたんですね。当時ピープロの社屋にも何回か行きましたが、アニメのセルを塗るのをちょっと手伝わされたこともあります(笑)。やっぱりピープロの作品は、ピープロ以外にはできない。マシーンザボーガーをはじめ、オリジナリティのあるものが本当に詰まっている、魅力的なプロダクションだなと思います。『電人ザボーガー』より。マシーンザボーガーにまたがってポーズをキメる大門豊と、それを何とも言えない表情で見詰める3人の子どもたち。ピープロ特撮の強烈な個性は、彼らの目にどう映ったのだろうか。【第四回に続く】
こんにちは、バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。先日動画でも発信させていただきました、原口智生さんインタビューの模様をこちらの活動報告でも公開いたします。原口さんは特殊メイクアーティスト・造型師として映像作品に携わり、特撮でも平成ガメラシリーズや仮面ライダーシリーズなど多くの作品に参加されてきました。さらには『さくや妖怪伝』『ウルトラマンメビウス』などでは監督・特技監督としても活躍されました。またATAC(アニメ特撮アーカイブ機構)の発起人の一人であり、近年は過去の特撮作品のミニチュアやプロップを修復・復元する活動をされています。原口さんはかつてピープロ特撮の撮影現場にも参加し、『快傑ライオン丸』のリメイク作品として2006年に放送された『ライオン丸G』でも、特撮ディレクター・造形を担当されています。今回はその原口さんに、発掘されたピープロ特撮4作品のフィルムを実際に見ていただき、ピープロに関する思い出や作品への熱い想い、写真資料を残していくことの意義についてたっぷり語っていただきました。──フィルムをご覧いただいている間、原口さんご自身のピープロ作品に関する思い出も聞かせていただきました。原口さんにとって、ピープロ作品はまずオンタイムで観ていた作品ということですよね。原口 そうですね。ピープロ作品で、自分が最初にテレビで拝見したのは『マグマ大使』です。今はネットの時代なので、皆さんも色々とお調べになられていると思うんですけれども、そもそも「ピー・プロダクション」という制作会社がまずあるわけですが、「エヴァンゲリオン」シリーズなどの音楽を担当されている鷺巣詩郎さんのお父様であるうしおそうじ(鷺巣富雄)さんが設立した会社でした。うしおさんは元々漫画も描かれる方で、ピープロも実写作品の『マグマ大使』や『快傑ライオン丸』などを制作する以前はアニメ作品の制作をしていた。東映動画(現在の「東映アニメーション」)や円谷プロダクションなどの比較的メジャーなプロダクションよりは、個人経営のこじんまりとした制作会社の社長さんでした。そういった制作会社は、昔は他にもあったみたいです。ピープロはアニメから特撮に至るまで多岐に渡って作品を制作して、しかもオリジナルの企画もたくさん立てられていた。『マグマ大使』は手塚治虫先生の原作漫画がありましたが、『快傑ライオン丸』とか『電人ザボーガー』なんかはオリジナルですよね。これだけの作品を世に送り出してきたっていうこと自体が、まずすごいことです。その記録としても、今回の写真は素晴らしいと思います。『快傑ライオン丸』より。ライオン丸の手袋が赤くないことから初期3話で撮影された写真で、ロケーションからおそらく第1話と推測できる。「ネコ族のヒーロー」というピープロのオリジナリティ、その最初の到達点がライオン丸だ。──原口さんは、ピープロ作品では実際に現場にも行かれて、撮影に参加されていたそうですね。その経緯も詳しくうかがえればと思います。原口 自分が14歳の時に、「安川剣友会」という殺陣のグループがボーヤ(助手、付き人)を募集しているということで、当時はアクションを目指していたので入ることにしました。その少し後、聖蹟桜ヶ丘にあった「多摩スタジオ」というステージが1杯しかない小さなスタジオで、『電人ザボーガー』後半の「恐竜軍団シリーズ」(第39~52話)のセット撮影をやっていたんですね。