こんにちは、バリュープラス アーカイブ プロジェクトです。先日動画として発信した三池敏夫さんインタビューの全文を、こちらの記事で公開いたします。三池さんは特撮美術監督として、ゴジラシリーズ、ウルトラマンシリーズ、平成ガメラシリーズと数多の特撮作品に中心スタッフとして参加してきました。また近年は、認定NPO法人ATAC(アニメ特撮アーカイブ機構)の発起人の一人として、残された特撮作品の資料を保存・研究するアーカイブ活動にも積極的に取り組まれています。今回はその三池さんに、発掘されたピープロ特撮4作品のフィルムを実際にご覧になっていただきました。そして、ピープロ特撮そのものの魅力、その写真資料としての価値、そして特撮作品の資料アーカイブの意義について、様々な観点で語っていただきました。クラウドファンディングでデジタル化を目指しているピープロ作品のフィルムを手にする特撮美術監督・三池敏夫さん ──まずピープロの特撮作品に対して、三池さんがどのような印象をお持ちなのか、お聞かせください。三池 ピープロの実写特撮作品で最初に出会ったのは『マグマ大使』です。放送されていた1966年当時の第1次怪獣ブームの中で、巨大ヒーローとしては初代『ウルトラマン』より先に世に出た作品なわけですね。ピープロ作品はやっぱり独特のカラーがあって、漫画家でもあったうしおそうじさんが、ピープロの社長として総指揮を執られていました。映画の世界で「マット画(マットアート)」と呼ばれる、作画された絵と実写映像の合成によって画面を創り上げる技術がありますが、ピープロ作品ではこの技術を多用していました。大映の特撮映画でも活躍した渡辺善夫さんという方が、ピープロ作品におけるマット画の多くを手掛けて、非常に大きな力を発揮しました。これがピープロ作品の大きな特徴の一つになっていると思いますね。『風雲ライオン丸』より。マントル一族のリーダー・マントルゴッドは、大きさが1000メートルという巨大な敵だ。その周りにマントル一族が集っている大スケールのカットは、このマット画によって表現されている。現場で直接マット画を取り扱っている様子がわかる、貴重な一枚。──三池さんは放送当時の『マグマ大使』からピープロ作品をご覧になっていたのでしょうか?三池 そうです。『マグマ大使』と『怪獣王子』(67年)があって、第2次怪獣ブームがその数年後の1971年から始まるんですけど、その皮切りになったのが『スペクトルマン』ですね。最初はタイトルが『宇宙猿人ゴリ』でスタートするんですけど、『宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン』を経てだんだん逆転していって、最後には『スペクトルマン』になる(笑)。そういった作品は本当に大好きで観ていました。──今回フィルムが発掘された4作品の中で最初に放送されたのは、その『スペクトルマン』の後番組である『快傑ライオン丸』になりますね。三池 『快傑』は、少なくとも最初あたりのエピソードは放送当時に観ています。ただ放送話数の全てを網羅して観てはいなかったですね。当時は変身ブームの真っただ中で、本当にたくさんの作品が一気に放送されていましたから。録画もできない時代なのでリアルタイムで全部を網羅するのは無理でした。──作品を観ていなくても、ライオン丸はあのビジュアルで記憶に残っている方は多いかと思います。三池 そうですね。あのキャラクターデザインは非常に目立っていたと思いますよ。──ちなみに『快傑ライオン丸』当時、三池さんはおいくつだったんですか?三池 僕は1961年生まれなので、72年放送の『快傑』の時は11、2歳ですね。──ライオン丸をはじめとするピープロ作品のヒーローたちは、当時の三池さんと同年代の子どもたちには、どのように受け止められていたのでしょうか?三池 『マグマ大使』は手塚治虫さんの原作漫画があって、『スペクトルマン』は「公害」という当時の世の中の問題を取り入れた巨大ヒーロー作品でした。そして『快傑ライオン丸』からは、ピープロの独自色で「動物」をモチーフとした主人公が出てくるようになる。