小説を通じて、あるいは、発言の機会がある度に、「正しさを疑え」と訴えている。興味と共感を持ってくださる方は多いのだが、実践するのが難しいと、アドバイスを求められる。 そもそも情報と、どう向き合えばいいのか。 その情報が正しいかどうかを、見分ける方法は? さらには、情報を得て、咀嚼して理解する過程で起きる自分自身の反応を、どう分析すればいいかが、分からないようだ。 情報は、誰かの発信で始まる。 情報には発信者の意図がある。 誰が発信しているのか。その人は、なぜその情報を発信するのか。 その二つに注目すると、情報を解きほぐすとっかかりが見つかる。発信者が、情報の提供によって、何を伝えたいのかが分かるようになる。 また、その発信者の対極のポジションからも情報を得るようにすると、真偽の見極めに、一歩近づける。 尤も、情報を受け取る側にリテラシーがないと、正しい理解には繋がらない。 リテラシーを鍛えるために大切なのが、情報を受け取った自分の反応を冷静に分析する力だ。SNSやメディアでの情報を目にしたり、聞いたりすると、様々な感情が湧き上がってくる。 共感、喜び、反感、怒り……。この感情的反応、いわゆる情動を自覚できると、自分自身の価値観が明確になっていく。 但し、価値観は、容易には手に入れられないし、自分一人の試行錯誤で価値観を育てるのは難しい。できたとしても、それは思い込みかも知れない。 価値観は、相対的な経験によって、明確になるのだ。 情報を得た時の情動で、自分は何を是とし、何を拒絶するのか。 それが把握できるようになると、今度は、他者の情動を理解しやすくなる。自分は、その情報に怒りを覚えるが、相手は、それを正しいと信じている。なぜ、そんなことが起きるのかという興味が、相手の価値観と感情のスイッチの在処を探る鍵になる。 多様性を大切にするというのは、この自他の情動を探り、認め合うところから始まる、と私は考えている。 さらに、情報や人物を判断するときに、もう一つ大切な要素を加えたい。 それが、情操だ。どのように知見を積み上げてきたのか。どういう人生観を持っているのか。これまでに歩んできた日々が、情操を育む。 様々な経験を積み重ねてきた人、美しい物や素晴らしい作品に積極的に触れてきた人は、自ずと情操が豊かになる。すると、対象への思いやりや想像力が自然に湧き上がり、直情的なリアクションを控えるようになる。 情報、情動、情操という三つの要素が揃わないと、「正しいを疑う」姿勢を得られず、判断を見誤ってしまう。 この三つを理解するための試みとして、私は小説を読むことを勧めている。感情移入できるのが、小説の良いところで、読者は、小説内で登場人物の人生を「生きる」体験をする。同時に、物語や登場人物から距離を置き、客観視もできる。感情移入と客観視の二つが揃うと、三つの要素の重要性に、気づきやすくなるのだ。 8月から始める「正疑塾」では、この三位一体の化学反応を、台湾有事と半導体産業の盛衰を描いた拙著『チップス/ハゲタカ6』を読み解きながら、見つける試みをしてみたい。真山仁正疑塾 申込みはこちらhttps://peatix.com/event/5002340