僕が15歳の時なんですけれども、1975年のことです。そこで竜マンという戦闘員が登場するんですが、それを演じる兵隊(アクター)が足りないので「お前、ちょっと行け」って言われて、スタジオの方で竜マン(のマスク)をかぶって、二日間参加しました。いわゆる立ち回りの世界って、こういった会社やグループ間での人の貸し借りが昔からあるみたいですね。それから当時、ロケーションでの立ち回り(アクションシーン)では、京王永山の近くでよく撮影を行っていました。今は多摩センター駅になっている場所ですが、その工事をする前は造成地だったんです。そこにも竜マンの役で1回行きましたね。それから今回発掘されたフィルムには入っていないんですけれども、同時期にピープロで制作されていた『冒険ロックバット(75年)という5分番組がありました。それに登場するブレイザーというロボットにも、「行け」と言われて2回ぐらい(スーツの)中に入ったことがあるんです。今回、見させてもらったフィルムの中からは『ザボーガー』後半のものが見当たらず、自分が撮影に参加している時期の写真はありませんでした。でも今後そういう時期のものも出てきたら、自分としてはやっぱり懐かしいし、うれしいですね。『電人ザボーガー』より。第1話、アリザイラーと戦うザボーガー。ザボーガーがチェーンパンチを繰り出し、鎖で絡めとられたアリザイラーが回転する瞬間だ。今回発見された『電人ザボーガー』のフィルムは、こうした初期数話で撮影されたと思しき写真のみである。──原口さんは『快傑ライオン丸』のリメイク作品ある『ライオン丸G』でも、造形や特撮監督を務めていらっしゃいました。原典である『快傑ライオン丸』という作品について、過去の書籍の取材では「ピープロの一番いいカラーが出ている」とおっしゃっていましたが、それは具体的にどういうところなのでしょうか?原口 これは作品とはちょっと離れた一般的な話なんだけど、髪の毛がボワッと長いロンゲのヘアスタイルというと、「ライオン丸、ライオン丸だ」ってバラエティ番組とかでもよく言われますよね。もう何十年も前の作品にもかかわらず、お笑い芸人の方やアイドルの子が言うぐらい、ライオン丸というと「髪の毛」「たてがみ」っていうイメージがちゃんと残っている。そういったことも含めてなんだけど、やっぱり当時のうしおそうじ社長のキャラクターデザインがそれだけインパクトのあるものだったわけですよね。ザボーガーも、デザイン画は漫画家の藤田茂さんに依頼して描いてもらったそうですが、「オートバイからロボットに変形する」など、デザインのアイディア自体はうしおさんが創っていった。ピープロ作品はやはり、とても個性的だなって思う。そういう個性的な色々な要素が一番凝縮されて出てきているのが、『快傑ライオン丸』なんじゃないかと思いますね。『快傑ライオン丸』より。ライオン丸のたてがみやマスクの美しさが非常に精細にわかる一枚。毛の流れや太い眉、目鼻の形状などがつぶさに見て取れる。1970年代に大洋ホエールズで活躍したプロ野球選手のジョン・シピンが、その長髪とヒゲから「ライオン丸」と呼ばれていたエピソードは有名だ。──『快傑ライオン丸』でも、まさにそのたてがみの美しさ、高山良策さんが造形されたマスクの美しさを写し取ったフィルムが残されています。原口さんが『ライオン丸G』で新たなライオン丸を造形された際も、そういったイメージは意識されていたのでしょうか?原口 そうですね。『ライオン丸G』と作品名が変わっているとはいえ、やはりライオン丸を継承した作品ということで、当時プロデューサーの大月(俊倫)さんから言われたのも、「オリジナルを全く無視することはしないでほしい」ということでした。「全く違うものにしろ」っていう指示があれば変えますが、自分もオリジナルのライオン丸に親しんできたので、「ちゃんと踏襲して良いものを作ろう」と思ってやったつもりです。