これは子ども受けも非常に良かったと思いますよ。『快傑ライオン丸』より。ライオンのヒーロー、虎のライバル。ピープロセンスが漲った、痺れる対峙!──現在の目線ですと、同時期に放送されていた『仮面ライダー』(71年)などと比べると、ピープロ作品は主流というよりは異色なイメージがあります。当時の子どもたちは他社のヒーロー作品と同じようにピープロ作品を受け止めていたのでしょうか?三池 好き好きはあったと思うんですけど、子どもながらにどれぐらいの予算をかけているのかはやっぱり感じるわけですよね。もちろん、子どもの頃は予算なんていう言い方はしないんだけど(笑)。円谷プロダクションが制作していた『ウルトラマン』をはじめとする、贅沢にすごくちゃんと作られている作品と、そうではない作品との二分化はあって、さらにその中でもランク付けがあるわけです。その中でいくと、ピープロ作品はちょっと予算的に厳しい印象もありながらも、気になる部分も多いわけですよ。それはやっぱり作品のカラーの魅力なんです。【第二回に続く】
バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。本日もみなさまにフィルムの中から厳選してご紹介します。『快傑ライオン丸』からこちら!『快傑ライオン丸』屈指の名キャラクター、悪の剣士タイガージョーの写真を紹介します。日本特撮史において最初に出現した、主人公であるヒーローと対となる存在、ライバルキャラクターとしてのダークヒーロー。それがタイガージョーでした。『快傑ライオン丸』第27話で初登場し、途中登場しない時期もありつつ、最終話まで出続けた稀有なキャラクターです。 フィルムではタイガージョーの、刀を背中に隠す独特の構えを取った姿を映しとっています。変身時のセリフ「タイガージョー、推参!」を敵に告げる、まさにその瞬間といった絶妙なタイミングの写真です。第28話から装着する眼帯、右上部分が少し汚れた胴など衣装のディテールもありありと見て取れ、マスクに至っては綺麗に伸びたヒゲの1本1本まではっきりと捉えられています。フィルムにもほとんど傷や汚れが無く、少し暗めな画面の色彩もシャープで、タイガージョーのキャラクターにマッチした素晴らしい1枚です。今回のクラウドファンディングでデジタル化が実現すれば、より綺麗な形でタイガージョーの制作当時の姿を蘇らせることもできるはず。期待が膨らみます。 スーツアクターとしてタイガージョーを演じているのは尾崎孝二さん。ライオン丸役の鴨志田和夫さんと違い、エンディング映像では名前がクレジットされていませんが、タイガージョーは「最初から」尾崎さんが演じていた旨を、本人や他のキャストが明言されています(『ピー・プロ70'sヒーロー列伝 (2) 快傑・風雲ライオン丸』参照)。『スペクトルマン』でも俳優として公害Gメンの一人・有藤年夫役でレギュラー出演。『快傑ライオン丸』ではタイガージョーのほかにも、第14、26話と2度に渡って登場し絶妙なキャラクター性を見せた名怪人・ネズガンダのスーツアクターなども好演しました。ピープロ特撮を語る上では欠かせない俳優・スーツアクターの一人です。 うしおそうじさん曰く、タイガージョーは作品の中盤を引っ張るために考えたライバルキャラクターで、西部劇に出てくる仇敵をイメージし、監督の石黒光一さんとともに創り上げた(『スペクトルマンvsライオン丸 「うしおそうじとピープロの時代」』より)とのこと。ライオンのライバルなので虎、という非常にシンプルなアイディアによるモティーフです。マントやブーツ、胴などライオン丸と共通の意匠を持ちつつ、一方で胴に書かれている文字はライオン丸が「心」に対し、タイガージョーは「悪」。使う太刀も「金砂地の太刀」に対し「銀砂地の太刀」。剣術もライオン丸が刀を順手に持った王道の剣に対し、タイガージョーは逆手に持って変則的な剣術を使うことも多く、あらゆる部分で対となるようにキャラクターが創り込まれています。 今回はタイガージョーについて、主にビジュアル面を取り上げさせていただきました。次回はタイガージョーに変身する剣士、虎錠之介の写真を紹介します。乞うご期待!
バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。本日もみなさまにフィルムの中から厳選した1枚をご紹介します。『快傑ライオン丸』からこちら!獅子丸が天馬ヒカリ丸に乗っているフィルムです。 獅子丸たちの師匠・果心居士の魂が宿ったのが、翼をもった天馬ヒカリ丸。小助の吹く横笛の音色で空から舞い降り、獅子丸/ライオン丸を乗せて疾走します。ライオン丸と並び、この作品を象徴する強烈なビジュアルのヒカリ丸ですが、実際に翼の造形物を装着した馬を使用し、獅子丸やライオン丸が実際に乗って数多くのアクションを披露しました。時代劇の乗り物と言えば馬ですが、それに翼を付けてしまうのがピープロ特撮の凄さ。飛行シーンは人形を用いたミニチュア特撮で表現されました。 獅子丸がヒカリ丸に乗った状態でライオン丸へと変身するシーンも複数回あり、中でも走っているヒカリ丸に乗りながらの変身を果たした第34話は、獅子丸を演じた潮哲也さんが生身で演じていることもあって度肝を抜かれます。このフィルムもおそらくその瞬間を撮影したものだと思われ、『快傑ライオン丸』のアクションの凄さを物語る1枚と言えるでしょう。 時代劇特撮ヒーローに不可欠な要素として登場したヒカリ丸。『仮面の忍者赤影』や『変身忍者嵐』など馬に乗る特撮ヒーロー自体は他にも存在しますが、視聴者に与えた衝撃という意味ではヒカリ丸が一番の馬だったのではないでしょうか。
バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。本日もみなさまにフィルムの中から厳選した1枚をご紹介します。『快傑ライオン丸』からこちら!『快傑ライオン丸』の主要キャラクターである、獅子丸・沙織・小助の並びを写した一枚です。『快傑ライオン丸』第1話から最終話まで、1年間通して登場するキャラクターであるこの3人。いずれも戦乱の中で親を失った孤児であり、日本一の忍者である果心居士によって共に育てられ、非常に深い絆で結ばれています。獅子丸だけでなく、沙織と小助も非常に高い戦闘力の持ち主であり、いわゆる「戦闘員」ポジションであるドクロ忍者が相手であれば独力で撃破できる実力の持ち主でした。特に小助は、子どもながら小さい身体を活かしたスピーディな立ち回りや、吹き矢や火薬を用いるなどの最も「忍者」らしいアクションを見せ、また横笛を吹いて天馬ヒカリ丸を呼び出す役割を担うなど、抜群の存在感を発揮しています。特撮ヒーロー作品の中で少年キャラクターはつきものですが、小助はヒーローと肩を並べて戦う名キャラクターでした。小助を演じた梅地徳彦さんは、『仮面ライダー』や『イナズマン』などの多くの特撮作品に出演し、特撮以外では「トラック野郎」シリーズにも連続出演するなど名子役として知られています。一方の沙織は投げ縄や短刀を駆使して華麗に戦う、いわゆる「くノ一」。獅子丸の良き理解者であり、小助にとっては姉同然の優しい女性です。小助同様、ドクロ忍者相手には無類の強さを発揮する沙織ですが、敵怪人と対峙すると負けてしまうことも多く、そのまま捕まったり吊るされたりと窮地に陥る場面もよく目立ちました。アクションシーンの多さや大胆な衣装など、沙織は数多いる昭和特撮ヒロインの中でも独自の人気を誇っています。中でも沙織が母のいない子どもと交流する第37話はまさに「沙織回」というべき内容で、演出のキレも相まって必見の一本です。沙織を演じた九条亜希子さんは、『快傑ライオン丸』での共演がきっかけで獅子丸役の潮哲也さんと結婚。特撮ファンにとっては忘れがたいヒロインです。
バリュープラス アーカイヴ プロジェクトです。本日もみなさまにフィルムの中から厳選した1枚をご紹介します。『快傑ライオン丸』からこちら! 『快傑ライオン丸』の主人公、獅子丸を写したフィルムです。 「風よ! 光よ!」のかけ声とともに、「忍法獅子変化」によってライオン丸へと変身する獅子丸。この写真も、その変身する途中を切り取った特写です。「獅子変化!」と叫んだ後、左手を「金砂地の太刀」の刀身の先から鍔に下ろす直前の瞬間を撮影しています。獅子丸の衣装のディテールもつぶさに見て取れる一枚です。 主人公である獅子丸を演じたのは俳優の潮哲也さん。ピープロの社長・鷺巣富雄さんから、ペンネーム「うしおそうじ」より芸名として「潮(うしお)」をいただき、この『快傑ライオン丸』が初主演作品となるなど、ピープロ特撮を代表する俳優の一人です。翌年『風雲ライオン丸』でも主人公の弾獅子丸を演じました。 この写真からも面長なイケメンだったことが見て取れる潮さん。第7話の撮影で足を骨折するアクシデントにも負けず、現在では考えられないほどハイレベルな生身アクションをやり通しました。表情の芝居も素晴らしく、特に第28話のラストカットで獅子丸が見せる「敗北」の表情は、是非一度観てほしい名演です。 また獅子丸が持つ「金砂地の太刀」は、いわゆる変身アイテムであるのと同時に、ライオン丸が使用する最大の武器でもあります。劇中では、爆発をジャンプでかわしながら変身したり、敵に囲まれた状況では太刀で斬り払いつつ変身したりと、アクションを組み合わせた様々な変身シーンが堪能できます。変身ヒーローにとっての「変身アイテムにもなる主要な武器」という、今日ではすっかり定番となったアイディアも、『快傑ライオン丸』が先駆け的存在だと言えるのではないでしょうか。