こんにちは、バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。先日動画でも発信させていただきました、原口智生さんインタビューの模様をこちらの活動報告でも公開いたします。原口さんは特殊メイクアーティスト・造型師として映像作品に携わり、特撮でも平成ガメラシリーズや仮面ライダーシリーズなど多くの作品に参加されてきました。さらには『さくや妖怪伝』『ウルトラマンメビウス』などでは監督・特技監督としても活躍されました。またATAC(アニメ特撮アーカイブ機構)の発起人の一人であり、近年は過去の特撮作品のミニチュアやプロップを修復・復元する活動をされています。原口さんはかつてピープロ特撮の撮影現場にも参加し、『快傑ライオン丸』のリメイク作品として2006年に放送された『ライオン丸G』でも、特撮ディレクター・造形を担当されています。今回はその原口さんに、発掘されたピープロ特撮4作品のフィルムを実際に見ていただき、ピープロに関する思い出や作品への熱い想い、写真資料を残していくことの意義についてたっぷり語っていただきました。クラウドファンディングでデジタル化を目指しているピープロ作品のフィルムを手にする原口智生さん──本日は発掘されたピープロ特撮作品のフィルムを原口さんに見ていただきました。最初に、実際にフィルムをご覧になった印象をお聞かせください。原口 もう「素晴らしい」の一言ですね。『快傑ライオン丸』『風雲ライオン丸』『鉄人タイガーセブン』の放送当時は第2次特撮ブームの時期で、『電人ザボーガー』はもうその終焉の頃の作品です。今回発見されたフィルムは、当時の子ども向け雑誌「冒険王」のグラビアで掲載するために撮られた写真だと思うんですけれども、そういう物がこういう形で残っているのはとっても貴重なことです。先ほど拝見させていただいて、流石にちょっと興奮しています(笑)。──原口さんの目から見て、具体的にどのような写真がすごいと思われましたか?原口 雑誌の誌面で使われたスチールのフィルムも当然あるとは思うんですけれども、そういった写真には、ピントが合っていて構図もしっかり決まっているようなものを選ぶことが、比較的多いわけです。でもこの中には、ピントが合っておらずぶれているカットも含めて、まさに本番真っ最中のアクションシーンの写真などもいくつも見受けられました。『風雲ライオン丸』より。第8話「謎の新兵器 ローク車」の終盤、ライオン丸対怪人ガズラー。地面に斧が落ちているが、完成映像でもライオン丸の攻撃でガズラーが斧を叩き落とされるため、ほぼ間違いなく本番のアクション中に撮影したものだと推測できる。原口 これらはスチール用に準備して撮ったものではなくて、おそらく本番の撮影中にスチールカメラマンが撮影したカットと思しきもので、非常に貴重ですね。当時の撮影の状況や現場の息吹、雰囲気といったものが伝わってくる。しかも(モノクロではなくて)カラーの写真ですからね。素晴らしいです、本当に。──フィルムというものは、たとえ保管していても褪色してしまったり傷がついてしまったりということがよくあると思います。原口 カビが生えちゃったりね。──そういった全体的なフィルムの状態は、一見してどのように感じられましたか?原口 この時代のものにしては、状態は比較的良い方だと思います。ただやはり、今回のクラウドファンディングを通じて今のうちにクリーニングした上でスキャンニング、つまりデータ化するべきですね。今回、見させていただいた範囲に限って言えば、発色等も含めてかなり良い状態に復元できると思います。『快傑ライオン丸』より。第24話に登場するトビムサシは、『快傑』前半でも最強クラス、キャラとしての魅力も抜群な怪人。これは、トビムサシが金砂地の太刀を叩き折ってサーベルを投げた直後と思しき一枚だ。ライオン丸と比べても目を引く色彩のトビムサシだが、フィルムからは両者の色の違いもわかる。【第二回に続く】